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12 必ず、家にいるように

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 身体がよくなるまで安静にするようにと、言いくるめられたのは初日の朝だ。

「君は遠慮して出て行ってしまいそうだから、はっきりと言っておく。出て行かれる方が迷惑だ。必ず、家にいるようにしてくれ」
「……え?」

 意味がわからずにぽかんとするクリスに、騎士は難しい顔で懇々と諭した。

「私は、住む家もなくて体中を痛めている君を、いたく心配している。まず、それを理解してくれ」
「は、はい」

「そんな君がもし私に遠慮して出て行こう物なら、私は君を探し続けるだろうし、君がゆっくりできない状況を作った私自身を責めるだろう」
「え? え?」

「つまり、私は、君のことが心配で、君が私を信頼してくれなかったら、とても傷つく」
「あ、あの……?」

「私以外に頼れる先は、あるか?」
「い、いえ、ない、です……」

「ならば君は、この家にいるように。私を、寄る辺もない君を叩き出すような人でなしにしないでくれ。出て行く時は、私の許可が出てからだ。いいね?」
「は、はい……」

 立て板に水という言葉がある。立てた板に水を流すと、よどみなく流れる様である。
 まさに、今、目の前の騎士の喋る様がそれである。
 クリスが口を挟む隙が全くなかった。

 クリスは一晩考えて、翌朝には出て行くつもりだった。
 まるで心の内を見透かされているような騎士の様子に、クリスは言うつもりだった言葉全部が、頭の中から飛んでしまった。

 もちろん、騎士は予想していたのである。そしてどう言えばクリス止められるのか、必死に考えたのだ。あてがあるなら出ていっても良い。だが、昨日の様子なら、まずあり得ない。
 それでも普通の言葉で引き留めたところで、恐らくクリスは頷くことができないだろうと予想した。
 だから「騎士のために、ここに滞在するしかない」という大義名分を押し付けたのだ。「勝手に出て行く方が迷惑だ」と意図的に強く言った。出て行くのなら、ちゃんと大丈夫だという根拠を示せと。
 相手から強くでられると、クリスが反論できないのをわかっていた。それを利用するのは気が引けたが、今は必要だと心を鬼にした。

 大正解である。
 クリスは、とりあえず、出て行ってはいけないのだということを理解した。よくはわからなかったが、とにかく騎士は、本気でクリスがここにいることを望んでいてくれているのだということだけは、わかった。

 そうしてクリスは、呆然と仕事に出かける騎士を見送ったのである。

 しかしそうは言っても、客人としてずっとダラダラと過ごすことに、クリスは慣れていない。そもそも、そういう発想自体が彼の中になかった。
 クリスは日常の一環として、騎士が帰ってくるまでの間に目に付く家事を済ませておいた。

 クリスにとって、家主の家を綺麗に保つことは、当たり前のことだった。「自分の家ではないからこそ、家主が気に入るように、できることは全てやる」のが、当たり前だった。「人の家にいるのになにもしないのは、恥知らずで悪いこと」だった。そして、ちゃんと考えてやらないと「出来てない」「余計なことをするな」と怒られることこそが、普通だった。家主の好みに合うようにできてはじめて、やっと「怒られずにすむ」のが当たり前だった。褒められたことなど、一度もない。

 騎士からだけは怒られたくないと思ったクリスは、いまだかつてないほど、心を込めて家事を頑張った。

 
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