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十六話 包囲網(その一)
しおりを挟む姉川の合戦において、強大な力を示す結果となった織田信長・徳川家康連合。その結果をひとり苦々思う将軍足利義昭は、全国の大名に密書を送り、信長討伐の指示をだしたのである。
姉川で勝利をおさめた信長は、浅井家の横山城、佐和山城を次々攻略、籠城する浅井長政を牽制しつつ、朝倉攻めの準備にとりかかっていた。
その頃、信長が強大になっていく事を危惧していた、本願寺が石山で、細川家が福島、野田で、将軍義昭の書状に答えて挙兵した。
そしてその後、摂津で挙兵した、それらの軍団は、織田家が納める京を目指す動きをみせたのである。
その知らせは、すぐに岐阜にいて、越前進軍の準備を整えている信長の元へと伝えられた。
織田信長は、その報を聞き、すぐさま越前出兵を京の防衛へと切り替えたのである。
「皆の者、よいか、本願寺のくそ坊主どもに、我らの力を見せつけるぞ」
「うぉー」
信長は、岐阜城で諸将を前に出陣を宣言していた。
「それでは皆のもの、京の防衛のため、出陣いたす」
信長は進軍途中、浅井家の抑えとして横山城を納める木ノ下藤吉郎の元に立ち寄り、後方の守備を指示したのち、京の都に入っている。
西暦1570年、元亀元年八月二十五日 織田信長軍は京から淀川を下り摂津へと向かった。
信長は、天王寺に布陣した後、野田・福島城に籠城する細川昭元、三好三人衆らを取り囲むようにして攻略を開始したのである。
野田・福島城は、淀川の下流、葦しげる泥沼の広がる低湿地帯にあった。
大人数の騎馬、歩兵は役にたたず、おもに足場を確保してからの弓矢、鉄砲での遠距離攻撃に限られていた。
戦いの初めの頃は、圧倒的に織田軍優勢で進んでいた。
しかし、同年九月十三日 石山本願寺軍が細川軍の援軍として参戦。
地の利を利用した水責めを敢行する。
信長率いる織田軍は、一気に劣性となり、窮地にたたされることとなったのである。
敵の低湿地帯での水責めに、織田軍は、それまでのように足場の確保ができず、防戦一方の戦いに変わっていく。
また、本願寺軍の参戦に呼応して、越前一乗谷から朝倉軍が出陣。それまで小谷城に立て籠もる浅井勢もまた木ノ下藤吉郎の納める横山城に攻撃を開始していた。
藤吉郎が横山城に釘付けされる中、朝倉・浅井軍は近江、比叡山のふもとまで進軍、摂津から撤退を試みる織田軍を挟み撃ちする形となっていた。
西暦1570年元亀元年九月十六日 浅井・朝倉軍三万、大津坂本口へ着陣。
織田方、京の守備についていた、信長の弟信治、森可成らが、手勢わずか一万あまりで、浅井・朝倉軍三万を迎え撃つこととなった。
信長を包囲する本願寺・細川、三好・浅井、朝倉軍らによって、九月十九日、信長包囲挟撃作戦が開始される。
そしてその包囲網の結果、その日のうちに、京の守備につく、可成、信治は討ち死。京の織田軍は壊滅したのである。
「坂本口での戦いにて、信治様、森可成様、討ち死に。みやこの我が軍は壊滅状態と…」
摂津から撤退を始めていた織田信長に、大津坂本口での戦いの訃報が届けられた。
九月二十三日 信長は、京にまで引き上げ、その足で山科口より浅井・朝倉軍の待つ、坂本への進軍を開始した。
信長にとって京に留まる事は、摂津からの追撃を待つ事にもつながり、京、山科口を抑えられる事は、岐阜への帰路を塞がれ、京に閉じ込められる事であった。
信長が絶対の危機を迎えていたのと同様に、横山城の藤吉郎もまた、最大の危機を迎えていた。
織田方にとって横山城は、岐阜への帰路の途中にあり、信長が岐阜へ撤退するためには、どうしてもこの城を手放す訳にはいかなかった。
藤吉郎は、何としてでも浅井軍から横山城を死守しなければならなかったのである。
