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27 僕は、もう、幸せです
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クリスは、ライオネルに拾ってもらうきっかけとなった前の恋人のことも話した。
気がついたらクリスの部屋にいるようになっていた人だった。どうやって出会ったのかすらよく覚えていない。ただ、たった一人の、クリスを必要としてくれた人だった。
自分を好きと言ってくれた彼のことを、クリスはポツポツと話す。あの頃のクリスは、彼の言う「好き」「かわいい」という言葉に、縋り続けていた。
「それは、恋人と言うより……」
クリスを食い物にしていただけだろう……。ライオネルはそう思ったが、その言葉を続けることができなかった。
クリスのそばに率直な好意の言葉を向けてくれる人が、それだけいなかったのだ。
心のこもらない言葉でもいいから欲しかったクリスの気持ちを思うと、それに救われていたクリスを否定するのは、躊躇われた。
そこに心はなかったと言ったとして、恐らくクリスもそれをわかっているだろう。むしろ好意に怯える節があるクリスのことだ。そこに好意がないからこそ一緒にいるのが怖くなかったのかもしれない。
好きな相手からもらう好意は怖い。けれどそれでも好きだと言われたい、誰でも良いからその言葉が欲しかった、それでもよかったというのならば。
どれだけライオネルがその元恋人を責めたところで、クリスが心を痛めるだけで、意味がないのだろう。
「……今、もし、その元恋人が、また君と共にいたいと言ったなら、戻りたいと思うか」
「いいえ。今の僕は、きっと彼の望むようにはできないので、戻ることはできません」
苦笑しながら首を横に振るクリスに、ライオネルはほっとする。
話を聞くほどにクリスを身勝手に弄んだその男への憎しみと怒りがこみ上げる。しかしそれに縋るしかなかったクリスの苦しみを思い、ライオネルは苦く口を閉ざした。
「それに……だって、僕は……」
クリスは、ライオネルの表情が痛みを堪えるような、苦しいような悲しいような物になっていることに気付いていた。
それが申し訳なくて、少しうれしい。
ライオネルが心配してくれているのがわかるのだ。
元恋人に大切にされていなかった、愛されていなかったことを、今のクリスはわかっている。
本当に大切にするということ、愛して慈しむということ、それがどういう風な物なのかを、教えてくれる人がいたからだ。恋人でなくとも、何も渡せる物がなくても、大切にしてくれる人がいることを知ったのだ。
たくさんの物を与えてくれて、それなのに「好きだ」と「かわいい」といってくれる人がいるのだと知ったのだ。
ライオネルに出会う前、クリスにはそばにいてくれる元恋人が必要だった。自分が役に立てるのだと感じさせてくれる元恋人が好きだった。けれど、もう、クリスはそんな風に人を好きになることはないだろう。
「私を恋人にしてくれるのなら、もっと大切に、幸せにするのに」
切なく笑ったライオネルが、クリスの頬をそっと撫でる。
クリスは首を振った。恋人でなくても、ライオネルはずっと自分を大切にしてくれた。過ぎるほどの幸せをずっと与えてくれた。
「僕は、もう、幸せです」
「クリス?」
ずっと言いたいことがあった。でも、ずっと怖かった。釣り合わなくて、恥ずかしくて。もらうばかりで何も返すことができなくて。
毎日、少しずつ話してきた過去の出来事が、ライオネルによって闇雲に怖い物ではなくなってゆく。
なにが怖かったのか、本当に怖いのはなにか。どうして不安だったのか、自分はどうしたいのか。毎日、過去の事を話す度に、心の中が安定していった。
以前の恋人のことを話したことで、ようやくクリスの心の中で、どうしたかったのか、わかった気がした。
「……僕でも、良いですか?」
クリスの声が震えた。ライオネルを見つめる瞳が揺れる。
「僕は、難しいことは何もわからなくて、言われたことをやるのが精一杯で、ライオネル様に相応しいとは、思えないんです。……でも、僕は、ライオネル様と一緒にいたい。これからも、ライオネル様を、おかえりなさいって迎えたい」
