『後宮祓いの巫女は、鬼将軍に嫁ぐことになりました』

由香

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第六話 守られるだけの妻ではない

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 朝の光が、障子越しに柔らかく差し込んでいた。

 紗月は、ゆっくりと目を開ける。

 身体は重い。
 だが、意識は澄んでいた。

(……生きている)

 あの夜。
 呪いを鎮めるために差し出した代償――
 確かに、体の奥で何かが欠けた感覚は残っている。

 それでも。

 ここにいる。

「目が覚めたか」

 低い声。

 玄耀が、部屋の隅に立っていた。
 一晩中、そこにいたのだろう。鎧は外され、表情には疲労が滲んでいる。

「……将軍様」

「無理に起きるな」

 近づいてきて、枕元に膝をつく。

「体調は」

「少し、だるいですが……平気です」

 嘘ではない。
 ただ、以前と同じではないというだけ。

 玄耀は、じっと紗月を見つめていた。

「……代償は」

 問われて、紗月は一瞬、視線を伏せる。

 正直に話すべきか、迷った。

 だが。

「寿命、だと思います」

 玄耀の表情が、凍りついた。

「正確には……“長くは生きられない”という感覚です」

 それ以上は、言わなかった。

 それで十分だった。

「……なぜ、そんなことを」

 声が、震える。

「私が、巫女だからです」

 紗月は、静かに答える。

「そして――」

 玄耀を見る。

「あなたの妻だから」

 その言葉は、契約を越えていた。

 玄耀は、何も言えず、ただ拳を握りしめた。



 数日後。

 紗月は、屋敷の庭に立っていた。

 まだ完全に回復したわけではない。
 だが、じっとしている方が、心が落ち着かなかった。

「無茶をするなと言っただろう」

 背後から声がする。

「承知しています」

 振り返ると、玄耀が腕を組んで立っていた。

「ですが……私にできることは、私がやります」

 そう言って、庭の一角を示す。

「ここ、気が淀んでいます」

 玄耀は、眉を寄せる。

「俺が処理する」

「いいえ」

 紗月は、首を振った。

「これは、私の役目です」

 護符を取り出し、静かに気を整える。

 以前より、力の巡りが遅い。
 だが、その分、無駄がない。

 祝詞を唱えると、
 淀みは穏やかに散っていった。

「……」

 玄耀は、黙ってそれを見ていた。

「もう、“守られるだけ”ではありません」

 紗月は言った。

「ここにいる限り、私は、あなたの隣に立ちます」

 玄耀は、深く息を吐いた。

「……頑固だな」

「よく言われます」

 わずかに、笑う。

 玄耀は、その笑みを、長く見つめていた。



 その日の夕刻。

 玄耀は、紗月を執務室に呼んだ。

「話がある」

「はい」

 机の上には、地図と文書が広げられている。

「北境で、怪異絡みの異変が増えている」

 指で示されたのは、国境沿いの村々。

「俺だけでは、手が回らん」

 玄耀は、紗月を見る。

「……お前の力が、必要だ」

 それは、初めてのことだった。

 “妻”としてではなく、
 “力ある者”として、頼られる。

「承知しました」

 即答だった。

 玄耀は、ほんの一瞬、安堵したように目を伏せる。

「無理はさせない」

「約束していただけますか」

 紗月は、静かに言う。

「私が、危険だと判断した時は、撤退を許してほしいと」

 玄耀は、少し考え――頷いた。

「……ああ」

 それは、対等な約束だった。



 夜。

 二人は縁側に並んで座っていた。

 庭を渡る風が、涼しい。

「……後悔は、ないのか」

 玄耀が、ぽつりと問う。

「何についてですか」

「俺と、契約したこと」

 紗月は、少し考えてから答えた。

「ありません」

 即答だった。

「もし、寿命が短くなっても」

 視線を夜空に向ける。

「その分、意味のある時間を過ごせるなら」

 玄耀は、黙っていた。

 やがて、低く言う。

「……俺は、お前を失いたくない」

 それは、はっきりとした感情だった。

 紗月は、胸が熱くなるのを感じた。

「将軍様」

「玄耀でいい」

 初めて、名で呼ぶことを許された。

「……玄耀」

 その音に、彼の肩が僅かに揺れる。

「これからも」

 紗月は、静かに続けた。

「一緒に、歩いていきましょう」

 契約ではなく。

 義務でもなく。

 選び取った――
 “夫婦”として。

 夜空に、静かな星が瞬いていた。




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