ヤンデレ不死鳥の恩返し

リナ

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四話

初めての水族館

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 ***


「ようこそ~!」

 水族館に到着した俺達はスタッフにチケットを見せ、無事に入ることができた。中に入るともう一度チケットを確認させられる。裏面を見たところでスタッフが何かに気付いた。

「あ、こちらは特典付きチケットになりますね。お二人にはプレゼントをお渡ししますよー!」
「えっ」
「プレゼント?!」

 俺が戸惑ってる横でフィンは目を輝かせていた。子供か。

「特典はこちら!水族館で一番人気のチンアナゴちゃんカチューシャです!是非お二人もお揃いコーデで楽しんでくださいね」
「チンアナゴカチューシャ……」
「なんて可愛いんだ!ありがとう!!」
「いっ!いいいっ!いえ!こちらこそありがとうございます…っ」

 スタッフはフィンに両手を掴まれ、消え入るようにお礼をいった。顔が真っ赤だ。こんなイケメンなかなかいないし照れる気持ちはすごくわかる。うんうんと頷いていると、何故かスタッフが俺とフィンを交互に見ている事に気付いた。…あまり気にしないでおこう。

「こちらの箱から好きなものを選んでくださいねっ」

 赤面したスタッフが早口で案内する。箱に並べられたカチューシャは柄が何種類かあり、俺は一番地味なものを選んだ。フィンは定番カラーの黄色と白を選んでいる。

「これはチンアナゴというのか、可愛い生き物だな」

 フィンはカチューシャを頭にはめてニコニコと笑っている。俺は恥ずかしすぎるので首にかけるだけに止めた。
 (次の角を曲がったら外そう…)

「こっちだ!ライ、すごいぞ、魚がたくさんいる!」
「おい、転ぶなよ」
 
 入ってすぐは海エリアになっていて色鮮やかで派手な魚が多かった。家族連れやカップルに揉まれながら順路を進む。当たり前だが男二人は珍しい…というかほぼいなかった。
 (皆水槽を見るのに夢中で俺らなんか気にしてねえのが救いだな)
 構えていたわりに悪目立ちしておらずホッとする。

 チラッ

 フィンの方を見た。フィンは水槽一つ一つに立ち止まり、その説明を読み興味深げに観察している。
 (本当に来たかったんだな…)
 カチューシャをとりつつ、鑑賞してる人たちの邪魔にならない程度に後ろへ移動した。そこからぼんやりとフィンの後ろ姿を眺めていると、おもむろにフィンが振り返いてくる。俺を心配してくれたのか、目が合うと優しく微笑んできた。

「ライ、もっと近くで見た方が見やすいぞ」
「いや俺は…」
「遠慮しなくていー…」

 ぱしっ

 フィンが腕を引こうとするのでとっさに弾いてしまった。アレ以来接触がほとんどなかったからほとんど反射だった。

「!」
「あ、わ、悪い」
「いや…私の方こそ無神経だった、すまない」
「…悪い」

 (き、気まず…っ)
 互いに謝った後俺達は何とも言えない気まずさに包まれながら順路に戻った。同行者だと思われるギリギリの距離を保ちながら歩いてる為接触する事はない。もちろん会話もない。
 (…これじゃ一緒に来た意味ねえよな…)
 自分でやっておいて勝手すぎるが少し寂しく感じてきた。そんな時。

「む、ここはなんだ?やけに暗いが…」

 フィンが立ち止まる。順路を進んでいくと、水槽の照明以外何もつけられてない真っ暗なエリアに来た。他のエリアと違って暗すぎる為、家族連れは素通りしていく。カップルが数組いるぐらいだった。

「お客様、こちらはクラゲエリアになっております」
「「?!」」

 突然の声に飛び上がる。エリアの入り口に案内のスタッフが立っていたのだ。暗すぎて見えなかった上に気配がなかった。
 (び、びびったー…)

「驚かせて申し訳ありません。自分、影がとても薄くて…魚たちにストレスを与えずに済むので案内役としては適任なのですが、人間の皆様には驚かせてばかりなんですよね、あはは…」