浅井軍にとっては、信長本隊が京で足止めにあっているこの時が、横山城奪還、攻略の絶好の機会であった。
藤吉郎は、絶え間ない浅井軍の猛攻を打つ手なく、耐えに耐えていた。
しかし、本隊からの連絡が途絶えてからの城兵達の士気は、どんどんと下がっていく一方である。
このままでは、もはや落城まで、さほどの時はかからないであろうと思われていた時であった。
そんな藤吉郎が守る横山城を包囲する浅井軍三千に向かって突撃する一団が風と共に突如として現れた。
その一団は、数十人ほどで構成され、数騎の騎馬武者を先頭にする黒ずくめの忍び者たちの集団であった。
その数十人の先頭を駆ける、ひときわ大きな鎧武者が一人、長槍を軽々と振り回し浅井兵の中へ突き進んでいく。
「そ、そんな、どうして。あの方は……」
「亡くなったはずのあの人がなんで……」
攻め込まれた浅井の兵達に迎撃にむかう者はなぜかない。有り得るはずのない武者の姿に恐れおののき、逃げ出す者さえ現れだしたのである。
そんな様子は敗戦濃厚な横山城の櫓からでも、はっきりと見てとる事ができていた。
「とのぉー、殿ぉー。援軍でございます!」
「な、なんだとぉ!?」
「少数の援軍ではありますが、恐ろしいほどの強さの先駆けを先頭に、敵、浅井兵を混乱に陥れている模様です」
敵の混乱は、城主である藤吉郎に直ぐさま報告された。
「‥‥兄じゃ。好機じゃ。今をおいて、反撃の時はない!」
「うむ。……よし。皆の者、討って出るぞぉ!!」
浅井軍がたった一人の先駆けに混乱させられているのを好機とした藤吉郎は、城からの出陣を決意。
混乱状態の浅井軍は為すすべもなく、形勢は一気に逆転、浅井軍を壊滅状態にしたのであった。
「あれは……あれは、まさか、重治どの!?」
「‥‥藤吉郎さま。よくぞご無事で‥‥」
「‥‥?重治さまは、なぜに?」
「ははは、なに、単純な事。今、この横山城を失えば織田家は、終わってしまいまする。……我らは、このまま、信長様の援軍へと向かいまする。では」
「ま、まさか‥‥、してそこの御仁は‥‥まさか…」
「ははは、ご想像にお任せいたしますよ」
「な、なんと。で、では……」
重治は、藤吉郎の問いを有耶無耶にし真実を答えようとはしなかった。
「……では、藤吉郎様。これで私たちは出発いたします。…新平殿。参りましょうか」
「はっ」
この戦いで、浅井の兵士達を蹴散らし、見事な活躍をみせた大柄な鎧武者を従えた重治は、藤吉郎に挨拶をすませると、颯爽と横山城をさっていったのである。
横山城で藤吉郎の危機を見事な活躍をして助けた先駆けは、かつて浅井家最強の男と言われた、山崎新平、その人であった。
新平は、重治に敗れた後、信長の説得と数奇な運命によってこの時代に来てしまった重治の不思議な話に、織田方に下る事を承諾した。
いや、正確に言うと、織田家にではなく、重治個人に仕える事を宣言したのである。
重治が横山城に立ち寄っている間、黒ずくめの忍者達は、比叡山のふもとまでの南近江の様子を調べに向かっていた。
「殿。伊蔵殿は、なかなか戻りませぬなぁ‥‥」
横山城を出た重治達は近江の南にある佐和山城の近くで伊蔵達の帰りを待っていた。
「とのは、勘弁してもらえませんか、新平殿」
「殿こそ、どのは、いけませぬ。私は、あなた様の家来になる事を選んだのです。新平とお呼びくだされ」
「……では、‥‥し、しんぺい」
「はっ」
新平は、重治に、にっこりと笑顔をむけた。
「では、新平。私の事も重治と呼んでください」
「えっ‥‥、し、しかし……」
「…………」
黙って、睨む重治にうろたえる新平。
主となった重治のむげなる命令に新平は、歴戦の勇者の面影などまるでなく、ただただ重治への返答に困りはて口ごもるばかりであった。
「…‥あっ、と、との…じゃなくて‥‥、‥‥し、しげ、しげはる、さま」
「どうしました?」
「ふぅ……、よ、良かった‥‥。し、重治様、横山城の方から‥‥、何やら使者ではないかと」
「使者?」
うろたえ続けて、視線の定まらなかった山崎新平だからこそ、安全確保のできた後方である横山城の方角から駆けてくる馬に、いち早く気がつく事ができたのである。
「重治様。木ノ下藤吉郎様からの書状で御座います」
「ご苦労さまです」
「あ、え、い、いえ。そんな……、これが役目ですから。……それでは私は、これにて」
頭を下げて、丁寧に書状を受け取る重治。
伝令は、全く想像する事のなかったそんな重治の低姿勢の行動に対してうろたえてしまっていた。
伝令は、しどろもどろになりながらも役目を果たし、来た道を帰っていったのであった。
「どうしたんだろうね?」
「‥‥ぷっ、ぷはっははは、いやいや、お気になさるな。はっはははは」
新平は、やたら楽しそうに笑った。
それがどういう意味を持つものなのか、今の重治には全く理解できなかった。
「重治様、それよりも書状の要件を確認せねは゛」
「あっ、そうだね‥‥」
重治は、新平にせかされ、書状をあらためにかかった。
藤吉郎からの書状の要件は、次のようなものであった。
先ほどの戦いの助力の礼。
そして、浅井家の小谷城の残兵には、横山城を再び攻撃をする力がないので、横山城から信長への援軍をだすというような内容であった。
「藤吉郎様は、少し待っていてもらいたいそうだ」
開いた書状に目を通した重治は、書状に関心を示す新平にそう告げた。
「ほほう。……猿めも、頭を使っておるな」
「新平。さるは、あまりに失礼であろう」
「あっ‥‥、これは、失言でしたな。はははは‥‥。どうも、まだ、浅井にいた時のくせがぬけぬようだ……はっはははは」
新平は、そう、豪快に笑い飛ばした。
今、重治がこの場所に留まり続けているのは、藤吉郎からの伝令を待っていたからではなく、伊蔵たちの偵察による、この先の詳しい情報が、必要だったからである。
重治が持っている知識としての歴史の流れは、どうやら信長以降の権力者の手によって改ざんされていて、自分の行動が表立って歴史に記される事はないのではとの仮説を重治はたてていた。
つまり、結論、有りきで道筋は自由であり、それを決めるのは重治自身の行動なのである。根拠などない。また解ろうはずもない。重治は、そう思い込むこととしたのである。
この戦国時代に生き残るには、最大限に情報を活用してベストの形で結果を導き、結び付けなければ生き残ることすらできないと、重治は強く感じ始めていたのである。
これまでの重治は、単にラッキーのつみ重ねで、生き残れてきたに過ぎなかったのである。
今、佐和山城あたりまでは、信長の勢力範囲下にある。
しかし、信長自身を含め織田家の本体が京に足止めされていて、しかも、本願寺というさらなる敵を相手に、この勢力範囲を維持できるかどうか、とても難しい局面を迎えているのが現状であった。
この当時の本願寺と言うのは、織田家や浅井家のような大名とは違い、門徒衆による無尽蔵の資金と兵力を背景に強力な軍事力をもった、一つ組織であった。
「重治様、あれを!」
山崎新平の指差すほうを振り返った重治には、黒ずくめの忍者らしき者たちがこちらに向かって近づいてくるのを確認する事ができた。
「よかった……。何事もなかったみたいだな」
「重治様、あの伊蔵達に、何か有るわけなどあり得ません。もし、有ったとしたら、それは、敵方のほうですよ。はっはははは」
「そうは言うけどね、新平ほどの人間だって負けることがあるんだ。何があるかなんて、わからないんだから‥‥」
「なにをおっしゃいますか。重治様に負けたのは、それがしの力不足。まぐれなんかではありませんぞ」
「えっ……、あ、ありがとう……」
このようなやりとりが重治と新平の間に交わされているわずかの間に、それまで遠く豆粒のように見えていた伊蔵達は、重治の元へと辿り着いていた。
