ヤンデレ不死鳥の恩返し

リナ

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九話

★忠狐の誓い

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「やめ…っ、ゆ、きっ…!はっ、」

 愛撫を止めさせようとしたら、ユウキは叱りつけるように首に噛みついてきた。

 ガブッ

「ひっ、ああっ、あ…ユウ、キ…っ」

 とっさに手首から手を離す。抵抗をやめたのを確認したユウキが優しくうなじを舐めてきた。「褒められた」と喜んだ体は心を置いてきぼりにして勝手に高まっていく。

「はあ、はっ…」

 熱に浮かされながら、教室の扉から床へと視線を移した。もうこうなれば教室だという事を忘れておく事しか俺にはできない。お得意の現実逃避だ。目を瞑りただ時間が過ぎるのを持とうとしたら

「ライ、こっち向いて」
「……っ」

 指示するだけのセリフに、内心舌打ちした。いっそ無理やり組敷いてくれたら、余計な葛藤をせずにいられるのに。俺は苛立ちを腹に抱えつつ、腰を捻ってユウキの方を向いた。
 (え…)
 するとどこか寂しそうな表情をしたユウキと目が合い、ドキリとする。

「ユウキ…?」
「こんなに触れ合っても、ライの心は捕まえられないって思うと、寂しいね」
「…」
「…ライ、好きだよ」

 額を擦り合わせて囁かれる。好きだという言葉には答えられなかったが、ユウキがあまりにも悲しそうで、ほとんど無意識で手を伸ばしていた。

 す…

 ぽんぽんと頭を撫でる。やってから自分も気づいたが、俺以上にユウキの方が驚いていた。

「え…」

 俺が自分からユウキに触れた事なんていつぶりか。そう驚く顔は年相応の、こんな事になる前によく見ていた「可愛い弟分」の顔をしていて、懐かしさにぐっと胸が熱くなる。気づけば、喉元まで来ていた言葉が溢れていた。

「ユウキ、昨日は…ごめんな」
「…」
「嫌な事を、させたし…聞かせた…」

 どれだけ酷い事をされたとしても傷つけていい事にはならない。今までみたいにユウキの想いを見ないふりしていた関係でならまだしも、もう俺は知ってしまった。遊びでも何でもなく大事に想っている事を知ってる上で、当てつけのように、残酷な言葉をぶつけてしまった。

「ライ…」

 俺の謝罪にユウキは困ったように笑った。

「なんだ、それを言おうとしてくれてたの?ずっと上の空と思えば、考えてたのは…俺の事だったんだ…嬉しいな」
「…」
「大丈夫だよ。ライといるのに嫌な事なんてないから」
「ユウキ…」
「ライは俺の事、嫌い?」
「…嫌いじゃ…ねえけど……恋愛感情は…」
「そっか。じゃあ、俺とするのは?」
「イヤ」
「ぷっ、即答って、あはは」

 笑いながら、ちゅ、と頬に吸いつかれる。手は俺の前側に移動して戯れのように擦ってきた。

「素直な所も好きだよ」
「おい…っ、」
「ライもここまで火がついてたら引き返せないでしょ?絶対満足させてあげるから一回だけやろ」
「ん…ッ、はあ…」

 ユウキが触れている所から甘い痺れが広がる。悔しいがユウキの言う通り、体は欲求不満に喘ぎ、引き返せそうになかった。

「は、ああ…っ!ユウキ、まっ、んんっ!」

 俺の良い所を知り尽くした手が寄り道する事なくなぶって高めていく。出そうになった所で、ユウキの手が離れていった。なんでとユウキの方を見ればあやすように頬にキスされる。

「腰、上げて」

 誘導され大人しく腰を持ち上げれば、後ろに指が入ってきた。

 ぐちゅり…

 本来いれる場所ではない狭まった部分を無理やり広げられ鳥肌が立つ。ほんの少しの違和感と、腰の奥が期待するように疼く感覚。後ろを使うのは二日ぶりだし、指では奥を満たせないが、手前の良い所をぐりっと押されれば突き抜けるような快感が押し寄せた。

