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一話
女装は手段であって趣味ではない
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「新人さん?急がないと営業始まるよー…って、嘘、ウタくん?!」
シンジは驚いた様子で駆け寄ってくる。僕も僕で目が点だった。シンジの服がなかなかに際どくて、その、直視できなかった。
(あるべきところに…!布がない…ッ!!)
誰だよこんな服作った奴は!!と憤慨するが、幸か不幸かシンジは女装のプロで、そんな際どすぎる服を「色っぽい」服として着こなしてしまっていた。…本当に幸か不幸かわからないが。
ちなみに服装を除けばシンジは完璧に綺麗なお姉さんになっていた。声をださなければ男とわからないほど、冗談抜きで美しい(女性にしてはデカすぎるけど)。
「えーー!?マジでウタくんじゃん!なんでこっち側にいんの!?俺は…客として呼んだはずだけど??」
「うう、僕にもナニがなんだか…じゃなくて何がなんだか…」
「何言ってんの?てか裸になってるって事はまさか面接受けさせられた??」
「面接?…(半田との行為思い出す)…、あ、はぃ…多分…」
「あんのッ!スケベパンダオヤジッ!こんな幼気な子に手出して!許せんッ!!今すぐ去勢してやろうかッ!!」
ぷんぷん!と怒るシンジは、外見はともあれ昼間会った時のままで…それがなんだかすごくホッとした。ここに来て初めて人心地つけた気がする。
「シンジさん、すみません…ここって、一体…」
「ああうん。名刺で渡したと思うけどブルームってお店、俗にいう風俗店ね、その中だよ。…中といってもここは店内じゃなくて関係者用通路だからガッツリ裏側なんだけど。ウタくん、どうやってこんな奥まで入り込んだのさ。まさか…色仕掛け?」
「してません…っ!」
「だよね~あー甘口さんに叱られそう…」
「甘口さんがどうかし……ぶぇっきしッ!!(爆音)」
「わあ、可愛い顔してくしゃみオッサン」
甘口の事を追求しようと口を開けた瞬間、唐突にくしゃみが出た。廊下はやけに空調が効いていて服を着た状態で「涼しい」と感じるぐらいの温度だ。半裸では余裕で寒い。腕をさすりながらプルプルと震えているとシンジが心配するように眉を下げた。
「裸じゃ風邪ひいちゃうね…一旦、衣装室に行こう!話はそれから!」
こっちだよと案内される。
シンジが連れていってくれた部屋は衣装室というより更衣室だった。奥の壁一面に衣装がかけられているハンガーポールがあって、左右の壁には鏡付きメイク台がずらりと並んでいる。それを若い男がほぼ満席状態で埋めていた。皆、際どい衣装を身に着けているがすごく綺麗な見た目をしていた。俗にいうオネエとは違い「男にしか見えない」とか「見苦しい」なんて言葉は浮かばない。
(すごく綺麗なのに…女性にしか見えないのに…)
「つけまのり貸してー!」
「おいゴラァ誰だ衣装踏んだの!せっかく結んだ紐が取れただろがー!」
「肘あたってんだよブスが」
「ウィッグ絡まんのウゼーッ!!!」
「あー今すぐ世界滅びないかなー出勤クソダルゥー…」
色々とカオスだった。綺麗なのに、いや綺麗だからこそ…皆殺伐としてる(怖い)。背も肩幅もあるし女性が並ぶのとは迫力が違う。なんて恐ろしい場所に来てしまったんだ…と扉の前で圧倒されていると、苦笑を浮かべたシンジが「こっち」と壁際のハンガーポールに誘導してきた。
「本当ならスタッフの服貸してあげたいんだけど、俺らキャストは基本スタッフルーム立ち入り禁止でさ。過去にトラブルがあったとかでそれ以降パンダが禁じちゃってんの。マジごめんな」
「い、いえ…」
「とにかくウタくんが着れる服探そうか」
「はい…」
お互いハンガーポールの方に向く。キャストの人数より多めに衣装が用意されているのか、半分以上残っていた。…まあ残るだけあって「かなり際どい」か「癖が強い」の二択になるわけだが。気になった衣装を引っ張ってみてはそのデザインにギョッとする。
「うーん、これはデザインが落ち着いてるけどウタくんには大きいね。…こっちは穴空いちゃってるし、うーん、コレも違う…」
キャストのほとんどが僕より背が高いからかどれもしっかりめのサイズ感で作られていた。あれでもないこれでもないとシンジが悩む間、僕はとある衣装に目が留まった。
(あ、これなら…)
胸の布部分がないセーラー服だった。学生服だからかサイズは小さめで、僕にも着れそうだった。付属のウィッグが黒髪ロングで落ち着いてるのも尚良し。
(サイズはいいけど…スカートめちゃくちゃ短いな…)
「こんなんじゃわかめちゃ、…ぶぇっきしぃッ!!(爆音)」
「おおう、かますねぇ。大丈夫?」
シンジは笑ってティッシュを手渡してくれたが、部屋のお姉様達からは鋭い視線を向けられ「すみませんすみません」と必死に頭を下げた。
(もうだめだ!!恥ずかしいとか言ってる場合じゃない!)
