S系攻め様は不憫属性

水瀬かずか

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【番外編3】出会いから二十年後ぐらいの二人(松永視点)

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 その後も、オレと篠塚父は時折会って話をした。
 決して(強調)二十年後の誠悟を堪能したいとか、そういうわけでは決して(強調)ない。
 オレはあくまで「前の会社の上司で友人」みたいな態度を崩さなかったし、特に言質を取られるような言い方もしなかったが、篠塚父は「息子の恋人」に対する態度を崩すことはなかった。
 互いにそれに言及することなく、以降もオレは言質を取られないよう気をつけて会話を続けていた。けれど同居は既に明らかだ。篠塚父は俺たちの関係を確信している。かといって、誠悟がしてないのにオレが勝手にカミングアウトは出来ない。
 だからお互い分かっているにもかかわらず、オレの立ち位置は、片や友人、片や恋人という扱いでの会話になり、空々しいほどちぐはぐなものだった。互いにそれを分かっていながら、面接を続けた。
 あれは面接だ。オレは、篠塚父の面接を受け続けているのだ。誠悟の花嫁試験とか、滾る。

 あまり闘争心とかはないのだが、こうも試されると、ちょっとムキになって、絶対に言質はとらせてやらねぇと、全力で対応してしまった。認められたいとかどうとか言う意識以前に、オレのプライドの問題だ。オレの態度一つに、誠悟の評価がかかっている。と、なぜかそんな気持ちになって挑み続けた面接だった。

 それとは別に、別れる覚悟を決めていた。このあたりが潮時なのだろうと、悲劇のヒロイン感を全力で楽しみながら誠悟を誘った。愛しさと切なさと別れる心づもりで、辛いけど今を確かめ合う、幸せこそがハッピーで毎日がエブリデイだった。そして戸惑いながらもオレの誘惑に誘われてくれる誠悟が最高だった。オレの誠悟、マジかっこいい。正義とは、ジャスティスなのだと、声を大にして叫びたい。誠悟イケメン。それがこの世の真実だ。

 篠塚父と会った後、特に誠悟から何かを言われることはなかった。篠塚父も誠悟には内緒で会っているということなのだろう。誠悟の性格なら、篠塚父の行動を知ったら激怒するだろう。そうなると、もう、オレと篠塚父の話し合う機会など皆無になるのは間違いない。けれど、それはきっと誠悟にとってマイナスになる。ならオレも、誠悟に特に何も言うことはない。

 オレは誠悟との生活を特に隠す事もなく、恋人であることだけを言葉に出さないようにして、篠塚父との面接を続けた。
 真綿で首を絞められるような、居心地の悪い日々だった。篠塚父は基本的に愛想が良い。人を使うのもその気にさせるのも、上手いだろう。
 誠悟を見てると思うが、アレは持って生まれた才能だ。自分の言動が人に与える影響を、無自覚に計算して使いこなしている。人の内側に入るのが上手い。
 年を食うとここまで巧みになるのかと思う。誠悟で慣れてなかったら、オレなんかは良いように言いくるめられるだろう。
 それに神経とがらせながらする会話と、別れた後の今日もやりきったという達成感。そして誠悟にばれないように気をつける日々。
 誠悟に内緒で会うのは、どこか後ろめたく、セックスする時は、妙にいつもより興奮した。

 大事なことなのでもう一度言おう。背徳感、マジで良い。いつまで恋人同士を続けられるか分からない状態で、期限付きと思うと、更に興奮した。場所変えてのプレイとは違う、ベッドの上で気持ちよさ優先出来る状態なのに、背徳感。
 ……ごめん誠悟。ちょっとゾクゾクした。

 オレがノリノリになるせいで、それに煽られてくれる誠悟が相変わらず天使で、ここんところの性生活は最高に充実していた。もういい年だから、ちょっと性欲落ちてたけど、プレイ次第でまだまだ行けると判明した。

