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一章 小動物系美少女を屋上へ呼び出した
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桜羽沙羅が一組なのは、クラス表を見た際に確認していた。
とはいえ、直接の教室までに会いに行くと余計に騒がれそうなので、理樹は彼女と同じクラスになった、同じ中学出身の男子生徒に伝言を頼んで、屋上で待ち合わせることにした。
そして待ち合わせ時刻の昼休み、理樹はまるで敵を迎え撃つと言わんばかりの愛想のない顔で、仁王立ちして待ち構えていた。
相手は勿論、朝に一度顔を合わせただけの桜羽沙羅である。
そのそばで、購買でゲットした弁当を開けた拓斗が、座り込んだままそれを覗きこんで「あ、ハンバーグ」と陽気に言った。
「…………おい。なんでお前までいる?」
本来一人で待機する予定であった理樹は、屋上にちゃっかり腰を下ろして寛いでいる親友を睨みつけた。
そもそも、奴には購買で弁当を確保しておいてくれと頼んでいただけ、弁当は教室で食うと話していたのも、つい先程のことだ。
「というか、なんで今のタイミングで弁当を開けた?」
気になるからという理由でいるなら、女子生徒一人に対して男子生徒が二人にならないよう、空気を読んで屋上出入り口の後ろに隠れるくらいするのが、常識ではないだろうか。
すると、美味しそうな匂いを漂わせたまま、拓斗が不思議そうにこちらを見た。
「だって気になるし? あと、すげぇ腹減った」
「お前、マジで自由だよな」
いいよもう勝手にしろ、と理樹は片手を振って諦めたようにそう言った。
すると、それをどう受け取ったのか、拓斗が蓋を開けた弁当を見下ろした。それから、全く同じ種類の弁当である理樹の分へ視線を向けると、三秒ほど思案するような間を置いてから、その目を彼へと戻した。
「お前の分の弁当に入っているエビフライ、食ってもいいか?」
「駄目に決まってんだろぶっ殺すぞ」
勝手にしろとは言ったが、弁当の中身を好きにチョイスして食っていいとは言っていない。特に好物のエビフライの件だ。理樹は非難と警告と殺意を込めて、一呼吸でそう言い切った。
その時、屋上の扉が開かれて、二人はそちらへと目を向けた。
今朝見た桜羽沙羅が、扉から戸惑いがちに顔を覗かせた。
彼女は空色だった瞳が、今は日本人特有の色をしていた。けれど腰まである彼女の柔らかな長髪は、日差しに当たっていなくとも優しげなブラウン寄りの色をしており、それは前世の頃と全く同じ色で、――理樹は思わずそっと目を細めた。
不意に、扉から屋上の様子を見ていた彼女と、パチリと目が合った。
「あの、屋上って入っても平気なのでしょうか……?」
「担任に鍵を借りた」
理樹は冷静な顔に戻して、そう答えた。
今朝の告白騒ぎについては、既に他学年のほとんどの生徒にまで広がっていた。更なる騒ぎにならない話し合いの場所が必要だったので、理樹は使用許可を取ったのである。事情を話したらあっさりと鍵を渡された。
なるほどという表情をした沙羅が、慣れない様子で辺りを見ながらやってくる。その様子を見つめていた理樹は、拓斗の存在が警戒心を煽るのではないかと少し心配した。
拓斗は箸で刺して持ち上げたハンバーグを、ひたすら口をもごもごと動かせて食べてながら、こちらをじっと見ていたからだ。しかし、やってきた沙羅はそちらを見るなり、緊張感もないほっこりとした笑みを浮かべた。
「ハンバーグ、美味しそうですね」
拓斗がしばし考えるような沈黙を置いて、「もご」と言って頷き返した。沙羅はスカートの前で手を組んで、「初めて見る食べ方です」と答えた。
おい、わざわざ言葉で『もご』と言うな。
どうしよう、奴が自由すぎて苛々するんだが。
理樹はそう思いながら仏頂面で、沙羅に向かって手っ取り早くストレートに「なぜあんな事をした?」と尋ねた。すると、口に入っていたハンバーグを飲み込んだ拓斗が、呑気な表情で小首を傾げてこう言った。
