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6.転売屋は薬草を転売する

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翌朝。

朝食もほどほどに朝早くから露店を出すべく宿を出た。

昼食は要らないと言うと三食付いているからという理由だけで弁当を作ってくれたマスターには頭が上がらないな。

弁当と言ってもサンドイッチみたいなやつだが、買いに行く手間を考えればそれでも十分助かる。

露店の出し方は昨日の店主からリサーチ済みだ。

まずは中央の管理組合に行き、使用料を払えば場所をくれるらしい。

っと、ここか。

まだ陽が昇ってすぐの時間だが、早くも露店を出している人達がいる。

いい場所は日の出前から並ばないと取れないって言っていたような気もするが、そこまでしなきゃならないのか。

大変だな。

「イラッシャイ、露店希望かい?」

管理組合のある建物はテントが並んでいる広場の中央に鎮座する石造りの建物だった。

幸い並んでいる人がいなかったので中に入ると、大柄なおばさんが手招きしてきた。

「あぁ、一区画頼みたい。」

「ここは初めて?」

「今日が初めてだ。」

「それじゃあ簡単に説明するよ。使用料は銀貨2枚、何時店を閉めても使用料は変わらないから注意してね。ご禁制の物、火薬、臭いのきつい物は販売禁止。もちろん生き物もダメだから奴隷を売りたかったら所定の場所で手続きするように。何か質問は?」

