最強風紀委員長は、死亡フラグを回避しない

百門一新

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七章 嗤う悪魔と、最後の戦い(1)

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 エミルと合流した際、視界を邪魔していた砂埃が晴れた。大型の魔獣を全て倒したのを確認したユーリスが魔法を解いて、見えなくされていた頭上の異変が姿を現した。

 そこには、運動場と空を隔てるように、透明なガラスのようにも見える分厚い『壁』が存在していた。透明な足場を戦闘フィールドに悪魔とロイが、息もつかぬほどの速さで剣を交え続けている。

 悪魔は、片手で剣を軽く握って振り回していた。時々、まるで遊ぶように平気な顔で剣を投げ放つなど、型破りな剣技でロイを翻弄していた。

「おいおい、なんだよコレッ。上に行けねぇんだけど!?」
「足場の透明な床というより、そもそも本来は『見事な結界』なんだよねぇ。まさか『通過』も出来ないものだとは思わなくてさ」

 通過性がなく、向こうからの攻撃も弾かれてしまう。魔獣との戦いが終わったユーリスが、いくつか実際に確認して改めて分析にあたってから、しみじみとした様子でそう呟いた。

 悪魔が作り出した結界の足場は、五メートルほどの位置から頭上一帯に広がっていた。破壊してやろうと、サードが跳躍して『全力で』蹴り上げても、それはびくともしないほどに強固だ。

「このタイプの結界は、物理攻撃では破壊出来ないと思う。術者以上の力がないと破れないし、そうなると、もう俺達にはどうしようもないんだよねぇ」
「会計、お前はなんでそう冷静なんだよ? あれじゃあ、すっかり悪魔のペースだぜ。どう見ても会長が押されてる」

 サードは、顰め面でズバッと意見を述べた。すると同じように戦いぶりを観察していたレオンが、横から「私が見た限りでは」と口を挟んできた。

「今のところは互角のようですね。ユーリス先輩が先に推測したように、悪魔が上の戦いに飽きれば結界を消してくれるかもしれませんが」
「それまで待ちぼうけしろってのか? 冗談じゃねぇッ」

 頭上で一対一の戦いを繰り広げる悪魔は、余裕そうに笑ってもいた。ロイが剣を構え直すのを待ち、素早い一手を受けとめて弾き払う。対する彼の服は所々小さく切れ、不敵に笑みを浮かべる顔も汗だくだった。

 人間と悪魔の、圧倒的な体力差もあるだろうと思う。長期戦になれば、絶対に圧倒的に不利だ。

 その状況を思って、サードはそわそわとして落ち着いていられないでいた。しかし、ふと、悪魔の身体に『焦げたような切り傷』がついている事に気付いて「あれ?」と身体の動きを止める。

 不思議なことに、超治癒再生が遅れてを取っているかのように、悪魔の身体には他にも小さな焦げ痕がいくつか付いているのが目に留まった。

 悪魔が火に弱いとは聞いた事がない。そもそも、あれくらいの火傷くらいなら、半悪魔体である今のサードでも一瞬で直ってしまうから、その焦げ痕がある様子を不思議に思った。

「なぁ、会長って炎系の魔法でも使えるのか?」

 振り返って疑問を口にした。すると、体力温存とばかりに腰を降ろしていたエミルとソーマが、こちらを見て首を横に振ってきた。

「違うよ~、サリファン君。僕達の使っている剣は『聖なる加護』があるから、魔物とか悪魔は触れないんだ」
「サリファン先輩、これは教会で神聖な魔力を注がれて作られたなん剣です。ですから魔力を引き出して発動すれば、どんなに強度がある魔物も容易く『焼き斬れる』んですよ」

 つまり悪魔にとっては、彼らの剣は大敵となる武器でもあるらしい。抵抗なく肉や骨を断てる事もあって、先程の強靭な身体を持った巨大な『死食い犬』も、あっけなく急所を貫けて絶命させる事が出来たのだろう。

 その時、耳朶に触れるくらい近くから、サードの耳に一つの声が落ちてきた。

「面白いなぁ。まるで人間じゃないみたいな殺戮っぷりが、とても良いなぁ」

 反射的に声がした方へ目を走らせてみると、透明な足場に膝を折った悪魔が、黒い剣を片手に担いだ姿勢でこちらを覗き込んでいた。鮮やかに光る赤い目が、好奇心たっぷりに見開いて鈍い光を帯びている。

 目が合った瞬間、サードは高揚感にゾワリと総毛立つのを感じた。

 こいつを殺して食らい付きたい。たとえ自分よりも強い存在だとしても、この命尽きる前に嬲り殺してやりたい……その本能から、知らず口角が引き上がる。

「ん~? お前――」

 サードの赤い瞳を覗き込んでいた悪魔が、同じ色をした同じ瞳を、愉しげに細めた。

「珍しいね。魂に名前がない。神の加護は、魂に刻まれるはずだけれど――つまりお前には、神の加護がない。どうして?」
「ハッ、んなの知るかよ。生憎、俺は『神様』なんて信じてない。お前に名前はないのか、悪魔?」
「私は『悪魔』さ、それ以外の何者でもないよ」