 困ったように笑っている。よく見ればメガネをかけた優しげな男性だった。確かに地味…いや、影が薄そうだ。

「コホン。こちらのエリアは様々なクラゲが展示されています。尚、現在は特別展示も行われております。そちらも是非ご覧ください」
「特別展示…」
「はい、詳しくは見てからのお楽しみということで。クラゲ達はライトアップされております。美しいイルミネーションとクラゲ達の優雅な姿をお楽しみください」
「ありがとうございます」

 礼をいった後、スタッフに背を向けて進んでいく。半透明のクラゲが照明に照らされ光っている。光の色は水槽ごとに異なり赤や青、緑、黄色、様々な色で展開されていた。

「すげえ…」
「美しいな…」

 同時に感嘆の声がもれる。ユラユラと漂う姿はとても優雅で幻想的だった。周囲が暗いから余計に光るクラゲたちに目が奪われる。

 しくしく

「ん?」

 顔を上げる。フィンは水槽のクラゲに見惚れていて気が付かなかったようだが、確かに俺には泣き声が聞こえた。
 (こんな暗いエリアで迷子になったら相当心細いだろうな)
 念のためエリアを一周することにした。水槽やベンチ、看板の裏…隠れられそうな場所を全て確認したが泣いている者はいない。カップルもいなくなっていてクラゲエリアは俺とフィン(とあと入り口のメガネのスタッフ)だけになっている。
 
「なんだ、聞き間違い…か?」

 ふと、横にそれた奥のコーナーに小さな水槽が飾られているのが見えた。その水槽にはクラゲが一匹しかいない。ライトアップもされてない。
 (やけに地味だな…)
 しかしその地味さに反して「特別展示」という看板が置かれており、つい説明書きの方に目がいく。

「なっ、これって…!おい!フィン、来てくれ!」

 慌ててフィンを呼びに行った。

「な、なんだ、ライ!まだ見ていたのにっっ」
「また戻ってくればいいから。一旦これ、読んでみてくれ」
「まったく……なになに、」

 <ベニクラゲ>
 特別展示中。ベニクラゲは不老不死と言われています。弱ってもクラゲの前段階の姿に戻ることができる為、若返りして生き続ける事ができます。他にも…(以下略)

「不老不死のクラゲだと…?!」
「すごくね?フィンみたいなのが他にもいるんだな」
「このクラゲは死ぬ前の段階から若返る事で不老不死を実現している為本質的には私とは異なる。だが…生き方としてはかなり近い。まさか私みたいな生物が海の世界にもいたのだな…!」

 フィンが目を輝かせて水槽に手をおいた。その時、

 しくしく

 すすり泣くような泣き声が響いてくる。今度はさっきよりもずっと大きく、フィンにも聞こえていた。

「なっ、今の声は…」

 その泣き声は俺たちの正面からした。フィンと顔を見合せ再びベニクラゲに視線を戻した。

「まさか…」

 ベニクラゲはユラユラと揺れていて一見するとおかしいものはないが…

 フリフリ

 俺の視線を受けて、ベニクラゲが手を振ってきた。ぎょっとする。

『初めまして、人間たち』

「喋った!!」
「いや、これは思念しねんの方だ…!」
「しねん??」
「考えてることを口…いや空気の振動を介さずに、直接脳に伝えてくることだ。体や口の造りが異なり口で話す事ができない場合によく使われる。まさかクラゲと使う日がくるとは思わなかったが…」
「マジか…」

 そういえばフィンが木箱に閉じ込められてるときもこんな風に声が脳内に直接届いてきた事がある。あのワイヤレスイヤホン感覚は思念の事だったのかとやっと納得した。

「基本は幻獣専用の言語ってことか?」
「いや、私は見たことはないが、人間にも稀に思念で話せる者がいる。幻獣専用ではないはずだ」
「なるほど?」

 脳で直接会話するなんて人間の文明を余裕で越えてて恐ろしすぎる。

『人間は、お喋りだな』

 そこでベニクラゲがぽつりと呟いた。

『もう少し、ゆっくり、話してくれ、水の中は重く、ゆっくりとしか、話せない』
「あ、悪い…」
『いや、それぞれの、世界の速度が、ある。謝る必要は、ないよ。気をつけて、くれれば、それでいい』
「わかった」