このままではお姉様達に殺される。とにかく布。今の僕には布が必要なんだ。
(デザインなんか気にしちゃ、だめだ!!)
「…あの、シンジさん!」
「ん?どしたぁ(服探し中)」
「め、メイクポーチ、お借りしても、いいですか…」
「いいよー。あ、いいのあった?」
これ、と衣装を引き出して見せれば、シンジは「確かにこれなら入るね」と頷き、メイクポーチを手渡してきた。
「ウタくんは別にメイクしなくてもいいんだよ?てかやっぱメイクできんだね(ニヤリ)」
「少しなら…流石にこの服と髪で地顔はキツいんで…」
「はは、似合うと思うけど、スッピンきついって気持ちもわかるわー」
「です、…すみません、少しお借りします…」
「どぞどぞー」
僕はメイク台には行かずハンガーポール横の、部屋の端っこでいそいそと準備をしていく。鏡はメイク道具の付属のものを使えばなんとかいけた。シンジは後ろで終始不思議そうに見ていたが完成した僕を見て驚いた顔をする。
「くぁわぁいいッ!!」
食い気味に言われた。
「なにこれ、あはは!これは甘口さんが声かけちゃうのも納得だ~!あはは、可愛い、あははっ!」
何かがツボに入ったらしくシンジは爆笑していた。僕はうまく返せず、短すぎるスカートを引っ張ってもじもじしていたが
ざわっ
ふと、何やら室内がざわつく気配がして視線を移す。お姉様達がチラチラとこちらを見てはヒソヒソ内緒話しているのが見えた。何人かは睨み付けてくる人もいて、
ギロリッ
さっきのくしゃみ時の比じゃない、恐ろしい鋭さで睨まれた。
(ひいいっ!こっっっわぁ…!!)
人でも殺せそうな目だった。僕の女装がそんなに不快なのだろうかと縮こまってると、シンジがにししと悪戯っ子のように笑った。
「あはは、大丈夫、制服はバッチリ似合ってるから堂々としてたらいいよ」
「で、でもすごい睨まれてません…??(小声)」
「ああうん。甘口さんってここじゃ人気者だからさ。甘口さんのお気に入りが現れたって聞いて皆ジェラってんじゃない?知らんけど」
「へ、へえ…って、え?甘口さんもここで働かれてるんでしぁか!?」
「焦りすぎて噛んでるよウタくん」
慌てて室内を確認するがお姉様達の中に甘口らしき人物はいなかった。いくら眼鏡とマスクで顔がわからなくても、あのスタイルならここに並んでたらすぐわかるはず。僕の視線を追いかけたシンジが「違う違う」と顔の前で手を振った。
「甘口さんはキャストじゃなくて、キャストの送迎ドライバーだよ」
送迎ドライバー。だから昨日も運転してたのか。誰も乗せてなかったという事は駅に迎えに行く途中…だったのだろうか。どちらにせよ甘口に関する謎が少しずつ解けてきた。
「じゃあ昼間ボンキで一緒に居たのって」
「もちろん送迎だよ。俺結構離れた所…いや、田舎に住んでるからさ。化粧品とかこっちで入手しないと詰むわけよ~だから、ブルーム行くついでにボンキも寄らせてもらったわけ!昼飯一回奢りって交換条件でね!」
「そうだったん、ですか…」
「なになにー?ウタくんってば、甘口さんの事気になっちゃうわけー?可愛いねえ、初々しいねえ~!」
にやにやと笑ってからかってくる。
「シンジさんー…」
「あはは、ごめんごめん。そんなうるうるしないで、マジで胸が痛くなる…」
「うう、僕…もう、帰りたいです…」
甘口の名前を聞いたらますます帰りたくなった。平常時の自分に戻りたい。戻って、甘口さんに会いたい。あと、普通にボンキ購入品(BL)も開封したい。
「そうだよね。服も手に入ったし次はロッカー…、って、あ、」
廊下から「シンジさーん」と呼ぶ声がする。
「ウタくん、マジごめん、出勤時間来ちゃった」
「えっ!!」
行ってしまうのかと追いすがればシンジは困り顔で諭してくる。