「はっ、あああ…ッ」
「しー…」

 喘ぐ唇を指先でつつかれるが、後ろの刺激は我慢できるものではない。せめて唇を噛んで耐えようとすれば「ダメだよ」と指を差し込まれ封じられてしまう。後ろに入れられた指はその間も悪さをし続けるし、強すぎる刺激を逃がせず、視界が水の膜で滲んできた。

「はッ、ああ…、ふっ、うう…ッ」

 ユウキの肩に爪を立てて、助けを求める。

「いつでも、ここ、使っていいからね」

 ユウキが確信犯の顔で自分の唇を指さした。

「……!!」

 それをしたらここまで越えずにいたラインを越えてしまう。今更な葛藤ではあるが素直に従う事はできなかった。チラリと後方を確認する。教室の扉は閉じられたままだが施錠はされてない。もしも声を聞きつけて誰かが入ってきたら…

 くちゅり

「うあぁ…っ!」

 指が増やされ、みっともない声が漏れた。
 (くそっ…)
 教室に響く自分の声に顔が熱くなる。バレたくない一心で、目の前の、笑みの形を作っていた唇に噛みついた。

「んんっ、んぅ…、ふ、ンンっ…」

 ユウキの唇は柔らかくて、暖かくて、口を開ければぬるりと舌が入ってくる。喘ぎ声を飲ませるように舌を絡ませればどちらともなく吐息が漏れた。

「はあ…、ん…、んん…」

 声を響かせずに済むと思うと体からストンと力が抜ける。…また一つ抵抗する理由を奪われた。おかげで体を焼く快感がどんどん強くなってきている。

 ごくり

 ユウキの喉が鳴って互いの唾液が混ざり合ったものを飲み込む。

「…っ!」

 ハッと我に返る俺を前に、ユウキがぺろりと舌なめずりした。教室に似つかわしくない雄の顔で見上げてくる。

「ライ、いれていい?」

 なんでここで疑問形なんだと恨めしくなったが、寸止めされた体は正しい答えを出せない。応える代わりに、自分から口付けた。胸をかすめた罪悪感を搔き消すように舌を絡ませた。
 
 ぐちっ

「んんぐっ、はっ、うああぁ…ッ」

 熱く固くなったのを押し付けられ、先端がめり込んでくる。押し広げられる圧迫感に息が詰まるが、前を擦られ、舌を絡ませているとそれも気にならなくなった。ゆっくりと全てを飲み込まされた後、ユウキが一息つく。

「…はあ、きっつ」
「んんぁ…、はあっ、ゆ、き…ッ」
「うん、大丈夫、まだ動かないから」

 中が馴染むまで待つつもりなのか、ユウキは戯れのようにキスをしてくる。しばらく急かされるようなキスをした後ふとユウキは顔を離した。鼻が擦れる程の距離で留まり、内緒話のように囁いてくる。

「ねえ、ライ、あとで教えるって言った話、覚えてる?」
「ん…っ、はあ…、はあ…、え…?」
「俺達狐一族の変化の見抜き方の話だよ」
「あ、…」

 そういえばそんな話をしたっけか。大分前のように思えるが確かあの時は「お前ら一族に深入りするつもりはないから聞く必要ない」と跳ねのけたはず。

「俺らはツガイ…今風に言うと夫婦かな?と、事情を知ってる業者としかセックスしちゃいけないっていう掟があるんだよ」
「…はあ、は……おき、て…?」
「そう。なんでかというと、」

