前世で私を捨てた皇太子が、今世ではなぜか執着してきます。でも私は静王妃なので『皇叔母様』と呼ばせます

由香

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第9話 宮廷の対立

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宮廷の朝はいつも通り始まった。

だが、その空気は明らかに変わっていた。

文武百官が集まる朝議の殿。

高い天井、赤い柱、整然と並ぶ官僚たち。

その中央で、皇帝が静かに玉座に座っている。

そして――

皇太子。

その視線は冷たく、鋭かった。

「静王」

低い声が響く。

殿の視線が一斉に向く。

謝淵は静かに一歩前に出た。

黒衣の王。

その姿は以前よりも遥かに堂々としている。

「何でしょう」

皇太子はゆっくり言った。

「北境の軍務について報告がある」

殿の空気がわずかに揺れる。

北境。

それは帝国最大の軍事拠点だ。

そして。

かつて静王が守っていた土地。

「最近、異民族の動きが活発になっている」

皇太子は言う。

「誰かが統率する必要がある」

沈黙。

誰もが次の言葉を予想していた。

皇太子は微笑んだ。

「叔父上」

その呼び方。

「あなたが行くべきではないか」

殿の空気が一瞬止まる。

それは追放に近い命令だった。

北境は遠い。

危険も多い。

そして。

一度赴けば簡単には戻れない。

つまり――

静王を宮廷から遠ざける策。

多くの官僚が視線を交わす。

だがその時、別の声が響いた。

「反対です」

一人の老臣が前に出た。

礼部尚書。

皇帝に長く仕える重臣だった。

「静王殿下はまだご回復されたばかり」

彼は言う。

「今、北境へ向かわせるのは無理があります」

皇太子の目が細くなる。

「礼部尚書」

「はい」

「あなたは私の判断を疑うのか」

老臣はひるまない。

「帝国のためです」

沈黙。

そしてもう一人。

兵部侍郎が進み出た。

「私も同意します」

さらに。

「静王殿下は宮廷に必要なお方です」

声が一つ、また一つと増えていく。

それは明らかだった。

宮廷は今――

二つに割れている。

皇太子派。

静王派。

その境界線が、はっきりと浮かび上がった。

皇帝はその様子を黙って見ていた。

まるで静かな湖のような目で。

やがて。

皇帝が口を開く。

「静王」

謝淵が頭を下げる。

「お前はどう思う」

殿が静まる。

謝淵はゆっくり顔を上げた。

「陛下」

その声は落ち着いていた。

「北境は確かに重要な土地です」

皇太子の唇がわずかに動く。

だが、謝淵は続けた。

「しかし今、軍の指揮を執る者はすでにおります」

彼は皇太子を見る。

「無理に将を替える必要はありません」

皇太子の視線が鋭くなる。

「逃げるのか」

殿の空気が凍る。

だが謝淵は微動だにしない。

「逃げる?」

静かに繰り返す。

「違います」

彼の声は低かった。

「私はただ、無意味な命令に従わないだけです」

ざわめき。

大胆な言葉だった。

皇太子の顔から笑みが消える。

「叔父上」

その声は冷たい。

「あなたは皇命に逆らうつもりか」

その時、玉座から声が落ちた。

「やめよ」

皇帝だった。

すべてが静まる。

皇帝はゆっくり言う。

「北境の件は保留とする」

皇太子の目がわずかに揺れた。

だが何も言えない。

皇帝の言葉は絶対だ。

「朝議はここまで」

鐘が鳴る。

官僚たちは一斉に礼をした。

だが殿を出る者たちの間で、ささやきが広がる。

静王派。

皇太子派。

宮廷は確実に割れていた。

その頃。

静王府。

沈薬は庭で茶を淹れていた。

湯気が静かに立ち上る。

侍女の青蘭が小声で言う。

「王妃様」

「何?」

「今日の朝議……」

沈薬は顔を上げた。

青蘭は周囲を確認してから言う。

「静王殿下と皇太子が衝突したそうです」

沈薬の手が止まる。

やはり胸の奥で予感が形になる。

嵐はもう始まっている。

「北境へ送る話も出たとか……」

沈薬は静かに目を閉じた。

前世でも同じだった。

皇太子は、邪魔な者を遠ざける。

冷静に、確実に。

沈薬はゆっくり言った。

「殿下は?」

「まだ宮中です」

沈薬は茶杯を見つめた。

白い陶器。

静かな水面。

だがその奥で波紋が広がる。

まるで今の宮廷のように。

その時、庭の門が開いた。

謝淵だった。

沈薬はすぐ立ち上がる。

「お帰りなさいませ」

謝淵は小さく頷いた。

だがその目は少し疲れている。

沈薬は察した。

「朝議ですね」

謝淵は少し驚いた顔をした。

「もう聞いたか」

沈薬は苦笑した。

「宮廷の噂は風より速いものです」

謝淵もわずかに笑う。

沈薬は静かに言った。

「北境の件ですか」

沈黙。

謝淵はゆっくり座った。

「……ああ」

短い答え。

沈薬は茶を差し出す。

「殿下」

謝淵が顔を上げる。

沈薬は真っ直ぐ言った。

「私のせいですね」

謝淵の眉が動く。

沈薬は続ける。

「皇太子は私を狙っています」

それは明白だった。

謝淵はしばらく沈黙した。

そして言う。

「違う」

沈薬が目を瞬く。

謝淵はゆっくり言った。

「これは最初から決まっていた」

沈薬は理解する。

皇位。

権力。

皇太子と静王。

この対立は、いつか必ず起きる。

ただ、沈薬という火種が加わっただけ。

謝淵は沈薬を見る。

「怖いか」

沈薬は少し考えた。

そして答えた。

「いいえ」

彼女は微笑む。

「殿下がいますから」

その言葉は静かだった。

だが確かな信頼があった。

謝淵の目がわずかに柔らぐ。

その時、外から急いだ足音が聞こえた。

侍従が駆け込む。

「殿下!」

謝淵が振り向く。

「何だ」

侍従は息を切らして言った。

「皇太子が……」

沈薬の胸がざわめく。

侍従の声が落ちる。

「静王府へ向かっております」

沈黙。

風が庭の竹を揺らした。

謝淵の目が静かに細くなる。

沈薬は理解した。

嵐は――

もうすぐここに来る。




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