「重治様。大変な事に、なりつつあります」
「どういう事だい?」
重治は、伊蔵の次の言葉を待った。
「この先の、これまでは中立の立場にあった豪族らが、本願寺支持を表明しました。今後、反信長で敵方につく模様です」
「……やはりそうなるのか」
「‥‥どうなさいますか」
「……うん‥‥そうだな。横山城の援軍と一緒に……!」
重治の頭の中に、一つの閃きが浮かんだ。
「……どうかなされましたか、重治様?」
「……山崎新平殿」
「‥‥いったい、どうなされました?」
「……新平殿。また、無理をいっても‥‥、無理を頼んでもかまいませぬか」
かなりの無謀な閃きであった。
口に出してしまったことに後悔すら浮かび始めている。
「……う、う-ん……」
「遠慮など、ご無用。この山崎新平、重治様に命を預けた以上、どんな事でもやってのけますぞ」
「…あ、ありがとうございます……」
重治は、若造である自分のたった一つの言葉で、命さえ投げ出そうといってくれる新平に思わず感情が高まり徐々に涙が溢れだし、やがて一粒の涙となって頬をこぼれ落ちた。
「ど、ど、どうなされた??」
「…………」
「新平様の、あまりの声の大きさに重治様は、驚かれたのですよ。きっと」
伊蔵はニヤリと笑った。
「そ、それはないぞ、伊蔵殿ぉ」
「ははっ、はははは」
重治は、二人の愉しげなやりとりに、笑みをこぼさずにはいられず、半泣き笑いの何とも表現出来ない複雑な顔になっていた。
伊蔵には心優しい重治の気持ちは痛いほど理解していた。だからこそ、そんな重治の気持を重んばかって、場の空気を和ませてくれていたのである。
「では、そういう感じで…お願いします。」
「ふんふん‥‥、なるほど‥‥。なぁに、お安い御用。それは本来のわしの仕事。お任せあれ」
「伊蔵、才蔵、末松それに他のみんなも、よろしく頼む」
重治は、横山城の戦いで思いついた策をみんなに打ち明けた。
真剣な中にも笑みがこぼれ、この場にいる皆が子供のように目を輝かせていた。
命をかけた遊び、この時代の武士(もののふ)たちには、歌舞伎ものなどと呼ばれる、自分の命さえ遊びに使う豪傑達が数多く存在した。
重治の周りに集まる者は、このような豪快かつ繊細な人物の集まりとなっていたのであった。
「重治軍団、出陣ですな。はははは」
「ははは、はははは……」
重治の提案した策は、軽々しく引き受けるほど生易しいものではなかった。
敵中に紛れ込み、偽報を流す。
敵中を一騎駆けにて混乱を誘う。
どれも、無事に帰れるかどうかわからない難仕事であった。
「重治様。では、我らは先にまいります。この先は、かなりの危険が伴います。どうか、お気をつけて……」
「案ずるな、伊蔵殿。重治様は、わしが命に代えても、お守り申す」
「新平様。命に代えてしまうようでは、我らの仲間ではありませぬ」
そう新平に語る伊蔵は、優しい目をして微笑んでいた。
伊蔵は、新たに仲間に加わった新平を力量、人柄、ともに信頼できる心強い味方だと、すぐに受け入れていたのであった。
「こりゃあ、まいった。失言だわい。はっはははは」
伊蔵の言葉の意味をすぐに理解した新平は、またまた豪快に笑い飛ばした。
「‥‥それでは、重治様の事、よろしくお願いいたします」
「‥‥うむ。そなたらも気をつけてな」
「はい。では、これにて」
伊蔵とその配下の忍びたちは、重治、新平に軽く頭を下げたのち、この場を立ち去っていった。
浅井・朝倉軍が陣をはる比叡山のふもとへと向かっていったのである。
重治は、伊蔵達の無事を祈って、その姿が見えなくなる最後の最後まで、その小さくなっていく姿を追い続けていた。
「……重治様、我々はどう致しますか。このまま、ここで藤吉郎殿を待つか、この先の佐和山城の丹羽長秀様をお訪ねするか」
「……そうですね、安全を考えるなら、やはり佐和山ですかね」
「それでは早速、まいりましょうか、佐和山まで」
伊蔵たちと別れた、重治と新平の二人は、佐和山城を目指す事にした。
南近江に位置する佐和山城は、織田家重臣、丹羽長秀が治めていた。
佐和山を目指す重治は、信長救出の助力を長秀に願い出るつもりでいたのである。
「たのもう……。われわれは、織田家家臣、竹中重治と山崎新平である。城主、丹羽長秀様に、お取り次ぎ願いたい」
重治たちの目の前にある城門は、重治が叫んでから、わずかの時間で開門された。
開かれた門の中には、城主、丹羽長秀がそこいて、城主自らが城の中へと重治を招き入れてくれたのである。
「よくきた、重治。……城に着いて、早速で悪いのだが、‥‥わしは、‥‥わしは、これからどう動けば良い……」
城門が閉められると、城内に入るよりも先に長秀は、重治にそう問いかけてきた。
長秀という武将は、他の重臣達と同様に、重治の事を深く信頼しており、主である信長からも、何かの時には、指示を仰ぐようにと言われ続けていたのである。
「その事についてなのですが、‥‥実は、長秀様に頼みがあって、こちらにまいったのです」
「‥‥そうなのか!?うむ、何なりと言ってくれ。……お館様を今、救えるのは、重治おまえだけだ」
「‥‥ありがとうございます」
重治は、頭をさげ丁寧に礼を述べた。
「……それで、わしは何をすればいい!?」
「はい……」
重治は、長秀にとても常識では叶えてくれそうもない頼みごとを説明しはじめた。
「‥‥うーん、……わかった。ただちに、そのようにとりはかろう」
長秀は、少し考えたふうではあったが、質問も反論せず、重治の言うとおりに城にいる兵士達に命令を始めた。
長秀自らが指示に奔走するなか、わずか半日足らずでその準備は完了した。
そして、すぐにその事が控えの間に待機していた重治に知らされた。
重治は、予想よりも遥かに早いその知らせを聞いて、長秀の軍隊のまとまり優秀さを肌で感じていた。
重治の予想では、最低でも一日。それ以上の準備期間もやむなしと、焦る気持ちで準備の終えるのを待っていた。それが、わずか半日を待たずして終わろうとは、嬉しい誤算であったのである。
そして、重治は、城内から出て再び驚かされる。
それは、甲冑を身につけた長秀がそこにはいて、自らも出陣する事を重治に申し出たのである。
「では、まいろうぞ。重治。時は一刻の猶予もないぞ」
「はい。長秀さま。……どうも、かけ声は苦手なもので‥‥、どうか、お願いできませんか‥‥」
長秀は、重治の顔を見つめ、『相変わらずだのぉ』というような顔をして笑った。
「皆のもの。今より、お館様をお助けに出陣いたす。」
「うぅおー。」
こうして、佐和山城で丹羽長秀に助力を受けた重治は、助力した本人をも巻き込んで、佐和山城から出陣していったのである。
佐和山城から比叡山の麓に向かう途中には、観音寺城と箕作山城という山城が重治たちの行く手を阻んでいた。
重治たちが信長の元に辿り着く為には、両山城に挟まれた、麓を抜ける街道以外、他のルートはなかったのである。
「どうする、重治。お館様が上洛のおりには、兵力に物を言わせて、各個撃破していったが……」
「‥‥うーん、さて、どうしましょうか……」
重治とて、毎度毎度これという取って置きの策が有るわけではなかった。
「重治様、あれを。ま、まさか、挟み撃ちか……」
新平の指差す先、東の方方角より、それほど多くは見えない軍団がこちらに向かってくるのが確認できた。
「……新平、よく見て‥‥」
その軍団が何者のものか確証を得た重治は、新平の方を振り向いて、にっこりと微笑んだ。
「あっ!‥‥。は、はっは……」
自らの早とちりに気づいた新平は、いつもの豪快な笑いは影を潜め、真っ赤な顔の照れ笑いがその代わりを果たしていた。