 ぐちゅり

 中を確かめるように腰を回された。良い所ももちろん刺激され…強すぎる刺激にクラっと眩暈に襲われる。

「あああ…ッ、こ、のッ、ゆう、きッ!」

 ユウキの肩に縋りついたまま睨みつければ反省した様子もなく顎に吸いつかれた。

「俺らは変化しながらセックスできないんだ」
「?!」
「だからどうしても変化してるか見抜きたい状況になったら、ハニートラップを仕掛けたらいいよ。ライ相手なら、狐一族…親父や柴沢だって隠し切れない。秒で正体を晒すと思うから」
「なっ…」
「皆ライに好感を持ってるからね。そういう相手には隠すのが余計難しくなるんだ。…まあ、ライがハニトラしたなんて聞いたら…相手の事勢い余って殺しちゃいそうだけど」
「お前、なあ…」

 一族相手に殺すとか冗談でも言うなよと俺が引いてるとユウキは悪い顔で笑った。

「あ、これ、外部の人間に知られてない大事な秘密だから内緒にしてね。狐一族と生きていくなら対策方法は知っておいた方がいいと思って話したけど狐一族の無力化は困るから」
「…わかってる」
「ふふ、ありがとう。でも格好悪いよね。弱点がセックスって…」
「…」
「変化って地味に集中力がいるから心身共にいっぱいいっぱいになる時は維持できないんだ。…まあ、俺は器用だからイク時以外はできちゃうけど」
「は…?」

 つまり無敵なのかと顔をしかめれば、ユウキはにやりと笑って、合図もなしにぽふんっと姿を変えた。

「じゃじゃーん」

 半裸のソルが現れ、披露するように手を広げてくる。

「ひっ」

 温泉以来のその姿に心臓が止まるかと思った。挑戦的な笑みも、引きこもりの癖に鍛えられた体も、すぐに悪戯してくる指もそのままで、ギョッと体を引けば膝から落っこちそうになる。

「うわ…っ!」

 ぐっ
 
 力強い両手が回され、支えられた。床に落下する事は避けられたが、いっそもう落ちた方がよかった気がした。何故なら

「おいコラ、危ねえだろが」

 口調まで真似て引き寄せられ、しかもイタズラするように腰を揺すられるもんだから動揺するなんてレベルじゃなかった。むしろ叫びかけた。残り少ない理性でなんとか我慢する事を選択できたが普通にパニックである。

「ひッ、んああ…っ、ゆう、きっ!!」
「くくっ、か~わいい反応だなぁ。ソルジだろ?ちゃんと呼べって」
「おまっ…それ…ッ、もう、やめろって!」
「その嫌がり方、さては“オレ”とやった事ねえな?そそるじゃねえの、おら、こっち向けよ」
「いっ…!!!??」

 キスされそうになり、慌てて奴の顔面を掌で覆った。「邪魔だ」と歯を立てられ唸られるが、この顔でキスするのは避けたい。というか無理。

「ひぃ…っ、うあ…、たの、むっ、、ユウ、キ…っ!」

 本当にソルとしてるみたいで、色んな意味で泣きそうだった。俺の限界を察したユウキがいつもの笑みを浮かべ頬に吸いついてくる。

「えへへ、どうだった?結構似てるでしょ」

 似てるというか本物にしか見えなかった。全力で、それはもう全力で拒否しているとユウキはやっと姿を戻してくれた。

 ぽふん

「!」

 ソルより少し薄い体に、幼さの残る整った顔、そして柔らかな印象を与える栗色の髪と瞳を見て…ホッと胸を撫で下ろす。
 (まさかユウキの裸を見て安心する日が来ようとは…)

「はあ、はあ…くそっ……」
「ライー、ごめんってば」

 ちゅ、ちゅっと鎖骨に吸いつかれる。機嫌をとるような甘い刺激に、こんなんで誤魔化されるかと顔を背けて文句を溢した。

「おま、え…、悪趣味、だぞ…」

 寝取られ趣味でもあるのかと嫌悪を向ければ、ユウキは苦笑する。

「だから、純愛だってば。寝取られなんて絶対嫌だよ。昨日自慰を手伝った時だって、自分でやっててあれだけど、俺以外の声がして吐きそうだったし、殺したくなった」
「怖えよ…自分の体から…出てる声だろ…」
「だからこそだよ。自分の喉から恋敵の声が出てきたらなかなか複雑な心境になるもんだからね?…まあそれでライの体が休まるのなら、俺は喜んで身を砕くけど」

 ちゅっと唇が重なってきて、自然に舌を絡ませた。少しずつユウキとのキスにも慣れてきて、でも心拍数は上がり続けていて苦しかった。

「ンン、ん…っ」

 つられて腰の疼きも辛くなり腹の中のユウキのを締め付けてしまう。はあ、と熱い吐息を漏らしたユウキが見上げてくる。

「そろそろ、動いていい?」
「もう…何回も動いてるだろ、が」
「ふふ、悪態をつける余裕が出てきたなら大丈夫だね」

 笑いながらぐちゅりと強めに突かれた。呻くような声が漏れる。ユウキは立ち上がって俺を机に押し倒し、上から覆いかぶさるようにキスしてきた。座ってやられるよりこの姿勢の方が体的には楽だし快感を拾いやすい。だが「セックスしてます」感が強まり、快感と共に恥ずかしさも跳ね上がった。

「んんぐ、うううう~…はぁ、んぅぅっ!!」

 思いっきり声が出そうになるのをキスで塞がれながら腰の奥をガツガツと突かれる。興奮してるのかユウキの動きも少し荒く感じた。…意識がある間に抱かれた記憶はほとんどないはずなのだが、体に刻まれた本能が伝えてくる。

 グリッ

 ボーっとしてると手前のイイ所を強めに突かれ、意識が飛びそうな程の快感に襲われた。

「あああッ…!!」
「はあっ、もってかれそ…」

 締め付けが強まりユウキはぐっと顔をしかめた。その苦しそうにしてる姿に煽られて、本能のまま、汗ばんだ背中に腕を回す。

 すっ

「…!」

 ユウキは一瞬動きを止める。内側の締め付けもだが、寝たきりの俺はこんな事はしなかったはずだ。

「…反則だよ、それ」

 驚きの顔を崩して笑う。動揺を隠すように乱暴なキスをされた。

「んんンッ…く、んああっ、…ゆ、きっ、そこっ」
「ね、手前と奥どっちが好き?」
「うあッ、聞く、なっ…アアぁ…ッ」

 奥を強めに突かれるのも、手前のしこりを擦られるのもたまらない。俺の反応を見てればそんな事一目瞭然なのに、あえて言わそうとするユウキに腹が立った。でも…噛みつく言葉は口から出ず、逆に、早く、もっと、と浅ましく求める言葉が漏れていた。煽られたユウキが腰を掴む指を食い込ませて奥を突いてくる。それがまたたまらなくて、

「はあ…、ふふ、ライ、イキそうだね…いいよ、先にイって、」

 勃ちあがったそれを擦られ堪らず腰が揺れる。

「んあああ…ッ」

 元々限界だった俺は呆気なくイかされ、どろりと前から溢れさせた。脳内を占める圧倒的な快感に酔いしれ、ぐったりと背中を机に着地させる。だが余韻に浸る間もなく、ユウキが奥を抉り続けるものだから拷問のような快感地獄を味わされた。

「ちょ、ゆ、き、今イっ、た、から…ッ、ああぁっ」
「ごめん、俺がまだだから」
「ンアアァっ、はあっ、んぐうっ…ああ!」

 あまりにも辛くて、体が痙攣するように震える。なのにまたイかされ、抵抗する体力は完全になくなった。揺さぶられながらせめてもの抵抗として「早く終わらせろ」と強く睨みつける。

