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341.転売屋は職人たちの結晶を見守る

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ある日の夕方。

職人通りは人で溢れていた。

それはいつもの買い物客ではなく、通りに店を構える職人たちが一件の店の前に集まっているようだ。

「でき・・・た。」

「出来たのか?」

「これで最後です。全部で500個、完成です。」

「よし、よくやった。検品と梱包の作業は後はこっちでやる。よく頑張ったな。」

「もうゴールしてもいい?」

「好きなだけ寝ろ。」

ルティエは、フラフラと立ち上がったと思ったらそのまま横のクッション(通称:人をダメにするクッション)に倒れこんだ。

そしてそのまま動かなくなる。

「最後の一個が完成したぞ、これで終わりだ。」

「「「わぁぁぁぁ!!」」」

その様子を店の外から眺めていた職人達が一斉に歓声を上げたので、窓ガラスがバリバリと揺れる。

そんな大音量の中でもルティエは幸せそうに目をつむったままだ。

徹夜はさせなかったが睡眠不足なのは間違いない。

しばらくはそっとしておいてやろう。

「今日の夕方は一角亭を貸し切っての慰労会だ、それまでは各自ゆっくり休めよ。寝坊しても放っておいて始めるからな!」

大騒ぎしている職人に声をかけ、ルティエの作品を持ち店に戻る。

全部で500個。

わずか一か月で完成させるとは思わなかったが、この結果が彼らの答えなんだろう。

これが成功すれば自分達の生活がぐっと良くなる。

それどころか、自分達が認めてもらえるかもしれない。

王都から遠く離れたこの街でも、十分にやっていける。

それを証明するための戦いでもあったわけだ。

もちろん結果はまだ先だが、この出来ならば間違いなく成功するだろう。

別に化粧品の抱き合わせでなくても大丈夫。

とはいえ、万全を期すのが商売人ってもんだ。

限定品と聞けば人は心躍る。

希少性がある、個数限定。

人を惑わす単語は星の数ほどあるが、それが全て当てはまるんだから人間の欲ってのは果てしないな。

まぁ、それでがっつり儲けさせてもらってるんだけども。

「ただいま。」

「おかえりなさいませ、完成しましたか?」

「最後の力作を受け取って来た。向こうの準備はどうだ?」

「そろそろリノン様のボトルが届くはずです。カーラ様から今回用の特別な溶液はいただいていますので、封入すれば完了です。」

「後は梱包して発送か。」

「何とか今日中に発送できそうですね。」

「あぁ、後は向こうが上手くやってくれるだろう。」

向こうでの販売はオリンピアの手配した商人がやってくれるらしい。

ポスターの効果は絶大で、早くも街中で噂になっているのだとか。

購入は抽選制、貴族枠は無し。

手に入れれば人気者間違いなしの逸品に仕立て上げた。

売れるのは間違いないが、それが認められるかが今後の課題だな。

まぁ間違いなく成功するけど。

俺が保証する。

「ただいま!」

「おかえり。」

「あ~つかれた~。」

「悪かったな、急に頼んじまって。」

「何かしたかったのは私だし?はい、頼まれてたルビーアイ。」

「俺が言うのも何だがよく手に入ったな。」

「そこはほら、日頃の行いって奴よ。」

「ふふふ、そうですね。」

「ちょっとミラ、何で笑うよの!」

誰の日ごろの行いが良いかは聞かないでおこう。

ただ一つ言えるのは、エリザではないという事だ。

ルティエや職人たちの頑張りがエリザを通じて実を結んだ、そう言う事にしようじゃないか。

『ルビーアイ。真っ赤な目をしたイビルアイの亜種が落とす希少な結晶。誘惑の効果があり、身に着けると異性を引き付ける効果がある。最近の平均取引価格は銀貨3枚、最安値銀貨1枚、最高値銀貨6枚。最終取引日は6日前と記録されています。』

