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403.転売屋は魚を加工する

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「ってことで、今日はいくらの醤油漬けを作るぞ。」

「で、私は横で塩漬けね?」

「ワタ抜きは終わってるからさっき説明した通りによろしく。腹の中まで念入りにな。」

「たっぷりでいいのよね?」

「しばらくしてから洗うから問題ない。幸い塩は山ほどあるからガンガン使っていいぞ。」

「お手伝いしますエリザ様。」

「アネットよろしくね。」

作り方は俺の記憶とこの世界のアレンジで何とかなるだろう。

日持ちする鮭の干物と言えば新巻鮭。

昔の人の知恵はこの世界でも息づいているらしい。

サモーンが高価な魚ってのも手間がかかる分高価だから。

それに、普通は数が取れないらしい。

今回はたまたま大量に遡上してきたようで、普段は魔物や獣に食べられてほとんど上がってこないのだとか。

遡上に遭遇できたこと自体が幸運だったが、これもまぁ金儲けの神様のおかげという事にしておこう。

「さて、俺達はこっちだ。」

「お任せを。」

「それじゃあ水を流しながら筋子から卵を取り出すぞ、面倒な作業だがよろしく頼む。」

筋子・・・つまりは薄い膜に守られている状態では美味しくいただけない。

なのでこの膜をはがすのだが、それが中々に大変なんだ。

ぬるま湯を用意し、二人で大量の筋子をバラバラに解体していく。

決してあせってはいけない。

やさしく湯の中でほぐし、ばらし、粒を取り出していく。

結局昼過ぎまでかかって全てのいくらをほぐし終えた。

後は事前に用意して置いた漬けタレに入れるだけ。

しょうゆに酒、水。

みりんがほしい所だが残念ながら手に入らないので今回はコレで行こう。

「ふぅ、ご苦労さん。」

「中々に気を使いました。」

「だな。だが明日には頑張ってよかったと感じることだろう。」

「楽しみにしています。」

「どれ、後はエリザたちのほうを・・・。」

腰を伸ばしつつ裏庭に眼を向ける。

するとそこには漁師町かと錯覚するような光景が広がっていた。

裏庭を埋めつくほどの大量の鮭。

その全てが塩で覆われている。

「これは・・・壮観だな。」

「シロウ、ぜんぜん終わんないんだけど。」

「もう塩がなくなりそうです。」

「マジか?」

「言われたとおりにしたんだけど多かったかしら。」

「でもなぁ、下手に減らして腐っても困るしなぁ。」

うーむ、足りると思ったんだがさすがに無理だったか。

パッと見だけでも30を超える鮭が裏庭に並べられている。

業者じゃないんだしこれ以上作っても無駄になるだけだろう。

「どうしますか?モーリスさんに言って貰いましょうか。」

「いやそこまでしなくていいだろう。残りはどのぐらいある?」

「後20尾ぐらい。」

「多いな。」

「生ものですし、今日中に食べきるのはさすがに・・・。」

「いっそのこと売っちゃう?」

「生で食って食中毒になられても困る。売るなら料理してからがいいだろう。」

「サモーンなんて料理したこと無いわよ。」

「私もです。」

一番は塩焼きだが、肝心の塩がもう品切れだ。

買ってきてもいいがそこまでするのもなぁ。

じゃあどうするか。

確かおっちゃんがお菓子用にと持ってきてくれたバターがあったよな。

これなら火も通すし醤油を使えばいい味付けにもなる。

「三枚におろして小骨を取れるだけ取ってくれ。バター醤油でいこう。」

「え、バターと醤油?」

「想像できない味ですね。」

「そうか?バターの風味に醤油の塩気、それが焦げた匂い。パンにはさんでも美味しいぞ。」

中々肉厚だし食べ応えばっちりだろう。

鯖サンドならぬ鮭サンド。

ありじゃないか?