 見た目は普通のクラゲなのに会話しているとちゃんと知性を感じる。脳がバグりそうだ。

「てか、さっき泣いてる声が聞こえたけどなんかあったのか?」
『…明日で、ここを、離れなくては、いけなくて。悲しくなって、いたのだ』

 特別展示の期間を確認する。ベニクラゲの言うとおり今日で展示は終了して別の施設に移動させられるらしい。
 (そもそも展示されて見世物にされるって苦痛だよな…)
 俺の同情する視線をベニクラゲは触手を振って応えた。

『人間は、優しいな。しかし、暇を持て余す、より、よっぽどいい。食事に困ったり、外敵の恐怖も、ない』
「そっか…」
『何より私は、ここが、大好き、なんだよ。ずっと、ここにいたい、と思うほどに』
「え?」

 意外な返答に驚いていると、ベニクラゲはまるで腕を組むように触手を絡ませた。

『ここに、来たのは、一ヶ月前。水槽の、仲間たちも、世話人も、優しくて、良い時間を、過ごした。今までで、一番、幸せな、時間だった。…だからこそ、私には、後悔が、ある』
「後悔?」

 ベニクラゲが俺たちの後方を指差す。クラゲエリアの入り口に立つメガネのスタッフが目に入った。
 (さっきの影薄いスタッフか)
 スタッフもこちらを見ていた為視線がぶつかり、歩み寄ってきた。

「お客様、何かお困りですか?」
「え、あ、いやー…」
「自分は案内役として全ての水槽のご説明ができます。今ご覧になっていた特別展示のベニクラゲについてももちろんお話しできますよ」

 彼のネームプレートには「なんでも聞いてね」と魚の絵と共に書かれていた。名前は海野というらしい。断るのもあれで海野の説明を聞くことにした。

「ベニクラゲはー」
「実はご自宅でも飼うこともー」
「生殖機能がー」
「生息エリアはー」

 説明は五分ぐらい続いた。穏やかな声質というのもあって眠くなりかけていた頃、やっと説明が終わりホッとする。熱心に聞いていたフィンが横で拍手していた。

「以上です。ベニクラゲ以外にもご説明がいる魚はいますか?」
「いえ、大丈夫です」
「そうですか。いつでもお声がけくださいね!」

 にこにこと感じの良い笑みを浮かべて元の位置に戻っていく。その背中を眺めながら二人で感心するのだった。

「なんか、すげえ熱が入った説明だったな。あーいう人が博士とかになったりするんかね」
「うむ、好きは物の上手なれ、だな」
「そんな言葉よく知ってんな…」

『彼は、誰よりも、私達のことを、愛して、くれている。魚たちも皆、大好きなんだ』

 少し俺達の空気が和らいできた頃、ベニクラゲが久しぶりに喋りだす。

『そして、…ああ、あの人間の声は、なんて、心地いいんだ』
「確かに良い声だよな」

 外見の地味さに反して、声は特徴的な声だった。朗読会で主役をはれそうな、穏やかで人を落ち着かせる声だ。

『あの声を、聞いた時、感動した。もっと、聞きたい。話したい。知ってほしい。そう思った』

 ベニクラゲの言葉に目を丸くする。知ってほしい、話したい。それはつまり相手への興味・感心が生まれてる状況なのだ。
 (まさか…)

『こんな、気持ちは、初めてなんだ。どうしても、気になるし、もっと、見てほしいと、思ってしまう』
「…」
『でも、私の声は、彼には、届かない。一番、届いてほしい、彼に…届かないんだ』

 まさかと思ったが、ベニクラゲは海野に恋をしているようだ。クラゲと人間なんて異種族すぎるが、ベニクラゲの呟く声にはたくさんの感情が溢れていて、こちらまで切なくなるほどだった。