流れるような説明に思わずオーっと声が出てしまった。

それが嬉しかったのかどうかはわからないがおばさんはニヤリと笑った。

「販売だけじゃなく買い取りもしたいんだけど構わないよな?」

「買い取り?別に構わないけど探し物ならここよりも商店の方がいいんじゃないか?」

「別に珍しいモノを買うわけじゃない、ただの薬草だ。」

「薬草?なんでまたそんなものを。」

「それと、出来れば長期間同じ場所を借りたいんだがそういうのも出来るのか?」

「それは無理だね、同じ場所が欲しけりゃ朝早くから並びにおいで。」

固定客を作るためにも同じ場所の方が都合がいいんだが・・・。

まぁ仕方ない。

「わかった。銀貨2枚だな。」

「毎度どうも。場所はここ、よかったらこの茣蓙を使いなよ。見た感じ用意してないんだろ?」

「助かる。」

「はい次の人ー!」

代金を支払い、代わりに茣蓙を受け取って指定された場所へと向かう。

そこは露店の大通りからは少し外れていたが角になっていて二面で商売が出来る場所だった。

これはいい、片面で買取ってもう片面で売ればやりやすいだろう。

茣蓙を敷いて用意しておいた手書きの看板を両側に設置した。

片方には『薬草買います銅貨16枚』もう片方には『薬草売ります銅貨26枚』と書いてある。

こうするだけで何も言わなくても商売が出来るんだからPOPって便利だよなぁ。

でも今は在庫が無いので売りますの方は裏を向けて見えないようにして置けば問題ない。

露店を開始してしばらくはただ人が通るだけで何のアクションも無かった。

むしろ二度見される方が多い。

そりゃそうだ、商品を見に来ても何も置いていなくて看板が設置してあるだけなんだから普通はありえないよな。

だがそんな空白の時間もつかの間、待望のお客さんがやって来た。

「おい、この看板は本当か?」

「えぇ、薬草の買い取りがご希望ですか?」

「そうだ。だが本当にギルドよりも高く買ってくれるのか?」

「もちろんです。いくつお持ちですか?」

「三つある。」

「拝見してもよろしいですか?状態が悪ければ多少値を下げさせていただきますがそれでもギルドよりかは高く買い取りますので。」

いかにも冒険者といった風貌の男が上から俺を見下ろしてくる。

腰にぶら下げられた剣はむき身でダンジョン帰りなのかところどころ返り血がついていた。

見た目こそあれだが俺が求めていたのはまさにこういうお客だ。

ぶっきらぼうのその男は無言で革袋の中から薬草を取り出すと突き出すように手渡してきた。

『薬草。もっとも一般的な薬。・・・鮮度は良好。』

ちなみに昨日買い取った薬草を鑑定しながら判明したのだが、相場スキルに関しては任意で情報を減らすことが出来るようだ。

おかげで何度も相場を聞かされることは無くなった。

もちろん必要であれば聞くが、今回に関しては状態だけわかれば問題ない。

「三つとも欠けも無く鮮度も十分です、三つですので銅貨48枚のお買取りになります。」

「・・・世話になったな。」

代金を渡すと男は無言でその場を去っていった。

よしよしまずは成功だな。

在庫が補充できたので片面に商品を並べて倒しておいた看板を立てる。

すると並べてすぐに前を歩いていた女性が食いついてきた。

「え、その薬草その価格でいいの?」

「はい、銅貨26枚で販売しております。おいくつ必要ですか?」

「それ全部頂戴!」

「有難うございます銅貨78枚になります。」

代金を貰い商品を渡す。

そういえば手渡し用の袋とか用意してないんだけど・・・。

まぁ、周りもそんなの使ってないし別にいいか。

「いつもこの価格なの?」

「在庫がございましたらその予定です。」

「そっか、じゃあ必要になったらまた来るね!」

「お待ちしています。」

薬草を抱えたその女性は鼻歌を歌いながら去っていった。

販売が終わってから俺は横に置いておいたメモ帳代わりの木の板に正の字で販売数と買取数を記入する。

これで利益が銅貨30枚。

20個売れば出店料をペイできるのでそこからは俺の儲けになる。

どれだけ来るのかはわからないが、このペースで行けばそれなりの売り上げは確保できるだろう。

再び販売用の看板を倒して買い取りを待つ。

ちなみに商売の時は口調が変わる。

これはもう癖みたいなもんだ。

「すみません、買い取りしてほしいんですけど本当にこの価格ですか?」

「えぇもちろんです。いくつご希望ですか?」

その日予想以上に買い取りは成功し、見事買い取り個数143個、販売個数143個総利益銀貨14.3枚という驚異的な数字をたたき出したのだった。

元手0でこの利益は熱い。

何故他の連中はこれを思いつかないんだろうか。

そんなことを考えながら翌日も運よく同じ場所を借りることが出来、噂を聞きつけたのかその日は207個の買い取りと販売を達成した。

二日で銀貨35枚の売上になる。

異世界に飛ばされてどうなる事かと思ったが、二日で一か月分の売り上げを確保できたんだ当分は安泰だな。

なんてホクホク顔で帰ろうとしたその時だった。

「失礼、ここで買取をしていると聞いたんだが。」

「すみません生憎今日は店じまいで・・・。」

「君がここの主人かい?」

「えぇ、まぁ。」

「ギルド協会の者だ。詳しく話を聞きたいからついてきてくれるだろうか。あぁ、逃げない方がいい事を荒立てたくないからね。」

夕暮れ時の市場にこれまた物騒な武器をぶら下げた一行が現れた。

今までの冒険者と明らかに装備が違う。

話しかけてきた優男の後ろに並ぶそいつらは皆同じ紋章の入った鎧兜を身に着けていた。

おやおや、これってまずくないですか?

