93 / 182
第十五章 城にて
4 性悪(メイド視点)※
しおりを挟む
4 性悪(メイド視点)※
ちょうど手も空いていたから、すぐに衣装部屋に向かった。こういうものは、早いところ片付けてしまうに限る。廊下を振り返って誰もいないことを確かめ、部屋に入った。
隊長に言われた通り、奥の衣装棚を引き出すと、それらしき空のガラスケースが出てきた。ここに仕舞えば任務完了。
バスケットから包みをとりだして、包装をとく。一枚剥ぐと、さらにもう一枚巻かれている。それを剥くとまたもう一枚。
「一体何重に包んだの、隊長殿ったら」
予想以上の厳重な包装。中盤に来てからの固結びはやめて欲しかった。固くて解けないので、裁縫箱から、ハサミを取り出して紐を切った。ここにきてかなりモタモタしてしまった。
最後の包みがとれた。白く輝く下着をひらりと掲げる。細やかで美しい刺繍。見ているだけでも胸がキュンとする。
だが見惚れている場合ではなかった。早いところ戻さなくては。ガラスケースを開けて、青いベルベットの上にふわりと下着を横たえた。その時だった。
「何をしてるの」
私はビクッとして手を止めた。振り返るまでもない。衣装棚の磨き抜かれた扉に映って見えるのは、かさりと包み紙を踏む小さな靴。昨日ティーポットを華麗に蹴り上げた小さな靴が、近づいてきていた。
開け放たれたガラスのケース、床に落ちている包み紙、冷や汗たらたらの私。現行犯すぎる。流石に言い逃れはむずかしかった。
「それはなに?」
ローザは近寄るなり下着を奪って高く掲げた。
「ダメです」
思わず鋭い声が出て、ローザの手を掴んでいた。だって、こんなに繊細なレース刺繍を、そんなふうに乱暴に扱うのは許せない。
「きゃっ」
ローザの小さな悲鳴。私ははっとして手を離す。
頼むからそっと扱ってくれと願いながら、じっと見守るしかなかった。ローザは顔を真っ赤にして私を見た。
「な、何よ……」
怒り狂うかと思ったのに、ローザは意外にも弱々しげな声を出した。私がちょっと反抗しただけで、そんなに怖かったのだろうか。所詮はお嬢様だ。目を潤ませて、手首をさすっている。
「なんとか言いなさいよ」
喋ると怒るくせに。私がローザに近付くと、なぜかローザは後ずさっていき、クローゼットに背中を付けた。これではまるで、私がいじめているみたいじゃないか。
「お返しください」
「いやよ」
ですよね。そう言うと思ってました。ローザは下着を握りしめたまま離そうとしない。
「あなた、これを勝手に持ちだすつもり?」
ローザはそういうと、下着をまじまじと見つめた。
「何なのこれ。いやらしい……」
そう言いながら、ローザはそれを顔に寄せて、匂いを嗅ぐような仕草をした。その行動に、私はちょっと違和感を覚えた。恍惚としたような表情でローザは下着に顔をうずめていた。
「ローザ様?」
ローザはビクッとしたように肩を震わせた。顔が真っ赤で、目は潤んでいる。
「……あなた、何を企んでいるの。さっき、近衛隊長と親密に話していたじゃない」
「えっ?」
包みを受け取るところを見ていたのだろうか。それは少しまずい。私は途方に暮れてローザの顔を見つめた。どうしよう。口止めすれば逆に言いふらすだろうし。
厨房の裏でやりとりするのはまずかった、と反省する。ローザはしょっちゅう城の窓から厨房の裏庭を覗いているのだ。
「コカブ夫人に取り入って、今度は隊長殿を狙ってるの?」
「……は?」
一瞬、何のことだかわからなかった。どうやら、私がジュン殿と結婚するために、その母であるコカブ夫人に取り入っていると言いたいらしい。
結婚、誘惑、下心。ローザの思考回路はそればかりだ。女は皆、玉の輿に乗ろうとやっきなのだと決めつけている。
「……ご想像にお任せします」
呆れるが、少し安心する。下着を持ち出したのが隊長殿だったとは思いもしない様子だ。
「最低ね、あなたって」
ローザは震える声でつぶやいた。目を潤ませている。私は少なからず驚いた。何で泣くことがある。
そういえば、クローゼットにもたれた身体には、全然力が入っていない。
「トーマにそっくり。男にも女にも、見境なく取り入って……」
ローザはおそらく、この下着にやられたのだ。あんなに顔を近付けたりするからだ。
「大丈夫ですか?」
私はローザの肩をさすってやった。
「私のことも利用するつもり?」
「は?」
訳のわからないことをぼやいているが、酔っ払いのうわ言と聞き流す。
それどころではなかった。ローザの下着の扱い方には、さっきなからハラハラしていた。そんなふうに握りしめていたら、レースが傷んでしまう。
下着を取り返そうと、ローザの手に触れた。その瞬間、ローザは私のくちびるにキスをしてきた。
私は思わず、ローザを突き飛ばしてしまった。ローザは小さく悲鳴をあげて床に倒れた。
悪かったと思って抱き起こす私に、ローザは縋り付いてきた。目が合うと、またキスしてきた。
下着の催淫効果で、どうかしてしまったのだろう。私はやむを得ず、ローザの頬を叩いた。
「しっかりしてください!」
ローザがようやく唇を離した。
「わ、私……」
正気を取り戻してきたようなので、私はほっとした。背中をさすってやる。
私はローザの手を取った。彼女の指に絡まった下着を外しにかかる。
「マリア……」
ローザは、ぎゅっと手を絡めてくる。