「愛の告白を受けた男がする顔じゃねぇな。ははは、だからお前はモテねぇんだよ」
拓斗は感想を口にして、再びハンバーグにかぶりついた。
理樹は、てめぇは黙ってろ、とギロリと睨みつけた。
「私、中学までは私立だったんです」
そう沙羅が切り出す声が聞こえて、理樹と拓斗はそちらへと意識を戻した。
視線を向けると、彼女は少し恥ずかしそうに俯いて、スカートの前の手をもじもじとさせた。しかし、勇気を奮い立たせたとでもいうように顔を上げると、キラキラと輝かせた大きな瞳で、理樹を真っ直ぐ見つめてきた。
「一般の高校に通ってみたくて、家から近いこの高校を受験しました。そうしたら、あなたに一目惚れてしまったんです!」
「………………」
しばし返す言葉が見付からずにいた理樹は、ふと冷静になってその台詞を頭の中で反芻したところで、朝の告白に関しても先に気付くべき疑問点があったことに気付かされた。
「おい。一つ確認するが、一目惚れだというと――俺、お前と会ったことはないよな?」
「はい、ありません!」
切り出した言葉の勢いで元気が出たのか、沙羅が笑顔でそう言い切った。
つまり彼女は、幼稚園の頃の出会いを覚えていないらしい。 前世や過去の再会が絡んでいるわけでもないようだ、と現在置かれている状況を把握したものの、謎はますます深まってしまい、理樹は確認するように続けて尋ねた。
「朝のあれが初対面だったわけだよな? 顔を見てすぐ告白するとか、おかしくないか?」
「おかしくないです、一目で好きになりました」
そう言ってすぐ、沙羅の頬が赤くなった。彼女が照れたように頬に手をあてて恥じらう様子を見た拓斗が、「うわぁ……恋する乙女の顔だ」と口に手をあてて、それが理樹に向けられているのが信じられないと呟いた。
ああ、分かった。こいつはただの馬鹿だ。
理樹は頭に鈍痛を覚えて、悩ましげに目頭を押さえた。前世を思い出した訳でもなく、幼稚園の一時の出会いを覚えて捜していたわけでもなく、彼女の中で自分とは『今』が初対面なのだ。
彼女は一目見ただけで自分に惚れたといい、感情のままにすぐ告白するという行動に出ている。そこを考えてみると、難しいことは何も考えていないのだろう。
「……はぁ。あのな、そういう恋愛の好き嫌いに関しては、普通はもっと時間をかけて考えるもんだろう。お前、もう少し勉強した方がいいぞ」
「席次はいつも三番内でした!」
「マジかよ」
俺はどう頑張っても二十番から十番台で、一桁台に行ったことがないんだが、と理樹は口の中で呟いてしまった。
拓斗が「そりゃすげぇ、俺なんて下から数えた方が早いのに」とこぼし、興味を覚えた目を沙羅に向けてこう言った。
「ひとまず自己紹介すると、こいつの名前は九条(くじょう)理樹(りき)。俺は、その親友の佐々島(ささじま)拓斗(たくと)だ。よろしくな、沙羅ちゃん」
「ありがとうございます! 九条君ってお名前なんですね!」
惚れたというのなら、先に相手の名前を調べるのが普通ではないだろうか?
理樹は、勝手に自己紹介を行った拓斗と、まだこちらの名前も把握してしなかったらしい沙羅の様子を物言いたげに見た。けれど面倒なこともなく話は終わってくれたので、ひとまずそこは流すことにした。
そろそろ彼女にはお戻り頂こう。
そう考えて口を開きかけた時、拓斗に自己紹介を終えた沙羅がくるりとこちらを振り返り、ガバリと頭を下げて九十度の位置で止めた。
「九条君ッ、私とお付き合いして下さい!」
「おい待て。なんでそこで告白リターンした?」
「私をあなたの彼女にしてください! あと下の名前で呼びたいです!」
朝を彷彿とさせる見事なお辞儀と共に、沙羅が交際を申し込むべくこちらへ右手を差し伸ばしていた。
小さくて細いという外見からくる第一印象の、小動物のような癒し系タイプの美少女っぷりを見事に裏切るように、彼女は面倒な方向に押しが強い気がする。
「お前、俺の話しを聞いてたか? 朝も答えたが、両方却下だッ」
というか、下の名前で呼ばせてたまるか。周りに勘違いされるわ!
