70 / 159
九話
★ご褒美
しおりを挟む
いつもと違う感覚だった。
「っ…、…」
いくら擦っても気持ちよくならない。肌を擦ってるだけ。勃ちもしない。予想できていた事ではあったが受け止めきれず呆然としてるとユウキの手が重なってきた。
「ね?今のライじゃ無理だよ。そんだけ気張ってたら自慰なんてやれっこない」
「…っ」
わかってるが、ならどうすればいい。目を瞑ればさっきの店での事を思い出してしまう。現実を思い知らされる。
(何も考えたくない…、だるい…)
体は一日中酷使した事で疲労困憊となってる。早く寝たい。休みたいのに眠れない。今更になって寝れてなかった時のソルの気持ちがわかった。眠れない事が、こんなに恐ろしくて焦るものなのかと絶望する。
「ライ、大丈夫だよ」
向かい側で座っていたユウキが囁く。
ちゅっ
黙っていると頬に口付けられた。思ってるよりもずっと優しい口付けに戸惑う。
「…、え」
固まっているとユウキはくすりと笑って耳にも口付けてくる。とっさに体を離そうとすると
「俺にやらせて、ご褒美って言ったでしょ」
「おい、ユウキ…」
離れた分近付かれ、前を触られる。違和感しかない自分のを半勃ちのままゆるゆると擦られた。気持ちよさは…感じない。拒絶しようとした俺の手をやんわりといなしてまた頬に口付けてくる。ちゅ、ちゅっと何度もついばむように吸いついて、首を傾げた。
「キスしちゃダメって、やりにくいね…」
「…!!」
慌ててユウキの唇を掌で防ぐ。今のユウキは暗い目をしてないし、機嫌も良さそうだが…いつ悪化するかわからない。距離を置こうと膝で後退れば
「あ、一応言っとくけどこの三日間も“キス"はしてないからね。…まあ、それ以外は大体したけど、唇だけは避けたから安心して」
「っ、…」
「ちゃんとライとの約束は守ったよ」
猿轡があってできなかったというのもあると思うが、相変わらず気を遣う方向性がおかしい。散々体を食い散らかしといて今更すぎる。
「…」
ただ、そのおかしさにユウキらしさを感じたのも事実で
「…はあ、」
なんだかアホらしくなった。こんなに怖がってるのも、自分自身の事や、状況全てが、どうでもよくなってくる。体の緊張がとれていくのを見てユウキが柔らかく微笑んだ。
「その調子」
よしよしと愛おし気に頭を撫でられる。気恥ずかしさに両手で押し退けたが、一切引かず肩や胸も優しく撫でてくる。
ぎゅっ
「ンンッ?!」
緩んでいた体に鋭い刺激が走った。電気が走ったのかと思える程のピリッと痺れるような刺激が背中を伝って体を熱くする。
(????)
なんだと慌てて下をみれば…胸を摘まれていて、
(……え??)
大混乱だった。胸は感じないはずなのに、今の刺激はここから与えられたのかと驚愕する。
「うん、強情だったけど少しはマシになったかな」
「何言って…ああっ、くっ、ン…っ」
確かめるように摘まんだ後、指の腹ですり潰され、ジワジワと熱くなるような、感じたことのない刺激が走った。何もしてないのに背中が粟立ち、吐息を漏らしながら震える。
(な、なんだこれ…)
ヤバイ。未知の刺激に襲われ内心パニックだった。みっともない声が出そうで慌てて自分の手の甲に噛みつく。
「ビックリした?ライが寝てる間にちょっとスパルタで教え込んだんだ。キッカケは作ってあげたから、すぐは無理でもそのうち気持ちよくなってくると思うよ」
「?!!」
さらりと恐ろしい事を言われ、腰が引けた。というか血の気が引いた。スパルタで教え込む?そのうち気持ちよくなってくる…だと??なんてことをしてくれたんだと包帯が巻かれた手で目の前の腹を殴ろうとすれば、
ぱしっ
「こら、ダメでしょ」
寸前で手首を捕まれ、穏やかに諭される。
「…っ」
蹴りは受けたのに拳はダメなのかと噛みつこうとしたが、…もしかしたら拳の擦り傷が悪化するのを恐れて止めさせたのかもしれない。困惑してると、その隙を突かれ、両手とも奪われた。
「危ないし腕だけ縛っとこうか」
「は?!おいっ!やめ…ろっ…嫌だって!」
「暴れないで、手首捻っちゃうよ」
「お前が離せばいいだろ!!」
暴れようとする俺の上に乗っかって手慣れた手付きで拘束していく。布で覆った手首に手錠をかけ、頭の上に持っていき、布団の下の留め具に繋げられた。布で可動域を埋められてしまい、腕を振ろうとしてもピクリともしない。逃げられないという現実を思い知らされ更に絶望した。
「ユウキっ!」
「なーに」
名前を呼ばれて嬉しそうに目を細めてる。俺の体から浴衣を取り払いながら、掌で腰を撫でてきた。その、忍び寄るような刺激に、ぞくぞくと鳥肌が立つ。
「う…くっ、やめ、ろ、って!」
「怖くない。怖くないよ」
よしよしと頭を撫でられた。またそれかと首を振るが腕を拘束され腰に乗られていては恐怖しか浮かばない。俺の震えに気付いたユウキが足の方に降りていく。
「ごめん、怖がらせるのは本意じゃないから」
じゃあもう解放してくれ、そう言いたかったが喉から出たのは喘ぎにもならない吐息だった。ユウキの掌が内ももをさすっていき、俺のものに再び触れてくる。とっさに膝を閉じようとしたがすかさずユウキの体が挟まって邪魔してきた。
「ユウキ…ッ!!」
「膝閉じてたらできないよ」
「俺、ほんとに、嫌なん、だって…!」
涙さえ滲ませて必死に訴える。いくらユウキが優しくしたとしても、恐怖や拒絶反応は消えてくれない。俺にとってここはトラウマが多すぎるのだから。
「……」
ユウキは一呼吸、考えるように固まった。それから片手を俺の瞼の上に乗せてくる。
「!!」
視界を覆われ何も見えなくなった。
(…怖い)
次に何をされるのか分からない。逃げたい。怖い。薬は嫌だ。殺されたくない。助けてくれ。そう願おうとした相手の名は喉が震えるだけで音としては出なかった。代わりに涙が溢れて、