「ほら、離してください」
無事取り返すことができた。私はローザのそばを離れると、下着をケースの中に丁寧にしまった。
「何をしてるの……?」
見てわからないだろうか。下着をしまっているのだ。
「刺繍が、傷んでしまいますから」
これが見納めだ。私はベルベッドの上に横たえた美しい刺繍に触れながら言った。
「無事でよかった……」
そっと引き出しを締め、振り返った瞬間、頬にピシャッと何かが当たった。
ローザの平手打ちだった。猫がひっかいたみたいな微弱な攻撃だったとはいえ、びっくりした。
「いたい……」
私は呆然として頬を抑えた。わけがわからない。
「さっきのお返しよ!」
下着を手放した途端、ローザは正気に帰ったらしい。今起きたこと全てを、私のせいにしはじめた。
気持ちはわからなくもない。普段から散々馬鹿にしている相手にあのようにとち狂った姿を見られたとなれば、私なら死にたくなる。
「暴力女! 人たらし! 裁縫マニア!」
なかったことにしたい気持ちも、人のせいにしたい気持ちもわかるが、裁縫マニアは関係ないと思った。
こうして私はローザに腕を掴まれ、「窃盗癖のある性悪女」として、王妃の前に突き出されたのだった。
ちょうど手も空いていたから、すぐに衣装部屋に向かった。こういうものは、早いところ片付けてしまうに限る。廊下を振り返って誰もいないことを確かめ、部屋に入った。
隊長に言われた通り、奥の衣装棚を引き出すと、それらしき空のガラスケースが出てきた。ここに仕舞えば任務完了。
バスケットから包みをとりだして、包装をとく。一枚剥ぐと、さらにもう一枚巻かれている。それを剥くとまたもう一枚。
「一体何重に包んだの、隊長殿ったら」
予想以上の厳重な包装。中盤に来てからの固結びはやめて欲しかった。固くて解けないので、裁縫箱から、ハサミを取り出して紐を切った。ここにきてかなりモタモタしてしまった。
最後の包みがとれた。白く輝く下着をひらりと掲げる。細やかで美しい刺繍。見ているだけでも胸がキュンとする。
だが見惚れている場合ではなかった。早いところ戻さなくては。ガラスケースを開けて、青いベルベットの上にふわりと下着を横たえた。その時だった。
「何をしてるの」
私はビクッとして手を止めた。振り返るまでもない。衣装棚の磨き抜かれた扉に映って見えるのは、かさりと包み紙を踏む小さな靴。昨日ティーポットを華麗に蹴り上げた小さな靴が、近づいてきていた。
開け放たれたガラスのケース、床に落ちている包み紙、冷や汗たらたらの私。現行犯すぎる。流石に言い逃れはむずかしかった。
「それはなに?」
ローザは近寄るなり下着を奪って高く掲げた。
「ダメです」
思わず鋭い声が出て、ローザの手を掴んでいた。だって、こんなに繊細なレース刺繍を、そんなふうに乱暴に扱うのは許せない。
「きゃっ」
ローザの小さな悲鳴。私ははっとして手を離す。
頼むからそっと扱ってくれと願いながら、じっと見守るしかなかった。ローザは顔を真っ赤にして私を見た。
「な、何よ……」
怒り狂うかと思ったのに、ローザは意外にも弱々しげな声を出した。私がちょっと反抗しただけで、そんなに怖かったのだろうか。所詮はお嬢様だ。目を潤ませて、手首をさすっている。
「なんとか言いなさいよ」
喋ると怒るくせに。私がローザに近付くと、なぜかローザは後ずさっていき、クローゼットに背中を付けた。これではまるで、私がいじめているみたいじゃないか。
「お返しください」
「いやよ」
ですよね。そう言うと思ってました。ローザは下着を握りしめたまま離そうとしない。
「あなた、これを勝手に持ちだすつもり?」
ローザはそういうと、下着をまじまじと見つめた。
「何なのこれ。いやらしい……」
そう言いながら、ローザはそれを顔に寄せて、匂いを嗅ぐような仕草をした。その行動に、私はちょっと違和感を覚えた。恍惚としたような表情でローザは下着に顔をうずめていた。
「ローザ様?」
ローザはビクッとしたように肩を震わせた。顔が真っ赤で、目は潤んでいる。
「……あなた、何を企んでいるの。さっき、近衛隊長と親密に話していたじゃない」
「えっ?」
包みを受け取るところを見ていたのだろうか。それは少しまずい。私は途方に暮れてローザの顔を見つめた。どうしよう。口止めすれば逆に言いふらすだろうし。
厨房の裏でやりとりするのはまずかった、と反省する。ローザはしょっちゅう城の窓から厨房の裏庭を覗いているのだ。
「コカブ夫人に取り入って、今度は隊長殿を狙ってるの?」
「……は?」
一瞬、何のことだかわからなかった。どうやら、私がジュン殿と結婚するために、その母であるコカブ夫人に取り入っていると言いたいらしい。
結婚、誘惑、下心。ローザの思考回路はそればかりだ。女は皆、玉の輿に乗ろうとやっきなのだと決めつけている。
「……ご想像にお任せします」
呆れるが、少し安心する。下着を持ち出したのが隊長殿だったとは思いもしない様子だ。
「最低ね、あなたって」
ローザは震える声でつぶやいた。目を潤ませている。私は少なからず驚いた。何で泣くことがある。
そういえば、クローゼットにもたれた身体には、全然力が入っていない。
「トーマにそっくり。男にも女にも、見境なく取り入って……」
ローザはおそらく、この下着にやられたのだ。あんなに顔を近付けたりするからだ。
