ヤンデレ不死鳥の恩返し

リナ

文字の大きさ
154 / 159
十一話

“ ロウ ”

しおりを挟む
「え、っと…」
「あとどれくらいだ」
「え?」
「洗うのはあとどれくらいだ、ライ」
「…ああ、いや、もう終わったから出るところ、です」

 あまりにも恐ろしい目で見てくるから敬語になってしまった。

「そうか…」

 少しだけ瞳の鋭さを緩めてふうと息を吐くフィン。俺が狼の体を洗っているのが相当嫌だったのだろう。

 (いや、恋人が自分以外の男を洗ってたら普通は嫌だよな)

 俺だって、狼を深く知る前だったら、裸でこの距離にいるのも厳しかったはず。体を洗うなんて論外だ。…それだけ今回の一件による心境の変化が大きいのだ。

「フィン、タオル取ってくれるか?」
「…どうぞ」

 難しい顔をするフィンからバスタオルを受け取り、狼の体をざっと拭いていく。細かくは拭いてないが、真冬じゃないし、頑丈な狼男の体なら風邪をひく事もないだろう。

「あとは服を着せねえとな」
「はぁ…まるで赤子の世話だな」
「はは、人間としての動き方を教えるって意味では結構近いかも」

 狼にすり寄られるのを片手で押し止めながら自分の体を拭いていく。合間に脱衣所のカゴを確認した。

「ソルの服…どうしようかな。取りに行くの面倒だし俺のを着せちまうか」

 ソルと俺ならそこまでサイズが変わらないし、緩めの寝間着だから問題なく入るだろう。そう考え寝間着を取ろうとすると、フィンが手首を掴んでくる。

「ライの服を駄犬に着せるなんてダメだ」
「ソルじゃなくて狼だけど」
「だとしてもダメだ。ライの服に駄犬の匂いがつくし、大前提として、駄犬にライの匂いを嗅がせたくない」
「嗅がせたくないって…全員同じ柔軟剤で洗ってるし皆匂い一緒だろ…」
「我々からすると同じではない。それに…」
「それに?」


「私だって…着せてもらってないのに…。駄犬だけ、ずるいだろう」


 拗ねるようなその言い方に、俺は唖然とし、次の瞬間吹き出した。

「…ぷっ、ははっ」

 ここ数日見せていた、ソルとの外出を許し添い寝まで受け入れたは見る影もなかった。これこそが本来のフィンなのだが、

 (そうか、そうだよな…フィンはこういう奴だった)

 俺はその姿に酷く安心するのだった。

「ライ…私は真面目に話しているのだぞ…」
「ごめんごめん。別に、あんたと俺じゃサイズが違うからシェアしなかっただけだし…着たいなら好きなだけ使っていいけど、俺のなんて着てどうすんだよ?」
「ライの匂いに包まれて幸せな気持ちになる」
「……俺の匂いで…幸せな気持ちに…」
「ああ。獣にとって“匂い”は重要な識別情報になるからな。それを近くに感じられるのは何よりも幸せなことだ。できるなら一日ライが着た服を使わせてほしいのだが、」
「マジでそれは勘弁してください(即答)」

 一日着用した服を使うってちょっと、いやかなり変態臭い。相変わらずなフィンに苦笑いを浮かべる。マンネリだとか俺の体に興味が無くなってるとか…色々フィンに不安を抱いていた自分がアホらしく思えた。

 (こんなに俺の事を愛し(?)てくれてるフィンが興味を無くすなんて…ありえない、よな)

 今思えばフィンは店全体の事を考えて身を引いていただけで基本的に俺への態度は変えてなかった。

 なのに一人で余計な事考えて、勝手に落ち込んで…、

 おかしくなっていたのは俺の方だったのだ。

「ライ?」
「いや、…じゃあ、悪いけどソルの服、地下から持ってきてくれるか?」
「!」
「俺のは着せられないん…だろ」
「ああ!そうだな!」

 フィンは目を輝かせ「すぐに取ってくる」と姿を消した。足早に去っていく恋人の背中を笑みと共に見送ると

 クウン

 ふと、鼻にかかった甘え鳴きが聞こえて横を向く。狼が真っ裸のまま事もなげにこちらを見てくる。

「ごめんな、寒いか?」

 バスタオルを肩にかけてやると、犬がよくやる…全身を震わせて水を飛ばす仕草をした。

 ブルブル!

「うわっ」

 犬と違って全身が毛で覆われてないからそこまで水飛沫は飛んでこなかったが、それでも顔面には結構食らったので(髪から飛んできた)手で拭いていると、狼がハッと我に返って顔を寄せてくる。突然の顔面ドアップに動揺する間もなく前髪をペロペロと舐められた。

 (…水を拭こうとしてくれてるのか?)

 狼なりの配慮を察し、肩を軽く叩いて感謝を伝える。

「大丈夫だ。こうやって拭けば、すぐ乾くからさ」

 新しいタオルを取って髪の飛沫を拭き取っていくと、狼は驚きに目を丸くして、恐る恐るタオルを両手で挟み、ぎこちない動きで俺の体を

「!」

 わしゃ…わしゃ…

 拙くも、その人らしい行為は…狼なりにと伝わるもので、

「…ありがとな」

 俺は感動を噛み締めながら礼を言った。今までよくわからなかった存在が、霧が晴れていくように、その心まで読み取れるようになる。それがとても嬉しかった。

 ふさふさ

 狼も俺に喜んでもらえて嬉しいのか尻尾を揺らしている。

「あのさ、狼。今までは…いつかあんたが元の姿に戻って、森に帰れる日が来た時に邪魔になると思ってつけてなかったけど…、これから表に出る事が増えるなら“名前”があった方がいいと思うんだ」

 狼は首を傾げる。名前、では伝わらないのだろう。そもそも狼同士で名前はつけ合わない。フィンも言っていたが獣は匂いで十分識別できるのだ。

 (でも、俺にはフィンや狼みたいな嗅覚はない)

「森に帰す事を諦めたわけじゃないけど、あんたを、あんただけの存在として呼びたいんだ。…嫌かな?」

 狼は変わらず透き通るような銀色の瞳で見つめてくる。反応を見る限り拒否する感じはない。

 (試しに呼んでみるか…)

「うーん……狼、…ロウとか、どうだ?」

 狼だからロウ。安直だが、凝った名前にして呼びにくかったり狼がピンとこなかったら意味がない。

「…?」

 ロウと呼ばれた狼は最初首を傾げていたが、何度も「ロウ」と呼び、体を撫でていると次第に自分の事だと理解したらしい。

「ロウ」

 目を合わせて優しく呼びかければ、耳がぴょこっと立ち上がり尻尾がブンブン振られるのが見えた。

「…すげえ、もう名前を理解できたのか。やっぱりロウは賢いな」

 ワウッ

 褒めると少し誇らしげに吠えてくる。そこでフィンが戻ってきた。

「まったく、駄犬め。あれほど荒れていてよく普通に過ごせるな…探すのに手間取ったではないか…」

 フィンは文句を言いながらソルの服を脱衣所のカゴに置いていく。

「おかえり、フィンありがと」
「いやこちらこそ遅くなってすまない。無事だったか、ライ」
「ああ、平和なもんだよ。…な、ロウ」

 ワウゥッ

 今度はちゃんと返事してくる。よしよしと頭を撫でてやるとフィンは目を見開いて俺達を不思議そうに見てきた。

「狼に名前をつけたのか?」
「ああ、ずっと狼だと言いにくいし、これから必要になると思ってさ…ヤベえかな?」
「いや…すごく喜んでいるようだし…いいんじゃないか」

 フィンは少々不服そうな顔をするが文句はないようでため息交じりに頷いてくる。

「じゃ、ロウ、外に出てくれ。足はこれで拭いて」

 タオルを渡すとロウはたどたどしくも俺の真似をしながら拭き始めた。

「拭いたらこうやって服を着る」

 俺が自分で服を着て見せれば、ロウは服を両手で挟み、頭をゴシゴシと擦り付ける。コップを持ったりタオルで拭くのとは違い、のは難易度が高いようだ。

 ウー…

 途中で飽きたのか、ロウはガジガジと服を噛み始めてしまった。

「ああ、コラコラ、服に穴を開けたらソルに怒られるぞ…」

 服を取り上げて手早く下着と寝間着を着せた。…下着をはかせる時、半勃ちのそれから意識を外すのに地味に苦労したのは内緒だ。

「靴下はいつもはいてねえしいいか。そういや、グレイから連絡きた?」
「いや、既読にすらなっていない。一度電話するか?」
「うーん…グレイが何時間もスマホ見れてないって事は、気が散ったら危ねえシーンって事だろうし、大人しく返信を待とう」

 こちらはソルの意識が戻らないだけで命に関わる状況ではない。

 (でも、そうだよな…ロウと意思疎通がとれるようになっても、結局グレイ頼りの状況には変わりねえんだよな…)

 ソルとロウを眠らせられるのも、意識を切り替えさせるのも全てグレイの霧頼みだ。一応俺も“約束”でお願いできるようになったが、結果はランダムだし、ロウの機嫌次第というのがネックだ。

「どうにか俺らでロウを寝かしつけれたらいいんだけど…」
「ライが言って聞かせる事はできないのか?」
「今から試してみるけど…ロウの意識が出てくる時って好奇心が外に向いてる時だから、寝かせるのまでは難しいと思うんだよな」

 廊下を進みながらああでもないこうでもないとフィンと話す。ロウはとてとてと俺に真っすぐついてくるので移送は容易だった。地下に着くとロウは“ここが自分の棲み処だ"と理解できていて自ずとベッドに向かっていく。

 ギシッ

 シーツの上に乗り上げたロウがソワソワとこちらへ視線を送ってきた。

「ん?どうした」

 呼ばれた気がしてベッドに近づくと、両手で引っ張られる。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

陥落 ー おじさま達に病愛されて ー

ななな
BL
 眉目秀麗、才ある青年が二人のおじさま達から変態的かつ病的に愛されるお話。全九話。  国一番の璃伴士(将棋士)であるリンユゥは、義父に温かい愛情を注がれ、平凡ながらも幸せな日々を過ごしていた。  そんなある日、一人の紳士とリンユゥは対局することになり…。

人気俳優に拾われてペットにされた件

米山のら
BL
地味で平凡な社畜、オレ――三池豆太郎。 そんなオレを拾ったのは、超絶人気俳優・白瀬洸だった。 「ミケ」って呼ばれて、なぜか猫扱いされて、執着されて。 「ミケにはそろそろ“躾”が必要かな」――洸の優しい笑顔の裏には、底なしの狂気が潜んでいた。 これは、オレが洸の変態的な愛情と執着に、容赦なく絡め取られて、逃げ道を失っていく話。

仕方なく配信してただけなのに恋人にお仕置される話

カイン
BL
ドSなお仕置をされる配信者のお話

ヤリチン伯爵令息は年下わんこに囚われ首輪をつけられる

桃瀬さら
BL
「僕のモノになってください」 首輪を持った少年はレオンに首輪をつけた。 レオンは人に誇れるような人生を送ってはこなかった。だからといって、誰かに狙われるようないわれもない。 ストーカーに悩まされていたレある日、ローブを着た不審な人物に出会う。 逃げるローブの人物を追いかけていると、レオンは気絶させられ誘拐されてしまう。 マルセルと名乗った少年はレオンを閉じ込め、痛めつけるでもなくただ日々を過ごすだけ。 そんな毎日にいつしかレオンは安らぎを覚え、純粋なマルセルに毒されていく。 近づいては離れる猫のようなマルセル×囚われるレオン

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡

なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。 あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。 ♡♡♡ 恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

処理中です...