新平に勘違いをさせた、その部隊とは、横山城から重治を追いかけてきた木ノ下藤吉郎の部隊であった。
「いっやぁ‥。ここにおられたか。間に合うて良かった。ははははは」
藤吉郎は、わずかの兵と弟の小一郎を横山城に残し、長秀と同様に、自らが出陣してきたのである。
援軍として、藤吉郎の部隊が加わりはしたものの、長秀の部隊と合わせても、二千に満たない小部隊であった。
信長上洛の際の兵力に比べると、十分の一の力では、簡単にはこの難局を乗り切れないのではないかと、渋面の長秀の表情が物語っていた。
「丹羽様、何をそのように難しい顔をなさっておられるのですか」
「‥‥藤吉郎、そちには、今、置かれた状況がわからぬのか……」
「何をおっしゃられる丹羽様。‥‥重治様のおられるこの状況で、我らが敗れるはずなどありはしませぬ。必ず、お館様のもとに、たどり着けまする」
藤吉郎の自信に満ちた言葉には、苦笑いを隠せない重治であったが、藤吉郎の部隊が合流したおかげで、この難所の攻略の糸口をつかみかけていた。
重治には、長秀や藤吉郎にはない、情報力と言う力強い味方があった。
伊蔵達が調べてきた物の中には、当然、観音寺城と箕作山城の、こと細かな戦力の情報が含まれていた。
信長を都に包囲、足止めするために観音寺城、箕作山城の兵士たちも、かり出されており、守備兵の少ない両城の兵が打って出る事はないと、重治は、得た情報から導き出していた。
「……重治様、わしの出番はありますかな?」
難しい顔をしていた重治に、新平は期待を込めて尋ねてきた。
「えっ、いや、今回は、ちょと、……はは、ははは」
今、重治の考えついた作戦の中に、新平のような先駆けの活躍する場は想定されていない。
「な、な、ないのですか……。はぁあ……」
新平にとって戦場を走り回れないのは、首輪を着けられ縛られた犬のようなもので、目の前の緑の野原をお預けさせられたものと同じであった。
いつも豪快な笑いと笑顔に励まされ続けていた重治には、悲しそうにしょんぼりとした新平を見る事は、かなり複雑な気持ちである。
活躍の場があればあるほど、その身に危険が及ぶ。
主たる者の気構えが必要不可欠なものであると感じ始める重治であった。
「……ここを抜けると、すぐに敵の待ち受ける坂本口です。その時には思う存分働いてもらいますから。覚悟しておいてくださいね」
「‥‥ほ、ほんとですな。約束しましたぞ。はっははは」
重治にとって仲間を危険にさらすことは、出来うるならば避けたい行為である。
しかし、伊蔵、才蔵、末末、そして、この山崎新平さえもが、重治のために命を賭けるのを厭わない。
重治は、身を斬られる思いが込み上げる反面、嬉しさで涙がこぼれそうになるのを必死でこらえていた。
この後、重治は頭の中でまとめた作戦の内容を丹羽長秀と木ノ下藤吉郎に詳細に説明をし始めた。
「‥‥うむ。では、わしが観音寺を。‥‥藤吉郎、お主は箕作山の方を頼む」
「わかり申した」
長秀、藤吉郎の二人は、信頼する重治の策に一切の異論を挿むことをしなかった。
そして、説明が終了すると同時に行動を開始した。
「それでは、早速、始めましょうか」
陣太鼓の音が鳴り響くのをきっかけに、二つに別れた部隊は、二つの山城にそれぞれ攻めあがった。
それに対して城側の守りは、予想をしていたとおり、城門を堅く閉ざして敵の侵入を防ぐ守りをとっていた。
「行けぇ。進めぇ!!」
観音寺城、箕作山城の両山裾に陣取る、長秀と藤吉郎の部隊それぞれに激が飛び交った。
重治の作戦は、相手の鉄砲、弓矢の射程圏の外を攻めこむと見せかけながら、山城の麓を回り込み移動してしまおうというものであった。
もちろん、これは伊蔵たち忍の者がくれた、貴重な城の詳細なデーターが元となっていた。
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