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魅了魔法って何ですか
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ウォルフ・ラースアクト――ラースアクト王国の第二王子であり、私の婚約者であるこの御方。
夜だろうと輝いてそうなほど眩しい金髪と、全てを見通してそうな紺碧の瞳。完璧すぎる程、整った顔立ちにはファンも多いと聞きます。
見ている分には最高かもしれない彼は政略結婚を嫌ってか、私に呪術をかけようとしていました。
「はぁ、恐ろしいことになりましたね……」
「シャルロットお嬢様……?」
馬車に戻って私は自分の置かれた状況に戦慄しました。
今日まで父の意向に従ってウォルフ殿下の顔色をうかがいながら、何とか気に入って貰おうと頑張っていましたのに。
その心を打ち砕かんと、彼は動いているみたいでした。
あの口ぶりは既に何度か他の呪術を試しているように見えましたね。
直接行動に出るわけでもなく呪ってくるとは……思いもしませんでした。
私、そんなに酷い態度でしたか? 呪いたくなるほどの女だなんて、流石に思いたくはないのですが。
「シャルロットお嬢様? どうしました? 先程からため息ばかりで……。また、ウォルフ殿下が何か?」
私が浮かない顔をしているのを見て、執事見習いのハンスが心配そうな声をかけます。
彼は年齢が近いので何かと相談に乗ってくれているのですが、呪術について話すべきでしょうか。
うーん。黙って悩んでも埒が明かなさそうですし、とりあえず聞いてもらいましょう。
「ハンス、ねぇハンス。聞いてくれますか? ウォルフ様ったら、私に呪術をかけようとされているみたいです。婚約を解消するために……」
「じゅ、呪術ですって? ウォルフ殿下が、お嬢様に? あはは、流石にそれは何かの間違いでしょう。殿下は真面目な方だと聞いております。いくら、お嬢様との婚約に気が進まなくとも、そういったものに頼らず必ず口頭で伝えるはずですよ」
案の定、ハンスは私の話を信じませんでした。
そりゃあ、第二王子という立場ですし、いくら陛下の意向とはいえ本気で望まなければ私たちの婚約などいつでも破棄できるはずなので、呪術に頼るというのは突飛過ぎます。
しかしながら、もしもウォルフ殿下は自らの非を一切なくして婚約破棄されたいと望んでいるなら?
呪いで私を亡き者にしたり、病気にさせたりするのはそれなりに有効なのではないでしょうか。
それに私は――
「それに私は、ウォルフ様が呪術をかけようとされている現場を見たのです。アクセサリーを外させて、鏡で日光を当てて、彼が何やら怪しげな人形を握りながら念じている様子を。ウォルフ様は使用人のエリーシャにそれが呪術の手順だと確認していましたので、間違いありません」
そうです。私ははっきりと見聞きしたのです。
ウォルフ様が得体のしれないことをされている現場を。
不自然にブローチを外させて、やたらと鏡が眩しいと思っていたのですが、まさかそれが呪術だったとは思いもよりませんでした。
さぁ、ハンス。これでも、反論しますか?
「アクセサリー外し、鏡で日光を……、人形に念じる……。――あれ? それって、もしかして魅了魔法じゃないですか? ちょっと前に流行ってた」
「み、魅了魔法ですか? というより、ハンスはこの呪術について知っているのです?」
私の話を聞いてハンスは反論するどころか、「魅了魔法」という聞き慣れない単語をさも当然というような形で口にしました。
まさか、彼が呪術について詳しいとは。ちょっと尊敬します。
「知ってるも何も。王都でブームが起きてましたからね。……まぁ、貴族の方々はそういう庶民たちの流行には興味がない方が多いのでお嬢様がご存知なくても仕方ありませんよ」
「呪術が王都で流行っていたのです? それって、一大事なのでは?」
「ご安心下さい。こういう噂は大抵が眉唾ものなんですよ。鴨の肉を食べさせて、赤い服を着た姿を見せる、とか。名前を青い紙に書かせて、ワインに付ける、とか。色々な噂がありましたよ」
「……あのう。それ全部心当たりがあるのですが……」
ここ一ヶ月くらいの間でハンスが言ったことは全て心当たりがある出来事がありました。
合鴨料理が出た日は、確かに全身が真っ赤なコーディネートで靴やマントまで赤かったので思わず吹き出しそうになりましたし、またある時は急に文字がキレイに書けているかチェックすると言い出して青い紙に名前を書かせて、赤ワインの中にその紙が捨てられてしまったので機嫌を損ねたのではと気を揉んだものです。
それって、全部が「魅了魔法」とかいう呪術のためだったのですか?
ウォルフ殿下、あなたはどれだけ必死に私に対してその「魅了魔法」とやらをかけたかったのです?
やはり私のことを憎んで、呪おうとしたのでしょうか。
いや、そもそも――
「魅了魔法って何なのですか?」
「ええーっと、そこからですか。要するに、チャームです。かけた人を魅了する呪術が魅了魔法なのです。ですから、ウォルフ殿下はお嬢様を自分の虜にさせたかったのですよ。惚れ薬を飲ませようとしたようなものですね」
「はい……?」
いやいや、意味が分かりません。
ウォルフ殿下は惚れさせたいと思っていらっしゃる?
彼は私との婚約を嫌がっているのでは?
