氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第十五章 城にて

4 性悪(メイド視点)※

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4 性悪(メイド視点)※

  ちょうど手も空いていたから、すぐに衣装部屋に向かった。こういうものは、早いところ片付けてしまうに限る。廊下を振り返って誰もいないことを確かめ、部屋に入った。

 隊長に言われた通り、奥の衣装棚を引き出すと、それらしき空のガラスケースが出てきた。ここに仕舞えば任務完了。

 バスケットから包みをとりだして、包装をとく。一枚剥ぐと、さらにもう一枚巻かれている。それを剥くとまたもう一枚。

「一体何重に包んだの、隊長殿ったら」

 予想以上の厳重な包装。中盤に来てからの固結びはやめて欲しかった。固くて解けないので、裁縫箱から、ハサミを取り出して紐を切った。ここにきてかなりモタモタしてしまった。

 最後の包みがとれた。白く輝く下着をひらりと掲げる。細やかで美しい刺繍。見ているだけでも胸がキュンとする。

 だが見惚れている場合ではなかった。早いところ戻さなくては。ガラスケースを開けて、青いベルベットの上にふわりと下着を横たえた。その時だった。

「何をしてるの」

 私はビクッとして手を止めた。振り返るまでもない。衣装棚の磨き抜かれた扉に映って見えるのは、かさりと包み紙を踏む小さな靴。昨日ティーポットを華麗に蹴り上げた小さな靴が、近づいてきていた。

 開け放たれたガラスのケース、床に落ちている包み紙、冷や汗たらたらの私。現行犯すぎる。流石に言い逃れはむずかしかった。

「それはなに?」

 ローザは近寄るなり下着を奪って高く掲げた。

「ダメです」

 思わず鋭い声が出て、ローザの手を掴んでいた。だって、こんなに繊細なレース刺繍を、そんなふうに乱暴に扱うのは許せない。

「きゃっ」

 ローザの小さな悲鳴。私ははっとして手を離す。

 頼むからそっと扱ってくれと願いながら、じっと見守るしかなかった。ローザは顔を真っ赤にして私を見た。

「な、何よ……」

 怒り狂うかと思ったのに、ローザは意外にも弱々しげな声を出した。私がちょっと反抗しただけで、そんなに怖かったのだろうか。所詮はお嬢様だ。目を潤ませて、手首をさすっている。

「なんとか言いなさいよ」

 喋ると怒るくせに。私がローザに近付くと、なぜかローザは後ずさっていき、クローゼットに背中を付けた。これではまるで、私がいじめているみたいじゃないか。

「お返しください」
「いやよ」

 ですよね。そう言うと思ってました。ローザは下着を握りしめたまま離そうとしない。

「あなた、これを勝手に持ちだすつもり?」

 ローザはそういうと、下着をまじまじと見つめた。

「何なのこれ。いやらしい……」

 そう言いながら、ローザはそれを顔に寄せて、匂いを嗅ぐような仕草をした。その行動に、私はちょっと違和感を覚えた。恍惚としたような表情でローザは下着に顔をうずめていた。

「ローザ様?」

 ローザはビクッとしたように肩を震わせた。顔が真っ赤で、目は潤んでいる。

「……あなた、何を企んでいるの。さっき、近衛隊長と親密に話していたじゃない」
「えっ?」

 包みを受け取るところを見ていたのだろうか。それは少しまずい。私は途方に暮れてローザの顔を見つめた。どうしよう。口止めすれば逆に言いふらすだろうし。

 厨房の裏でやりとりするのはまずかった、と反省する。ローザはしょっちゅう城の窓から厨房の裏庭を覗いているのだ。

「コカブ夫人に取り入って、今度は隊長殿を狙ってるの?」
「……は?」

 一瞬、何のことだかわからなかった。どうやら、私がジュン殿と結婚するために、その母であるコカブ夫人に取り入っていると言いたいらしい。

 結婚、誘惑、下心。ローザの思考回路はそればかりだ。女は皆、玉の輿に乗ろうとやっきなのだと決めつけている。

「……ご想像にお任せします」

 呆れるが、少し安心する。下着を持ち出したのが隊長殿だったとは思いもしない様子だ。

「最低ね、あなたって」

 ローザは震える声でつぶやいた。目を潤ませている。私は少なからず驚いた。何で泣くことがある。

 そういえば、クローゼットにもたれた身体には、全然力が入っていない。

「トーマにそっくり。男にも女にも、見境なく取り入って……」

 ローザはおそらく、この下着にやられたのだ。あんなに顔を近付けたりするからだ。

「大丈夫ですか?」

 私はローザの肩をさすってやった。

「私のことも利用するつもり?」
「は?」

 訳のわからないことをぼやいているが、酔っ払いのうわ言と聞き流す。

 それどころではなかった。ローザの下着の扱い方には、さっきなからハラハラしていた。そんなふうに握りしめていたら、レースが傷んでしまう。

 下着を取り返そうと、ローザの手に触れた。その瞬間、ローザは私のくちびるにキスをしてきた。

 私は思わず、ローザを突き飛ばしてしまった。ローザは小さく悲鳴をあげて床に倒れた。

 悪かったと思って抱き起こす私に、ローザは縋り付いてきた。目が合うと、またキスしてきた。

 下着の催淫効果で、どうかしてしまったのだろう。私はやむを得ず、ローザの頬を叩いた。

「しっかりしてください!」

 ローザがようやく唇を離した。

「わ、私……」

 正気を取り戻してきたようなので、私はほっとした。背中をさすってやる。

 私はローザの手を取った。彼女の指に絡まった下着を外しにかかる。

「マリア……」

 ローザは、ぎゅっと手を絡めてくる。

「ほら、離してください」

 無事取り返すことができた。私はローザのそばを離れると、下着をケースの中に丁寧にしまった。

「何をしてるの……?」

 見てわからないだろうか。下着をしまっているのだ。

「刺繍が、傷んでしまいますから」

 これが見納めだ。私はベルベッドの上に横たえた美しい刺繍に触れながら言った。

「無事でよかった……」

 そっと引き出しを締め、振り返った瞬間、頬にピシャッと何かが当たった。

 ローザの平手打ちだった。猫がひっかいたみたいな微弱な攻撃だったとはいえ、びっくりした。

「いたい……」

 私は呆然として頬を抑えた。わけがわからない。

「さっきのお返しよ!」

 下着を手放した途端、ローザは正気に帰ったらしい。今起きたこと全てを、私のせいにしはじめた。

 気持ちはわからなくもない。普段から散々馬鹿にしている相手にあのようにとち狂った姿を見られたとなれば、私なら死にたくなる。

「暴力女! 人たらし! 裁縫マニア!」

 なかったことにしたい気持ちも、人のせいにしたい気持ちもわかるが、裁縫マニアは関係ないと思った。

 こうして私はローザに腕を掴まれ、「窃盗癖のある性悪女」として、王妃の前に突き出されたのだった。






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