「大丈夫ですか?」
私はローザの肩をさすってやった。
「私のことも利用するつもり?」
「は?」
訳のわからないことをぼやいているが、酔っ払いのうわ言と聞き流す。
それどころではなかった。ローザの下着の扱い方には、さっきなからハラハラしていた。そんなふうに握りしめていたら、レースが傷んでしまう。
下着を取り返そうと、ローザの手に触れた。その瞬間、ローザは私のくちびるにキスをしてきた。
私は思わず、ローザを突き飛ばしてしまった。ローザは小さく悲鳴をあげて床に倒れた。
悪かったと思って抱き起こす私に、ローザは縋り付いてきた。目が合うと、またキスしてきた。
下着の催淫効果で、どうかしてしまったのだろう。私はやむを得ず、ローザの頬を叩いた。
「しっかりしてください!」
ローザがようやく唇を離した。
「わ、私……」
正気を取り戻してきたようなので、私はほっとした。背中をさすってやる。
私はローザの手を取った。彼女の指に絡まった下着を外しにかかる。
「マリア……」
ローザは、ぎゅっと手を絡めてくる。
「ほら、離してください」
無事取り返すことができた。私はローザのそばを離れると、下着をケースの中に丁寧にしまった。
「何をしてるの……?」
見てわからないだろうか。下着をしまっているのだ。
「刺繍が、傷んでしまいますから」
これが見納めだ。私はベルベッドの上に横たえた美しい刺繍に触れながら言った。
「無事でよかった……」
そっと引き出しを締め、振り返った瞬間、頬にピシャッと何かが当たった。
ローザの平手打ちだった。猫がひっかいたみたいな微弱な攻撃だったとはいえ、びっくりした。
「いたい……」
私は呆然として頬を抑えた。わけがわからない。
「さっきのお返しよ!」
下着を手放した途端、ローザは正気に帰ったらしい。今起きたこと全てを、私のせいにしはじめた。
気持ちはわからなくもない。普段から散々馬鹿にしている相手にあのようにとち狂った姿を見られたとなれば、私なら死にたくなる。
「暴力女! 人たらし! 裁縫マニア!」
なかったことにしたい気持ちも、人のせいにしたい気持ちもわかるが、裁縫マニアは関係ないと思った。
こうして私はローザに腕を掴まれ、「窃盗癖のある性悪女」として、王妃の前に突き出されたのだった。
20
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。
星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。
前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。
だが図書室の記録が冤罪を覆す。
そしてレイは知る。
聖女ディーンの本当の名はアキラ。
同じ日本から来た存在だった。
帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。
秘密を共有した二人は、友達になる。
人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。
オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない
タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。
対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──
炊き出しをしていただけなのに、大公閣下に溺愛されています
ぽんちゃん
BL
希望したのは、医療班だった。
それなのに、配属されたのはなぜか“炊事班”。
「役立たずの掃き溜め」と呼ばれるその場所で、僕は黙々と鍋をかき混ぜる。
誰にも褒められなくても、誰かが「おいしい」と笑ってくれるなら、それだけでいいと思っていた。
……けれど、婚約者に裏切られていた。
軍から逃げ出した先で、炊き出しをすることに。
そんな僕を追いかけてきたのは、王国軍の最高司令官――
“雲の上の存在”カイゼル・ルクスフォルト大公閣下だった。
「君の料理が、兵の士気を支えていた」
「君を愛している」
まさか、ただの炊事兵だった僕に、こんな言葉を向けてくるなんて……!?
さらに、裏切ったはずの元婚約者まで現れて――!?
前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい
夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れています。ニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが……
◆いつもハート、エール、しおりをありがとうございます。冒頭暗いのに耐えて読んでくれてありがとうございました。いつもながら感謝です。
◆お友達の花々緒さんが、表紙絵描いて下さりました。可愛いニャリスと、悩ましげなラクロア様。
◆これもいつか続きを書きたいです、猫の日にちょっとだけ続きを書いたのだけど、また直して投稿します。
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる