上 下
35 / 342
第1章 英雄と竜帝

第35話 勇者、激闘。

しおりを挟む
「言っておくが、あっさりと死なれてはつまらんのでな。貴様を探すのに何日もかかったのだ。それなりに楽しませてもらうぞ。」

「へいへい、そうですか。じっくりお楽しみください。」

 ロアの治療中は一時停戦となった。ヴァルの方も無傷ではなかったが、ドラゴン・フレッシュの驚異的な回復力によって、とうの昔に出血は止まっている。

「これで、ヨシと!」

 ジュリアによる治療は終わった。ロアはこれで万全の体制になった。

「ありがとよ。全力で戦えるぜ。」

 怪我を完治させたとはいえ、ヴァルとの戦力差は縮まったわけではない。下手をすると苦しむ時間が長くなっただけかもしれない。相手もそのつもりでいるため、なおさらである。

「気を付けろ!あいつは前よりも強くなっているぞ。」

 ファルは傷ついた体でよろよろと立ち上がりながら、ロアに注意を促す。すかさず、走り寄ってきたジュリアが体を支える。そのまま、治療魔法の準備に入る。

「大丈夫だ。俺も強くなってるから!」

 はったりにしか聞こえなかった。ヴァルのように強い者の力を察知する能力を持っているわけではないが、どう見ても強くなっているようには見えない。今までこの里で何をしていたのかはわからないが、こんな短期間で何ができたというのか。しかも、傷さえ治っていない体でだ。

「アイツ、さらに頭がおかしくなったんじゃないの?落ちたときに頭でも打ったんじゃ?」

 ジュリアの言うことは最もだった。以前より明らかに自信過剰になっているように見える。確かに調子のいい性格ではあったが、腰の引けた、へたれっぷりはどこへ行ったのか。

「あやつの言っていることは、間違いではないぞ。正確には元々の強さを引き出せるようにしてやったのじゃ。」

 不意に聞き覚えのない声がした。声のした方向に目をやると、一人の女性が側に近づいてきているのが見えた。年はファル自身やジュリアよりも若く見えた。だが、妙に言葉遣いが古めかしい。

「何者だ?この集落の関係者のように見えるが?」

「妾はサ=ヨ=ギーネと申す。サヨとでも呼ぶがよい。詳しい話は省略するが、竜帝の娘でこの里の長じゃ。」

「竜帝の娘だと!」

 驚くべきことが告げられた。クルセイダーズの二人だけでなく、ヴァルの方も反応を示していた。

「エルフの魔術師よ、大方の事情はロアから聞いておる。そなたら同様、妾たち竜族にとってもあの男は憎き敵じゃ。」

「聞いたんじゃないぞ!覗かれたんだぞ!」

 ロアが何やら反論しているが、言ってる意味がわからない。

「それで協力してくれたというのか。あいつが強くなったというのは一体どういう理由なんだ?」

「まあ、見ておれば、どのみちわかる。」

 サヨはそう言って、ロアの方に視線を向ける。つられてファルも同じく視線を向ける。

「見とけよ!新生ロアの強さを!」

 ロアが斬りかかっていく。ヴァルは身構えもしない。それもそのはず、以前よりも早いわけでもなく、見たことがない技という訳でもない、何の変哲もない攻撃にしか見えなかった。ヴァルも難なく躱している。剣で受けるまでもないといった感じだ。

「駄目だ。あれでは殺されてしまうぞ。」

 ファルの目にはそのようにしか見えなかった。それでも構わず、ロアは攻撃を続けた。次第に攻撃がヴァルの剣を掠め始めていた。何故か剣ばかりを狙っていた。ほぼ、全て同じ箇所ばかり狙っている。意図が意味不明だった。

「貴様、何のつもりだ?遊びのつもりか?」

 静観していたヴァルも次第に痺れを切らし始めた。魔剣を持つ手に力を込め始めている。そろそろ、攻撃を仕掛けるつもりだ。それでも変わらず、ロアはマイペースな攻撃を仕掛けようとしている。