「…もう少し楽しみたかったけど仕方ないか」

 ユウキはくすりと笑って、俺のほとんど脱げかけていた羽織を抜き取っていく。

「??」
「うん、やっぱり、こっちの方が良い」

 ユウキは大人に戻った俺を見て満足げに頷いてくる。モノ好きめと内心毒づいたが、体が戻るのと同時に正気も戻ってきた。
 (この姿で見つかったらヤバイ)
 というかセックスしてんの見られるのも普通にヤバイんだが、とにかく早く終わらせないとマジで“人として”殺される。社会的に生きられなくなった先はユウキの奴隷一直線だ。新たに生まれた恐怖に震えながら目の前の肩を押し返す。

「ユウキ、やめ、ここ…ッ」
「しー…あとちょっとだから」

 逃げようとする俺の腰を掴み、唇を奪う。肩を掴んでいた手は恋人繋ぎにされ机に押し付けられる。

「んんぐぅ、んむ、ンン…ん、ふっ、ううう…ッ」

 息もできないようなキスに溺れ、強めに奥を抉られた。ガツガツと腰を振られ、じわりと腰の奥の疼きが満たされると、中に入っていたユウキのがびくりと脈打った。

 どくり…

「~~~~ッ」

 どくどくと熱いのが広がる感覚に全身を震わせる。

「はあ…、最高、」

 ぱたりとユウキが倒れこんできた。まだ中のは脈打ち続けている。放心状態のまま好きにさせてると、奥へ流し込むように揺すられた。

「んんっ、あ…っ、やめ、苦し…ッ」
「あーやばい、めっちゃ出る。止まんない」

 わざわざ言わなくていい。キッと睨みつければ、腰を一番奥まで押し付けたまま抱きしめられ…不覚にもドキリと心臓が鳴った。

「教室セックスヤバイね。ハマりそう」
「はあ、はあ…、ヘン、タイが…」
「えー?俺よりイってた癖に」
「く…ッ、だま、れ」

 うるさい口を唇で塞ぐ。舌を絡ませながらチラリと廊下の方を確認すれば、教室の扉は閉じられたままで誰も覗き込んでいなかった。どうやら見つからずに終えられたらしい。人が少ない日で本当によかったとホッとしていると、

「ライ…」

 ぎゅっと腕の力を強められ、状況を思い出す。
 (…そうだ)
 まだユウキのが入ったままだった。早く抜かないと二回戦目が始まりかねない。甘えるユウキを引き剥がし、半勃ちのを抜かせる。床の羽織と浴衣に手を伸ばしたところで再びユウキの腕に捕まった。

「おいユウキ、これ以上は…」
「ライ…愛してるよ」
「!」
「誰が何といおうと俺はライを愛してる。ずっと、誰よりも、ライを見てるから、それだけは信じて」
「…」

 腕の中に抱かれたまま、真剣な表情で告白される。

「…俺、は、」

 ユウキの事は嫌いじゃないが、恋愛感情はない。抱かれてもキスをしてもその気持ちに変化はなかった。そもそも昨日フィンを見た瞬間、自分の中に消化しきれない程の感情が残っている事に気付かされた。心には常にオレンジの瞳が居座り続けているし、俺にとっての一番は揺れ動きようがないのだと痛感した。

「……俺はフィンが、好きだ」
「…うん、知ってる」

 知ってるけど、想うことは抑えられない。真剣に注がれる栗色の視線がそう告げていた。
 (まるで鏡だな…)
 ユウキの俺への想いは、俺の、フィンへ抱く想いとそっくりだ。たとえ振り向いてもらえなくても、愛してもらえなくても、呪いのように俺達の心には相手の名前が刻まれている。目で追ってしまう。心が求めてしまうのだ。
 (…そうとしか生きられないんだから、仕方ない…か…)
 あれだけ酷い事をされたのにユウキを突き放せなかったのは、きっとその切なさがわかるから捨て置けなかったのだ。今の自分を鏡のように映すユウキは…他人事に思えなかった。
(この気持ちに、応えられないのなら、せめて、…)