「…大丈夫だ、ライ」
その声にハッとする。
「?!」
瞼を覆っていた掌がどくと、目の前に…白金の髪の男が座っていた。幻覚かと思った。とうとう俺の気が触れたのかと思ったが、
「あ…、…」
俺がよく知っているその顔は、体は、まるで本物なのかと思えるほどそっくりで、抵抗することも忘れて見惚れてしまう。オレンジの瞳に白金の髪、筋肉のついた体も、すらりと長い手足も…さっき店の前で会ったばかりの姿をしていて…その美しさは、鮮明に脳に刻まれている。
「ライ」
その声で呼ばれるだけでゾクリと震えた。中身がユウキなのだとわかっていても、体はあっという間に弛緩していく。
「…良い子だ」
ちゅっと額に口付けられ胸が高鳴った。会いたかった。触れたかった。その力強い腕に抱かれたかった。
ぎゅっ
願うままに抱かれ瞳に溜まっていた涙が零れる。全てが夢だったのかと一瞬、思ってしまった。ヘブンの事も、後輩の事も、全部夢だったんじゃないかと錯覚するほど、その抱擁は甘いもので。夢オチなんてあるわけないと心の隅で呟く自分を見ないふりをして、ギリギリまで追い込まれた俺の精神はその毒を飲み込まずにはいられなかった。
「はっ、はあ…ん、んあ…、はっ」
その唇で優しく愛撫されるのはすごく気持ちよかった。まだどこか布を一枚隔てたような感覚はあるが、それでも何も感じない時よりずっとよかった。もっと触ってくれと浅ましく自分から求めてしまう。
「…ライ」
少しだけ息をのむように動きを止めたが、またすぐに愛撫は再開された。前はすでに出せそうな程高められていた。あと何回か擦ってもらえればイケる。出せる。
「はあ…、ん、…?」
何故か手を止められてしまい、どうして、と首を傾げた。
「…ライは誰が好きなんだ?」
真剣な顔で囁かれる。俺は、いつの間にか自由にされていた腕を目の前の男の首に回し、ほとんど思考力が落ちた状態で応えた。
「あんたに、決まってんだろ」
「…そうか」
寂しそうな微笑みを浮かべ、前を強めに擦られる。
「ンンンッ…っ!」
どくりと溢れてくる感覚と共に脳を埋め尽くす余計な情報が一気に霞んだ。ぼんやりと視界が白くなっていき、やがて意識を失った。
***
メキキ…
体が軋む音がする。いや、これは体からしてる音なのだろうか。…わからない。私の体は基本的に異物を受け付けない。死に至る異物は排除され、外部干渉で死に至っても完璧な状態に戻れる。“元通り”になる。だからこうして体が軋み続ける事なんて本来ありえない事なのだが。
メキッ
ライと離れてからずっと、体のどこかが軋み続けていた。
メキ…ギシリ…
『こんな所にいたんですね』
暗闇から影が近付いてくる。私は膝に埋めていた顔を上げてその影を見つめた。
『ふふっ、ボロボロですね。使い物にならなくなる前に龍矢さんの所に戻った方がいいですよ』
大きなお世話だ。口があれば言い返していただろう。だが不思議と体はあるのに口は動かせなかった。異様な感覚だ。…ここは夢の中なのだろうか。
すっ
私は影に背を向け、立ち上がった。
(…ライを探さなくては)
この空間は私と影以外何もない。どうやって脱出したらいいのかはわからないが、今こうしてる間もライは苦しんでるはずだ。現実の事を思い出せなくても「早く起きて助けに行かなくては」という焦燥感だけは確かにある。
『無駄ですよ』
影が笑う。
『あなたは死んだ方の脳に宿る感情ですから』
メキキッ…
影の言葉に比例して、軋む音も、痛みも強まった。不快感に顔をしかめていると更に影は続けた。
『脳は複製できても…感情はどこまで、どれだけ…持ち越せるんでしょうね?』
影はくすくすと笑いながら暗闇へと溶けていった。
***
ザアアアア…
今日は朝からずっと雨だった。昨夜の強烈すぎる睡眠導入のおかげでいくらかまとまった時間眠ることができたが、日が昇るより先に目を覚ましてしまった。眠れたのは四、五時間だろう。興奮状態は抜けてないらしい。
(当たり前か…)
状況は何も変わってない。俺も、世界も、現実は混沌としたままだ。俺は気怠い体に鞭を打って、不良達のいる溜まり場に向かった。離れにいても気分は良くないし何より今のユウキと室内で二人きりでいるのが気まずかった。
(妙に静か、というか…)
昨夜のご機嫌な様子から一転、静かすぎる程大人しくなっていた。絡まれないのは助かるが、これはこれで恐ろしい。いつ爆発するかわからない爆弾の横で作業してるような気分だ。
バキッ
「今ので最後の一人だよ」
昼過ぎに三つ目の溜まり場を潰し終えると、ユウキが声をかけてきた。久しぶりに声を聞いてつい振り向いてしまう。しかし、栗色の瞳は俺ではなくスマホに向けられていた。
「一通り騒がれてる場所は回り終えたかな。昨日かなり暴れたおかげで良い感じに抑圧できてるね。ネットの方も落ち着いてる。あとは通報待ちつつ学校周りを巡回するぐらいになりそうだよ」
「…そうか」
「今日中には学生達の件は片付けられそう、よかったね、ライ」
「…ああ」
互いに言う事が無くなり、しんと沈黙に包まれる。
「ライ、こっち来たら?風邪引くよ」
ユウキは屋根があるところで立っていたが、俺は路上で喧嘩していた為降られっぱなしだった。すでに全身びしょ濡れで今更雨宿りしたとて結果は変わらない。むしろ服についた血が流れてくしちょうどいい。首を振ってユウキに応えた。
「そう…」
俺が拒否したのにユウキが絡んでこない。やっぱり様子がおかしい。
(昨日の、俺のせいだよな…)
興奮しきって眠れなくなった俺を、無理やりとはいえ、フィンの姿に化けてまでユウキは相手してくれたというのに
“ライは誰が好きなんだ?"
