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110.転売屋は夏の風物詩に出会う

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予定よりも早く冷感パッド(命名俺)の生産は進んでいる。

当初の予定では四人雇って工期は15日と予定していたが、リンカに募集をかけてもらうと倍の8人希望者が来てしまった。

半分に絞るためには面接をしなければならないのだが、ぶっちゃけめんどくさいのでそのまま全員雇うことで決着がついた。

工期は半分になり、結果として出ていくお金は同じだ。

ならさっさと終わらせて、売りに出した方が早くお金が戻ってくる。

もちろんスピードを重視し過ぎて品質が下がるのはよろしくない。

幸い加工自体は簡単な物なので、飽きが来ないよう役割交代制で頑張ってくれている。

「シロウ様そろそろ今日の分が終わりそうです。」

「マジか、まだ夕方前だぞ。」

「今日で五日目ですからね、一巡して皆さん慣れてきたんだと思います。」

「なら早めに上がってもらうか。」

「いいんですか?」

「そろそろ疲れが出てくる頃だからな、早めに休んでもらった方が明日の仕事に差し支えないだろ。」

「そうですね。ではそのように伝えて参ります。」

家事もあるだろうし余った分働いてくれってのもあれな話だ。

賃金分は働いてくれたわけだし、それ以上働かせるのはよろしくない。

そもそも雇用契約は対等の物であって、雇用者が被雇用者に対して過剰な仕事を強制することがおかしいんだ。

サービス残業だの休日出勤だの、そういうのが嫌でフリーになったんだよなぁ。

まさか俺が雇用する立場になるとは思わなかったけどな。

「それが終わったらアネットの様子を見て来てくれ、二時間ほど姿が見えない。」

「わかりました。」

「まったく、働き過ぎにも困ったものだ。」

自分の仕事が終わったのならさっさと休めばいいのに、次の仕事次の仕事とどんどん続けるものだから終りが無い。

まぁ、仕事がたくさんあるからこそこういう状況になっているのだが・・・。

いい加減働き過ぎないようにしなきゃな。

命令してしまえば簡単なんだが、それはそれだし。

自主的にサボる事も覚えてもらわないと。

「ただいまー。」

「お帰り。」

「死ぬかと思った。」

「今日はフールと一緒だったのか。」

「うん、ダンジョン内で逃げ回ってたから助けたの。」

「逃げ回っていた?」

「他の仲間が転移罠にかかって、ついでに呼び出し罠も発動したんだ。マジで死ぬかと思った。」

泣きっ面に蜂ってやつだな。

まぁ無事で何よりだ。

馬鹿兄貴と言いはするけれど肉親であることは間違いない、自分を奴隷に落としてまで助けたんだから簡単に死なれても困るだろう。

「で、収穫は?」

「えへへ、見てこれ!」

「罠の奥に宝箱があったからこれだけ取って逃げたんだ。」

「収穫無しよりかはマシだな。見せてみろ。」

エリザが取り出したのは黒光りする小刀だった。

なんとなくおどろおどろしい感じがするのは気のせいか?

『召霊の小刀。霊を召喚することが出来るが、主に来るのは悪霊である。最近の平均取引価格が銀貨52枚、最安値銀貨21枚、最高値銀貨76枚、最終取引日は444日前と記録されています。』

これまた危なそうなものを持って帰って来たな。

ってか、前回もそういう品じゃなかったか?

バカ兄貴は呪われているんだろうか。

「召霊の小刀、呪われているわけではないが主に悪霊を呼ぶらしい。使い方・・・まではわからんな。」

「えぇ、またぁ?」

「そう、まただ。前回は怨嗟のネックレスだったが・・・あれは中々の金額で売れたな。」

「え、売れたの?」

「なんでもそういうのが好きな人らしくてな、そうか今回もあの人に引き取ってもらうか。」

前回アレを買い取ってくれたのは、この街の貴族だった。

あんなものを好んで買い付けに来るぐらいだから根暗なのかと思ったが、かなり明るかったのでよく覚えている。

一人身で寂しいから夜に声が聞こえると安心するのだとか。

俺からしたら意味がわからないが、本人が喜ぶのなら売るだけの話だ。

今回は声だけじゃなく霊が出てくるらしいし、喜ぶんじゃないか?