「ふざけおって!」

 ヴァルの鋭い一撃が来る。当たるかと思った瞬間、ロアは瞬時にヴァルの懐へと飛び込んでいた。

「峨龍滅睛!」

 瞬時にヴァルの脇を斬り抜けた。ヴァルもその動きに反応し、振り返りざまにロアの背中から斬りつける。

「ア~ンド、砕寒松柏!」

 ロアはまたしても即座に振り向きヴァルの攻撃を剣で受ける。

「貴様にしてはいい動きだが、それが限界のようだな?」

「そいつはどうかな?」

 その瞬間異変が起こった。金属が軋む音が急にし始めたのだった。次第に割れ、砕ける音まで聞こえ始めた。

「な、なんだと!」

 あろうことか、魔剣が砕け始めていた。竜族を何体斬り捨てても刃こぼれ一つしていなかった魔剣が砕けようとしていた。

「石の上にも三年、砕寒松柏ってね!」

 そう言ってロアは後ろに飛び退いた。同時に魔剣は半ばから折れ砕け、ヴァルの胸部からは盛大に血が噴き出した。先ほどすれ違いざまに斬りつけた攻撃だろう。鎧が横一文字に切り裂かれていた。

「どういうことだ!一体何をしたって言うんだ?」

 ファルは呆気にとられていた。自分とジュリアの攻撃ではほとんど手傷を負わせることができなかったというのに、ロアは一人でヴァルにダメージを与えていた。

「反撃の技と徐々に相手を壊す技を組み合わせたようじゃな。」

「だからって、こんな風には普通はならない。」

「普通はな。だが流派の神髄をつかみ始めた、あやつには可能なのじゃ。まだまだ、真価はこんなものではないぞ。」

 理解しがたい現象が目の前で起こっていた。ただの剣術でこんなことができるのだろうか。ファルだけではなく、技を食らった当事者も同様のことを感じているようだった。

「馬鹿な。魔剣折っただけでなく、鎧をも切り裂いただと!」

 吹き出す血は次第に収まりつつあったが、剣と鎧はさすがに彼でも元には戻せないはずだ。体に負った傷は致命傷にはなっていないが、剣と鎧を失ったのはさすがに致命的ではないだろうか。

「ど~よ!今の気分は!自慢の剣を折られた気分は?」

 ロアは煽り立てている。してやったりという気分なのは明確だった。

「フン!」

 ヴァルは折れた剣を投げ捨て、気合いとともに自らの鎧を吹き飛ばした。何も着ていない裸の上半身が露わになった。先ほどの傷口はまだ塞がっていないようだった。

「これしきのことで勝ったつもりか?」

「負け惜しみか?」

 ヴァルはその一言に対するかのようにロアを睨み付けた。今まで以上に尋常ではない殺気がこもっていた。

「元々、剣も鎧も今の私には必要はない。見せてやろう。真の力を。完膚なきまで叩きのめしてやろう。」

 ヴァルは突然無造作に右手を振り払った。同時に空気がはじけるような音がしたと思うと、ロアが横に吹き飛んだ。おそらく、ドラゴン・ハンドだ。吹き飛ばされた先でロアは起き上がろうとしていた。さすがにダメージは大きかったらしく、すぐには立ち上がれない。

「フン!」

 ヴァルは気合いの声とともに、手の平を地面に押し出すように動かした。立ち上がろうとしていたロアは地面に叩きつけられた。そして、ロアの周りの地面に巨大な手形が浮かび上がった。ドラゴン・ハンドの威力の絶大さを物語っていた。

「カアッ!!」

 突如、ヴァルは大きく口を開き、力を込め始めた。

「まさか!……このままではまずい!」

 ヴァルの様子を見たファルは弾かれたように、ロアのもとへと向かっていった。おそらく、あの攻撃が来る、直感でそう思ったのである。

「カッ!!」

 ヴァルの口から一筋の閃光が放たれた。ドラゴン・ブレスだった。そのまま閃光はロアがいた方向へと伸びていき、地面に命中した。その地面は溶岩の如くドロドロに溶けていた。すさまじい熱量だった。