“あんたに、決まってんだろ"
“…そうか”
残酷な言葉を言ってしまった。チクチクと罪悪感が胸を刺してくる。ユウキは、あんな台詞聞きたくなかったはずだ。それなのに怒ることもなく嫌な顔もせず、俺が眠るまで、その姿で付き合ってくれた。
(悪い事、したな…)
ユウキの心情を思うと、ズシリと胸が重くなった。
「ユウキさん」
そこで柴沢が傘をもって現れた。俺に傘をさしながら柴沢はユウキの方へ視線を向ける。
「ユウキさん、学校から連絡がありました。本日の追試を受けなければ留年が確定する、との事です」
「えっ…!!」
げげっとユウキが顔をしかめさせる。それからスマホで確認していく。
「ほんとだ…今週あったテストに卒業に関わる奴があったっぽい。山田は選択科目違うしセーフだけど俺は完全アウトだ…やっばぁ…」
今週はヘブンの一件と俺を監禁する(三日間)のでほとんど授業を受けられてない。後半は自業自得だが卒業が危ぶまれるのは俺としても…いや、今更ユウキが普通の学生と同じ事をしてもシュールに見えるだけだが…それでもあえて留年させるのは違うと思った。例えヤクザのお遊戯だとしても社会性は失わせるべきではない。
「ライ、ちょっとだけ学校寄っていい?」
ユウキの言葉に頷き、共に柴沢の車に乗り込むのだった。
キーンコーンカーンコーン
土曜日の午後という事もあって学校には部活動の生徒しかいなかった。体育館のそばで掛け声をあげながらストレッチしているのを、屋上から眺め、ため息を溢す。
「はあ…なんで俺まで…」
何故か俺も学生姿のまま無理やり連れてこられていた。急いでるからと言って“俺”のまま変更されず、しかも学校内での待機を命じられた。マンモス校で生徒が多い高校だし部外者だとバレようがないのだが、不良狩りの鬼としては顔が割れてる。なるべくなら柴沢と車で待機していたかったのに。午前中の大人しさを取り返すような強引さに、やはり爆発ターンが来たかと肩を落とした。
「ユウキのやつ、変な事言い出さねえといいけど…」
スマホを握り締めながら屋上の柵にもたれかかると
ブーブー
手に握っていたスマホが振動する。
“追試終わった!!”
やっと拷問のような時間が終わったらしい。これで学校を離れられるとホッとしたのも束の間、
“教室まで来てくれる?”
連続でメッセージが来る。どこの教室だと思ったが、この場合ユウキの教室しかないだろう。厄介なのは、文面的に俺に選択肢はないという事だ。
「チッ…やっぱ来たか…」
どうせ逃げられない。大人しく従う事にした。
ガララ…
教室に入るとユウキ以外誰もいなかった。追試は別教室で受けたのかそれとも皆もう帰ったのか、どちらにせよ問題はそこじゃなかった。
「お前…なんで上脱いでんだよ」
ユウキは自分の席に半裸状態で座っていた。さっきまで着ていたはずのシャツは窓際にハンガーで吊るされている。…ズボンははいたままだ。男なら教室で上を脱いでてもそこまで異常ではないのだろうが、まさか脱がれてるとは思わなかったので面食らってしまう。
「追試受けてる間べとべとで気持ち悪かったから乾かしてるんだー」
手招きされる。半裸のユウキに近付きたくないが、ここまで来て無視するのも面倒で渋々奴の後ろの席(山田の)に腰を下ろした。
「あはは、びしょびしょじゃん。室内にいてって言ったのに、さては屋上にいたでしょ」
「…校舎の中じゃ学生と遭遇するかもしんねえだろ」
「遭遇しても大丈夫だよ」
学生の姿なんだから、とびしょ濡れの制服…ではなく秘伝羽織を撫でてくる。
「ハンガー余ってるしライのもかけてあげるよ」
脱がされかけ、慌てて手首を掴んで止めた。
「やめろ」
「学生姿のままがいいの?」
「違う…」
違うが、この場で“俺”に戻りたくはない。土曜日で生徒が少ないとはいえ、追試があったという事は何人かは校舎に残っているはずだ。ふらっと教室に入ってこられようものなら…説明しようがない。そんなハラハラを抱くよりは濡れた不快感を我慢した方がずっと良い。
「学生生活、気に入ってくれたみたいで嬉しいな」
反論する気も失せて言わせておくと、ユウキは机に頬杖をついて見てくる。
「ね、このまま俺が卒業するまで一緒に通わない?」
「…馬鹿言うな」
山田の卒業の為に緊急措置として許しただけなのに、卒業するまでやらされるなんてありえない。
「なんで?楽しかったでしょ?もうあそこで働かなくていいんだから、いっそ俺と通おうよ」
「…他人に化けて喧嘩しまくってるのは学生とは言わねえ」
「ふふ、喧嘩しまくってたのは現役の時もでしょ」
「…」
「あの身のこなしは一日二日で得られるものじゃない。大人になると真っ当な人は喧嘩する機会は少なくなるし、ライもきっとそう。って事は…学生時代の経験でしょ?中身はこんなに優しいのに相当鬱憤が溜まってたのかなって心配してたんだ」
流石ユウキだ。親父の借金の事はほとんど話していないのに。言うか迷ったがどうせ調べられてる気がしてさっさと開示する事にした。
「なるほどね、家で苦労してたから喧嘩に明け暮れてた、と」
「…いや、家以外もそれなりに」
金が欲しくて中学からずっと働いていたが、ガキにできる仕事で時給がいいのとなるとなかなか環境が悪くて、ほとんど良い思い出はない。
「そっか、大変だったね」
「…もう俺の事は…いいだろ。早く行こうぜ」
首を振って腰を上げようとした所で
「ライ」
ユウキは指先一つ動かさず、言葉で制してきた。
「座って」
「…っ」
この四日ですっかり躾られた体は考えるより先に従っていた。
すとん
言われるまま椅子に再び腰かけると、ユウキは満足げに笑って頬を撫でてくる。
「いいこいいこ」
「…殴るぞ」
「あはは、ライ、俺に遠慮しなくなったよね。子供扱いもうしないの?」
「…あんなことされて…まだ子供に見えてたら頭沸いてんだろ」
「確かに」
机に置かれた俺の肘に掌をのせた。するすると撫でながら二の腕へとのぼっていく。
「嬉しいな、男と思ってもらえて」
「…チッ」
ユウキの言うように、ユウキの事を一人の男として見るようになった。それは確かだが、主に悪い意味で変更された部分が多い。
「ユウキ、もう追試は終わったんだろ。さっさと巡回に…」
「まだ外すごい雨だし、何より服が全然乾いてないからだめ」
「だが…」
「三十分だけ、ここで雨宿りしようね」
「…」
三十分。時間を掲示したという事はユウキは「三十分」の間は絶対にここから動かないつもりだ。普段は穏やかな癖に命令ベースの時は絶対に譲らない。ユウキのご主人様モードの時は従うしかないのだとこの数日で思い知らされてる。
「追試で待たせちゃったし、悶々としてるかなと思ったけど…案外平気そうだね」
するっ
拳の形で固められた手の甲をユウキの指先が擽ってくる。それにつられて指の力が緩んだところで指が絡ませられた。恋人繋ぎの形になる。
「…ユウキ…」
「心境の変化でもあった?」
心境の変化というか。今も喧嘩への欲求はあるが、今日はどちらかというとユウキとの気まずさの方が脳内を大きく占めていた。ユウキに謝らないと…と気がかりを抱え黙ったままでいると、
ちゅっ
恋人繋ぎで固められた手の甲に吸い付いてくる。びくりと肩が震えた。とっさに後ろに引こうとしたが繋げられた手の角度が悪く、距離を離すどころか、椅子からおりる事すらできなかった。ユウキは戸惑う俺の動きを眺めながら指先に噛みついてくる。甘い痺れが広がり熱となって体を熱くしていく。
「ユウキ、やめ、ろ…って」
「心は落ち着いても、体は欲求不満で燻ってるでしょ?一回だけ、やらない?」
「は…?!」
(やるって、まさか、)
学校だぞ…と青ざめて絶句すれば、ユウキは悪戯っぽく笑った。
「誰も見てないから大丈夫だよ」
「何が、大丈夫だ…」
自分の通ってる教室でやるなんてどうかしてる。知らない教室でもダメだが、流石にここは生々しすぎると首を振った。だがユウキは聞く耳を持たない。…ユウキに普通の感性を期待した俺が馬鹿だった。
「学生のライと教室でするなんて貴重すぎる体験でしょ、味わっとかなきゃ損だよ」
「お前、気は確かか…っ」
「俺はいつでも正気だよ?ほらこっち来て」
言いながら机を押しやった後、椅子の背を反転させて俺の方に向ける。それから自分の膝の上を叩いてきた。ここへ来いと命令され、
「…っ、俺、は」
「ライ」
たった一言で拒絶の言葉を飲み込まされた。
すっ
椅子から腰を上げてユウキの膝の上に移動する。せめてもの反抗としてユウキに背中を向けた状態で座れば、くすりと笑われる。
「体は素直なのに心は落ちてくれないね」
誰が落ちてたまるかとぎろりと睨みつければ
「だからその姿で睨まれても可愛いだけだってば」
「るせぇ、するなら早くしろ」
「えーそれじゃムードがないし面白くないよ」
「俺とお前にムードも何もないだろ…」
「あるよ。一応、学生なりに全身全霊で純愛を捧げてるつもり」
「じゅ…っ」
監禁に薬に教室でセックス、どこが純愛だと頭を抱える。百歩譲って心は純愛なのだとしても体は乱れすぎているだろう。
(って、そういや…)
顔を上げた。俺が入ってきた方の扉を見る。
(やばい、施錠してない)
焦って腰を上げようとしたがユウキに掴まれて引き戻される。ちゅっと耳に吸い付かれた。
「んっ、…おいっ、扉…っ!」
羽織の合間から手を入れられる。羽織の下はユウキの家で着せられていた脱ぎやすく着やすい浴衣のままだ。濡れて張り付いてる以外はユウキの指を邪魔するものはない。容易く侵入を許してしまう。
「ユウキ…ッ、ああ…っ…」
胸を撫でられ、摘ままれ、昨日と同じ刺激が来た。いや、同じじゃない。少しだけ強まった刺激が胸に広がっていき、それらは背徳感と混ざりあってドロドロと思考を溶かしていく。
「っ…、…」
いくら擦っても気持ちよくならない。肌を擦ってるだけ。勃ちもしない。予想できていた事ではあったが受け止めきれず呆然としてるとユウキの手が重なってきた。
「ね?今のライじゃ無理だよ。そんだけ気張ってたら自慰なんてやれっこない」
「…っ」
わかってるが、ならどうすればいい。目を瞑ればさっきの店での事を思い出してしまう。現実を思い知らされる。
(何も考えたくない…、だるい…)
体は一日中酷使した事で疲労困憊となってる。早く寝たい。休みたいのに眠れない。今更になって寝れてなかった時のソルの気持ちがわかった。眠れない事が、こんなに恐ろしくて焦るものなのかと絶望する。
「ライ、大丈夫だよ」
向かい側で座っていたユウキが囁く。
ちゅっ
黙っていると頬に口付けられた。思ってるよりもずっと優しい口付けに戸惑う。