「心細いと思うけどちょっとだけここで待ってて。休憩入ったらすぐに面接者用のロッカーまで案内するから…大丈夫、ここはキャスト以外入ってこなくて安全だからさ」
「し、シンジさん…っ」
置いていかれるぐらいならついていきたい、そう思ったがシンジは厳しい表情をして「ダメ」と首を振った。
「ここから一歩でも外に出たら無法地帯になるよ。俺も仕事中は守ってあげられないし、怖い思いをしたくないならここにいて。いいね?」
「うう…はい…」
素直に頷けばシンジはホッとするように表情を緩めて「誰に何を言われてもついてっちゃダメだよー!」と言い残し去っていった。
「…」
僕は再びどうしようもない不安に襲われた。お姉様達もほとんど行ってしまって、残ったのは遅刻したと思われる急ぎめに準備してる人だけ。手元が修羅場すぎて殺気立ってるし、話しかけられる雰囲気じゃない。そもそも急いでる人に“面接者用のロッカーまで案内してください”なんて言ったら迷惑だ。早々に諦めた僕は大人しくシンジを待つことにいた。先ほどメイクする時に座った位置に移動し、体育座りする。
ぺたん
(寒い…)
ブルりと身震いして、ここまで腰に巻いてたバスタオルを引き寄せ、肩からかける。それでも寒い。いや暑いのだろか。とにかく体が熱っぽくて不快だった。
(はぁ…なんか、風邪引いちゃったかも…)
うつらうつらとして…膝の間に顔を埋めた。なるべく小さくなった状態で僕は目を瞑り、少し眠る事にしたのだった。
シンジは驚いた様子で駆け寄ってくる。僕も僕で目が点だった。シンジの服がなかなかに際どくて、その、直視できなかった。
(あるべきところに…!布がない…ッ!!)
誰だよこんな服作った奴は!!と憤慨するが、幸か不幸かシンジは女装のプロで、そんな際どすぎる服を「色っぽい」服として着こなしてしまっていた。…本当に幸か不幸かわからないが。
ちなみに服装を除けばシンジは完璧に綺麗なお姉さんになっていた。声をださなければ男とわからないほど、冗談抜きで美しい(女性にしてはデカすぎるけど)。
「えーー!?マジでウタくんじゃん!なんでこっち側にいんの!?俺は…客として呼んだはずだけど??」
「うう、僕にもナニがなんだか…じゃなくて何がなんだか…」
「何言ってんの?てか裸になってるって事はまさか面接受けさせられた??」
「面接?…(半田との行為思い出す)…、あ、はぃ…多分…」
「あんのッ!スケベパンダオヤジッ!こんな幼気な子に手出して!許せんッ!!今すぐ去勢してやろうかッ!!」
ぷんぷん!と怒るシンジは、外見はともあれ昼間会った時のままで…それがなんだかすごくホッとした。ここに来て初めて人心地つけた気がする。
「シンジさん、すみません…ここって、一体…」
「ああうん。名刺で渡したと思うけどブルームってお店、俗にいう風俗店ね、その中だよ。…中といってもここは店内じゃなくて関係者用通路だからガッツリ裏側なんだけど。ウタくん、どうやってこんな奥まで入り込んだのさ。まさか…色仕掛け?」
「してません…っ!」
「だよね~あー甘口さんに叱られそう…」
「甘口さんがどうかし……ぶぇっきしッ!!(爆音)」
「わあ、可愛い顔してくしゃみオッサン」
甘口の事を追求しようと口を開けた瞬間、唐突にくしゃみが出た。廊下はやけに空調が効いていて服を着た状態で「涼しい」と感じるぐらいの温度だ。半裸では余裕で寒い。腕をさすりながらプルプルと震えているとシンジが心配するように眉を下げた。
「裸じゃ風邪ひいちゃうね…一旦、衣装室に行こう!話はそれから!」
こっちだよと案内される。
シンジが連れていってくれた部屋は衣装室というより更衣室だった。奥の壁一面に衣装がかけられているハンガーポールがあって、左右の壁には鏡付きメイク台がずらりと並んでいる。それを若い男がほぼ満席状態で埋めていた。皆、際どい衣装を身に着けているがすごく綺麗な見た目をしていた。俗にいうオネエとは違い「男にしか見えない」とか「見苦しい」なんて言葉は浮かばない。