「無事か!」

 間一髪、ファルはロアを助け出し、閃光から逃れることに成功していたのである。

「大丈夫だ。でも、あんなのを食らったら、ひとたまりもねえ。」

 ロアの顔には冷や汗が浮かんでいた。さすがに彼も肝を冷やしたようだ。

「助けに入るとはな。勘のいい奴め。」

 悔しがっているところ見る限り、わざとはずしたり、手加減したというわけではなさそうだ。全力で放った可能性がある。使用に時間がかかる上に細かいコントロールはできないと見える。ただ、威力だけは絶大であり、先ほどのロアのように避けられない状況で使用されれば、ひとたまりもない。十分に警戒をする必要はあった。

「さすがに全力の私相手では、勇者一人では勝ち目はないぞ。この場にいる全員でかかってこい。それでも、私は負けるつもりはないがね。」

 本気だ。こちらも全力で挑まねば、全滅しかねない。とにかく待っていては何も始まらない。攻め続けてドラゴン・ブレスを使用されるのを阻止しなくてはならない。

「とにかく、あれを使う隙を与えるな。攻め続けるぞ。」

「わかった。なんとかやってみる。」

 とは言っているものの、ロアは攻めあぐねている様子だった。ドラゴン・ハンドがある以上、容易に近付くことは出来ないだろう。

「じゃあ、これならどうだ!」

 ファルは手刀で空を斬るように振り下ろした。振り下ろすとともに、ゴウ、と風を切る轟音がロアの横を通り過ぎ、ヴァルの方に向かっていった。

「ウインド・スライサーか!」

 ヴァルは風の刃の魔術であることに気付いたようだ。手の平を突き出し身構えた。ドラゴン・ハンドで相殺するつもりか?

「こんなもの!」

 風の刃が見えない壁に阻まれ、破裂音とともに消え失せてしまった。魔術さえも遮ってしまうとは。

「遠距離からでも無理か!」

 その隙にロアがヴァルの右側面から斬りかかろうとしていた。

「容易には近付けさせん!」

 ロアを迎撃するため、手の平をなぎ払った。またしても、ドラゴン・ハンドである。

「凰留撃!」

 ロアは見えない巨大な手を避けるように、身をかがめ、くぐり抜けるようにしてヴァルに斬りかかる。

「馬鹿め!右手だけだとでも思ったか!」

 突如、左手を突き出しロアを迎撃する。ロアは想定外だったのか、そのまま為す術なく、吹き飛ばされてしまった。

「どぅわああ~!!」

 声にならない奇声を上げながら、後ろへ転がっていく。

「このまま、ひねり潰してくれる!」

 ヴァルは右手を突き出し、ドラゴン・ハンドで握り潰そうとしている。ファルは魔術で阻止使用と思ったが、今からでは到底間に合わない。

「間に合わない!」

 ところが、急にヴァルの動きが止まった。右の手の平を前方に突き出したままで固まっている。何が起きたというのか。

「おのれ!先ほどの攻撃が当たっていたというのか!」

 ヴァルの右手首には赤い血筋が走っていた。吹き飛ばされる直前に攻撃が当たっていたようである。
「転んでも、ただでは起きないさ!」

「抜け目のないやつめ!癪だが、こんな攻撃では決して私は倒せん。」

 その証拠に流血は次第になくなっていった。傷跡はそのままである。そこでファルはおかしいことに気がついた。ロアが付けた胸部、左肩の傷がそのままになっているのだ。流血は止まってはいるものの、傷跡はくっきりと残っている。
 
 不自然だった。ファルやジュリアが付けた傷もあったはずだが、それは一つも見当たらない。あの程度の傷ならばドラゴン・フレッシュの能力により瞬時に全快していても不思議ではない。最も不自然なのは、ヴァルがそのことについて全く意に介していないことだ。気付いていないのだろうか。

