ゆきかかり、果ての月

芹埜鍋

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 翌日の朝、小岳平の浜島の家を出発した。

 前日の晴天もあって雪捨て場の山は心なしか小さくなっているような気がしたが、前に浜島が軽く触れていたように、近々また雪が降る予報が出ていた。そうなればまた一からやりなおしなのだと思うと、尚澄は雪国の暮らしの終わりのなさに気が滅入るようだった。

 軽トラックの助手席は相変わらず狭く、シートも硬かった。ここから西上津町というところまでは、なにごともなければ四、五〇分ほどの道のりだという。
 すっかり事情を飲み込んだ浜島の「お墓まで送ろうか」という提案を断って、尚澄は町役場まで乗せてもらう手はずになっていた。
 そこから町内を回るバスや、上津市の駅まで出るようなバスなども出ているらしい。
 そもそもまだ霊園をきちんと絞り込めているわけではないのだ。
 下手をすれば墓が見つかるまで浜島に頼ってしまいそうだったし、彼も頼めば付き合ってくれそうで、そうなることを尚澄は恐れていた。

 軽トラックは先日訪れたスーパーをさらに通り過ぎ、山を下っていく。
 やがて平坦な道路に出ると、もうほとんど積雪もなくなっていた。
 冬枯れの雑草がまばらに生える田畑などを眺めながら、尚澄は次第に憂鬱な気分に陥ってきていた。自分の感情を認識したとはいえ、勇斗の死を受け入れることに、まだ苦痛を覚えているようだった。

 彼のかたちをした穴を強引に塞いでしまうようで、それがひどく、怖かったのだ。

 ずっと彼に対する喪失感が尚澄の隣にあった。
 後生大事にとっておいてきたそれを今更手放せるのかどうかという不安もあったし、その喪失感、欠落感を喪ってしまったとき、勇斗を完全に喪失したとき、自分がどうなってしまうのか判らなくて、恐ろしかった。
 だったらぽかりと穴を開けたまま、ぼんやりと世間と自分を薄い膜で隔てたまま、時々勇斗の思い出をためつすがめつ眺めるような、後ろ向きな安定を大事にしていたほうがいいのではないか。
 そうした思いに何度か襲われ、尚澄はそのたび、浜島の横顔を盗み見た。
 後ろ向きだったからこの男に会えたが、後ろ向きだったばっかりにこの男を傷つけたのだ。
 そう考えることで、尚澄はともすれば墓参りなど放り出してどこかに消えてしまいたい、という思いを、かろうじて散らすことができた。

 やがて平地の町に入ると、「西上津町役場」と看板の出ている駐車場に、浜島は車を停めた。
 役場はコンクリート造りのそう大きくない建物だが、駐車場は先日のスーパー同様それなりの広さがあり、ロータリーも備わっている。
 入り口は広い道路に面していて、屋根のあるバス停が見えていた。
 そこで浜島とは、お別れだった。

 昨日ケーキを食べたあと、せめてものお礼というか、生活費用の補填というか、そうした意思を込めて金銭を支払おうとした。
 尚澄が浜島に返せるものはそれしかなかったのだが、「金取るほどもてなせてないんだって。今のケーキもあんたの金で買ってるし、それで手打ちにしようよ」と断られていた。
 そんな経緯もあって、尚澄は改めて、車内で浜島に礼を述べる。
「本当になにからなにまで世話になって、なにもお返しできなくてごめん」
 浜島はそんな尚澄の言葉を「昨日も似たようなのさんざん聞いたよ」と笑い飛ばし、「こっちこそ世話になったよ。イイコトもいっぱいしてもらっちゃったし」と、わざと下世話なことを云った。
「あんなの、あんたが望めば何回でもするよ」
 そんな浜島の目を見つめ、尚澄がわざと真剣な口ぶりで返すと、彼はたじろいだように言葉を詰まらせてしまうのだが。
 尚澄に咎めるつもりはないのだが、浜島は最前からこうした自爆が多いようだった。そのたび彼は気まずそうな顔をして、ごめん、と謝ってくる。
 今もまた、浜島は「ごめん」と気の抜けた謝罪を口にした。
 尚澄もいい加減その謝罪は聞き飽きていた。
 ……聞き飽きたから、と云い訳をして。

 尚澄は浜島に、キスをした。

 唇を触れさせるだけの、一瞬のキスだった。
 けれど浜島の薄い唇の感触が、尚澄のそれに長く残る。
 生ぬるくて少しかさついていて、柔らかな感触。
 唇が離れても、浜島はぽかんと口を開けて尚澄を見ていた。その表情が不思議と、尚澄の心を和ませる。
 寂しいと思う気持ちが、少しだけやわらいだ。
「……あんたの理屈だと、好きな人にはキスしていいはずだろ。まだ、してなかったから」
 尚澄はそう云って微笑み、寂しくなる前に軽トラックのドアを開けた。
「今まで本当にありがとうね、浜島さん」
 彼を諦めたくない、という気持ちが一瞬ひらめいたが、今更もうどうにもならない。浜島は我に返り、「ああ」とどこかぼんやりした返事をしてから、「霜澤さん、……元気でな」と、弱々しいながらも微笑みを返してくれた。


浜島の軽トラを見送ってから、町民バスの路線を確認し、ほどなくやってきたバスに乗り込んだ。
 候補の寺社や霊園はみな路線上にあり、訪ねて回るのに町民バスは都合がよかったが、いかんせん本数が少ないのには閉口した。
 最初に訪ねた寺に漆原姓の墓はなく、では次の場所に向かおうと思うと、一時間と少し待たされる羽目になってしまった。

 バス停で時間を潰すため、尚澄は万理江のはがきを見ていた。
 はがきに「私の地元で供養することにした」といった文面があるのと、かつて勇斗が彼の兄の話をしていたとき、「たいした家柄じゃないけど本家だなんだとうるさくて、次男のぼくはどうも実家の墓には入れなさそうなんだよね」と云っていたのが、このあたりに墓があるだろうと考えている根拠だった。
 それで、はがきの住所の近辺にある寺社や霊園をピックアップしたのだ。
 墓の手入れをするとすれば、彼女しかいないだろうから。

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