(すごく綺麗なのに…女性にしか見えないのに…)
「つけまのり貸してー!」
「おいゴラァ誰だ衣装踏んだの!せっかく結んだ紐が取れただろがー!」
「肘あたってんだよブスが」
「ウィッグ絡まんのウゼーッ!!!」
「あー今すぐ世界滅びないかなー出勤クソダルゥー…」
色々とカオスだった。綺麗なのに、いや綺麗だからこそ…皆殺伐としてる(怖い)。背も肩幅もあるし女性が並ぶのとは迫力が違う。なんて恐ろしい場所に来てしまったんだ…と扉の前で圧倒されていると、苦笑を浮かべたシンジが「こっち」と壁際のハンガーポールに誘導してきた。
「本当ならスタッフの服貸してあげたいんだけど、俺らキャストは基本スタッフルーム立ち入り禁止でさ。過去にトラブルがあったとかでそれ以降パンダが禁じちゃってんの。マジごめんな」
「い、いえ…」
「とにかくウタくんが着れる服探そうか」
「はい…」
お互いハンガーポールの方に向く。キャストの人数より多めに衣装が用意されているのか、半分以上残っていた。…まあ残るだけあって「かなり際どい」か「癖が強い」の二択になるわけだが。気になった衣装を引っ張ってみてはそのデザインにギョッとする。
「うーん、これはデザインが落ち着いてるけどウタくんには大きいね。…こっちは穴空いちゃってるし、うーん、コレも違う…」
キャストのほとんどが僕より背が高いからかどれもしっかりめのサイズ感で作られていた。あれでもないこれでもないとシンジが悩む間、僕はとある衣装に目が留まった。
(あ、これなら…)
胸の布部分がないセーラー服だった。学生服だからかサイズは小さめで、僕にも着れそうだった。付属のウィッグが黒髪ロングで落ち着いてるのも尚良し。
(サイズはいいけど…スカートめちゃくちゃ短いな…)
「こんなんじゃわかめちゃ、…ぶぇっきしぃッ!!(爆音)」
「おおう、かますねぇ。大丈夫?」
シンジは笑ってティッシュを手渡してくれたが、部屋のお姉様達からは鋭い視線を向けられ「すみませんすみません」と必死に頭を下げた。
(もうだめだ!!恥ずかしいとか言ってる場合じゃない!)
このままではお姉様達に殺される。とにかく布。今の僕には布が必要なんだ。
(デザインなんか気にしちゃ、だめだ!!)
「…あの、シンジさん!」
「ん?どしたぁ(服探し中)」
「め、メイクポーチ、お借りしても、いいですか…」
「いいよー。あ、いいのあった?」
これ、と衣装を引き出して見せれば、シンジは「確かにこれなら入るね」と頷き、メイクポーチを手渡してきた。
「ウタくんは別にメイクしなくてもいいんだよ?てかやっぱメイクできんだね(ニヤリ)」
「少しなら…流石にこの服と髪で地顔はキツいんで…」
「はは、似合うと思うけど、スッピンきついって気持ちもわかるわー」
「です、…すみません、少しお借りします…」
「どぞどぞー」
僕はメイク台には行かずハンガーポール横の、部屋の端っこでいそいそと準備をしていく。鏡はメイク道具の付属のものを使えばなんとかいけた。シンジは後ろで終始不思議そうに見ていたが完成した僕を見て驚いた顔をする。
「くぁわぁいいッ!!」
食い気味に言われた。
「なにこれ、あはは!これは甘口さんが声かけちゃうのも納得だ~!あはは、可愛い、あははっ!」
何かがツボに入ったらしくシンジは爆笑していた。僕はうまく返せず、短すぎるスカートを引っ張ってもじもじしていたが
ざわっ
ふと、何やら室内がざわつく気配がして視線を移す。お姉様達がチラチラとこちらを見てはヒソヒソ内緒話しているのが見えた。何人かは睨み付けてくる人もいて、
ギロリッ
さっきのくしゃみ時の比じゃない、恐ろしい鋭さで睨まれた。
(ひいいっ!こっっっわぁ…!!)