「…ユウキ」

 真剣な顔を向けてくるユウキを、真っ直ぐ見つめ返す。今、俺がすべき事は、告げられたユウキの気持ちをなかったことにせず…受け止める事だと思った。

「…ありがとな」
「!」
「俺なんか惚れても…面倒くせえだけなのに、物好きな奴だ」
「そんな事ない。ライは男としても、恋人としても…とても魅力的だよ」
「…高校卒業したら世界が広がる。そうなりゃ、視野が広がる。俺の事もきっと…」
「それでもライだけだよ」

 俺と同じくらい頑固らしい。苦笑しつつ、ユウキの頬に触れた。滑らかでハリのある肌を撫でて、前髪を後ろに撫でつけてやる。栗色の瞳はいつも以上に柔らかく溶けていた。

「ライの事を、心の底から愛してる」
「………、もし…、万が一、十年後も同じ気持ちだったら…考えてやる」
「ほんと?」
「その代わり、条件…つーか、前に言ってた約束を守ってもらう」
「約束…?」
「ああ、俺が正気に戻ってすぐの…」
「体を洗わせる代わりになんでも言う事を一つ聞くよってやつね。なんだ、ライ覚えてたんだ」
「……考えてたんだよ」

 この二日現実逃避してる時も頭の隅でずっと考えていた。脱走や引き離す内容も考えたが、ユウキの事だ。なんだかんだ丸めこまれて無駄に終わると悟っていた。でもやっと「これだ」と思うものが浮かんだ。

「言っとくけど、ライを殺すって願いは聞けないよ」
「わかってる。俺は自殺願望者じゃねえし自分のケツは自分で拭く」
「じゃあ…ライの願いは何?」

 ユウキが迷いのない目で見てくる。俺は深呼吸の後、宣言した。

「俺を欺くな」
「!?」
「変化するなって言ってるんじゃねえ。俺を騙そうとするな、って意味だ。どんなに正当性があっても、俺の為だとしても、必ず相談・報告しろ。お前は賢いし、ヤクザの頭にいつかなるだろう。ならないにしても俺より高い位置にはいるはずだ。そんな立場で欺かれたら勝ち目はねえ」

 力関係の傾いた関係じゃ信頼なんて築きようがない。歪んだ環境のせいでこんな簡単な事もわからないのだろう。いや、もしかしたらヤクザの世界はそれでも成り立つのかもしれないが、俺は一般人だし狂った常識を受け入れるつもりは毛頭ない。
 (ユウキだって、今なら間に合う)
 周りに止める人がいないのなら…俺が止めてやる。

「監禁されるのも玩具にされんのも金輪際ごめんだが…せめて宣言してからやれ。正面からぶつかってこい」
「正面から…?」
「ああ、そうだ。俺はもうお前の事をガキとは思わねえ。ちゃんと男として見てやる。だからお前もフェアなやり方で仕掛けてこい。お前が二度と俺を欺かねえと約束できんなら…もう一度だけ信じてやってもいい。…言ってる事わかるよな?」

 ユウキが目を見開く。それから崩れ落ちるようにして膝をついた。

「…やっぱりライはすごい。いつも俺の予想を飛び越えてくる。死ねとか、二度と顔を見せるなとか、そういうのを予想してたのに………変化…ううん、欺くのが生業の一族に“欺くな”って…それ、とんでもない殺し文句だよ」
「悪いか」
「ううん、悪くない…最高だ」

 そういって両手で俺の足を持ち上げる。恭しく、足先に口付けてきた。

「誓う。俺は二度とライを欺かない。また困らせたり泣かすかもしれないけど、…ライの心を欺く事は絶対しない。裏切らないって誓うよ。だから…もう一度、チャンスをください」
「……次はねえからな」
「うん」
「…なら、いい」

 それ以上は何も言わず、栗色の柔らかな髪をくしゃくしゃと撫でた。ユウキは嬉しそうに目を細めじっと頭を垂れている。ほんの一瞬、教室が静けさに包まれた。今までの事を全て水に流すつもりはないが、その静けさが互いの傷を癒す気がした。