「高いの?」

「いいや、こいつは安いな。銀貨20枚って所だ。」

「えぇ~もっと高く買ってよ。」

「じゃあベルナの店に持って行け。」

「やだ、安いのわかってるもん。」

「命を懸けたのにそれっぽっちかよ・・・。」

「人生そんなもんだ、命があっただけよかったじゃないか。」

しょぼくるバカ兄貴に銀貨10枚、エリザに銀貨10枚をそれぞれ渡してやる。

と、上からアネットとミラが下りてきた。

「あら兄さん、サボりですか?」

「違うって!危なく死ぬところだったんだって。」

「その様子ですと、そこをエリザ様に助けて頂いたのですね。エリザ様、わざわざありがとうございました。」

「いいのよ、知り合いが死ぬのは見たくないし。それに、腕はそれなりにあるから今死なれると困るしね。」

「良かったですね兄さん、エリザ様が褒めていますよ。」

あれは褒められているんだろうか。

利用価値があるから助けたって言っているように聞こえるんだが。

それはつまり利用できなかったら見殺しにするってことなんじゃないか?

冒険者も命懸けだ、わざわざ自分の命を危険に晒してまで人助けはしない。

「うぅ、アネットが冷たい。」

「仕方ないわよ、アンタが盗賊にさえならなかったら良かったんだから。」

「いえ、そこはむしろよくやったと言いたいですね。おかげでご主人様に買って頂けましたから。」

「俺が絶対に買い戻してやるからな!」

「期待せずに待っていますね。」

期待してませんという目で見られ、再び項垂れるバカ兄貴。

なんていうかかける言葉が見つからない。

まぁ、頑張れ。

「今日はどうするんだ?」

「ん~、時間が時間だしギルドに寄ってから戻ってくる。」

「俺も仲間が戻っているかもしれないから戻る。」

「それならニアさんに『フィアーさんにぴったりの品が見つかった』と伝えてもらうよう言っといてくれ。」

「ニアに言うの?」

「あぁ、時々ギルドに来るらしい。直接では無くギルド経由を希望しているらしいんだ。」

「ふ~ん、変なの。」

家に来てほしくない理由があるんだろう。

もしかすると家自体が危ないからギルドが規制していたりして。

昔あったよな、幽霊が出る家!とか。

大人になったらあまり見かけなくなったが、子供の時は肝試し感覚で覗きに行ったっけか。

二人を見送り、作業を終えた奥様方に今日の賃金を支払ってその日は終わり。

夕食を済ませいつもより早く眠りについた。

はずだった。

珍しく誰を抱くわけでもなく一人で眠っていると、突然誰かに肩をゆすられる。

元々眠りが浅い方なので目を開けると、アネットがベッドサイドに立っていた。

「も、申し訳ありませんご主人様。」

「どうした?」

「お、お化けが・・・。」

「お化け?」

「お化けが出たんです。私、あぁいうの駄目で・・・助けてください。」

涙目で、というか今にも泣きそうな顔で俺にしがみついてくる。

お化けねぇ・・・。

アネットの寝室は三階、ようはあの檻のあった場所だ。

出るか出ないかで言えば出る可能性は十分にある。

だが今の今まで出たことなかったし・・・、あれか?今日バカ兄貴から買い取ったやつのせいか?

装備も使用もしていないんだがなぁ・・・。

「どこだ?どんな奴だった?」

「新しく作った窓際に女の人が立ってたんです。」

「わかった。」

立ち上がりランタンに火を灯す。

幽霊であれば明かりを見せれば逃げるかもしれない。

念の為聖水を体に振りかけてから三階への階段を上る。

ちなみにアネットには部屋で待つように言ったのだが、怖いのでついてくるそうだ。

いや、怖いならそこにいろよ、とは言えないよなぁ。

一段一段慎重に上り、恐る恐る頭を出すとアネットの言うように新しく付けた窓際に、ぼんやりと白い何かが浮かび上がっていた。

まさに幽霊という感じの見た目だが、足はあるんだな。

「い、い、いました・・・。」

「そうみたいだな。」

「ご主人様は怖くないんですか?」

「そりゃ怖いさ、だがこのままじゃアネットの仕事に支障が出る。奴隷の健康の為にもどうにかするしかないだろう。」

今一番の稼ぎ頭に倒れてもらうわけにはいかない。

それに、勝手な感覚だが悪霊とかそういうのには見えないんだよなぁ。

何でだろうか。

一番上まで上がり、ゆっくりと窓際に向かって歩き出す。

アネットが服を引っ張るのでかなりの抵抗がある、ビロビロに伸びたりしないだろうか。

ある程度近づいたその時だった。

突然幽霊が首を動かし、こちらの方を見た。

女だ。

白いローブの胸元が膨らんでいるので間違いないだろう。

あの服で主張するってことはそこそこデカイ・・・のか?

こんな時でもそんなことを考えるなんて俺もまだまだ若いなぁ。

「人、いえ普通の人ではなさそうですね。」

「おぉ、喋った。」

「そりゃ私だってしゃべりますよ。」

想像していたよりもかなり流暢なしゃべり方だ。

アーとかウーとかしか言わないもしくは喋る事すらないと思っていたんだが、やはり幽霊ではないのか?

「人の家に突然現れ、いったい何の用なんだ?」

「それはこちらのセリフです、ヒトを呼びつけて置いて何様ですか?」

「呼び出す?おかしいなアンタのような美人を呼んだ記憶はないぞ?」

「それはおかしいですね。確かに何かに招かれここに来たのですが・・・。」

「それはあれだな、ダンジョンから発掘してきた召霊の小刀のせいだな。」

「あぁ、あの面倒な奴ですか。時々連絡が来るので地下深くに埋めたはずなんですけど・・・。なるほど、それで納得しました。」

幽霊の割にはよくしゃべるしコロコロと表情が変わっていく。

この時点で悪霊という線は無くなった・・・のか?

「あの小刀に呼ばれたって事は幽霊なのか?」

「失礼な、私をそんな脆弱なものと一緒にしないでください。」

「じゃあ何なんだ?」

「神の遣いです。」

エッヘンと胸を張りどや顔をする。

胸が主張され、ローブに乳首が浮かびあがった。

ほぉ、ノーブラか。

「なんだ痴女か。」

「誰が痴女ですか!神の遣いだって言って・・・あ、その顔は信じてませんね?」

「そりゃいきなり神の遣いなんて言われて信じられるかよ。」

「おかしいですね、この前の少女は私を見るなりひれ伏し祈りをささげたというのに。」

「そういうのは信心深い奴だけだろ、生憎俺は神様なんてものはあまり信じてなくてね。」

完全な無神論者じゃない。

信仰所にも行くし時々は神頼みだってする。

だが自分を神の遣いという奴はあまりというかかなり信じられないよな、やっぱり。

「いいでしょう。そこまで言うのなら私の力を示すまでです。」

「いや、力って何するつもりだ。」

「貴方の過去を見て差し上げます。初対面で当てられたらそれはもう信じるしかないですよね。じゃあ行きます!」

俺の返事を聞くことも無く自称神の遣いは目を閉じ難しい顔をし始めた。

それと同時にどんどんと周りが光り輝いている。

まるで太陽の周りに発生するモヤのように、モヤモヤとした何かがそいつの体を包み込んだ。

「見える、見えますよ!貴方は・・・あれ?あれれ?なんで?」

見えると言ったと思ったら今度は急に慌てだした。

表情がどんどん険しくなっていき、体を覆っていた神々しい何かが明るさを失っていく。

みるみるうちにモヤは無くなり、そして消えた。

「過去が見えない・・・。貴方何者なんですか?」

そう言いながら目を開け、俺を睨みつけた。
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