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第九十話 失踪届け
しおりを挟むルタは一度立ち止まると、彼女に背を向けたまま答えた。いつものひょうひょうとした声音だった。
「あんた、言ってただろ、自分の知り合いが殺されるのが嫌だって。それと似たようなもんさ。知り合いが殺されたら、おれも寝覚めが悪い。それだけのことだ」
「…………」
そして彼は再び歩き出す。はたしてその言葉は本心だったのか、それとも……。
彼の心を推し量ろうとするロウに、彼が言ってくる。
「なにしてんだ、置いてっちまうぞ」
「あ……いま行きます」
本心は分からない。でも、いまはその言葉とこの時間を胸中に留めておこう……ロウはそう思いながら彼と並んで歩いていった。
ややあって、官憲の事務所へとたどり着く。辺りはすでに暗くなっていたが、事務所には明かりがついていて、私服姿や制服姿の官憲が忙しそうに出入りしていた。
「それで、ルタさんが言っていた新しい可能性ってなんですか」
ここまで来る道中にも聞いてはいたのだが、なぜか彼はロウとは視線を合わせようとはせず、説明もはぐらかしていた。
「……簡単な話さ。あの通り魔が起こした事件は、本当に昨日と一昨日の二回だけだったのか、ってことだ」
「……え……?」
通り魔が起こした事件は二回、昨日と一昨日の二回であることは、町の新聞各紙や様々な雑誌が取り上げている。いまさら疑うまでもないことのはずだが……。
「説明が足りなかったな。もしもあの通り魔が実は他にも事件を起こしていて、だがそれが表沙汰になっていない場合……つまり通り魔の犯行がバレていない場合、その被害者はどうなると思う?」
「それは、たぶん不慮の事故に巻き込まれたとか、あとは失踪したとか……あ」
「そう、そういうことだ」
彼が示した新たな可能性に、ロウも気付いたようだった。
もしも通り魔の犯行がバレず、被害者が失踪したと扱われたのなら、その被害者家族達は官憲に失踪届けを出しているかもしれない。ルタはそのことを調べに官憲までやってきたのだ。
「つーわけで、聞きに行くぞ。失踪届けを見させてくれませんかってな」
「でも、そう簡単に見せてくれますかね。失踪した人達とは無関係なのに」
「さあな。でもいま思い付くのはこれしかないんだ。行くしかねえ。いざとなったらサージのおっさんにも話して、見られるように取り計らってもらおう。できたらだけど」
とにかく聞いてみないことには始まらない。二人は官憲事務所のなかへと入っていく。
今朝来たばかりなので、建物の内装自体はあまり変わっていない。相変わらずの少し古びた感じで、壁や天井には細かな汚れや小さな傷などが散見された。
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