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政略結婚はお嫌いですか

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「で、そろそろ帰ってもらっても良いか?」

「まだ、会食が始まって三十分も経っていませんが……」

「それがどうした? さっさと食べ終えろ。君も苦痛じゃないのか? 僕と同じ空間にいるのは」

「とんでもございません。ウォルフ様と過ごす時間が私にとっては何よりも楽しみでございます」

 これが私の婚約者であるウォルフ殿下との会食の平常運転です。
 ギスギスとした雰囲気の中で緊張しっばなしの私は宮廷料理人の腕によりをかけたランチメニューの味が分かりません。
 その上、殿下はそんな私の緊張を見透かしてかさっさと帰らせようとします。

 気付けば、私はウォルフ殿下の顔色をうかがいながら作り笑顔を浮かべてこの場に居させてほしいといつも通り懇願していました。

 ――私がこんなにも気を揉んでいる理由。それは私とウォルフ殿下の婚約がいわゆる政治的な意味合いを含んでいるからでした。
 つまりは政略結婚。私の父であるキャメルン侯爵は兼ねてより対立しているアーウィン侯爵家の長女が第三王子であるアルベルト殿下と婚姻したことに焦りを感じて、色々と手を回して慌てて私と第二王子であるウォルフ殿下と婚約まで漕ぎ着けたのです。

 ウォルフ殿下はそもそも政治的な闘争に巻き込まれたことが不服なのでしょう。
 初対面から私を見るなりしかめっ面をされて、それから一度も目を合わせてくれませんでした。

「なぁ、君はそんな作り笑顔をして本当に楽しいか? 父親に無理やり僕のご機嫌を取るように言いつけられているんだろ?」

「確かに父が積極的に進めていた縁談ですが、だからといって私の意志が無いと仰るのは早計かと。私は心からウォルフ様をお慕い申し上げております」 

「心から、ねぇ。信じられないが、追求するのも面倒だ。とにかく早く食べ終えてくれ」

 事あるごとにウォルフ殿下は私の気持ちが自分には無いのだろうと仰せになります。
 そんなこと言えるはずがないことも、ご存知なのにも関わらず。
 今日もお小言を一通り頂いて私がそれを躱すという作業を終えて、彼は面倒臭そうな顔をして再び私を帰らせようとしました。

 わかっていますよ。私のことを婚約者と認めていないことくらい。
 私もいい加減に彼の冷淡な扱いにうんざりしていました。
 ウォルフ殿下はどうにかして婚約を解消されたがっている。そう思えてなりません。
 
 一点だけ腑に落ちないのは、その割にはパーティーなどに出席したときは愛想笑いを振りまいて、私を婚約者だと丁寧に紹介していることです。
 外面が良いだけかもしれませんが、あまりの豹変にびっくりします。

 確かに社交性はある方でしたよね。昔から、殿下は……。
 初めて彼とお会いしたのは三年ほど前でしたっけ。あの頃は政治的な動きなどと無縁で、普通に彼に挨拶したのですが、その時のウォルフ殿下の台詞は今でも覚えています。

『あなたのように綺麗な方は初めて見た……』
『まぁ、お上手ですわ。シャルロット・キャメルンと申します。以後、お見知りおきを』

 お世辞が上手いので、感じの良い方だと勝手に勘違いしてしまいました。
 断言します。ウォルフ殿下は性格が悪過ぎです。
 いくら政略結婚させられそうだからって、ちょっとくらい歩み寄ってくれても良いじゃないですか。

 
 ――そろそろ、一時間は経った頃でしょう。
 もう、帰っても嫌味を言われない頃合いです。

「それでは、ウォルフ様。名残惜しいですが――」

「白々しい真似はよせ。時間をチェックしていたことに気付かないとでも?」

「チェックですか? 何を仰っているのか、私には全く分かりません」

「もういい。帰ってくれるならそれでいい……」

 ウォルフ殿下の言葉を聞き流して、私は待たせている馬車へ使用人で執事見習いのハンスに荷物を持たせて向かいました。
 一時間が毎回、長くて仕方ありません……。

「シャルロットお嬢様、ブローチはどちらに?」
「あら、そういえば食事の席で何故か外すように言われて、そのままにしていました。すぐに取って来ますので、先に荷物を運んでいて下さい」

 私は母の形見のブローチを置き忘れたことに気が付いて、引き返しました。
 ウォルフ殿下が「チカチカして食事に集中出来ない」と仰ったので外していたことを失念するとは不覚です。
 また、何か言われそうだとうんざりしていると、彼の大声が聞こえました。

「おーい。エリーシャ、本当にこれで正しい手順なんだよな~? 相手にアクセサリーを外させて、食事中に鏡から反射する光を当て、この人形を握って祈りを込める。呪術の手順はこれだけか?」

「左様でございます。とはいえ、呪術など眉唾ものですし。殿下自身に気持ちが入ってませんと成功などしません」

「気持ちなら十分に込めたさ。必ず呪術が成功するように、ね」

「ならば、ご心配なさらずとも成功するかと」

「お前、前もそんなこと言って全然ダメだったじゃないか。僕がどれだけ術に力を注いでいると思っているか知っているか?」

 ええーっ!? ウォルフ殿下、私に何か変な呪術をかけようとしていましたの?
 怖い、怖い、怖い、怖いです。もしかして、政略結婚を失敗させる為に私を呪い殺そうと――。

「もちろんです。私がそのために市井しせいにて情報収集に尽力しているのですから」

「うむ。それには感謝している」

「おや? シャルロット様はブローチをお忘れになられたみたいですね」

「そ、そうか。まぁ、また来週に会食するのだから、その時に渡せば良いだろう」

 そこまで聞いて私は馬車へと急いで戻ります。
 ウォルフ殿下、まさか呪いまで使ってこようとは思ってもみませんでした。そんなに政略結婚が嫌なんですか……。
 正直に申しましてドン引きしております。
 取り敢えず、彼の使った呪術のことを調べましょう。何か回避する方法があるかもしれません。
 
 
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