「…、え」
固まっているとユウキはくすりと笑って耳にも口付けてくる。とっさに体を離そうとすると
「俺にやらせて、ご褒美って言ったでしょ」
「おい、ユウキ…」
離れた分近付かれ、前を触られる。違和感しかない自分のを半勃ちのままゆるゆると擦られた。気持ちよさは…感じない。拒絶しようとした俺の手をやんわりといなしてまた頬に口付けてくる。ちゅ、ちゅっと何度もついばむように吸いついて、首を傾げた。
「キスしちゃダメって、やりにくいね…」
「…!!」
慌ててユウキの唇を掌で防ぐ。今のユウキは暗い目をしてないし、機嫌も良さそうだが…いつ悪化するかわからない。距離を置こうと膝で後退れば
「あ、一応言っとくけどこの三日間も“キス"はしてないからね。…まあ、それ以外は大体したけど、唇だけは避けたから安心して」
「っ、…」
「ちゃんとライとの約束は守ったよ」
猿轡があってできなかったというのもあると思うが、相変わらず気を遣う方向性がおかしい。散々体を食い散らかしといて今更すぎる。
「…」
ただ、そのおかしさにユウキらしさを感じたのも事実で
「…はあ、」
なんだかアホらしくなった。こんなに怖がってるのも、自分自身の事や、状況全てが、どうでもよくなってくる。体の緊張がとれていくのを見てユウキが柔らかく微笑んだ。
「その調子」
よしよしと愛おし気に頭を撫でられる。気恥ずかしさに両手で押し退けたが、一切引かず肩や胸も優しく撫でてくる。
ぎゅっ
「ンンッ?!」
緩んでいた体に鋭い刺激が走った。電気が走ったのかと思える程のピリッと痺れるような刺激が背中を伝って体を熱くする。
(????)
なんだと慌てて下をみれば…胸を摘まれていて、
(……え??)
大混乱だった。胸は感じないはずなのに、今の刺激はここから与えられたのかと驚愕する。
「うん、強情だったけど少しはマシになったかな」
「何言って…ああっ、くっ、ン…っ」
確かめるように摘まんだ後、指の腹ですり潰され、ジワジワと熱くなるような、感じたことのない刺激が走った。何もしてないのに背中が粟立ち、吐息を漏らしながら震える。
(な、なんだこれ…)
ヤバイ。未知の刺激に襲われ内心パニックだった。みっともない声が出そうで慌てて自分の手の甲に噛みつく。
「ビックリした?ライが寝てる間にちょっとスパルタで教え込んだんだ。キッカケは作ってあげたから、すぐは無理でもそのうち気持ちよくなってくると思うよ」
「?!!」
さらりと恐ろしい事を言われ、腰が引けた。というか血の気が引いた。スパルタで教え込む?そのうち気持ちよくなってくる…だと??なんてことをしてくれたんだと包帯が巻かれた手で目の前の腹を殴ろうとすれば、
ぱしっ
「こら、ダメでしょ」
寸前で手首を捕まれ、穏やかに諭される。
「…っ」
蹴りは受けたのに拳はダメなのかと噛みつこうとしたが、…もしかしたら拳の擦り傷が悪化するのを恐れて止めさせたのかもしれない。困惑してると、その隙を突かれ、両手とも奪われた。
「危ないし腕だけ縛っとこうか」
「は?!おいっ!やめ…ろっ…嫌だって!」
「暴れないで、手首捻っちゃうよ」
「お前が離せばいいだろ!!」
暴れようとする俺の上に乗っかって手慣れた手付きで拘束していく。布で覆った手首に手錠をかけ、頭の上に持っていき、布団の下の留め具に繋げられた。布で可動域を埋められてしまい、腕を振ろうとしてもピクリともしない。逃げられないという現実を思い知らされ更に絶望した。
「ユウキっ!」
「なーに」
名前を呼ばれて嬉しそうに目を細めてる。俺の体から浴衣を取り払いながら、掌で腰を撫でてきた。その、忍び寄るような刺激に、ぞくぞくと鳥肌が立つ。
「う…くっ、やめ、ろ、って!」
「怖くない。怖くないよ」
よしよしと頭を撫でられた。またそれかと首を振るが腕を拘束され腰に乗られていては恐怖しか浮かばない。俺の震えに気付いたユウキが足の方に降りていく。
「ごめん、怖がらせるのは本意じゃないから」
じゃあもう解放してくれ、そう言いたかったが喉から出たのは喘ぎにもならない吐息だった。ユウキの掌が内ももをさすっていき、俺のものに再び触れてくる。とっさに膝を閉じようとしたがすかさずユウキの体が挟まって邪魔してきた。
「ユウキ…ッ!!」
「膝閉じてたらできないよ」
「俺、ほんとに、嫌なん、だって…!」
涙さえ滲ませて必死に訴える。いくらユウキが優しくしたとしても、恐怖や拒絶反応は消えてくれない。俺にとってここはトラウマが多すぎるのだから。
「……」
ユウキは一呼吸、考えるように固まった。それから片手を俺の瞼の上に乗せてくる。
「!!」
視界を覆われ何も見えなくなった。
(…怖い)
次に何をされるのか分からない。逃げたい。怖い。薬は嫌だ。殺されたくない。助けてくれ。そう願おうとした相手の名は喉が震えるだけで音としては出なかった。代わりに涙が溢れて、
「…大丈夫だ、ライ」
その声にハッとする。
「?!」
瞼を覆っていた掌がどくと、目の前に…白金の髪の男が座っていた。幻覚かと思った。とうとう俺の気が触れたのかと思ったが、
「あ…、…」