 お前こそ変な事を言うね、と悪魔は悠長に述べる。

「君、私の事を殺したくてたまらないって目をしているね。こちらから『盛り上げて』やらなくとも、憎悪のような殺意が完成されちゃっているなんて、とっても素敵だなぁ」

 これまで自分が楽しむためだけに『宣誓契約』外の人間を、わざと血祭りにあげた事も多々あった、というようにも聞こえる台詞だった。

 快楽的な殺戮衝動というのも、こうして見ると結構厄介なもんなんだなと、サードは今更のようにそう思った。チラリと目を走らせてみると、向こうにいるロイが、間合いを測りながらこちらの様子を窺う様子が確認できた。

 もし悪魔に殺戮衝動のスイッチが入ったら、と、サードは考えた。

 そんな事になったら、悪魔はロイが剣を構えるまで待ったりはしないだろう。何より長期戦に持ち込まれれば、体力が潰された順番に可能性がぐっと上がる。

 これは、一人も殺させないための戦いだ。

 今一度、自分がここにいる存在意義と目的、使命を思い返したサードは「おい、悪魔」と声を掛けた。

「こっちは『遊んでくれる犬』もいなくなって、めちゃくちゃ暇してんだよ――だからさ、そっちの戦いに俺も混ぜてくれよ」

 敵は出来るだけ早く殺せという教訓は、訓練で身に染みていた。相手が半悪魔であった時、その残酷性が戦うごとに増して、戦闘能力も跳ね上がるのはサード自身も経験して知っている。

 恐らくは、この悪魔も半悪魔と同じくして、だろう、と。

 守りながら戦うというリスクはある。けれど生身の人間であるロイ達の死亡率を上げないためには、彼らを殺させないよう守りながら、出来るだけ自分が悪魔を相手にして短期戦で終わらせる、という方法に賭けるしかない。

 すると、一切悩み考える時間もなく、悪魔があっさりとこう答えた。


「うん。いいよ」


 いつの間に結界が消えたのか、気付いた時には眼前に悪魔が迫っていた。

 サードは驚くよりも先に、教え込まれた戦闘意識で一撃目となる悪魔の剣先をよけた。そのまま反撃に出るべく、爪を伸ばした手刀を突き出す。

 悪魔が「おや」と愉しげに言って一瞬でかわした。しかし、サードは殺気立った目を見開いたて凝視したまま、構わず次の攻撃を繰り出して、剣を持つ悪魔の右手首を切断していた。続いて腹部を破壊するべく膝を突き入れようとしたものの、悪魔が残った手で、揃えた爪を突き返してきて瞬時に身を翻した。

 これまで相手にした半悪魔体よりも、格段に速い。

 サードは身を翻しつつ、次の一手に出るべく素早く悪魔の背後に回り込んだ。勢いを付けて身体を半回転させ、その背中に砲弾の威力がある渾身の回し蹴りを入れる。

 直後、背骨を折られた悪魔の身体が吹き飛んだ。それはユーリスとレオンの間を通過し、激しい破壊音を上げて校舎の壁を砕いた。

「サード君ッ、もう少しで巻き添え食らうところだったよ!?」
「君は馬鹿なのですか? こちらに悪魔を飛ばしてくるとは、阿呆なのでは?」
「うるせぇなぁ、ちゃんと間を狙っただろ」

 サードは体勢を整え直しながら、なぜ怒られるのだろうかと眉を顰めた。

 悪魔の背後に回った際に見えていたのは、切り落とした右手が既に再生を始めていた事だった。どうやら半悪魔体とは違い、数秒もせず腕が生えかわるほどの超治癒再生能力があるらしい。だから、すぐに吹き飛ばしたのだ。

 そうしなかったら今頃、再生が完了した方の手で攻撃を仕掛けられていただろう。攻撃の瞬間も眼球に動きがなく、次の攻撃に切り替える際にも、悪魔は呼吸音や心音の違いも微塵になかった。

 かなり行動が読み辛い相手である。尚且つ、これまで対峙してきたどのターゲットよりも、かなりの馬鹿力のうえ速い。そう考えながら、サードは一応、超治癒再生については教えてやった。

「あの腕、蹴り飛ばした時にはもう再生が始まってた。お前ら、そんな相手でも殺(や)れるってのか?」
「動きは見えたから、僕は平気だよ~」

 この戦いを俺に譲ってくれねぇかな、という気持ちがあったのだが、大剣を担ぎ直したエミルが間髪入れず「えへへ」と緊張感なく笑ってそう言ってきた。

 その時、レオンが、向こうからやってくるロイに気付いて振り返った。ユーリスとソーマも、彼の姿を目に留めて手で応えたが、こちらを見た彼の顔が途端に強張った。

「全員ッ、迎撃用意!」

 ロイの鋭い指令が飛んだ。生徒会メンバーは直後には剣を構えていたものの、校舎の瓦礫から飛び出してきた悪魔は、彼らが攻防体勢に入るよりも速く眼前に迫っていた。

 悪魔の赤い目が、真っ直ぐ捉えていたのは一番近いレオンだった。

 やはり生身の人間の行動は遅すぎる。サードはそう口の中に吐き捨てると、標的になった彼の前に滑り込んだ。迫りくる悪魔の右手には黒い剣が握られており、左手は、まるでこちらの行動を予想していたと言わんばかりに、爪が構えられていた。

「いいよ、いいねぇ。楽しくなってきちゃった」

 悪魔が赤い目を見開いたまま、笑って鼻歌混じりに言う。サードは緊張気味に口角を引き上げ、自分の黒い爪を尖らせて囁く程度に答えた。

「俺もだよ、クソ悪魔」

 その一瞬後、双方の攻撃が真っ向から衝突していた。

 サードは突き出された悪魔の左手を押さえ込み、眼球を潰すつもりで残った手を振るった。悪魔は首一つで避け、同じく眼球を狙って剣を突き刺そうと動いてきたので、彼は同じ反射速度と動きでよけて剣の刃を歯で止めて噛み砕いた。

 押さえ込んだ左腕を逃がさないまま、再び黒い爪を揃えた手を突き出した。悪魔が大きく身を反らして、その攻撃を回避する。

 その時、露わになった悪魔の首に向けて、レオンとエミルが同時に剣を降り降ろした。悪魔が素早くサードの手から逃れ、新たな黒い剣を作り出して二人の刃を弾き返した。

 直後、ロイが躍り出て、悪魔から放たれる第二撃を剣ごと押さえ込んだ。その隙を待ち構えていたソーマが「行きます!」という掛け声と共に、悪魔の脇腹に向けて、真っ直ぐ突きの型で剣技を放った。

「まだまだ遅いよ」

 悪魔がひらりと身をかわして言い、左手の甲で――とんっ、と軽くソーマの身体を払った。

 その一瞬後、ソーマが巨大な鉄球砲でも受けたかのように吹き飛んだ。少し離れた場所で攻撃のタイミングを待っていたユーリスが、飛んできた彼の身体を慌てて受け留め、一緒になって地面の上を転がる。

 ソーマが攻撃を受けた一瞬、ギシリ、と軋む気配をサードは耳で拾っていた。骨と内臓が損傷するような音がなかったのは、幸いだ。

 やはり生身の人間と悪魔では、能力に差がありすぎる。

 サードはすぐに悪魔へ向かうと、連続的に攻撃を打ち込んだ。少しの余裕すら与えないほどに攻撃すれば、いずれ隙が出てくるだろう。

 休まず繰り出すサードの爪が、ぎりぎり悪魔の皮膚を掠る。次々と攻防が変わる中、再び剣を噛み砕かれた悪魔も、爪での攻撃に移行して彼の皮膚を浅く裂いた。

 双方共に、傷や怪我に意識を向けるという感覚を持ち合わせていなかったため、躊躇や遠慮もなかった。けれど、それは人間相手であればないような反応で、痛みへの反応がないと気付いた悪魔が、攻撃の手を緩めて「おや?」と首を傾げた。

 その僅かな隙を逃さず、サードは悪魔の脇腹を抉って、直後には肩を半分ほど引き千切っていた。

 悪魔の傷は瞬時に超治癒再生を始めてしまったが、全く隙がない訳ではないようだという手応えは感じた。もっと徹底的に叩く事に集中できれば、殺せる確率もぐっと高くなるだろう。

 次は、四肢を切り落としてやる。

 そうサードが殺気をまとい始めた直後、目の前から悪魔が忽然と消えた。目標物を見失って拍子抜けし、一体なんだろうと視線を移動してすぐ、エミルが放った爆弾が眼前に迫っているのが見えた。

「へ?」

 思わず、間の抜けた声が出た。目の前の戦いから、悪魔があっさりと離脱した理由に気付いて、サードは顔が引き攣った。

 そういや、こいつらは協調性もない連中だった。

 そう思い出して、コンマ数秒遅れで脱出すべく動き出した。その直後、凄まじい爆音と爆風が起こって身体が数メートル吹き飛び、空中でどうにか体勢を立て直して着地する。

 その脇を、バタバタとエミルが走り抜けて「僕にまっかせてー!」と言いながら悪魔に向かった。続いてロイ、そしてレオン達が何事もなかったかのように脇を通過していく。

 こいつらと力を合わせて戦うなんて、絶対無理だ。コンビネーション最悪だし協調性はないし、いきなり爆弾を放ってくるとかそもそもある?

 サードは、自分が悪魔だけに集中できない状況に「ぐぅ、あいつら……!」と頭を抱えた。全員、保健室に引っ込んでいてくれないかなマジで、と思いながら走り出した。
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