氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第十五章 城にて

3 刺繍(メイド視点)

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3 刺繍(メイド視点)


 未明に起きて、朝食の準備をする。王妃の部屋に朝食を運ぶ。身支度を手伝い、祈祷なさるのを見守る。

 王妃の部屋に寝泊まりしているコカブ夫人は、今日の観劇会にサプライズ出演することになっている。朝から「夜の女王」の衣装合わせをする。私が仕立てた衣装だった。

 コカブ夫人からの覚えはどんどんめでたくなっていた。メイドである私にあれこれ話しかけ、目をかけてくださる。その都度、驚いたようなローザの視線が痛い。

 王妃様はコカブ夫人が来て以来、少し明るさを取り戻されたものの、時折うかない様子をお見せになる。午後は王と共に大使館へ訪問するご予定なのだが、辛いと仰る。

 相談されたコカブ夫人はあっさりしたものだ。キャンセルしてしまいなさい、城に残って夫人の舞台を観たらいい……などと言っているのが聞こえた。

 王妃の部屋をさがって、城の掃除と雑用仕事に戻る。今日は諸侯会議があり、午餐はいつもより豪華なものになる。夕方は小劇場でのオペラ上演が控えている。

 それらの下準備に追われたものの、晩餐会と舞踏会に比べたら大したことはない。諸侯会議の前には少しだけ時間が余った。

 私は厨房の片隅に腰掛けて、見様見真似で昨日の美しい下着のステッチをおさらいする。まだ記憶は新しく、再現することができた。何に使うわけでもないが、覚えておけば、どこかで活かせるに違いない。刺繍をしていると、余計なことは全部忘れることができた。

「マリア、おはよう」

 近衛隊長殿だった。私は慌てて刺繍をバスケットにしまう。

「お、おはようございます」

 近衛隊長殿は私を人気の無い裏庭に連れ出すと、昨日の礼を言った。私の仕立てた服を、オトは喜んでくれたそうだ。

「それはよかったです」

 例の下着はどうしたか、少し心配だったが。

「実は頼みがある」

 近衛隊長殿はおもむろに懐から謎の包みを出した。

「これを……王妃の衣装部屋に返してもらいたいんだ」

 私は頷いて手を差し出すが、隊長殿は、少し躊躇しているようだった。

「なんでしょう」
「実はこれは、昨日あなたが修繕してくれた下着です」
「ああ……えっ?」

 私は思わず余計な口を聞いてしまった。
 
「これは、王妃様の持ち物ということですか」

 王妃様は、かつて市井の風紀取締り令を出されたこともあるお方。このような品を所持していたなんて信じられない。

 第一、なぜ、近衛隊長殿がそれをお持ちなのだろう。

「王妃様が修繕をお命じになったのですか?」
「いや、私が勝手に持ち出したんだ。人目につかないように返したい」

 私は目を丸くする。近衛隊長ともあろう方が、どうして王妃の下着を勝手に持ち出して修繕を? そういえば、一昨日の朝、隊長殿が衣装部屋にいらっしゃるのを見た。王妃の浪費チェックをされているのだと思っていたが、それだけではなかったのだろうか。

 疑問と推測で頭がいっぱいだ。余計な質問をすべきでないのは分かっているが、王妃の身に何かあっては困る。

「王妃様は罰せられるのですか」

 浪費を咎められるのは仕方ない。だが、ご自分が違法と定めた品を所持していたとなれば、王妃様とはいえ、タダでは済まないのではないか。

「隊長殿、どうかお許しください。王妃様のお立場を悪くすることなら、私はご協力できません」

 王妃様には、よくしていただいているのだ。温かなお人柄をお慕いしていた。私のようなメイドにも、メイドなりの忠誠心というものがある。

「それは心配ない」

 隊長殿は少し微笑まれた。

「資料として保管されていたものと解釈する」
「それならいいのですが」
「しかし、確かにあなたに頼むのは筋違いだった。このことはどうか忘れて……」
「いえ、衣装部屋には毎日出入りしますもの。お安い御用ですよ」

 私は包みを受け取った。

 下着は何重にも布で包まれている。

「ずいぶん厳重に包まれたんですね」

 不審に思って眺めていると、隊長殿は私の耳元で、これを持っていると妙な気持ちになるのだと囁いた。近衛隊長殿は少し顔を赤らめている。珍しい表情。鬼隊長殿も、照れることがあるとは。

「あなたはそれを持っていてもなんともない?」
「……差し支えはありません」

 今のところはなんともない。確かに、修復している間に妙に艶かしい気持ちになった気はした。けれどまあ、妄想に走るくらいだから、大した害はない。

「もしも見咎められたら、隠したりせず、近衛隊長に命じられたと言うんだよ。君は中身のことは何も知らなかったことに……」
「大丈夫です、誰にも見られないように戻しておきます」
「無理を頼んで済まない」

 近衛隊長殿は、母が長年お仕えしている方だ。私はそのよしみで、このような際どい仕事も引き受けてきた。

「衣装部屋のどこにどのように戻せばいいですか」

 私はそれを、サンドイッチの包みのように、さっとバスケットにしまいながら尋ねた。隊長殿は、私が易々と包みを扱うのが信じられないようだった。

「十分に気を付けて」

 すごく心配してくれている。まるで特級呪物でも見るような目で包みを見ているからおかしい。隊長にとっては、この下着の効果は相当強いものだったのだろう。

「オトに叱られたんですか」
「えっ」
「相当懲りていらっしゃるみたいだから」
「な、何を言って……」

 つい、からかってしまった。トーマの気持ちがちょっとわかる。真面目な隊長殿が慌てているのは、可愛い。私は笑いを噛み殺して隊長殿と別れた。







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