俺がよく知っているその顔は、体は、まるで本物なのかと思えるほどそっくりで、抵抗することも忘れて見惚れてしまう。オレンジの瞳に白金の髪、筋肉のついた体も、すらりと長い手足も…さっき店の前で会ったばかりの姿をしていて…その美しさは、鮮明に脳に刻まれている。
「ライ」
その声で呼ばれるだけでゾクリと震えた。中身がユウキなのだとわかっていても、体はあっという間に弛緩していく。
「…良い子だ」
ちゅっと額に口付けられ胸が高鳴った。会いたかった。触れたかった。その力強い腕に抱かれたかった。
ぎゅっ
願うままに抱かれ瞳に溜まっていた涙が零れる。全てが夢だったのかと一瞬、思ってしまった。ヘブンの事も、後輩の事も、全部夢だったんじゃないかと錯覚するほど、その抱擁は甘いもので。夢オチなんてあるわけないと心の隅で呟く自分を見ないふりをして、ギリギリまで追い込まれた俺の精神はその毒を飲み込まずにはいられなかった。
「はっ、はあ…ん、んあ…、はっ」
その唇で優しく愛撫されるのはすごく気持ちよかった。まだどこか布を一枚隔てたような感覚はあるが、それでも何も感じない時よりずっとよかった。もっと触ってくれと浅ましく自分から求めてしまう。
「…ライ」
少しだけ息をのむように動きを止めたが、またすぐに愛撫は再開された。前はすでに出せそうな程高められていた。あと何回か擦ってもらえればイケる。出せる。
「はあ…、ん、…?」
何故か手を止められてしまい、どうして、と首を傾げた。
「…ライは誰が好きなんだ?」
真剣な顔で囁かれる。俺は、いつの間にか自由にされていた腕を目の前の男の首に回し、ほとんど思考力が落ちた状態で応えた。
「あんたに、決まってんだろ」
「…そうか」
寂しそうな微笑みを浮かべ、前を強めに擦られる。
「ンンンッ…っ!」
どくりと溢れてくる感覚と共に脳を埋め尽くす余計な情報が一気に霞んだ。ぼんやりと視界が白くなっていき、やがて意識を失った。
***
メキキ…
体が軋む音がする。いや、これは体からしてる音なのだろうか。…わからない。私の体は基本的に異物を受け付けない。死に至る異物は排除され、外部干渉で死に至っても完璧な状態に戻れる。“元通り”になる。だからこうして体が軋み続ける事なんて本来ありえない事なのだが。
メキッ
ライと離れてからずっと、体のどこかが軋み続けていた。
メキ…ギシリ…
『こんな所にいたんですね』
暗闇から影が近付いてくる。私は膝に埋めていた顔を上げてその影を見つめた。
『ふふっ、ボロボロですね。使い物にならなくなる前に龍矢さんの所に戻った方がいいですよ』
大きなお世話だ。口があれば言い返していただろう。だが不思議と体はあるのに口は動かせなかった。異様な感覚だ。…ここは夢の中なのだろうか。
すっ
私は影に背を向け、立ち上がった。
(…ライを探さなくては)
この空間は私と影以外何もない。どうやって脱出したらいいのかはわからないが、今こうしてる間もライは苦しんでるはずだ。現実の事を思い出せなくても「早く起きて助けに行かなくては」という焦燥感だけは確かにある。
『無駄ですよ』
影が笑う。
『あなたは死んだ方の脳に宿る感情ですから』
メキキッ…
影の言葉に比例して、軋む音も、痛みも強まった。不快感に顔をしかめていると更に影は続けた。
『脳は複製できても…感情はどこまで、どれだけ…持ち越せるんでしょうね?』
影はくすくすと笑いながら暗闇へと溶けていった。
***
ザアアアア…
今日は朝からずっと雨だった。昨夜の強烈すぎる睡眠導入のおかげでいくらかまとまった時間眠ることができたが、日が昇るより先に目を覚ましてしまった。眠れたのは四、五時間だろう。興奮状態は抜けてないらしい。
(当たり前か…)
状況は何も変わってない。俺も、世界も、現実は混沌としたままだ。俺は気怠い体に鞭を打って、不良達のいる溜まり場に向かった。離れにいても気分は良くないし何より今のユウキと室内で二人きりでいるのが気まずかった。
(妙に静か、というか…)
昨夜のご機嫌な様子から一転、静かすぎる程大人しくなっていた。絡まれないのは助かるが、これはこれで恐ろしい。いつ爆発するかわからない爆弾の横で作業してるような気分だ。
バキッ
「今ので最後の一人だよ」
昼過ぎに三つ目の溜まり場を潰し終えると、ユウキが声をかけてきた。久しぶりに声を聞いてつい振り向いてしまう。しかし、栗色の瞳は俺ではなくスマホに向けられていた。
「一通り騒がれてる場所は回り終えたかな。昨日かなり暴れたおかげで良い感じに抑圧できてるね。ネットの方も落ち着いてる。あとは通報待ちつつ学校周りを巡回するぐらいになりそうだよ」
「…そうか」
「今日中には学生達の件は片付けられそう、よかったね、ライ」
「…ああ」
互いに言う事が無くなり、しんと沈黙に包まれる。
「ライ、こっち来たら?風邪引くよ」
ユウキは屋根があるところで立っていたが、俺は路上で喧嘩していた為降られっぱなしだった。すでに全身びしょ濡れで今更雨宿りしたとて結果は変わらない。むしろ服についた血が流れてくしちょうどいい。首を振ってユウキに応えた。
「そう…」
俺が拒否したのにユウキが絡んでこない。やっぱり様子がおかしい。
(昨日の、俺のせいだよな…)
興奮しきって眠れなくなった俺を、無理やりとはいえ、フィンの姿に化けてまでユウキは相手してくれたというのに
“ライは誰が好きなんだ?"