『せめて、一言でも、あの人間と…話せたら…そう、願って、止まない…』

 そしてまたベニクラゲは泣き出した。しくしくとすすり泣く声に、俺とフィンは顔を見合わせる。

「こんなに近くにいるのに話せねえなんて…辛いな」
「ああ。どうにかできないだろうか…」
「どうにかって言われてもな…。展示期間伸ばすなんて一般客の俺らには無理だろうし、仮に俺らが翻訳してベニクラゲの言葉を伝えたとしても…信じてもらえるとは思えねえ」

 あの魚好きのスタッフならもしかしたら信じてもらえるかもしれないが。ベニクラゲは自分の言葉で話したいはず。そもそも俺らが間に入ったら意味がない、というか邪魔者すぎる。フィンもそれはわかってるのか反論はしてこなかった。ただじっとベニクラゲを見つめている。眉間にシワを寄せる姿は、まるで自分の事のように思い悩んでいるようだった。

「フィン…?」
「不老不死とは孤独を意味する。長い時を生きていく間に感情は凍てつき少しの事では動かなくなる」
「喜怒哀楽がなくなるって事か?」
「ああ、簡潔にいえばそうだ。今のクラゲ殿が抱くような悲しみや喜び…激しく感情が揺さぶられる瞬間なんて、ほとんどないんだ」
「…」

 (じゃあ今のあんたも滅多にない状況なのか?)
 そう尋ねたい気持ちをグッと堪えた。フィンは前に言っていた。俺といると感情が揺さぶられる、黒い感情が浮かぶと。それはフィンにとってあまりない事なのか。
 (いや思い上がるな)
 フィンは生まれ変わる瞬間に立会った俺を“本能的に"好意を寄せてるだけなんだ。俺の事が本当に好きな訳じゃない。そう自分に言い聞かせる。

「ライ?」
「いや、何でもねえ。それより思念ってさ、頑張れば聞こえたりしないのか?俺にはこうして聞こえてるわけだし、人間相手でも伝えられる工夫とかないのか?」
「こればかりは向き不向きの話で、外部からはどうしようもない。ライはそもそも才能があったのだろうし、私達幻獣と交流するうちに更に聞こえやすくチューニングされたんだろうな」
「それって良いことなのか?」
「一概には言えない。面倒事に巻き込まれやすくなったという点では悪いことかもしれないが。どちらにせよ、思念は気合いでどうにかなるものじゃない」
「そうか…」

 思念で海野に思いを伝えられないならどうすればいいのか。
 (水槽の石を並べさせて伝えるとか?いや…水の中でやるのは非現実的か…)
 そんなことを考えていた時だった。

 バツン!

 突然、水槽の照明が消えた。元々薄暗かったクラゲエリアが真っ暗になる。

「なっなんだ?!」
「ライ、動かないで、私のそばに」
「あ…ああ」

 何も見えないが、互いの位置を確かめ近付いた。背中合わせの形になる。

「これ…やばいんじゃ…」

 どう考えても避難訓練ではない。通路の数少ない照明が消えただけでも十分困るが、水槽の電気が全て落ちてるのだ。これでは空気ポンプが作動せず魚たちに影響が出る。

「早く復旧しないと魚が死んじまうぞ…」
「なんだって?!」
「フィン、あっちに非常口がある。とりあえず避難しつつ考えよう。俺ら一般客にできることなんてたかが知れてる」
「そうしよう」

 少し離れた先に見える緑の非常口は明るいままだった。俺たちは吸い寄せられるように近づく。冷房が消えた事でむわっと空気が淀んで暑くなってきた。手の甲で額の汗を拭う。

 ぴたっ

 目の前のフィンが立ち止まり、鼻を思いっきりぶつけた。

「フィンっ止まるなら一言っ」
「しっ」

 フィンは静かにするよう制した後、何かに集中するように息を潜めてる。

「フィン(小声)?」
「ライ、何か…来る…」
「!?」
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