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第五十二話 官憲の事務所
しおりを挟むルタは彼女を励ます言葉と理由を探そうとするが、なにを言ってもいまのロウには返されると思った。
彼のことには気付かないで、彼女は言う。
「だから、不思議なんです。あなたのほうが確かに強いのに、なんで通り魔はあたしじゃなくて、ルタさんを先に狙ったのか。あたしを先に狙えば、殺せるか重傷を負わせられたのに」
「…………、あえて反論するなら、奴は冒険者じゃなかったから、じゃないか」
ロウが彼に顔を向ける。彼は続ける。
「弱い奴から先に片付けるってのは、冒険者としての基本だ。でも奴は冒険者じゃないから、そんなことは知らなかったし構わなかった。だからおれから先に殺そうとした。……反論はあるか?」
挑戦するような目をルタは彼女に向ける。議論、推論のぶつけ合い。ロウは小さく、自信なさげにうなずいた。
「あの通り魔の正体が冒険者かどうかは分かりません。けど、ルタさんも言ってましたが、殺し屋である可能性はあります」
昨夜、自分の足元から新たなナイフを取り出す通り魔を見て、彼は確かにそう言った。
「その根拠は暗器のナイフを取り出したからですが……もしも本当に殺し屋だとすれば、冒険者と同じように殺しやすいほうから狙うと思いますし、それにあの高い身体能力にも説明がつきます」
殺し屋や冒険者であれば普段から身体を鍛えているだろう。一流ともなれば、多少のデバフが掛かっても機敏に動けるはずだろう。
ロウの推論はそういうものだったが、しかしルタはその綻びを突く。
「うーん、確かに殺し屋なら基本戦術くらい知ってるかもだが、それならそれでおれのほうを先に狙った理由は明確だと思うぜ」
「……なぜ……?」
「自分で言ってて気付かないか? 奴が殺し屋だとするなら、その狙いは最初からおれの命だった、ってこった」
「…………っ」
「三人組の冒険者を襲ったのは、通り魔の振りをして官憲や目標のおれの目を騙すため。通り魔として出会えば、油断して殺しやすくなるかも、ってな」
「……なるほど……一理あります……」
小さな顎に手を当てて、ロウは納得したようにつぶやく。対してルタは肩をすくめて、アホらしいというように。
「ま、根拠もなにもないただの憶測だけどな。第一、騙すなら通り魔としてじゃなく、普通に一般人として出会ったほうが不意討ちしやすいし」
「……それも、そうかもですが……」
「まあなんにしろ一応、気を付けといたほうがいいかもしれねえけどな。おれだけじゃなく、あんたも」
「…………、……ですね」
そこまで話して、気付いたようにルタが道の先に顔を向けた。そこには多少古びてはいるが立派な官憲の事務所があった。
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