決して珍しい素材ではないのだが、ルビーアイを落とす亜種が中々見つからない。

今回手配したのは5つ。

折角抽選制にするんだから当たりがあった方が面白いだろう、という事で急遽手配した。

100個に1つの割合で入れる予定だ。

ただし、これは告知しない。

こういうのはサプライズだからこそ面白いんだよな。

「とりあえずゆっくり休め、庭にプールを用意しておいたから風呂から上がったら入っていいぞ。」

「じゃあ夕方までゆっくりさせてもらうわね。」

「酒は禁止だからな夕方まで我慢しろよ。」

「わかってるわよ!」

釘を差しとかないと慰労会が始まる前に飲んでそうだからなぁ。

「じゃあ俺はこれを持って向こうに行って来る。」

「かしこまりました。」

「店は適当に閉めていいからな。」

おそらくというか間違いなく夕方までに戻ってこれないだろう。

さてっと、早めに準備しますかね。

大通りを抜け二号店へ。

今日は朝から店を閉めてある。

流石に売りながら準備をするほどの時間的余裕はない。

「マリーさん、どんな感じだ?」

「あ、シロウ様。ちょうどリノンさんがボトルを持ってきてくださいましたよ。」

「お、ナイスタイミング。」

鍵を開けて中に入ると、満面の笑みを浮かべたマリーさんが俺を迎えてくれた。

対照的にリノンさんはぐったりしている。

まるでルティエのようだ。

「随分と疲れてるな。」

「当たり前じゃないの!ガーネットの粉末を入れたボトルが欲しいなんて面倒な事頼んどいてよくそんな事が言えるわね。」

「出来るって言っただろ?」

「そりゃできるけど、いつもよりも割れやすくなるからものすごい注意が必要なのよ。それをたった一ヶ月で500個だなんて、バカじゃないの?」

「受けるって言った以上作ってもらわないとなぁ。」

「おかげでうちの職人全員フラフラよ、今週いっぱい仕事はしないから、絶対にしないから。」

「今週だけでいいのか?」

「・・・来週も休んでいいの?」

「うち以外の仕事が無いんだったらな。」

「じゃあ休む。」

今回の特注代は金貨1枚。

少々というかかなり高めな設定だが、化粧品代に銅貨20枚上乗せすれば十分に元は取れる。

それぐらいの値上げは許容範囲内だろう。

「さてっと、それじゃあやることやっちまうかね。」

「化粧水の準備は出来ています。後はボトルを並べて溶液を入れ、蓋をするだけです。」

「それが一番大変なんだけどな。俺には無理だ、後は任せた。」

「え、マリーさんに丸投げ!?」

「こういう繊細な仕事は苦手なんだよ。俺は大人しく梱包の準備をする。何なら手伝うか?」

「そっちは嫌だけどマリーさんの方を手伝うわ、私達のボトルだもん、最後まで面倒見ないとね。」

休むんじゃなかったのかよというツッコミをしてはいけない。

手伝ってくれるというのなら手伝ってもらうまでだ。

もちろんただ働きでな。

まぁ、慰労会には来るだろうからその代金という事で。

三人で黙々と作業を進め、夕方までに500個すべてボトルに入れ終えた。

それをこれまた特別に用意した箱に入れる。

ポリゴンボックスというカクカクとした魔物の革?を使った箱は、中身が見えるようになっている。

そこに真っ赤なボトルを入れ、そいつに今回の目玉であるガーネットルージュを飾ってやる。

真っ赤な口紅。

その名前に相応しい鮮紅の輝きは、女性の首元を色鮮やかに染め上げてくれるだろう。

今回はネックレスのみの展開だが人気次第では続々と新シリーズを供給していくつもりだ。

イヤリングとピアス、それとブレスレットは企画済み。

春に使用したチェリーアイアンを向こうでも試してみたいんだとか。

皆やる気満々だ。

耐衝撃性の高いブルースライムの核を間に挟みながら500個すべてを木箱に入れれば準備完了っと。

「よし、何とか間に合ったな。」

「では会場に向かいましょう。」

「もう始まってるんじゃないか?」

「そうかもしれませんね。」

小走りで一角亭へと向かうと、店の外にまで声が漏れるぐらいの騒ぎになっていた。

戸を開けるとさらに大きな声が耳にはいってくる。

酒は・・・入ってるよなぁ。

「あ、きた!」

「シロウさん!」

「待ってました!」

「早く始めましょうよ!」

いたるところから声をかけられる。

その顔は達成感と高揚感で満ち溢れていた。

「ったく、待てなかったのかよ。」

「仕方ないじゃない、みんな嬉しかったんだもの。」

「気持ちはわかるけどな。おい、ルティエはどこだ?」

「ここです!」

奥の方で顔を真っ赤にしたルティエが元気よく手を上げて返事をした。

こっちもいい感じに出来上がっている。

「もう始まってるんだし挨拶とか抜きでいいよな?」

「だめよ、ちゃんと挨拶しないと!」

じゃあお前がやれよとエリザに言う前に、全員の視線がこちらを向いた。

一緒に来たマリーさんとリノンもちゃっかり向こう側に移動してこちらを見て来る。

やれやれ、こういうのは苦手なんだが。

「あ~、とりあえずお疲れ様。全員がやると決めてからのこの一か月は死ぬほど忙しかったと思うが、それに見合うだけの達成感を感じているはずだ。ガーネットルージュはさっき梱包し終わった。明日には王都に向かって出荷され、20月までに販売されるだろう。宣言しておく、絶対に売れる。化粧品と一緒だからじゃない、単体でも売れる。俺が保証する。それだけの品を作ってくれたと俺は確信している。」

さっきまでふざけていた職人たちの目が、真剣な眼差しに代わる。

その全てが俺に向けられる。

「気の利いた事は言えないが、とりあえず今日は何も考えず好きなだけ飲んで好きなだけ食ってくれ。ただし物は壊すな、吐くなら外に行け、他人に迷惑をかけるな。それはしっかり守れよ。最後にルティエ!」

「え、私!?」

「お前がリーダーだ、何か言え。」

急に話を振られてアタフタするルティエ。

はぁ、後は任せた。

「えっと、その、あの・・・。」

「いいから何か言うアル。」

「そうだ、腹減って我慢できねぇよ。」

フェイとディアスが横から茶々を入れる。

ルティエの補佐としてこの二人も良く働いてくれたなぁ。

「わかってるって!えっと、みんなお連れ様、私が無茶なお願いしたのに付き合ってくれてありがとう。こうやってみんなで仕事が出来て、嬉しかった・・・です。あの、それと、今後もよろしくお願いします!」

深々と頭を下げるルティエに割れんばかりの拍手が送られる。

中々頭が上がらない。

泣いているんだろう。

色々こみあげてくるものがあるんだろうな。

どれ、後はまかされるか。

「そんじゃまイライザさん、ファン、料理を出してやってくれ。こいつら飢えた獣だからじゃんじゃんたのむ。」

「はいよ、任せときな!」

「大皿出ます!」

「よ~し、食べるぞ~」

「ガーネットルージュにかんぱ~い!」

「「「「「かんぱ~~~い!」」」」

グラスが再びぶつかり合う。

みんなよく頑張ったな。

普段は見る事のない作り手の頑張りを見て、なんとなく感慨深いものを感じるのだった。
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