「なあ、ヴァルさんよ。俺たちを倒したいのなら、あのドラゴン・ブレスを使うことをおすすめするぜ。」

 ロアは突拍子もないことを言い始めた。この状況下でヴァルを挑発し始めた。あの技を使用されることを避けているというのに。

「どういうつもりだ?それが何を意味しているか、貴様もわからぬはずがあるまい。」

「わかっているとも!そんな、竜の手で張り倒されるだけでは死に切れそうにないから、いっそひと思いにやってくれないかな~って思ってさ。」

「ほう。何を企んでいるのかは知らんが、あの技を凌げるとは思わんことだ。どのような策を使おうと、一瞬で蒸発させてやろう。」

 ヴァルをその気にさせてしまったようだ。一触即発の事態へと発展してしまった。

「無理だ!早く逃げろ!」

 ファルはロアに対して逃亡を促した。しかし、彼は逃げようという素振りすら見せなかった。ほんのわずかだけ、ファルに目線を向け、目で合図を送った。何かしようとしている意志を伝えてきた。

「カアアッ!!」

 ヴァルは口を大きく開き、ドラゴン・ブレスの準備段階に入った。その時ロアは前方に向かって走り始めた。そのまま近付いても、蒸発させられるだけだ。

「何を……、」

 ファルは少し言いかけたところで、ロアが何かに向かって走っていることに気が付いた。その先には折れた剣、ヴァルの竜殺の魔剣があった。ヴァルの方も移動したロアに照準を定めるため、向きを変えていた。その口元には莫大な熱量が収束しつつあった。

「よしっ!これで!」

 ロアは折れた魔剣を手に取り、前傾の姿勢をとった。この構えは以前にも見たことがある。

「虎穴獲虎衝!!」

 魔剣を前方に突き出しヴァルのもとへ突っ込んでいった。

「カアッ!!!」

 ヴァルも同時にドラゴン・ブレスを放った。これでは、攻撃が当たる前に燃え尽きてしまう。最早間に合いそうもなかったが、ファルは魔術の準備を始めた。ロアが迎撃されたとしても、ヴァルには大きな隙が出来るはずだ。ロアの捨て身の攻撃を無駄にするわけにはいかなかった。しかし…、

「うおおああっ!!」

 ロアが絶叫していた。断末魔かと思ったら、そうではなかった。剣先がブレスの閃光を二つに割りながら、そのままヴァルに突っ込んだ。その瞬間二人は爆音と閃光に包まれた。すさまじい閃光と熱量にファルは思わず腕で顔を覆った。爆発が収まり、覆っていた腕を下ろすととんでもない光景がそこにはあった。ヴァルの口元に魔剣が刺さっていた。ロアは攻撃に成功したのである。彼は魔剣を持っていた手を離し、後ろに飛び退く。

「さすがにあっちいな。」

 悪態をついていた。さすがに無傷ではすまなかったようで、服の一部が焼けてしまっている。火傷もしているはずだ。

「偽竜帝の時と同じ手が通じてよかったぜ。やっぱ、口の中までは強くなかったみてえだ。」

 まさか口を開けた瞬間を狙っていた等とは想像できなかった。あのときと同じ手を使うとは大胆不敵である。魔剣を使ったのは、ドラゴン・スケイルを貫くためだけでなく、ブレスを逸らせるためだったとは。

「さすが竜殺の魔剣だぜ。竜にはよく効くんだな。竜の力だけじゃなくて、弱点まで身につけちゃったってことかな。」

 ヴァルは微動だにしていなかった。喉をつらぬかれてしまっては、無事では済まなかったということか。

「さて、後はどうするかな?さすがに死んでるよな…?」

「馬鹿者!そやつはまだ生きておる!早くはなれるんじゃ!」

 突如、サヨから警戒を促す声が届いた。だが、先ほどの攻撃で全力を使ってしまった様子で、負傷までしている。すぐには動けそうになかった。

《よくもこんな大それたことをしてくれたな!!もはや、この世から跡形もなく消し飛ばしてくれる!!》

 思念波が頭のなかにこだまする。その瞬間、ロアは後ろに吹き飛ばされた。それを追うようにしてヴァルも動き出した。剣で喉を貫かれた状態とは思えないぐらいの俊敏な動きをしていた。この男は不死身なのだろうか。その光景は常軌を逸していた。壊れた人形のように吹き飛んだロアを空中で何度も殴りつける。そしてさらに、その勢いで吹き飛ばされた。