理樹は彼女に歩み寄ると、そのまま片腕で腹をすくい上げるようにして抱え持った。躊躇もないその流れるような動きに、拓斗が「は?」と間の抜けた声を上げ、沙羅が「へ?」と言って目を丸くする。
片腕に抱えた重さも感じていないような足取りで進むと、理樹は屋上の扉を開けて、校舎内側へと彼女を降ろした。
「俺はお前の告白を『断った』。じゃ、そういうことで」
そう告げて、びっくりした表情の彼女の返事も聞かず、理樹は屋上の扉を閉めた。これで用は済んだとばかりに、弁当を食うかと考えて親友のいるところに引き返すべく踵を返した。
振り返ったところでようやく、弁当を食べ進めていた拓斗が変な顔をして――
というより気味が悪いボーズを取っていることに気付いた。奴は乙女座りで気持ちの悪い表情を浮かべて、小指を立てた手を口許に当てている。
「…………ヤだ、理樹君ったら。非モテ野郎のくせに、アタシ、迂闊にもトキメキそうになっちゃった」
「どういう意味だよ」
なんで女口調なんだろうな、と思いながら、理樹はそばに腰を下ろして弁当を引き寄せた。すると、拓斗がポーズを解いて「だってさ」と言葉を続けた。
「普通、ひょいって軽々と女の子を片腕で抱き上げるとか、やらないだろ?」
指摘された理樹は、それが前世の頃の仕草だったと思い出した。
そういえば結婚当初の頃、手間をかけさせるなと、花畑に座りこんでいた彼女を肩に担いで屋敷に戻ることも少なくなかった。好きに伸び放題にさせていた雑草みたいな花畑を、なぜかとても好いていたのだ。
そして、都会の町並みがあまり好きではなく、人の多く集まる劇場やパーティー会場も苦手としているのを知った。
――気分が悪いのなら、我慢せず言えばいいものを。
――うぅ……迷惑をかけてごめんなさい。本当はこういう華やかなパーティーが苦手で、食欲もなくなるくらいなの…………って、うっきゃあ!?
――なるほどな。君が十六歳にしては、随分小さくて細い理由が分かった。
――お、おおおお降ろしてリチャード様ッ
――降ろさない。こうやって運んだ方が早い。
屋敷の裏は、手入れもされていない野花の原となっていた。一番目の子供を身ごもった時も、彼女はつわりがひどい身体でそこまで行って、よくのんびりと座っていたものだ。
春には黄色、夏には白と桃色。
秋には、この世界にはない青い小さな花が、屋敷の裏一面に咲いた。
魔法といった不思議で特別な何かがある訳でもない世界だったけれど、日中の光を集めて、夜になるとぼんやりと光る花はあった。夜中に悪夢で起きた彼女が、それを見たいと言った時に抱き上げて連れていき、二人でそこに座って眺めもした。
理樹は、そう思い出した前世の記憶を拭い去るように目頭を揉み解した。
とはいえ、直接の教室までに会いに行くと余計に騒がれそうなので、理樹は彼女と同じクラスになった、同じ中学出身の男子生徒に伝言を頼んで、屋上で待ち合わせることにした。
そして待ち合わせ時刻の昼休み、理樹はまるで敵を迎え撃つと言わんばかりの愛想のない顔で、仁王立ちして待ち構えていた。
相手は勿論、朝に一度顔を合わせただけの桜羽沙羅である。
そのそばで、購買でゲットした弁当を開けた拓斗が、座り込んだままそれを覗きこんで「あ、ハンバーグ」と陽気に言った。
「…………おい。なんでお前までいる?」
本来一人で待機する予定であった理樹は、屋上にちゃっかり腰を下ろして寛いでいる親友を睨みつけた。
そもそも、奴には購買で弁当を確保しておいてくれと頼んでいただけ、弁当は教室で食うと話していたのも、つい先程のことだ。
「というか、なんで今のタイミングで弁当を開けた?」
気になるからという理由でいるなら、女子生徒一人に対して男子生徒が二人にならないよう、空気を読んで屋上出入り口の後ろに隠れるくらいするのが、常識ではないだろうか。
すると、美味しそうな匂いを漂わせたまま、拓斗が不思議そうにこちらを見た。
「だって気になるし? あと、すげぇ腹減った」
「お前、マジで自由だよな」
いいよもう勝手にしろ、と理樹は片手を振って諦めたようにそう言った。
すると、それをどう受け取ったのか、拓斗が蓋を開けた弁当を見下ろした。それから、全く同じ種類の弁当である理樹の分へ視線を向けると、三秒ほど思案するような間を置いてから、その目を彼へと戻した。
「お前の分の弁当に入っているエビフライ、食ってもいいか?」
「駄目に決まってんだろぶっ殺すぞ」
勝手にしろとは言ったが、弁当の中身を好きにチョイスして食っていいとは言っていない。特に好物のエビフライの件だ。理樹は非難と警告と殺意を込めて、一呼吸でそう言い切った。
その時、屋上の扉が開かれて、二人はそちらへと目を向けた。
今朝見た桜羽沙羅が、扉から戸惑いがちに顔を覗かせた。
彼女は空色だった瞳が、今は日本人特有の色をしていた。けれど腰まである彼女の柔らかな長髪は、日差しに当たっていなくとも優しげなブラウン寄りの色をしており、それは前世の頃と全く同じ色で、――理樹は思わずそっと目を細めた。
不意に、扉から屋上の様子を見ていた彼女と、パチリと目が合った。
「あの、屋上って入っても平気なのでしょうか……?」
「担任に鍵を借りた」
理樹は冷静な顔に戻して、そう答えた。
今朝の告白騒ぎについては、既に他学年のほとんどの生徒にまで広がっていた。更なる騒ぎにならない話し合いの場所が必要だったので、理樹は使用許可を取ったのである。事情を話したらあっさりと鍵を渡された。
なるほどという表情をした沙羅が、慣れない様子で辺りを見ながらやってくる。その様子を見つめていた理樹は、拓斗の存在が警戒心を煽るのではないかと少し心配した。
拓斗は箸で刺して持ち上げたハンバーグを、ひたすら口をもごもごと動かせて食べてながら、こちらをじっと見ていたからだ。しかし、やってきた沙羅はそちらを見るなり、緊張感もないほっこりとした笑みを浮かべた。
「ハンバーグ、美味しそうですね」
拓斗がしばし考えるような沈黙を置いて、「もご」と言って頷き返した。沙羅はスカートの前で手を組んで、「初めて見る食べ方です」と答えた。
おい、わざわざ言葉で『もご』と言うな。
どうしよう、奴が自由すぎて苛々するんだが。
理樹はそう思いながら仏頂面で、沙羅に向かって手っ取り早くストレートに「なぜあんな事をした?」と尋ねた。すると、口に入っていたハンバーグを飲み込んだ拓斗が、呑気な表情で小首を傾げてこう言った。
「愛の告白を受けた男がする顔じゃねぇな。ははは、だからお前はモテねぇんだよ」
拓斗は感想を口にして、再びハンバーグにかぶりついた。
理樹は、てめぇは黙ってろ、とギロリと睨みつけた。
「私、中学までは私立だったんです」
そう沙羅が切り出す声が聞こえて、理樹と拓斗はそちらへと意識を戻した。
視線を向けると、彼女は少し恥ずかしそうに俯いて、スカートの前の手をもじもじとさせた。しかし、勇気を奮い立たせたとでもいうように顔を上げると、キラキラと輝かせた大きな瞳で、理樹を真っ直ぐ見つめてきた。
「一般の高校に通ってみたくて、家から近いこの高校を受験しました。そうしたら、あなたに一目惚れてしまったんです!」
「………………」
しばし返す言葉が見付からずにいた理樹は、ふと冷静になってその台詞を頭の中で反芻したところで、朝の告白に関しても先に気付くべき疑問点があったことに気付かされた。
「おい。一つ確認するが、一目惚れだというと――俺、お前と会ったことはないよな?」
「はい、ありません!」
切り出した言葉の勢いで元気が出たのか、沙羅が笑顔でそう言い切った。
つまり彼女は、幼稚園の頃の出会いを覚えていないらしい。 前世や過去の再会が絡んでいるわけでもないようだ、と現在置かれている状況を把握したものの、謎はますます深まってしまい、理樹は確認するように続けて尋ねた。
「朝のあれが初対面だったわけだよな? 顔を見てすぐ告白するとか、おかしくないか?」
「おかしくないです、一目で好きになりました」
そう言ってすぐ、沙羅の頬が赤くなった。彼女が照れたように頬に手をあてて恥じらう様子を見た拓斗が、「うわぁ……恋する乙女の顔だ」と口に手をあてて、それが理樹に向けられているのが信じられないと呟いた。
ああ、分かった。こいつはただの馬鹿だ。
理樹は頭に鈍痛を覚えて、悩ましげに目頭を押さえた。前世を思い出した訳でもなく、幼稚園の一時の出会いを覚えて捜していたわけでもなく、彼女の中で自分とは『今』が初対面なのだ。
彼女は一目見ただけで自分に惚れたといい、感情のままにすぐ告白するという行動に出ている。そこを考えてみると、難しいことは何も考えていないのだろう。
「……はぁ。あのな、そういう恋愛の好き嫌いに関しては、普通はもっと時間をかけて考えるもんだろう。お前、もう少し勉強した方がいいぞ」
「席次はいつも三番内でした!」
「マジかよ」
俺はどう頑張っても二十番から十番台で、一桁台に行ったことがないんだが、と理樹は口の中で呟いてしまった。
拓斗が「そりゃすげぇ、俺なんて下から数えた方が早いのに」とこぼし、興味を覚えた目を沙羅に向けてこう言った。
「ひとまず自己紹介すると、こいつの名前は九条(くじょう)理樹(りき)。俺は、その親友の佐々島(ささじま)拓斗(たくと)だ。よろしくな、沙羅ちゃん」
「ありがとうございます! 九条君ってお名前なんですね!」
惚れたというのなら、先に相手の名前を調べるのが普通ではないだろうか?