“あんたに、決まってんだろ"
“…そうか”
残酷な言葉を言ってしまった。チクチクと罪悪感が胸を刺してくる。ユウキは、あんな台詞聞きたくなかったはずだ。それなのに怒ることもなく嫌な顔もせず、俺が眠るまで、その姿で付き合ってくれた。
(悪い事、したな…)
ユウキの心情を思うと、ズシリと胸が重くなった。
「ユウキさん」
そこで柴沢が傘をもって現れた。俺に傘をさしながら柴沢はユウキの方へ視線を向ける。
「ユウキさん、学校から連絡がありました。本日の追試を受けなければ留年が確定する、との事です」
「えっ…!!」
げげっとユウキが顔をしかめさせる。それからスマホで確認していく。
「ほんとだ…今週あったテストに卒業に関わる奴があったっぽい。山田は選択科目違うしセーフだけど俺は完全アウトだ…やっばぁ…」
今週はヘブンの一件と俺を監禁する(三日間)のでほとんど授業を受けられてない。後半は自業自得だが卒業が危ぶまれるのは俺としても…いや、今更ユウキが普通の学生と同じ事をしてもシュールに見えるだけだが…それでもあえて留年させるのは違うと思った。例えヤクザのお遊戯だとしても社会性は失わせるべきではない。
「ライ、ちょっとだけ学校寄っていい?」
ユウキの言葉に頷き、共に柴沢の車に乗り込むのだった。
キーンコーンカーンコーン
土曜日の午後という事もあって学校には部活動の生徒しかいなかった。体育館のそばで掛け声をあげながらストレッチしているのを、屋上から眺め、ため息を溢す。
「はあ…なんで俺まで…」
何故か俺も学生姿のまま無理やり連れてこられていた。急いでるからと言って“俺”のまま変更されず、しかも学校内での待機を命じられた。マンモス校で生徒が多い高校だし部外者だとバレようがないのだが、不良狩りの鬼としては顔が割れてる。なるべくなら柴沢と車で待機していたかったのに。午前中の大人しさを取り返すような強引さに、やはり爆発ターンが来たかと肩を落とした。
「ユウキのやつ、変な事言い出さねえといいけど…」
スマホを握り締めながら屋上の柵にもたれかかると
ブーブー
手に握っていたスマホが振動する。
“追試終わった!!”
やっと拷問のような時間が終わったらしい。これで学校を離れられるとホッとしたのも束の間、
“教室まで来てくれる?”
連続でメッセージが来る。どこの教室だと思ったが、この場合ユウキの教室しかないだろう。厄介なのは、文面的に俺に選択肢はないという事だ。
「チッ…やっぱ来たか…」
どうせ逃げられない。大人しく従う事にした。
ガララ…
教室に入るとユウキ以外誰もいなかった。追試は別教室で受けたのかそれとも皆もう帰ったのか、どちらにせよ問題はそこじゃなかった。
「お前…なんで上脱いでんだよ」
ユウキは自分の席に半裸状態で座っていた。さっきまで着ていたはずのシャツは窓際にハンガーで吊るされている。…ズボンははいたままだ。男なら教室で上を脱いでてもそこまで異常ではないのだろうが、まさか脱がれてるとは思わなかったので面食らってしまう。
「追試受けてる間べとべとで気持ち悪かったから乾かしてるんだー」
手招きされる。半裸のユウキに近付きたくないが、ここまで来て無視するのも面倒で渋々奴の後ろの席(山田の)に腰を下ろした。
「あはは、びしょびしょじゃん。室内にいてって言ったのに、さては屋上にいたでしょ」
「…校舎の中じゃ学生と遭遇するかもしんねえだろ」
「遭遇しても大丈夫だよ」
学生の姿なんだから、とびしょ濡れの制服…ではなく秘伝羽織を撫でてくる。
「ハンガー余ってるしライのもかけてあげるよ」
脱がされかけ、慌てて手首を掴んで止めた。
「やめろ」
「学生姿のままがいいの?」
「違う…」
違うが、この場で“俺”に戻りたくはない。土曜日で生徒が少ないとはいえ、追試があったという事は何人かは校舎に残っているはずだ。ふらっと教室に入ってこられようものなら…説明しようがない。そんなハラハラを抱くよりは濡れた不快感を我慢した方がずっと良い。
「学生生活、気に入ってくれたみたいで嬉しいな」
反論する気も失せて言わせておくと、ユウキは机に頬杖をついて見てくる。
「ね、このまま俺が卒業するまで一緒に通わない?」
「…馬鹿言うな」
山田の卒業の為に緊急措置として許しただけなのに、卒業するまでやらされるなんてありえない。
「なんで?楽しかったでしょ?もうあそこで働かなくていいんだから、いっそ俺と通おうよ」
「…他人に化けて喧嘩しまくってるのは学生とは言わねえ」
「ふふ、喧嘩しまくってたのは現役の時もでしょ」
「…」
「あの身のこなしは一日二日で得られるものじゃない。大人になると真っ当な人は喧嘩する機会は少なくなるし、ライもきっとそう。って事は…学生時代の経験でしょ?中身はこんなに優しいのに相当鬱憤が溜まってたのかなって心配してたんだ」
流石ユウキだ。親父の借金の事はほとんど話していないのに。言うか迷ったがどうせ調べられてる気がしてさっさと開示する事にした。
「なるほどね、家で苦労してたから喧嘩に明け暮れてた、と」
「…いや、家以外もそれなりに」
金が欲しくて中学からずっと働いていたが、ガキにできる仕事で時給がいいのとなるとなかなか環境が悪くて、ほとんど良い思い出はない。
「そっか、大変だったね」
「…もう俺の事は…いいだろ。早く行こうぜ」
首を振って腰を上げようとした所で
「ライ」
ユウキは指先一つ動かさず、言葉で制してきた。
「座って」
「…っ」
この四日ですっかり躾られた体は考えるより先に従っていた。
すとん
言われるまま椅子に再び腰かけると、ユウキは満足げに笑って頬を撫でてくる。
「いいこいいこ」
「…殴るぞ」
「あはは、ライ、俺に遠慮しなくなったよね。子供扱いもうしないの?」
「…あんなことされて…まだ子供に見えてたら頭沸いてんだろ」
「確かに」
机に置かれた俺の肘に掌をのせた。するすると撫でながら二の腕へとのぼっていく。