「駄目だ。このままではあいつが殺される。」

 ファルは二人に追いつくため駆け出した。しかし、短時間のうちにかなりの距離を空けられていた。中々、追いつけない。後ろから何人か走ってくる気配がある。おそらく、ジュリアやサヨだろう。

《さあ、ここからどうしてくれようか?ここから落としてやるのもいいか?…いや、それではまた殺し損ねてしまうかもしれん。今度こそ確実にこの手で止めを刺さねばなるまい。》

 気が付けば二人は集落の端にある崖のところまで来ていた。ここから落ちれば確実に命はない。そんな場所でヴァルは倒れたロアの頭を踏みつけ、止めの算段をしているようだ。今のうちに何としてでも、ロアから注意を逸らさなければいけない。ロアの命の猶予はほんのわずかしか残されていない。

(とにかく、なんでもいい。何か攻撃を!)

 ファルはありったけの魔力を込め、魔術の準備体勢に入った。

「援護するよ!」

 後ろからやってきたジュリアがすれ違いざまに声をかけてきた。彼女はそのままヴァルへ攻撃を仕掛けにいく。そんな状況でもヴァルは意にも介していない。彼女は構わず、ヴァルの背後から攻撃を加える。

《邪魔をするな!》

 ジュリアの攻撃を振り向きもせず、上半身だけを動かし易々と躱す。彼女も躱されるのを想定していたようで、続けて攻撃を繰り出す。ヴァルもこれは躱しきれないと判断したのか、横に飛び退いて躱す。ジュリアとある程度の間合いを空けた。ロアからもある程度、離れる形になった。

《うるさい虫風情が!》

 今だ!ジュリアとロアから離れた今が絶好のチャンスだ。ファルは両手拳を前方に突き出した。

「ヴォルテクス・カノン!!」

極太の黒い渦が放たれる。渦はヴァルの方へと向かっていった。

《こんなもの!!かき消してくれるわ!!》

 黒い渦を受け止めるように両手の平を前に突き出す。ドラゴン・ハンド、しかも両手で防御しようとしている。

《うおおおお!!》

 ヴァルは思念波であるにも関わらず、絶叫していた。全力で防御体勢に入っているのだろう。黒い渦はヴァルの手前、三歩程前に押し留められていた。

「い、いけるか?」

 ファルはさらに魔力を込めた。そのままヴァルを崖から落としてしまえとばかりに。

《これしきのことで、くたばってたまるか!!》

 ヴァルは黒い渦を持ち上げるかのように、腕を徐々に上げていく。つられて渦も上に逸らされていく。ある程度腕を上げたところで、一気に腕を振り上げた。ねじ曲げられた黒い渦はそのまま霧散しかき消えてしまった。ファルの全力の魔術が通じなかった。

「いまだあ!」

 魔術は無効化されたが、隙を作るのには十分だった。ジュリアがその隙を逃さなかった。ヴァルもさすがにこれは躱せなかった。攻撃は喉元に刺さった剣を狙っていたのだ。柄の部分を強打し、一気に振り抜いた。その瞬間、ヴァルの頭部、正確には上顎から上の部分が宙を舞った。その後、ベチャリと気持ちの悪い音を立てて落下した。

「やったか!」

 ファルは勝利を確信した。頭部を落とされて生きているもの等あり得ない。しかし、頭部を失った体は少しずつ動き出そうとしていた。

《この程度では死なぬわ!》

 近くにいたジュリアをドラゴン・ハンドで吹き飛ばした。まだ、生きている。まだ、終わっていなかったのだ。ヴァルの体は落ちた頭部に向かって歩き始めていた。

「ロアよ!今じゃ。今こそあの技を使うんじゃ!今の機会を逃してはならん!」

 ロアはよろよろと立ち上がった。体にはまだダメージが残っているのは見て取れた。残る力を振り絞り、やっとの思いで剣を逆手に持ち、構えをとった。この構えはシャイニング・イレイザーか?

