悪党みてぇな貴族だった俺、転生した現代で小動物系美少女をふる

百門一新

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一章 高校生活一週間目(1)ここにきてラブレター

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 高校に入学して、一週間が過ぎた。
 理樹は、予想以上の桜羽沙羅の行動力の強さと、持ち前の天然ぶりが斜め方向に強化されたような思考回路に精神が疲労困憊していた。

 高校生活二日目は、開けられた教室の扉から、「おはようございます九条君!」と挨拶する程度だった。ひどい注目を集めたうえ、付き合う事にしたのかと騒がれたが「んなわけあるか」と一刀両断して誤解は解けたので問題はない。

 校内を歩いていた際、顔を見掛けるとその場から「九条君、こんにちは!」というのも、まだマシだ。あの程度なら無視出来る。

 
 けれど二日も経たずに、彼女が教室に足を踏み入れるようになったのは理樹の頭を悩ませた。食べ物は何が好きなのか、はまっている本はあるのか、得意教科は何か……としつこく尋ねてくるのだ。
 こちらは無視しているというのに、彼女は満面の笑顔のまま話しかけてくる。チラリと睨みつけてやると、何を勘違いしたのかにっこり笑い返してきたりする。


 意味が分からない。というか、お前は五組に馴染んできていないか?

 元気いっぱいに笑う顔は、無邪気な子供みたいにも感じた。お淑やかではない見慣れないそれをじっと見てしまわないよう、わざと眉根を寄せて目をそらした。
 初日のように阿呆みたいに告白してこないだけマシだろう、と自分に言い聞かせてやり過ごした。


 というのに、だ。


「…………靴箱のド真ん中でラブレターを渡すか、普通?」

 高校生活の一週間目を迎えた今日、またしても注目を集めたのである。

 それを思い返し、理樹は一時間目の授業が始まる前だと言うのに、疲労感を覚えて机に突っ伏した。
 初日に二回も告白を断っており、この一週間好意を抱いているといった様子は微塵にも出していない。それなのに、今朝靴箱に到着した際、待ち構えていた彼女に三回目の『突撃告白タイム』をされたのである。

 口頭で告白しているのに、ラブレターを渡す意味も分からない。というより、ラブレターは通常靴箱にそっと入れておくものとイメージしていたのだが、俺の認識が違っているのか?

「勘弁してくれ、平穏な高校生活が遠のいていく……」

 この一週間ですっかり噂が知れ渡ったのか、どこへ行っても『高校生活初日に、一学年で一番の小動物系美少女に告白された人』と言われた。その言い回しがランクアップしている気がしないでもないが、理由については考えたくない。

 しかも、人生初のラブレターが、数十枚に及ぶ便箋が詰められているとか、なんか嫌だ。

 ひとまず全文読んだ。自分はこんな物がこういう理由でとても好きだが、あなたはどうですか、といったような話題が延々と続き、最後は「昼休みに話がしたい」という呼び出し文面でシメられていた。
 つまり、またしても告白するつもりなのだろう。全然嬉しくない。

「よっぽど魅力的な男らしいという噂が密かに」

 前の席の親友、拓斗がちっとも嬉しくない噂を教えてきた。

 理樹は溜息を堪えて頭を上げ、むっつりとした仏頂面を、正門が見える窓の外へ流し向けながらこう答えた。

「俺はろくでもない人間だよ、悪党みてぇな奴さ」
「顔が無愛想のうえ素行も悪いが、ついでに言うと美少女への態度も間違ってるけど、ろくでもないわけじゃないぞ?」

 本当に悪党みたいな人間だったんだ、魂は前世と何も変わっていない――理樹は無表情でそう思いながら、拓斗を見つめ返した。

「おい拓斗、それは褒めてんのかけなしてんのか、どっちだ?」
「褒めてる。ちなみに男からは、絶賛妬みと羨ましさを集め中だぜ」
「最悪だ」

 それで、と理樹は八つ当たりに近い口調で言った。

「お前の方こそ、部活の件は進んでいるのか?」
「今ネタを絞り出しているところだ。お前を部員に入れれば、最低条件の『部員二名から』はクリアだからな! あとはカモフラージュの活動内容だけなんだぜ」
「…………」

 一週間も考えて何も出てこないということは、もう無理なんじゃなかろうか。

 とはいえ、まぁ避難所と考えれば悪くないのかもしれない。車の送迎があった中学時代と違い、今は放課後も自由に時間が使える。

 そういえば、彼女はどうなのだろう?

 ふと理樹は、桜羽沙羅が結構いいところの社長令嬢であることを思い出した。こちらの学校の方が家も近いとは言っていたが、自分と同じように車の送迎は無しで通学しているのだろうか。

 そう思い返していたら、今朝も靴箱に待機していて、見事なお辞儀と共に「ラブレターです!」と漢らしく直接手渡してきた彼女の様子が蘇った。なんだか、どっと疲れを覚えた。

「……ハッキリ断っているってのに、他にどうしろってんだ」

 思わず苦々しくぼやいてしまった。

 すると、こちらを眺めていた拓斗が「確かになぁ」と相槌を打ってきた。

「ほんと、お前の顔のどこに惚れる要素があったのか謎。しかも最近は『お話してみるともっと素敵な人で』とか、クラスの仲良しの女の子に言ってるらしいぞ?」

 そんなに会話はしていないし、濃い話をした覚えもないんだが。

 そもそも彼女がよく分からない。毎日、元気いっぱいにぶつかってくる状況が理樹には理解し難かった。恋というよりは、小さな女の子が、近所のお兄さんを追い駆けるようなアレに似ている気がしないでもないが……。

「いや待てよ? そう考えてみると、一目惚れだと本人が勘違する可能性もあるってことか……?」
「お前、顎に手をあてて考える仕草がやけに様になるよな。つまり顔がどんぴしゃ好みで、ファンみたいなものってことか?」

 拓斗が、よく分からないなぁと呟いて首を傾げる。

「というかさ、顔がドストライクってのを、人は恋の始まりと呼ぶんじゃね?」
「他人事だからって適当だな」

 授業開始の鐘が鳴り、教師がこちらに近づいてくる足音に気付いて拓斗が前へ向いた。
 理樹は、もう三年も見てきた親友の背中を眺めながら、彼が先程口にした『ろくでもない人間なんかじゃねぇよ』を思い返して、思わず口の中に呟きを落としてしまった。

 
「――……でも、悪党みたいなってのは、本当なんだよ」


 今のこの状況が不思議でならないくらい。

 だって俺は、悪党みてぇなろくでもない成り上がり貴族の男だったんだと、理樹は心の中に独白をこぼした。
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