「嬉しいな、男と思ってもらえて」
「…チッ」
ユウキの言うように、ユウキの事を一人の男として見るようになった。それは確かだが、主に悪い意味で変更された部分が多い。
「ユウキ、もう追試は終わったんだろ。さっさと巡回に…」
「まだ外すごい雨だし、何より服が全然乾いてないからだめ」
「だが…」
「三十分だけ、ここで雨宿りしようね」
「…」
三十分。時間を掲示したという事はユウキは「三十分」の間は絶対にここから動かないつもりだ。普段は穏やかな癖に命令ベースの時は絶対に譲らない。ユウキのご主人様モードの時は従うしかないのだとこの数日で思い知らされてる。
「追試で待たせちゃったし、悶々としてるかなと思ったけど…案外平気そうだね」
するっ
拳の形で固められた手の甲をユウキの指先が擽ってくる。それにつられて指の力が緩んだところで指が絡ませられた。恋人繋ぎの形になる。
「…ユウキ…」
「心境の変化でもあった?」
心境の変化というか。今も喧嘩への欲求はあるが、今日はどちらかというとユウキとの気まずさの方が脳内を大きく占めていた。ユウキに謝らないと…と気がかりを抱え黙ったままでいると、
ちゅっ
恋人繋ぎで固められた手の甲に吸い付いてくる。びくりと肩が震えた。とっさに後ろに引こうとしたが繋げられた手の角度が悪く、距離を離すどころか、椅子からおりる事すらできなかった。ユウキは戸惑う俺の動きを眺めながら指先に噛みついてくる。甘い痺れが広がり熱となって体を熱くしていく。
「ユウキ、やめ、ろ…って」
「心は落ち着いても、体は欲求不満で燻ってるでしょ?一回だけ、やらない?」
「は…?!」
(やるって、まさか、)
学校だぞ…と青ざめて絶句すれば、ユウキは悪戯っぽく笑った。
「誰も見てないから大丈夫だよ」
「何が、大丈夫だ…」
自分の通ってる教室でやるなんてどうかしてる。知らない教室でもダメだが、流石にここは生々しすぎると首を振った。だがユウキは聞く耳を持たない。…ユウキに普通の感性を期待した俺が馬鹿だった。
「学生のライと教室でするなんて貴重すぎる体験でしょ、味わっとかなきゃ損だよ」
「お前、気は確かか…っ」
「俺はいつでも正気だよ?ほらこっち来て」
言いながら机を押しやった後、椅子の背を反転させて俺の方に向ける。それから自分の膝の上を叩いてきた。ここへ来いと命令され、
「…っ、俺、は」
「ライ」
たった一言で拒絶の言葉を飲み込まされた。
すっ
椅子から腰を上げてユウキの膝の上に移動する。せめてもの反抗としてユウキに背中を向けた状態で座れば、くすりと笑われる。
「体は素直なのに心は落ちてくれないね」
誰が落ちてたまるかとぎろりと睨みつければ
「だからその姿で睨まれても可愛いだけだってば」
「るせぇ、するなら早くしろ」
「えーそれじゃムードがないし面白くないよ」
「俺とお前にムードも何もないだろ…」
「あるよ。一応、学生なりに全身全霊で純愛を捧げてるつもり」
「じゅ…っ」
監禁に薬に教室でセックス、どこが純愛だと頭を抱える。百歩譲って心は純愛なのだとしても体は乱れすぎているだろう。
(って、そういや…)
顔を上げた。俺が入ってきた方の扉を見る。
(やばい、施錠してない)
焦って腰を上げようとしたがユウキに掴まれて引き戻される。ちゅっと耳に吸い付かれた。
「んっ、…おいっ、扉…っ!」
羽織の合間から手を入れられる。羽織の下はユウキの家で着せられていた脱ぎやすく着やすい浴衣のままだ。濡れて張り付いてる以外はユウキの指を邪魔するものはない。容易く侵入を許してしまう。
「ユウキ…ッ、ああ…っ…」
胸を撫でられ、摘ままれ、昨日と同じ刺激が来た。いや、同じじゃない。少しだけ強まった刺激が胸に広がっていき、それらは背徳感と混ざりあってドロドロと思考を溶かしていく。
10
あなたにおすすめの小説
陥落 ー おじさま達に病愛されて ー
ななな
BL
眉目秀麗、才ある青年が二人のおじさま達から変態的かつ病的に愛されるお話。全九話。
国一番の璃伴士(将棋士)であるリンユゥは、義父に温かい愛情を注がれ、平凡ながらも幸せな日々を過ごしていた。
そんなある日、一人の紳士とリンユゥは対局することになり…。
人気俳優に拾われてペットにされた件
米山のら
BL
地味で平凡な社畜、オレ――三池豆太郎。
そんなオレを拾ったのは、超絶人気俳優・白瀬洸だった。
「ミケ」って呼ばれて、なぜか猫扱いされて、執着されて。
「ミケにはそろそろ“躾”が必要かな」――洸の優しい笑顔の裏には、底なしの狂気が潜んでいた。
これは、オレが洸の変態的な愛情と執着に、容赦なく絡め取られて、逃げ道を失っていく話。
ヤリチン伯爵令息は年下わんこに囚われ首輪をつけられる
桃瀬さら
BL
「僕のモノになってください」
首輪を持った少年はレオンに首輪をつけた。
レオンは人に誇れるような人生を送ってはこなかった。だからといって、誰かに狙われるようないわれもない。
ストーカーに悩まされていたレある日、ローブを着た不審な人物に出会う。
逃げるローブの人物を追いかけていると、レオンは気絶させられ誘拐されてしまう。
マルセルと名乗った少年はレオンを閉じ込め、痛めつけるでもなくただ日々を過ごすだけ。
そんな毎日にいつしかレオンは安らぎを覚え、純粋なマルセルに毒されていく。
近づいては離れる猫のようなマルセル×囚われるレオン
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡
なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。
あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。
♡♡♡
恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる