最強風紀委員長は、死亡フラグを回避しない

百門一新

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六章 悪魔降臨(3)上

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 悪魔から言葉が発された直後、魔獣たちがミサイルの如く驚異的なスピードで突進してきた。それぞれの獲物を既に定めていたかのように直進し、一頭ずつがサード達の身体を捉えて一瞬にして突き飛ばしていた。

 その瞬発力と速度は予想以上で、サードは周りを見ている暇もなかった。噛み付こうとする『死食い犬』の上顎と下顎を、反射的に押さえて両足を踏ん張ったものの、衝突した衝撃を全て殺せず五メートルほど後方へ押されてしまう。

「くそっ、この馬鹿力のめ……!」

 自分の胴体ほどもある魔獣の頭を前に、思わず悪態を吐いた。同じ高さまで降りてきた『死食い犬』は、馬よりも遥かに大きく、地下の実験施設にいた仲間とは比べ物にならない破壊力だった。

 互いに押し合う力比べを強いられたサードは、思わず奥歯を噛みしめた。同じように突撃を受けたユーリス達の様子も気掛かりだったが、運動場は一瞬にして土埃が舞い視界がひどく悪くなっている。

 おかげで、すぐに安否を確認することは叶わない。何より、前方を大きく遮る、この『死食い犬』の頭が邪魔だ。

 魔獣の殺気立った赤い目と、数秒睨み合っていた。

 互いに一番の反撃するタイミングを待ちながら、殺すことだけに意識を集中するサードの赤い目と、食らいつきたい魔獣の赤い目が鈍く光を灯す。

 その直後、サードは素早く手を離すと、噛みつこうと頭を振り上げた『死食い犬』の横面に強靭な蹴りを叩き込んでいた。魔獣の顔骨は想像以上に硬く、骨にダメージを与えられなかったと察してすぐ、顎の下から第二撃を放つ。

 顎下を蹴り上げられた魔獣の巨体が、その威力に僅かに浮いてぐらりと揺れた。一瞬の隙が出来たのを見て取り、サードはチャンスだと自身の爪を構えた。

 だが、不意に、片目を血で濡らしたソーマが宙を舞うのが見えてハッとした。そのそばには、彼を宙へと突き上げた『死食い犬』が、跳躍しようと四肢で地を踏みしめて屈んでいる姿があった。

 先程の一撃目で、彼は片目に血がかかってしまうほどの怪我をしたのだろうか。このままだと、次の一撃でソーマは地面に叩きつけられるか、そのまま食われてしまうだろう。

 サードは舌打ちすると、目の前の『死食い犬』の豊かに波打つ黒い尻尾を両手で掴んだ。雄叫びを上げながら力任せに引き寄せると、暴れ出そうとした魔獣の尻尾を掴んだまま地面を蹴り上げ、その巨体を引き連れて宙に飛び出した。

「ッさせるかぁぁあああああ!」

 サードは持ち上げた魔獣を、ソーマを狙う『死食い犬』目掛けて全力で投げつけた。体重のある仲間の身体を砲弾のように打ち込まれた巨大な魔獣が、衝突音と激しい土埃を上げて地面に沈む。

 どこからか、「マジか」「規格外過ぎる」という声が聞こえたような気がした。サードは声の主を探す余裕もなく、慌てて走り出すと、落ちてきたソーマを間一髪で受けとめて地面の上を転がった。

「おい、大丈夫か!?」

 腕の中で身じろぎするのに気付いて、様子を確認すべくガバリと身を起こした。こめかみにある傷口から出血はあるものの、大きな怪我ではない。

 ざっと見たところ、折れた骨もないようだった。ひとまず命に関わるような負傷はしていないと知って安堵の息がこぼれた時、ソーマが痛みに顔を顰めつつ目を開けた。苦い表情を浮かべ、くらくらとする頭を押さえて上体を起こす。

「すみません、サリファン先輩。スピード負けしてしまって……」
「しょうがねぇよ。予想以上に馬鹿力で、頑丈ときた」
「お恥ずかしい話なのですが、俺は魔術が未熟で……咄嗟の事で、剣の魔力を発動するのに遅れを取ってしまいました」

 聖剣としての本来の力を発揮するためには、そうする必要があるらしい。

 反省するように言った彼の右手は、引き続き剣の柄を固く握り締めていた。どんな状況に陥ろうと、武器だけは手放さないという覚悟が表れているような気がした。

 サードは、重々しい衝撃を受けて割れて窪んだ場所へ目を向けた。二頭の巨大な『死食い犬』が、体勢を整え直そうともがき始めていて「頑丈だなぁ」と呆けた声で呟いてしまう。

「やっぱ、あれだけのダメージじゃ効かねぇか」
「改めて考えると、凄い光景ですよね……サリファン先輩も馬鹿力では全然負けてないというか……」
「話してる暇はねぇぞ、そろそろ来る。――次はやれそうか?」
「はい。剣の魔力は解放しましたので、次は仕留められます」

 ソーマはすぐに答えて、右目の視界を邪魔している血を、袖でぐいっと拭った。そのまま立ち上がるのを見届けたサードは、「先に行くぜ」と声を掛けて走り出した。

 先に起き上がった『死食い犬』が、距離を縮めるこちらに気付いて憎悪の目で唸ってきた。ずいぶん怨みを買ったらしい。魔獣が足に力を入れるのを見て取り、サードはニヤリとする。

「こっちにこい!」

 挑発するように呼んで走る方向を変えると、途端に魔獣が咆哮して、こちら目掛けて一気に駆け出してきた。凶器のような大きな爪で地面を抉りながら、開いていた距離を一気に詰めてくる。

 ソーマのいる場所から少し引き離したところで、サードは両足で急ブレーキをかけた。向かってくる『死食い犬』を迎え撃つべく、くるりと振り返って身構えた。

「よっしゃ! さぁ来い、デカ犬!」

 仕留めるなら確実に、最短でターゲットを殺せ。

 そう教え込まれた言葉が耳に蘇った。一瞬の隙も逃すまいと、赤い目を見開いて迫りくる魔獣を凝視した。眼前に迫った『死食い犬』が、右前足の爪を振るう軌道を捉えて、僅かに身体を反らせて攻撃を避ける。

 その一瞬後、サードは一気に魔獣の前に躍り出て、まずは『邪魔なその右前足』を容赦なくキレイに切断していた。

 赤黒い血が噴き出して、獣が激昂するような叫びを上げた。自分と違って、魔獣にはきちんと痛覚があるのだろうか、と、ふとそんな事を思った。

 すぐに噛みつこうとしてきた魔獣の攻撃を連続でかわすと、砲弾級の威力がある拳と蹴りを加減もせず打ち込んだ。衝撃に怯んだ一瞬、続いて視力を奪うべく『死食い犬』の双眼を手で抉り潰す。

 その途端、この世の絶望を喚くような、野太い咆哮が空気を震わせた。

 サードは暴れ狂う魔獣から、距離を置くように一旦後退した。目を潰された魔獣を正面から見据え、急所までの距離を目算したところで、右腕を構えて地面を蹴り上げて一気に直進し――直後、一瞬で『死食い犬』の首を刎ねた。


「うふふふ、これはまた、#容赦がない__・__。お見事だよ」


 どこからか、そう言って嗤う悪魔の声が聞こえた。

 魔獣が完全に動かなくなったことを確認したところで、サードはようやく、自分が新たにひどい返り血を浴びている事に気付いた。皮膚による温度感覚もなくなってしまっている今、両手を赤黒く染めている血飛沫の実感も薄い。

 運動場内の複数個所で、破壊音と土埃が上がっていた。他のメンバーの安否確認をしなければ、と思い出し、ハタと我に返って駆け出した。
 
 そういえばとソーマの様子を確認してみると、彼の方も既に決着がついていた。長い舌を出して横たわる『死食い犬』の脳天には、頭の上に立った彼の剣が脳天に深々と突き刺さっている。

 その時、サードは次の一歩を踏んだ足元から、カチリ、と上がった機械的な音を聞いて「え」と引き攣った声が出た。

 その踏み心地は、掘り返された感満載の柔らかさだった。どうやら『何かが埋められて仕掛けられている』ようだ、と気付いて血の気が引いた途端、地面から眩い光が放たれて反射的にどいた。

 直後、大きな爆発が起こり、サードはその爆風に巻き込まれて呆気なく数メートルも宙を飛んだ。
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