「何をしておる!その技ではない。そなた自身の技を使うのじゃ!」

 サヨの言葉の意図はファルにはわからなかった。今のヴァルにはこの技以外に最適な技を知らなかった。他に何があるというのだろう。

「俺の技じゃない。俺たちの技で倒すんだ!」

 ロアは構えたまま、ヴァルに向かっていく。ちょうどその時、ヴァルは自分の頭部を拾い上げ、元の位置に戻していた。まるで時間を逆戻りさせたかのように傷口が元通りに戻っていく。
「無駄だ!貴様ごときの、その技は通用せんと言ったはずだ。」

 ヴァルは防御しようともしていなかった。以前も通じなかったのだ。さらに強くなったヴァルの前では言わずもがなであろう。

「いくぞ!究極奥義、光裂八刃!!」

 違う技の名前を言っているものの、見た目はシャイニング・イレイザーそのものだった。だが、以前よりも光の瞬きが凄まじかった。二人の姿が見えなくなる。一瞬の出来事のはずだが、永遠に続くかとも思えるほど長く感じた。何か不可思議な感覚に陥った。

「フン!何が光裂八刃だ!大げさに言いおって!!」

 光が収まる頃にはロアはヴァルに背中を向けた状態で立っていた。

「ヴァル・ムング、敗れたり!」

 背を向けたそのままで勝利宣言をした。その顔はロアにしては珍しく真剣な面持ちだった。

「何を言うか!これで勝ったと思うなよ!」

 背を向けたロアに対して攻撃を加えようと身構えた。右手を突き出している。ドラゴン・ハンドだろう。

「……?」

 しかし、ヴァルは硬直し動かなくなった。何か異変に気が付いたようだ。急に右手首がぼとりとその場に落ちた。

「何!?」

 ヴァルは構わず、今度は左手を上げようとした。上がりきる前に左腕が根元から落ちた。

「ぐ……!?ああ!?」

 ヴァルは虚ろな目で、後ろへよろよろと後ずさりしていった。崖の際まで後二、三歩と言うところまで来ていた。

「これしきのことで、倒れる私ではない!私はヴァル・ムングだ!」

 その時、胸に付いた傷から盛大に血が一斉に噴き出した。

「私は負け……ない!」

 斜めに入った傷口からスライドするように上半身がずるずると落ちていった。

「私は……死な……、」

 上半身とともに下半身までもが背後の崖へと落ちていった。

「終わった。」

 ロアはぽつりと呟いた。

「よくやった。そなたの勝利じゃ。」

 サヨが労いの言葉をかける。すると、ロアは照れくさそうに言う。

「俺の勝利じゃない。みんなの勝利だ。ファル、ジュリア、サヨ、竜族の人たち、そして、師父。」

 と、一通り言い終えたところで、思い出したかのように付け足す。

「あと、勇者も。」

「なんじゃ?勇者とはそなた自身のことではないのか?」

「俺じゃない。これだよこれ!」

 自らの額にある額冠をコツコツと叩いてみせた。

「正直、俺の技だけじゃ勝てなかった。勇者の力を借りることにしたのさ。両方未完成なら、その二つを合わせちまえばいいんだ、ってな。」

「まさか、二つの技を合わせたというのか!それで、〈光裂〉八刃ということか。」

「ところで、八刃ってのは何なんだ?」

 事情を全く知らないファルにとって、わからないことだらけだった。ジュリアも同じはずだ。

「ハハ、話してなかったな。でも、話せば長くなる……ぜ。」

 言い終わる前にロアは急に倒れた。

「おい、しっかりしろ!!」
しおりを挟む

処理中です...