ハンスの言葉がグルグルと頭の中で回って、私は何が何やらさっぱり分からなくなりました――。
夜だろうと輝いてそうなほど眩しい金髪と、全てを見通してそうな紺碧の瞳。完璧すぎる程、整った顔立ちにはファンも多いと聞きます。
見ている分には最高かもしれない彼は政略結婚を嫌ってか、私に呪術をかけようとしていました。
「はぁ、恐ろしいことになりましたね……」
「シャルロットお嬢様……?」
馬車に戻って私は自分の置かれた状況に戦慄しました。
今日まで父の意向に従ってウォルフ殿下の顔色をうかがいながら、何とか気に入って貰おうと頑張っていましたのに。
その心を打ち砕かんと、彼は動いているみたいでした。
あの口ぶりは既に何度か他の呪術を試しているように見えましたね。
直接行動に出るわけでもなく呪ってくるとは……思いもしませんでした。
私、そんなに酷い態度でしたか? 呪いたくなるほどの女だなんて、流石に思いたくはないのですが。
「シャルロットお嬢様? どうしました? 先程からため息ばかりで……。また、ウォルフ殿下が何か?」
私が浮かない顔をしているのを見て、執事見習いのハンスが心配そうな声をかけます。
彼は年齢が近いので何かと相談に乗ってくれているのですが、呪術について話すべきでしょうか。
うーん。黙って悩んでも埒が明かなさそうですし、とりあえず聞いてもらいましょう。
「ハンス、ねぇハンス。聞いてくれますか? ウォルフ様ったら、私に呪術をかけようとされているみたいです。婚約を解消するために……」
「じゅ、呪術ですって? ウォルフ殿下が、お嬢様に? あはは、流石にそれは何かの間違いでしょう。殿下は真面目な方だと聞いております。いくら、お嬢様との婚約に気が進まなくとも、そういったものに頼らず必ず口頭で伝えるはずですよ」
案の定、ハンスは私の話を信じませんでした。
そりゃあ、第二王子という立場ですし、いくら陛下の意向とはいえ本気で望まなければ私たちの婚約などいつでも破棄できるはずなので、呪術に頼るというのは突飛過ぎます。
しかしながら、もしもウォルフ殿下は自らの非を一切なくして婚約破棄されたいと望んでいるなら?
呪いで私を亡き者にしたり、病気にさせたりするのはそれなりに有効なのではないでしょうか。
それに私は――
「それに私は、ウォルフ様が呪術をかけようとされている現場を見たのです。アクセサリーを外させて、鏡で日光を当てて、彼が何やら怪しげな人形を握りながら念じている様子を。ウォルフ様は使用人のエリーシャにそれが呪術の手順だと確認していましたので、間違いありません」
そうです。私ははっきりと見聞きしたのです。
ウォルフ様が得体のしれないことをされている現場を。
不自然にブローチを外させて、やたらと鏡が眩しいと思っていたのですが、まさかそれが呪術だったとは思いもよりませんでした。
さぁ、ハンス。これでも、反論しますか?
「アクセサリー外し、鏡で日光を……、人形に念じる……。――あれ? それって、もしかして魅了魔法じゃないですか? ちょっと前に流行ってた」
「み、魅了魔法ですか? というより、ハンスはこの呪術について知っているのです?」
私の話を聞いてハンスは反論するどころか、「魅了魔法」という聞き慣れない単語をさも当然というような形で口にしました。
まさか、彼が呪術について詳しいとは。ちょっと尊敬します。
「知ってるも何も。王都でブームが起きてましたからね。……まぁ、貴族の方々はそういう庶民たちの流行には興味がない方が多いのでお嬢様がご存知なくても仕方ありませんよ」
「呪術が王都で流行っていたのです? それって、一大事なのでは?」
「ご安心下さい。こういう噂は大抵が眉唾ものなんですよ。鴨の肉を食べさせて、赤い服を着た姿を見せる、とか。名前を青い紙に書かせて、ワインに付ける、とか。色々な噂がありましたよ」
「……あのう。それ全部心当たりがあるのですが……」
ここ一ヶ月くらいの間でハンスが言ったことは全て心当たりがある出来事がありました。
合鴨料理が出た日は、確かに全身が真っ赤なコーディネートで靴やマントまで赤かったので思わず吹き出しそうになりましたし、またある時は急に文字がキレイに書けているかチェックすると言い出して青い紙に名前を書かせて、赤ワインの中にその紙が捨てられてしまったので機嫌を損ねたのではと気を揉んだものです。
それって、全部が「魅了魔法」とかいう呪術のためだったのですか?
ウォルフ殿下、あなたはどれだけ必死に私に対してその「魅了魔法」とやらをかけたかったのです?
やはり私のことを憎んで、呪おうとしたのでしょうか。
いや、そもそも――
「魅了魔法って何なのですか?」
「ええーっと、そこからですか。要するに、チャームです。かけた人を魅了する呪術が魅了魔法なのです。ですから、ウォルフ殿下はお嬢様を自分の虜にさせたかったのですよ。惚れ薬を飲ませようとしたようなものですね」
「はい……?」
いやいや、意味が分かりません。
ウォルフ殿下は惚れさせたいと思っていらっしゃる?
彼は私との婚約を嫌がっているのでは?
ハンスの言葉がグルグルと頭の中で回って、私は何が何やらさっぱり分からなくなりました――。
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