ヤンデレ不死鳥の恩返し

リナ

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四話

半魚人の誘い

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「あんたたち、何かあったの?」

 今日もグレイの店は繁盛していた。

 ざわざわ

 俺は手元のグラスを拭きながら次から次へ言われる注文をさばいていく。

「ねえ~ねえってば~」

 グレイに反応できずにいると肘でつつかれた。

「無視しないで!拗ねちゃうワヨ!」
「悪い…普通に返答に困ってた」
「つまり何かあったってこと?大丈夫なの??」
「大丈夫…ではない…」

 短く答えて黙り込む。フィンに無理やり襲われたあの日から俺たちはほとんど口を聞いてなかった。最低限の仕事の話や、グレイを交えての会話はするが個々ではしていない。それが一週間も続けば流石のグレイも突っ込まずにはいられなかったのだろう。逆によく我慢していたと思う。

「…ちょっと、喧嘩しただけだ」
「ほんとー?ならいいけど」

 グレイは忙しそうにまた客の方へと走っていった。俺はというとグラスに映った自分の顔を見てため息をつく。
 (ただの喧嘩だったらどれだけよかったか…)
 今は買い出しに行っていてフィンの姿は見えない。フィンがいなくてこんなにホッとするなんて思わなかった。

「あ、あの」

 目の前のカウンターに腰かけていた男が声をかけてくる。顔が魚の形をした半魚人だった。店に入ってきた時はビビったが、喉から下は人の形をしてるので肺呼吸だし言葉も話せるしで意思疎通は問題ない。

「おかわり、もらって、いい?」

 この半魚人、入店してからずっとほとんど海水に近い塩分量の経口補水液を求めてくる。俺はグラスを一つ取り、同じものを作って渡した。半魚人は嬉しそうに口を付ける。

「う、うまい、ありがとう」
「いえ」
「ついでに、何か、つまめるもの、もらって、いいかな?」
「つまめるもの…」

 半魚人の方を見る。口は完全に魚のそれだが(アンコウみたいな感じ)奥の方に四本ほど歯があった。ビーバーみたいに中央に並んでいる。
 (あの歯で噛めるつまみとなると固くなくて飲み込みやすいのがいいよな)
 冷蔵庫にちゃんとした食材は置いてないしそもそも調理できる環境ではない。

「簡単だけど…お好み焼き風ちくわとかどうすか」
「それ、ほしい」

 ソースとマヨネーズをかけただけのカットされたちくわを皿に盛り付けて渡す。
 (ってやべえ!ちくわって魚肉のすり身じゃん!)
 ぶちギレられるか??!と焦っていると

「うっうま!」

 半魚人はバクバクと勢いよく平らげていく。
 (よ、よかった…)
 俺と目があった半魚人はにこりと上機嫌に笑って酒のおかわりを求めてくる。それに応えていると、半魚人は満足げに話しだした。

「はあ、幸せ。俺、最近、落ち込んでた。でも今日、ここ来て、元気に、なった。ありがとう」
「よかったです」
「君は、怖そうに、見えて、優しいね」
「俺怖そうに見えます?」
「ちょっと、目つきが、ね、食べられそう…」
「食わないですよ。魚より肉派ですし」
「あらら、フラれちゃった」

 笑いあう。半魚人と話す時間はなんだか穏やかに感じた。

「よかったら、これ、もらって」
「…!」

 水族館のペアチケットだった。30分ほどで行ける距離にある水族館だ。行ったことはないが名前は知ってる。

「ここ、俺の職場。良いところ。よかったら、来て」
「…もらっていいんですか」
「うん。俺は、清掃員だから、来てもらっても、会えないと、思うけど、皆良い人たち、だから」

 (また会う目的じゃなくて、純粋にプレゼントしてくれたのか…) 
 のんびりとした半魚人のテンポとその優しさに癒されている自分がいた。しばらく動かしてなかった表情筋が動くのを感じる。