今がずっと続いて欲しいなら「僕なんかじゃ駄目だ」と逃げたら駄目なのだ。
気がついたらクリスの部屋にいるようになっていた人だった。どうやって出会ったのかすらよく覚えていない。ただ、たった一人の、クリスを必要としてくれた人だった。
自分を好きと言ってくれた彼のことを、クリスはポツポツと話す。あの頃のクリスは、彼の言う「好き」「かわいい」という言葉に、縋り続けていた。
「それは、恋人と言うより……」
クリスを食い物にしていただけだろう……。ライオネルはそう思ったが、その言葉を続けることができなかった。
クリスのそばに率直な好意の言葉を向けてくれる人が、それだけいなかったのだ。
心のこもらない言葉でもいいから欲しかったクリスの気持ちを思うと、それに救われていたクリスを否定するのは、躊躇われた。
そこに心はなかったと言ったとして、恐らくクリスもそれをわかっているだろう。むしろ好意に怯える節があるクリスのことだ。そこに好意がないからこそ一緒にいるのが怖くなかったのかもしれない。
好きな相手からもらう好意は怖い。けれどそれでも好きだと言われたい、誰でも良いからその言葉が欲しかった、それでもよかったというのならば。
どれだけライオネルがその元恋人を責めたところで、クリスが心を痛めるだけで、意味がないのだろう。
「……今、もし、その元恋人が、また君と共にいたいと言ったなら、戻りたいと思うか」
「いいえ。今の僕は、きっと彼の望むようにはできないので、戻ることはできません」
苦笑しながら首を横に振るクリスに、ライオネルはほっとする。
話を聞くほどにクリスを身勝手に弄んだその男への憎しみと怒りがこみ上げる。しかしそれに縋るしかなかったクリスの苦しみを思い、ライオネルは苦く口を閉ざした。
「それに……だって、僕は……」
クリスは、ライオネルの表情が痛みを堪えるような、苦しいような悲しいような物になっていることに気付いていた。
それが申し訳なくて、少しうれしい。
ライオネルが心配してくれているのがわかるのだ。
元恋人に大切にされていなかった、愛されていなかったことを、今のクリスはわかっている。
本当に大切にするということ、愛して慈しむということ、それがどういう風な物なのかを、教えてくれる人がいたからだ。恋人でなくとも、何も渡せる物がなくても、大切にしてくれる人がいることを知ったのだ。
たくさんの物を与えてくれて、それなのに「好きだ」と「かわいい」といってくれる人がいるのだと知ったのだ。
ライオネルに出会う前、クリスにはそばにいてくれる元恋人が必要だった。自分が役に立てるのだと感じさせてくれる元恋人が好きだった。けれど、もう、クリスはそんな風に人を好きになることはないだろう。
「私を恋人にしてくれるのなら、もっと大切に、幸せにするのに」
切なく笑ったライオネルが、クリスの頬をそっと撫でる。
クリスは首を振った。恋人でなくても、ライオネルはずっと自分を大切にしてくれた。過ぎるほどの幸せをずっと与えてくれた。
「僕は、もう、幸せです」
「クリス?」
ずっと言いたいことがあった。でも、ずっと怖かった。釣り合わなくて、恥ずかしくて。もらうばかりで何も返すことができなくて。
毎日、少しずつ話してきた過去の出来事が、ライオネルによって闇雲に怖い物ではなくなってゆく。
なにが怖かったのか、本当に怖いのはなにか。どうして不安だったのか、自分はどうしたいのか。毎日、過去の事を話す度に、心の中が安定していった。
以前の恋人のことを話したことで、ようやくクリスの心の中で、どうしたかったのか、わかった気がした。
「……僕でも、良いですか?」
クリスの声が震えた。ライオネルを見つめる瞳が揺れる。
「僕は、難しいことは何もわからなくて、言われたことをやるのが精一杯で、ライオネル様に相応しいとは、思えないんです。……でも、僕は、ライオネル様と一緒にいたい。これからも、ライオネル様を、おかえりなさいって迎えたい」
今がずっと続いて欲しいなら「僕なんかじゃ駄目だ」と逃げたら駄目なのだ。
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