他にも昆布で蒸し焼きにするという手もある。

が、用意するのがめんどくさい。

それなら手早く焼いたほうがいいだろう。

「ミラ、露店でコンロを借りておいてくれ。場所どこでもいい。」

「かしこまりました。」

「私はお皿とフォークを用意しますね。」

「え~じゃあ私が捌くの?」

「俺も手伝ってやるからそんな顔するなって。」

「もぉ、仕方ないわねぇ。」

文句を言いながらもうれしそうな顔しやがって。

それから夕方にかけて残った鮭を全て捌き、露店の設営を行った。

そろそろ夕食時。

いいタイミングだろう。

「それじゃあはじめるぞ。」

「そのままか、それともパンにはさむか選んで貰うのね?」

「バター醤油焼きが銅貨8枚、サンドが銅貨10枚。安すぎませんか?」

「腐るよりましだろ?」

「それはそうですが・・・。」

「元手はタダなんだし儲けは度外視でいいだろう。」

売るのは捨てるのがもったいないだけで儲けたいわけじゃない。

自分達の分を確保して、それにプラスして飲み代が出来れば十分だよ。

大きな鉄板を二つ用意して片方でバター焼き、もう片方でチャンチャン焼きを作る。

さすがに全部作るだけのバターは無いが、代わりに味噌と野菜がある。

大皿料理の定番といえばやっぱりコレだな。

「なんだ、いいにおいがするぞ。」

「バター?え、サモーンなの?」

「いらっしゃいませ、バター醤油焼きとチャンチャン焼きです。パンにはさむもよし、お米で食べるもよし、今日の夕食にいかがですか?」

「バター醤油かぁ、この焦げた匂いがたまらないなぁ。」

「一つくれ!」

「こっちはパンに挟んで頼む!」

仕事帰りもといダンジョン帰りの冒険者が早速食いついてきた。

空腹でこの匂いに抗うことなど不可能。

さぁ、美味さに驚くがいい。

「うわ、ウマ!」

「なんだこれ!すっげぇ美味い!」

「匂いは甘いのに塩気がいい感じに食欲をそそるなぁ。あぁ、米が食いたい。」

「米に合うのはこっちだぞ?」

「え、味噌?知らないなぁ。」

「まぁ食べてみろって。」

おかげさまで醤油の知名度はかなり上がっているが、味噌の知名度はまだまだ低い。

なべに使う程度でこうやって焼いて食べることはほとんどないもんなぁ。

鮭サンドを買った冒険者のパンにチャンチャン焼きを挟んでやる。

見たこと無い料理だが彼は恐れる事無く口に入れた。

「これは!」

「どうだ?」

「これは米だ!」

「だろ?」

「シロウさん、米は?米は無いのか!?」

「無い。」

「うそだろぉぉぉぉ。」

焼くので手一杯で米を炊くだけの余裕は無かった。

米が無いという事実に地に伏してまで悔しがる冒険者。

そんなに落ち込まなくてもいいと思うだが・・・。

だが、そんな彼のリアクションが更なる客を呼び寄せたのは間違いない。

気づけば露店の前には大行列が出来ていた。

「またシロウさんが面白い料理を作ったって?」

「今度はお米に合う料理だそうよ。」

「サモーンって肉がオレンジ色の魚だよな?」

「らしいぞ。食ったこと無いけど。」

「どうする、米持ってくるか?」

「いっそのこと売るとか?」

「お前天才だな。」

「だろ?」

「俺、ちょっと家からなべ持って来るわ。」

「俺も!」

日が暮れても列が途絶えることは無く、それどころか横で米を売る奴まで現れた。

もちろんそれに文句を言うわけがない。

むしろ米をもらって合間に俺達も美味しくいただくことが出来た。

珍しいサモーンが食べられるとあって、客の中には貴族も混じっている。

どうやら向こうにまで噂が届いたようだ。

「シロウさん、また何か作ったんですか?」

「どうだ、食べていくか?」

「今回はサモーンらしいですね。どこでコレを?」

「企業秘密だ。」

「盗品で無いなら別にかまいませんが、お店を出すなら一声かけてくださいよね。」

「悪かったって。」

次の客が来たと思ったら羊男が俺をにらんでいた。

また露店で騒ぎが起きていると聞き、慌ててかけてきたら俺だった、そんな感じだろう。

だから今回は人の少ない夕方に店を出したじゃないか。

向こうからしてみれば、事前に連絡をしてくれたら警備やらなんやら準備できたってことなんだろう。

だからちゃんと謝ったぞ。

「次は何をするつもりです?」

「何をって・・・。」

「シロウさんがサモーンだけで終わるはずないじゃないですか。」

「いやいや、そんなことないぞ。今回はサモーンしか持ってきてない。」

「本当ですか?」

「ほんとうだって。ちょっと醤油漬けとか作ったぐらいだし。」

「ちょっとって・・・ちなみにそれも売るとか?」

「いや、今回はモーリスさんの店に卸すつもりだ。今はな。」

「露店に出すなら絶対に一報入れてくださいね。絶対ですよ。」

押すなよ押すなよの流れだろうか。

これで連絡しなかったら・・・、さすがに面倒だからやめておこう。

文句を言いながらもちゃっかりチャンチャン焼きにありつき、羊男は満足そうな顔でそれを頬張っている。

本来の目的はこっちだったんじゃないか?

「そういや嫁さんはどうした?」

「おそらくもうすぐやってくると・・・あ、来た来た。」

「また美味しそうなもの作ってるのね。」

「ニアも食べる?」

「当たり前じゃない。エリザのおごりでしょ?」

「え、なんでそうなるの?」

「今日の講習替わってあげたじゃない。」

「なんだ、用事があったのか?」

「あったけど出たくなかったの。」

「職員じゃないんだしそれは構わないけど、エリザの講義は人気だからこっちとしては出てほしいのよねぇ。」

ほぉ、エリザの講義が人気だって?

それは意外だ。

「そりゃ聞いてみたいもんだな。」

「やめてよ、恥ずかしいじゃない。」

「シロウさんも冒険者になりますか?そしたらエリザがつきっきりで教えてくれますよ?」

「俺が冒険者?冗談じゃない。」

あんな恐ろしい所にもぐるとか勘弁願いたい。

「そうよ、シロウはそのままでいいの。」

「だ、そうだ。」

「それもそうですね。じゃないとこんな美味しいのが食べられなくなっちゃうし。」

「結局そこかよ。」

「シロウさんはこの街の稼ぎ頭ですからね、引き続きこっちで稼いでください。」

へいへい、しこたま税金を払わせていただきますよっと。

日も暮れ、少し肌寒くなる頃にサモーンは完売した。

やはり稼ぎはそれほどでもなかったが、こういうのもたまには悪くない。

さぁ、あと二日ほどでイクラが出来上がる。

本命はこっちだ。

楽しみだなぁ。

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