理樹は、勝手に自己紹介を行った拓斗と、まだこちらの名前も把握してしなかったらしい沙羅の様子を物言いたげに見た。けれど面倒なこともなく話は終わってくれたので、ひとまずそこは流すことにした。
そろそろ彼女にはお戻り頂こう。
そう考えて口を開きかけた時、拓斗に自己紹介を終えた沙羅がくるりとこちらを振り返り、ガバリと頭を下げて九十度の位置で止めた。
「九条君ッ、私とお付き合いして下さい!」
「おい待て。なんでそこで告白リターンした?」
「私をあなたの彼女にしてください! あと下の名前で呼びたいです!」
朝を彷彿とさせる見事なお辞儀と共に、沙羅が交際を申し込むべくこちらへ右手を差し伸ばしていた。
小さくて細いという外見からくる第一印象の、小動物のような癒し系タイプの美少女っぷりを見事に裏切るように、彼女は面倒な方向に押しが強い気がする。
「お前、俺の話しを聞いてたか? 朝も答えたが、両方却下だッ」
というか、下の名前で呼ばせてたまるか。周りに勘違いされるわ!
理樹は彼女に歩み寄ると、そのまま片腕で腹をすくい上げるようにして抱え持った。躊躇もないその流れるような動きに、拓斗が「は?」と間の抜けた声を上げ、沙羅が「へ?」と言って目を丸くする。
片腕に抱えた重さも感じていないような足取りで進むと、理樹は屋上の扉を開けて、校舎内側へと彼女を降ろした。
「俺はお前の告白を『断った』。じゃ、そういうことで」
そう告げて、びっくりした表情の彼女の返事も聞かず、理樹は屋上の扉を閉めた。これで用は済んだとばかりに、弁当を食うかと考えて親友のいるところに引き返すべく踵を返した。
振り返ったところでようやく、弁当を食べ進めていた拓斗が変な顔をして――
というより気味が悪いボーズを取っていることに気付いた。奴は乙女座りで気持ちの悪い表情を浮かべて、小指を立てた手を口許に当てている。
「…………ヤだ、理樹君ったら。非モテ野郎のくせに、アタシ、迂闊にもトキメキそうになっちゃった」
「どういう意味だよ」
なんで女口調なんだろうな、と思いながら、理樹はそばに腰を下ろして弁当を引き寄せた。すると、拓斗がポーズを解いて「だってさ」と言葉を続けた。
「普通、ひょいって軽々と女の子を片腕で抱き上げるとか、やらないだろ?」
指摘された理樹は、それが前世の頃の仕草だったと思い出した。
そういえば結婚当初の頃、手間をかけさせるなと、花畑に座りこんでいた彼女を肩に担いで屋敷に戻ることも少なくなかった。好きに伸び放題にさせていた雑草みたいな花畑を、なぜかとても好いていたのだ。
そして、都会の町並みがあまり好きではなく、人の多く集まる劇場やパーティー会場も苦手としているのを知った。
――気分が悪いのなら、我慢せず言えばいいものを。
――うぅ……迷惑をかけてごめんなさい。本当はこういう華やかなパーティーが苦手で、食欲もなくなるくらいなの…………って、うっきゃあ!?
――なるほどな。君が十六歳にしては、随分小さくて細い理由が分かった。
――お、おおおお降ろしてリチャード様ッ
――降ろさない。こうやって運んだ方が早い。
屋敷の裏は、手入れもされていない野花の原となっていた。一番目の子供を身ごもった時も、彼女はつわりがひどい身体でそこまで行って、よくのんびりと座っていたものだ。
春には黄色、夏には白と桃色。
秋には、この世界にはない青い小さな花が、屋敷の裏一面に咲いた。
魔法といった不思議で特別な何かがある訳でもない世界だったけれど、日中の光を集めて、夜になるとぼんやりと光る花はあった。夜中に悪夢で起きた彼女が、それを見たいと言った時に抱き上げて連れていき、二人でそこに座って眺めもした。
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