 ブーブー

「!」

 ふと、バイブ音が響く。ユウキのスマホが着信を知らせていた。俺と顔を見合わせた後、ユウキは立ち上がって鳴り続けてるスマホをとった。

「もしもし」
 <狐ヶ崎の息子だな。時雨だ。今いいか>
「…はい、大丈夫です」
 <そっちにも報告があがってるかもしれんが、フェニックスが暴れている。狐ヶ崎と龍神組、共に負傷者が出ていて…重傷者も先程一人出た>
「!」

 キーンと耳鳴りがする。
 (フィンが人を襲った…)
 信じたくないし詳細もわからないが重傷者が出たのなら「殺そうとした」事は確実だ。本当に敵対してしまったのかと愕然とする。

 <何がトリガーになったのか、奴は完全に我を失っている。下の奴らでは抑えきれそうにない…まさに手負いの獣だ。街中で幻獣化すれば揉み消すのが大変だってのに…手間ばかり取らせおって>
「時雨さん、奴の処分はあなたに任せられてるはずです」
 <わかっている。今向かっている所だ。…で、お前達は今どこにいる?>
「…高校近くです」
 <そうか。最後に目撃された場所も高校付近だ。奴はお前達に執着している。見つかれば必ず標的になるだろう。十分警戒しておけ>
「わかりました…時雨さんもお気を付けて」

 そこで通話は終わった。ユウキが向き直ってくる。

「あの爺が出るならそろそろ死者が出るね。もしかしたら店長さん達も近くにいるかもしれない。囲まれたらヤバイ、さっさと避難しよう」

 そういってユウキが俺に羽織をのせた。表面を軽く叩くと、再び学生の姿に変化した。校舎の中を行くのならこの姿でいるべきだと判断したのだろう。それに関しては俺も同意だ。
 (なるべくなら目立ちたくない)

「行こうか、ライ」

 たとえ、…逃げないにしてもだ。

「…ライ?」

 俺が動かないのをみてユウキが振り返ってくる。

「ライ、大丈夫?歩けない?抱っこしようか」
「…ちげえよ。近くにフィンがいるんだろ。なら、ちょうどいい。今から会いにいく」
「へ??!」
「…会って、今度こそ話をつけてやる」

 ユウキは目を見開き「ありえない」と首を振った。

「ちょっとライ、本気でいってる…?顔を見ただけで吐いてたんだよ?その後も酷く散乱してたのに…話なんてできるわけが…」
「あの時は後輩が現れてテンパっただけだ。それに…」

 真人との時を思い出す。後輩が現れて…真人の気持ちがわからなくなったあの時、俺は、大事なことを確かめるより先に逃げてしまった。
 (逃げたせいで…後悔も未練も長く残った)
 あの時と今はすごく似ている。ヘブンの一件に巻き込まれて以来、俺はずっとフィンと「出くわす」だけで話はできていない。全て人伝の情報だけ。これで逃げたら…真人の時と全く同じになってしまう。あんな思いは二度としたくない。

「…また傷付くよ」
「それでも行く」
「はあ…」

 ユウキが呆れるように頭を掻いた。

「…仕方ない。ライがそうしたいのなら、いいよ。俺も協力する」
「?!」
「ライ一人じゃあの化物集団とやりあえないでしょ。個人的に不満は山ほどあるけど…今回、俺のせいで拗れた所もあったと思うし、何よりライの味方でいたいから。ちゃんと話せるように手を尽くすよ。それが俺なりのケジメだ」
「ユウキ…」

 まさかユウキが協力を申し出てくるとは思わず驚いていると

 バツンッ!!!

 突然教室の電気が消えた。教室内だけでなく廊下も一斉に消えたのか、顔がギリギリ見える程度の暗さに校舎全体が包まれた。まだ夕方だが、分厚い雨雲のせいで外からの光もほとんど入らない。

「おい、これって…」
「ライ!」

 ユウキの指した方を見れば、廊下を覆うように、灰色の霧が充満していた。
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