「じゃあ、そろそろ」

 半魚人は立ち上がった。会計を終わらせて見送る。
 (なんか、珍しく穏やかな幻獣だったな…)
 幻獣は皆感情の起伏が激しいのかと思っていたが今まで会ってきた奴らが濃すぎただけらしい。

「幻獣といえば…フィン、遅いな…」

 どこまで買い出しに行ってるのだろうか。まだ店は閉まる時間じゃないので探しに行く事はできない。
 (まあ、行けたとしても今は行く気にならないが)
 仕方なく俺は店の中に戻るのだった。


 ***


 昼間の日差しを感じ、目が覚める。俺はのろのろとシャワー室へ向かった。

「ん…」

 チラリと奥のベッドを見ると、フィンが寝ていた。フィンの奴、閉店時間になっても現れなかったから心配していたが。
 (無事帰ってきたみたいでよかった)
 俺たちは現在別で寝ていた。俺はこの前商店街で見つけたソファベッド、フィンは前まで一緒に寝ていた奥のベッドを使用してる。体格的にこうなったがフィンは時々不満げにこちらを見てくる。また一緒に寝たいとでも言うように。
 (いやいや、あんな事あって一緒に寝れねえって…)
 気まずすぎて一緒に寝るなんて考えられない。別に寝るようにしてからは接触する機会も減り、何故か会話するタイミングも減ったという。俺にとってはありがたいが何とも言えない気まずさが拭えずにいた。

「ライ~あんたご飯は食べたノ~?」

 シャワーから出るとグレイから声がかかる。母親のようなセリフに少しくすぐったい気持ちになった。

「食欲ねえ」
「あんたいつまで失恋食欲減退病を患う気~??作っちゃったわヨ~~??」
「わかったわかった、食うって」

 言い返したいところだが引きずっているのは重々承知している。俺は髪を拭きながらグレイの用意した皿に手を伸ばした。ハムと卵のサンドイッチで美味しそうだ。

「よく噛みなさいネ。あ、そういえば今日、急遽工事の人が来てくれる事になったのヨ。だから一日休業する事になったワ~」
「はあ??!そんな突然…予約客とかは??」
「予約は入ってなかったから大丈夫!それにお客様も、店が開いてなかったら別のスナックとか風俗店探すだろうし…そんなに気を張らなくてもイイのヨ~!」
「あんたは気が緩みすぎな気もするが…まあ、いいか。で、どんな工事なんだ?」
「リフォーム工事。控室と奥の部屋をちょちょっと弄ってもらうツモリ」

 奥の部屋はグレイの衣装や私物が置かれている部屋で俺やフィンはほとんど立ち入る事がない。
 (あそこが変わるのか…)
 確かに店内や手洗い場は綺麗だったが裏の部屋二つは古くなっていたしリフォームするのはありだろう。控室に関しては少しでも機能的になってくれたら何よりである。

「名案でしょ?この前臨時収入もあった事ダシ、やるっきゃないワ~」

 ウィンクされる。ヴォルドの一件で得た500万を使えばちょっとした変更から大掛かりなリフォームまで可能だろう。

「それでここからが大事な話!リフォームの間は水と電気が使えなくなるノ。だからフィンと一日外に出ててもらってもいいカシラ?明日の朝には終わってると思うから丸一日ぐらいネ」
「はあっ?!」
「フィンはなんだかんだ人間界に慣れてない世間知らずデショ?一人にしたら絶対トラブルに巻き込まれるワ。だから、あんたが連れてってアゲて」
「そ、そういわれても」

 昨日喧嘩中だと伝えたはずだろうと目で訴える。グレイは聞こえないわと耳を塞いだ。ナイトキャップを被りもう寝る気満々だった。リフォーム業者が来るまで寝るのだろう。流石に引きとめる気にはならず、その背中を見送った。俺はサンドイッチの皿を洗いながら途方にくれる。

「はあ…」
「おはよう、ライ」
「!」

 奥からフィンが現れた。これからシャワーなのかタオルを手に持っている。俺はとっさに手元に視線を落とした。

「…はよ」
「今グレイと話していたのか?話し声が聞こえてきたが」
「ああ、…リフォームがあるらしい」

 事情を話すとフィンは軽く頷いた。

「そうか、水と電気が止まるのなら私たちがいても仕方ないな。待っててくれ、すぐに準備する!」
「いやゆっくりでいー…もういないし」

 行くあてがない上に明日の朝まで時間はたっぷりある。そう言おうとしたがすでにフィンはシャワー室に消えていた。俺は濡れた皿を横に置いて腰に手を置く。
 (フィンと二人か…)
 会話もままならないというのに、大丈夫だろうか。先が思いやられる。

「ん、そういえば」

 ふと昨日もらったチケットの事を思い出した。半魚人の客からもらった水族館ペアチケットである。

「これの期限…いつまでだろ。うわ、今月中か…」

 今月というとあと2週間もない。この間に行くタイミングがあるだろうか。しかもペアで。
 (ペアか、真人とも行かなかったな、水族館なんて)
 男同士だと案外定番コースは行かない気がする。
 
「水族館?もらったのか?ライ」
「どわあ!」

 髪を濡らしたフィンが後ろから覗き込んでくる。心臓が飛び出るかと思った。

「は、早いな…シャワーもう入ったのか…」
「ちゃんと洗ったぞ。少し急ぎめではあったがいつもこれぐらいだしな」
「早すぎだろ…」

 フィンは髪をタオルで拭きながらにこりと微笑んでくる。自然光に照らされたイケメン(濡れてる)の破壊力の高いこと高いこと。ハッキリ言って目に毒である。俺は顔をしかめた後チケットの方に視線を逃した。

「昨日お客さんからもらったんだ。ここが職場なんだってさ」
「ふむ。またライは口説かれたのか」
「違うわ!話聞いてたか??」
「私がライの話を聞かないわけないだろう。なら、今日はここに行くのはどうだ?期限も短いのだろう?」
「え」

(フィンと水族館に…?)
 一瞬思考が停止する。チケットとフィンを交互に見て、最後にチケットの期限を見た。期限は近い。俺たちの生活だと期限の前に出掛けられる保証はない。
 (行けなくて無駄にするよりは…フィンといった方が…)
 いや、でも絶対気まずいぞ。それに水族館でいい雰囲気になったらどうする?次何かあったら今度こそフィンとの関係が崩れてしまう気がする。仕事仲間として、友人としてのフィンを失う。
 (…いや、そもそも俺はフィンの事をどう思ってるんだろう)

「…」
「ライ?大丈夫か?」

 フィンが覗き込んでくる。失うも何も、俺はフィンをどういう相手として認識しているのだろうか。ベッドで襲われた時も、本当に嫌であれば殴り飛ばしてでも抜け出したはず。今もこうして見つめられているが不快感は抱かない。心臓がうるさいだけだ。
 (俺はフィンの事…好きなのか…?友人として?それとも…)
 自分の事なのにわからなかった。葛藤しているとフィンが「実はな」と神妙な顔で話しだした。

「水族館という存在は知っていたし、ひっそりと憧れていたのだ。水の中で生きる存在と出会える…夢のような場所があるとな」

 フィンは炎を操る幻獣だから水の中に生きる生物とは関わりがない。関わるどころか近づけもしなかっただろう。そんなフィンでも水族館に行けばガラス越しとはいえ触れ合えるのだ。
 (そりゃ…夢のようだよな)

「だから、その私は……」
「わかった」

 いくらフィンでも水族館で変な気を起こすことはないだろうし、行くあてもなくさ迷うよりはマシだと思った。同意するべく、短く頷く。フィンの表情がぱあっと明るくなった。

「決まりだな!ありがとうライ!さあ、善は急げだ!すぐに出発しよう!!」
「だから急がなくていいんだって、おい押すなっ」

 フィンに押されるまま俺は店の外へ行くのだった。今日も一日長くなりそうである。
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