 いつ別れるか。篠塚父と会う回数を重ねる度、そのことについて考えることが増えていった。
 誠悟と別れるのなら、会社を辞める必要があるだろう。次の仕事を探すなら、誠悟がオレを探すのを諦めるほど遠くへ引っ越した方が良い。
 きっと誠悟は、逃げるオレを追うだろうから。
 そのくらいは、愛されている自覚はある。でなければオレと養子縁組して家族になりたいとは言わない。だからオレは誠悟の本気を、疑っているわけではない。

 ただ、オレとの関係を清算すれば、やり直しが可能だと思っているだけだ。

 付き合い始める前の傷つけた日々がよぎったが、人との別れは疼くような傷跡は残しても、時間をかければ痛みも苦しさも憎しみもおぼろげになる。だから傷つける後ろめたさはなかった。
 オレが逃げた後、誠悟が傷ついて、数年後オレを忘れても、心の片隅に残る疼く傷跡になればいいとすら思っていた。
 威風堂々としたスパダリが、ふと昔去って行った恋人を思い出して感傷に浸る……なにそれ、かっこいい。
 しかも誠悟が思い浮かべるのはオレだ。
 オレを想って憂う誠悟か……。うん、アリだな。


 しかし篠塚父は、未だ明確に立場をはっきりとさせない。
 どうするべきか、と悩んでいるところで、思いがけない提案をされた。
「松永君、君、私の会社で働かないか?」
「……は?」
 思わず顔が真顔になった。何言ってんだ、このおっさん。還暦過ぎたおっさんのジョークとか、きついんだけど。
 とか思っていたら、本気だった。

「最初から言っているが、私は君たちを無理に別れさせる気はないんだよ。しかし、私も息子のことが心配だ。あれは、君と別れる気は全然なさそうだからね、いつでも別れる気でいる君の様子を見ていると、少々不憫だ。息子は松永君のことを、心底尊敬しているようだし、あの世間を舐めきっていたバカ息子が君に出会って人並みの常識を身につけ始めている。君を必死で囲い込もうとして世間にもまれている姿は、痛快だ。だから私は君のことをもっと知りたいのだが、私には、君をきちんと知る機会があまりにもなさ過ぎる。賛成しようにも反対しようにも、情報が少なすぎてね。でも、会って話す限り、君は大変面白い。しかも能力は息子のお墨付き。ちょっとウチの会社に、引き抜かれてみないかね?」

 思わず真顔になった。
 うっさんくせぇ……。
 睨まなかっただけ、上出来だと自分を褒めた。
 話した時間も回数もたかが知れてるから直感でしかないが、篠塚父と誠悟は、恐らくとてもよく似ている。
 とても優しくて、思いやりがあって、当たり前に人を気遣って、人のために動くのもまんざらではない……そして、その本質を突き詰めると酷薄だ。自分をよく見せるための行動のなんたるかを、無意識に計算している、……とオレは思っている。
 万人に振りまく彼らの優しさは自分のための物だ。自分をよく見せ賞賛されるための行動だ。だから自分の利にならないのなら、簡単に切り捨てる。上手に、自分に批判が来ないように。悪いのは相手だと思い込ませて。
 誠悟は基本的にそういう利己的な側面が見えることは、あまりない。傲慢ではあっても、当たり前に人を気遣う優しい性質だ。それは育った環境が恵まれていたが故の甘さだろう。しかしそういう所がとてつもなく良い。朗らかな人当たりの良いスパダリイケメン。なにそれ憧れの存在過ぎる。
 誠悟の優しさとでもちょっとSな雰囲気を思い出して、デレッとしそうになるのを必死で押さえる。誰もが憧れるスパダリがオレの恋人……やべぇ、何度考えても幸せが上限を突破してる。
 笑う場面じゃない、堪えろ、オレ。
 ともあれ誠悟は、懐に入れた人間には更に甘いが、それ以外には、必要があれば簡単に切り捨てる酷薄さを持っている。
 目の前の男は、それと同じような性質を持ち、恐らくもっとシビアな人間だ。苦労を知らない誠悟とは、根本的に違うところがあるはずだ。
 ニコニコとしながらオレを引き込もうと誘っているが、篠塚父は、恐らく見た目通りのそんな人の良い人物ではない。少なくとも、オレにとっては。

 思わず溜息が漏れる。
 三十路も過ぎた息子をつかまえて、親のお眼鏡にかなわないと結婚は許しませんよってか……。どこの花嫁修業だ。意味が分からん。
 うなずけるわけねぇだろうがよ。
 誠悟といい、篠塚父といい、あの血筋は想定外が過ぎる。
 そもそもこの笑顔がうさんくさい。オレ本心の分からないやりとりとか苦手だし。本心を言え、本心を。そしたら、考えなくもない。

「どういうつもりです」
 誠悟と別れるのならどうせ仕事は辞めるつもりだったし、その準備も進めている。引き抜かれるというのなら今後のやめるまでの計画とそう変わらないし、特に出来ないなどと言うつもりもない。
 現状の、宙ぶらりんの訳の分からない状態よりは、査定されて結論をさっさと出される方がマシな気もする。
 ただ篠塚父の意図が分からない。オレの首に鈴でもつけたいのか。それとも餌に? 後者だとすると、選択肢としてはクソだが。

「私は、誠悟に会社を継いでもらいたいと思っているんだが、あまり乗り気ではないようでね」
「……そうですね」
 知ってる。めんどくさいって言ってたし。
「あの子は、人に使われるより、人を使うのが向いているとは思わないかね?」
「そうかもしれません」
 かっこいいだろうな、上司の誠悟……。
「松永君がウチに来たら、誠悟が釣れるとは思わないかい?」
 まさかの餌だった。
 一番あり得ない選択肢だ。思ったより、このおっさん、アホか?
 まあ、釣れるだろうよ。オレが行くなら会社継いでも良いって、前にも言ってたし。適当に軽く言ってたが、たぶんあれは本気だ。
 まさかそんなことを親子そろって提案してくるだなんて、誰が思う。
 だいたい篠塚父、オレを餌にしていいのか。その意味分かってんのか? 誠悟釣ってからオレを放逐って、結構難しいと思うぞ。
 さすがにオレも、会社も家も一緒で、黙って逃げる算段を立てるのは難しい。それが仮に実行できたとして、その後も問題が出る。たぶん誠悟の性格なら、親子関係亀裂が入る。
 つまり、オレを餌にしたら、オレと誠悟を引き離せなくなると言うことだ。このおっさん、それを分かって言ってるのだろうか。
 誠悟も大概よく分からん思考回路をしているが、篠塚父も大概だ。頭の良い人間の発想は、理解が出来ない。
 とにかく、どれが誠悟にとって良いのか、すぐに判断できる内容ではない。

「ありがたい申し出ですが、彼の意思を無視したやり方は好きではありませんので、返事は控えさせていただきます」
 困った時は、先延ばし。一回持ち帰って、ちゃんと考えよう、そうしよう。

 単純に、オレのことを知りたいだとか、誠悟を会社に引っ張りたいだとか、それだけにしては、ちょっと篠塚父の負うリスクが高すぎる気がする。いや、オレは、篠塚父の不利益になろうが知ったこっちゃない。気にしてやる義理もない。けど、篠塚父からすると、オレに餌を与える割に、オレのことをそこまで信用しているとは思えない。
 訝しんでいるオレに気付いたのだろう、篠塚父は苦笑した。
「……私はね、賭けとか勝負とか、好きなタチでね。ハイリスクハイリターン、面白いとは思わないかね?」
「思いませんね」
 やべ。思わず即答しちゃった。オレ、絶対的安定志向なんだよなー。面倒なの、いや、絶対。平穏に生きたい。誠悟のことじゃなかったら、早々にこんな関わり断ち切って……断ち切って……あぁ、オレより年上の誠悟(偽)がオレを見つめている……。老成した誠悟、かっこいい……。ほんと、この親子は卑怯だ……(主に顔が)
「……これだけ手の内を見せているんだから、そろそろ信用してくれても良くないかね」
 苦笑する篠塚父の顔に、キュンとする。
 これは……!! 困った時の誠悟二十年後の姿……!! 好き……!
 でも、信用しないけどな!

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