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第6話 馬車と給金と見知らぬ人の優しさ

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 3日間はあっという間に過ぎていった。
 村長の家の掃除や料理にてんてこ舞いの毎日。

 ちょうど、お手伝いさんが体を壊してしまったらしく、新しい人を探していたところとのことだった。
 母が居なかったあたしは、家事はよくやっていたので、得意な方だったので何とか頑張れた。

 もちろん、不安でいっぱいだったけど、意外と順応している自分に驚いた。
 時々、今の状況を忘れてしまう。
 ずっと前からココに居たような錯覚‥
 高校生だった自分の方が夢だったのだろうか?

 そして馬車が出る日の朝……。

「名残惜しいのお」
 村長が寂しそうな顔で見送ってくれた。

「色々とお世話になりました。」
 あたしは深々と頭を下げた。

「これは少ないが、今日までの給金じゃ」
 コインの入った袋を渡される。

「何から何までありがとうございます」
 あたしは、もう一度頭を下げた。

「そろそろじゃな」
 村長が時計を見ると、ほとんど同時に遠くから馬の走る音と車輪の音が聞こえてきた。

 しかし、音は段々と大きくなってきて‥
 ドシン、ドシンと重く響いた音になってきた。

「馬車が着いたぞ」
 村長はあたしに、声をかける。

「これが‥馬車‥なんですか?」
 目の前の馬車と言われたものは、あたしが、以前テレビで見たものとは全然違った。

 まず、馬がデカイ。
 馬は確かに大きな動物なのだが、そんなレベルでは無かった。
 動物園で見たアフリカゾウよりも少し大きいくらいに感じた。
 それが、バスくらいある車体を引いているのだ。

(ああ、本当にココはあたしの知らない世界なんだ)
 ビックリすることにそろそろ慣れてきた。

「乗るのは、そちらの嬢ちゃんだけかい?」
 先頭で手綱を握っているのは色黒でプロレスラーみたいな大男。

「そうじゃよ、これは乗車賃じゃ」
 村長はもう一つ袋を出して手渡した。

「えっ、村長さん?」
 あたしは自分の持ってる袋を見た。

「それは給金の余りじゃよ。思ったよりよく働いてくれたからのお」
 村長はにっこり笑った。

「また、いつでも来なさい。短い間じゃったけど孫が出来たみたいでいい気分じゃった」
 あたしは、目頭が熱くなりながら、さっきまでよりもずっと深く頭を下げた。

「ありがとうございました」
 見知らぬ人の優しさが痛いくらいに嬉しかった。

 馬車は思ったよりも揺れなかったので、中々快適だった。
 スピードもかなりのもので、自動車と比べても遜色ないくらい。しばらく景色を見ていたが、いつの間にか眠っていた。

 次の日の朝、馬車はハランの町に到着。
 あたしは、村長に書いてもらった地図を片手に【タチバナさん】の家を探す。

「ここが、薬屋で、その隣が食料品屋で‥見つけた」
 地図に書いてあった、細い道を発見した。
 
 この先が【タチバナさん】の家のはず……。
 少し歩くと数百メートル先に建物が見えた。
 あの建物で間違いないだろう。あたしは、歩く速度を上げた。

しかし……、歩いても、歩いても建物に近づいてる気配がない……。

「はぁ、はぁ……、変だなあ」
 もう1時間は歩いてるのに、辿り着かない。
 嫌な予感がしたものの、このくらいでは諦められない。
 
 2時間経過……まだ着かない……。
 3時間経過……まだ着かない…………。

「何なのよぉぉぉ!」
 だんだんイライラしてきた。
 せっかくこんなに頑張ったのに、理不尽すぎる。自分の、不運を呪った。

 流石に引き返そうかなと思ったとき、目の前の建物が少し大きくなっていることに気が付いた。
 そこからは、早かった。建物までの距離はすぐに縮まる。

【立花探偵事務所】

 薄汚れた表札にはそう書かれていた……。
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