「それは強制か?」

「そう考えてもらってもいい。君の事に関しては管理組合と三日月亭で調査済みだ、内容次第では悪い事にはならないよ。」

「・・・わかった。」

この男の言うように事を荒立てていい事は無いだろう。

茣蓙を返却する間もなく、兵隊に囲まれるようにして俺は連行された。

連れていかれたのは大通りを北上した場所。

ご丁寧に入口には天秤の紋章が掲げられている。

うーん、取引所かなにかだろうか。

「君たちは持ち場に戻ってくれ、彼は私が連れて行く。」

「わかりました!」

囲んでいた兵士たち中に入らないようだ。

「さぁ、入ってくれ。」

中は三日月亭同様ロッジ風になっているが、中は薄暗く人気も少ない。

「怖がらせて悪いね、就業時間を過ぎているから職員はいないんだ。」

「残業になるのでは?」

「僕はいいんだよ、決まった時間に仕事なんてしていないから。」

そのまま廊下を進み、右側の扉が開けられる。

「入ってくれ、大丈夫何もないさ。」

何もないわけないだろうがとツッコミながら仕方なく中に入ると、優男がそれに続き扉が閉められた。

おいおいやめてくれよ、俺にはその気は無いぜ。

何て身構える俺を気にすることなく優男は奥の椅子に座った。

「かけてくれ、ここに君を呼びつけたのは注意と警告をするためだ。」

「随分と物騒だな。」

「あそこに行く前に君のやり取りを見させてもらったんだけど、その話し方が素なのかな?」

「あぁ、一応商売をかじっているんでね客の前では愛想よくするさ。」

「でもここでは違うと。」

「警告するなんて言われて愛想よくする必要があるのか?」

「ハハハ、それもそうだね。普通こんな所に連れてこられたら皆臆してしまうものだけどどうやら君はそうではないらしい。」

多少ビビってはいるがこれまでにこういった経験が無いわけじゃない。

ネットで叩かれるなんざ日常茶飯事、販売相手に閉じ込められたことだってある。

こういう商売はビビったら負け、俺はそう思っている。

「それでギルド協会とやらが俺に何を命令するんだ?」

「まぁまぁそんなに噛みつかないでくれよ。僕はギルド協会のシープだ、宜しくシロウ君。」

「俺の名前まで調査済み、羊(シープ)じゃなくて狼(ウルフ)の間違いじゃないのか?」

「うーん、それがどういう意味かは分からないけどさっきも言ったように悪い風にはしないから安心しておくれよ。」

優男がニコニコと笑ってくるが、俺にはわかる。

こいつはあまり怒らせない方がいいタイプだ。

「で、注意と警告の内容は?」

「話が早くて助かるよ。注意というのはね、この街では規定以上の価格で薬草を買取することは禁止されているから次回以降はしないでほしいという事。そして警告はそれを破れば問答無用で投獄するという事、この二つだよ。」

「それは随分物騒だな。だが管理組合では買い取りをするといったときそんな説明を受けなかったぞ。」

「うん、まぁこれはギルド間で決まった協定みたいなものだからねぇ。」

「不文律なのか?」

「そういう事になる。だからまずは注意をするんだ、知らなかった事を咎めるほど我々は横暴じゃないよ。」

不文律でありながらそれを強制してくることは横暴とは言わないんだろうか。

ようは暗黙のルールだ。

それを一般人に強制するのはどうなんだ?

「だが、注意を破れば投獄されるんだろ?」

「そうだね。我々の利益を著しく害したとみなされ処罰されるだろう。」

「ギルドの利益を阻害するな、か。それは横暴とは言わないのか?商売とは自由であるべきだ、そこにギルドが関与するのはいかがなものかと田舎者の俺は思うわけなんだが、そこはどう説明してくれるんだ?」

「確かにそういった考えもあるだろう。だけど我々もその自由を害さない為に出店料を安くし商売し易くしている。決まりさえ守ってくれれば後は好きにしていいよ。」

「じゃあついでに聞くが利益を害すると定められている物は他にあるのか?」

「基本的にはギルドで固定買取している物は全てその対象になる。もちろんそれをすべて把握してくれというのは無理な話だから、発見次第注意させてもらうつもりだ。あぁ、もちろん次回はここに連れてくることは無いから安心していいよ、あそこは一度出たらまた出店料を払わないといけないからね。」

固定買取のあるものとはつまり需要の高い物だ。

それを牛耳ることで旨い汁を吸い続けたい、そういう事なんだろう。

綺麗事並べているが結局は利益を奪われたくないだけじゃないか。

それを自由を認めるからという理由で強制させている。

公正取引委員会的なものがあれば告発出来そうな事案だが、これがまかり通るってことはそれは無いんだろう。

郷に入れは郷に従えというやつか。

ここで商売をしたいのならそれを守るしかないんだろうな。

「ちなみに、今回得た利益に関しては?」

「もちろんそれを接収することは無い。君の才能で売り上げたものだからね、露店では誰がどれだけ利益を上げても税金を掛けないそれがこの街の決まりだ。」

「それはどうも。」

「これからも良い商売が続くことを祈っているよ。さぁ、これでこの話は終わり、ほら何もなかっただろ?」

優男はまたニコニコとした笑顔を俺に向けてくる。

注意を受けただけで済んだと思えば安いのかもしれないな。

俺がこの世界に来て初めて思いついた商売は、わずか二日銀貨35枚の利益を上げただけで終わりを迎えたのだった。
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