人でも殺せそうな目だった。僕の女装がそんなに不快なのだろうかと縮こまってると、シンジがにししと悪戯っ子のように笑った。
「あはは、大丈夫、制服はバッチリ似合ってるから堂々としてたらいいよ」
「で、でもすごい睨まれてません…??(小声)」
「ああうん。甘口さんってここじゃ人気者だからさ。甘口さんのお気に入りが現れたって聞いて皆ジェラってんじゃない?知らんけど」
「へ、へえ…って、え?甘口さんもここで働かれてるんでしぁか!?」
「焦りすぎて噛んでるよウタくん」
慌てて室内を確認するがお姉様達の中に甘口らしき人物はいなかった。いくら眼鏡とマスクで顔がわからなくても、あのスタイルならここに並んでたらすぐわかるはず。僕の視線を追いかけたシンジが「違う違う」と顔の前で手を振った。
「甘口さんはキャストじゃなくて、キャストの送迎ドライバーだよ」
送迎ドライバー。だから昨日も運転してたのか。誰も乗せてなかったという事は駅に迎えに行く途中…だったのだろうか。どちらにせよ甘口に関する謎が少しずつ解けてきた。
「じゃあ昼間ボンキで一緒に居たのって」
「もちろん送迎だよ。俺結構離れた所…いや、田舎に住んでるからさ。化粧品とかこっちで入手しないと詰むわけよ~だから、ブルーム行くついでにボンキも寄らせてもらったわけ!昼飯一回奢りって交換条件でね!」
「そうだったん、ですか…」
「なになにー?ウタくんってば、甘口さんの事気になっちゃうわけー?可愛いねえ、初々しいねえ~!」
にやにやと笑ってからかってくる。
「シンジさんー…」
「あはは、ごめんごめん。そんなうるうるしないで、マジで胸が痛くなる…」
「うう、僕…もう、帰りたいです…」
甘口の名前を聞いたらますます帰りたくなった。平常時の自分に戻りたい。戻って、甘口さんに会いたい。あと、普通にボンキ購入品(BL)も開封したい。
「そうだよね。服も手に入ったし次はロッカー…、って、あ、」
廊下から「シンジさーん」と呼ぶ声がする。
「ウタくん、マジごめん、出勤時間来ちゃった」
「えっ!!」
行ってしまうのかと追いすがればシンジは困り顔で諭してくる。
「心細いと思うけどちょっとだけここで待ってて。休憩入ったらすぐに面接者用のロッカーまで案内するから…大丈夫、ここはキャスト以外入ってこなくて安全だからさ」
「し、シンジさん…っ」
置いていかれるぐらいならついていきたい、そう思ったがシンジは厳しい表情をして「ダメ」と首を振った。
「ここから一歩でも外に出たら無法地帯になるよ。俺も仕事中は守ってあげられないし、怖い思いをしたくないならここにいて。いいね?」
「うう…はい…」
素直に頷けばシンジはホッとするように表情を緩めて「誰に何を言われてもついてっちゃダメだよー!」と言い残し去っていった。
「…」
僕は再びどうしようもない不安に襲われた。お姉様達もほとんど行ってしまって、残ったのは遅刻したと思われる急ぎめに準備してる人だけ。手元が修羅場すぎて殺気立ってるし、話しかけられる雰囲気じゃない。そもそも急いでる人に“面接者用のロッカーまで案内してください”なんて言ったら迷惑だ。早々に諦めた僕は大人しくシンジを待つことにいた。先ほどメイクする時に座った位置に移動し、体育座りする。
ぺたん
(寒い…)
ブルりと身震いして、ここまで腰に巻いてたバスタオルを引き寄せ、肩からかける。それでも寒い。いや暑いのだろか。とにかく体が熱っぽくて不快だった。
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