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最終話&エピローグ(~その翌日の朝のこと~)
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ふっと意識が浮上して目を開けると、白い天井が目に留まった。
さほど時間の経過はないらしい。頭上にある窓の外から、濃くなった橙色の光りが射しこんでいた。チラリと目を向けると、自分が白いカーテンに仕切られたベッドに横たわっていることが確認できた。
どうやら、ここは保健室であるようだと、一度世話になった時を思い出してそう理解したところで、すぐそこに座っていた拓斗と目が合った。
「理樹、お前大丈夫か? 沙羅ちゃんが慌てて俺らを呼びに来た時は、びっくりしたぜ」
「『俺ら』……?」
訝って尋ね返すと、拓斗が悪びれた様子もなくこう答えた。
「何かあったら心配だと思って、近くで待機してたんだよ。お前がどう返事して、一体どういう形で決着がつくのかは分からないけど念のためにな。だって、俺らって泣く女を慰めるとか無理そうじゃん?」
そう言って、拓斗がある方向へ親指をくいっと差し向けた。
そこには仁王立ちしているレイがいた。彼女の眉間には、かなり深い皺が入っている。雰囲気はまさに、不機嫌の絶頂を極めている、と見る者に伝えてくる威力のままレイがこう言った。
「僕は大変不満だ。お前は、沙羅ちゃんが勇気を出した人生最大の告白の途中でぶっ倒れるし、それに――」
そこで、レイが突然瞳を潤ませて、怒ったまま拓斗を勢いよく指した。
「二人きりになった途端、なんでこいつに僕が告白されるんだ!」
思い出しただけで鳥肌がああぁぁぁぁッ、とレイが首のあたりをゴシゴシと手でこすった。
理樹はしばしその様子を眺め、それから上体を起こして、しれっとした顔で腰かけている拓斗へ視線を戻した。
「……お前、あいつに何したんだ?」
「後ろからちょっと腕を掴まえて、首の方を手で引き寄せて耳元で愛の告白をしただけだけど?」
「………………」
「いやぁ、その時になったら男ってのはアレだね。自分でもびっくりするくらい積極的になるもんだなぁって実感したわ」
拓斗は、そう言ってにっこりとした。
こいつは見掛けによらず、どこか手慣れている感もあるらしい。理樹としては、レイが奴の好みのタイプだったというのも、なんだか意外である。
「沙羅ちゃん、心配してそわそわと待ってるぜ。また寄越しても平気か? いちおう、訊いてから中に入れようと思って、廊下の方で待ってもらってんだ。保険の先生には、ちょっと頭打っただけだから少し休ませたら連れて帰るとは言ってある」
「そうか、色々とすまんな」
短く礼を告げると、拓斗が「こんくらい協力するさ、親友」と少し照れた笑みを浮かべた。これまでの付き合いから視線だけで察してくれたのか、彼は分かってるというような顔で、そのまま立ち上がる。
「さてと。理樹と沙羅ちゃんは話し合うということで、俺らは一旦退出するか、レイちゃん」
「ひぃぇ!? ちょっと待て、なんで僕の肩に腕を回すんだッ」
「あははは、ただの友情のスキンシップだって」
賑やかな彼らが仕切られたカーテンから出て行き、扉の開閉音が二回上がった後、拓斗とレイと入れ替わるようにして小さな足音が近づいてきた。
カーテンがそろりと揺れて、そこから沙羅が、おずおずと顔を覗かせた。
「九条君、大丈夫……?」
ああ、彼女だ――
理樹は思わず、僅かに目を細めた。込み上げた感情を抑え込み、それから、カーテンの内側にようやく入ってきたくれた彼女に声をかけた。
「情けないところを見せたな、すまん」
「ううん、疲れもあるからって、佐々木君は言っていたから」
そう言って、沙羅は気遣うようにベッドのそばに置かれた椅子に腰かけて、足を揃えた太腿のうえに手を置いてこちらを見つめてきた。頬にかかった長い髪を片方の耳に掛けた際に、癖のない柔かな髪の一部が、さらりと音を立てて落ちた。
理樹は「なぁ」と声をかけて、手の届く距離にいる彼女のほうへ手を伸ばした。様子を見ながら彼女が警戒していないあたりで手を止め、その位置をさりげなく確認してから、その手を下ろして問い掛けた。
「さっきの話は、まだ続行ってことでいいのか?」
「え…………?」
「俺もお前が好きだ――って言ったら、どうする?」
数秒ほど保健室が静まり返った。
その直後、沙羅の顔が遅れて真っ赤に染まった。ぶわりと体温を上げた彼女の瞳が潤んで、小さな耳まで赤くなる。この流れは全く予想していなかったのか「え」「うそ」「へ……?」と挙動不審に小さなパニックを起こした。
理樹は、目に焼き付けるようにその様子をじっと見つめたまま、先程確認した警戒されないらしいギリギリの位置まで、上体を少し彼女の方へ寄せた。
「でも、お前が『イエス』だと答えたら、きっともう手放してやれない」
「手放、さ、ない……?」
オウム返しのように、沙羅が口の中でどうにか反芻する。理樹は特に表情も変えず「簡潔に伝えると」と言葉を続けて、彼女の小さな顔を両手で包んで自分の方へ向かせた。
少し腰を上げた際、ベッドがギシリと軋む音を上げた。理樹はその音を聞きながら、更に顔の温度が上がった沙羅を間近から見下ろした。
「お前が『イエス』と答えたら、俺は結婚まで真剣に考える」
「!?」
「俺は生易しい恋愛は知らないからな。それでもいいのなら――」
そこで理樹は一度言葉を切り、沙羅の顔からするりと手を離した。
ベッドから降りると、現在の状況に頭の整理が追い付かないでいるらしい彼女の前で姿勢を正し、恭しく胸に手を添えて、右手を差し出しながら腰を屈めた。
「――それでもいいのなら、どうか、俺とお付き合いして下さい。桜羽沙羅さん」
やはり告白するのなら、男の方からだろう。
理樹はやり返してやったとばかりに、ふっと不敵に微笑んで見せた。こちらを見上げる沙羅の顔は、沸騰しているのではないかと思うほど真っ赤で、羞恥に震えている唇は、声も出せずに小さな開閉を繰り返していた。
理樹は催促する態度は一切とらず、彼女の顔を覗きこんだまま、ただじっと待った。
しばらく経った頃、ようやく沙羅が身じろぎして動きだした。
「…………どうか、よろしくお願いします」
今にも倒れそうなほど顔を火照らせた彼女が、どこか夢心地にそう言って、こちらの掌に手を添えてきた。
前世で初めて結婚を申し込んだ時と同じように、理樹はその手の指をそっと握りこんで、引き寄せた指先に、ほんの少しだけ触れる程度の口付けを贈った。
≪完≫
※【エピローグ】~その翌日の朝のこと~※
「おめでとう! お前ら、ようやく付き合うことにしたんだってな!」
そう叫んで教室に滑りこんできた木島に、理樹は「あ?」とゆっくり顰め面を向けやった。
予想と違った反応を見た木島が、「えぇぇぇ……」と複雑な心境を表情に浮かべた。先に既に登校していたクラスメイトたちが、小さく苦笑を浮かべる。
「…………九条、それ、恋が成就した男の顔じゃねぇよ。もうちょっと優しい目を向けて欲しい」
「ダメだって木島。理樹は交際スタートしても、通常モードなんだよ」
朝からポッキーをつまんでいる拓斗が、呑気な顔でそう教えた。
「登校したら、すっかり学校中がお祝いモードでさ。『なんで手を繋いでないんだ』『恋人らしい登校を期待してたのに、どうして四人で一緒の登校なんだよ』『下の名前で呼んでみてッ』って来た二年生から三年生の先輩たちを、校舎入ってすぐのところで一通りぶっ飛ばして、すぐに距離感を変えるつもりはない、って宣言してた」
「マジかよ。なんて乱暴なんだ――つか、え? 九条って喧嘩強いの?」
木島が呆気に取られて呟き、こちらを見た。
理樹はしれっとした顔を窓へと向けて、その視線をかわした。
拓斗が「まぁポッキーでも食べて元気だせ、木島」と言って、そのうちの一本を、ポカンと開けたままだった木島の口に押し込んだ。
「言っとくけど、理樹は喧嘩とかめちゃくちゃ強いぜ? それを見てた三年の運動部の先輩たちが、手合わせ願おうって乱入してきて、見てたやつらが慌てて生徒会長を呼びに行ってさ。そうしたら代わりに来たのが風紀委員長で、笑顔のまま『この脳筋共が』って凄んで、朝の騒ぎはどうにか終息したって感じ」
「朝からカオスだな。いつも遅刻ギリギリ登校で助かったわ」
しっかりポッキーを食べてから、木島がそう口にした。
その様子を見ていたクラスメイトの田中が「木島、表情がごっそり抜け落ちてるぜ」と指摘した。他の男子生徒も「その顔はキツイから戻したほうがいい」とアドバイスする。
木島は放心状態から回復するなり、ドカリと椅子に腰を下ろして、わざとらしいくらい大きな溜息をこぼした。
「にしても、とうとう第一号のカップルが誕生かぁ。しかもうちのクラスかよ」
「あら、カップルは一組だけじゃないわよ。そっちの佐々木だって、昨日から彼女持ちだもの」
「ぶほっ」
親切に教えてくれた女子生徒の言葉を聞いて、木島が大きく咽た。
その直後に勢いよく振り返った木島の視線に気付いて、拓斗が「ん? 何か?」とにっこり笑みを向ける。教室内の煩さが、若干静まった。
「…………あ、いや、やっぱなんでもねぇわ、佐々木」
「あははは、そうか? なんか木島から質問でもあるのかと思ったぜ」
「うん、底の知れない威圧感を覚えた弱い俺は、全力で回避することにした。お前がやばい方に進化していて、九条が実は過激派だったという事実には、驚きが隠せない」
木島は拓斗に見つめられながら、大人しく席に座り直した。「真剣な顔で言い切ったな」とツッコミを入れた男子生徒が、思い出したように理樹へ目を向けてこう言った。
「んで、実際のところどうなんだ? お前、桜羽さんと恋人同士に全然見えないって言われてるけど」
そこで、全員が目を向けて耳を澄ませ、教室内が静まり返った。見守りながらも、自分ペースな拓斗が、ポッキーを口にくわえて折る音が上がる。
理樹は頬杖をついて、質問してきたクラスメイトを横目に見やった。
「急がせるつもりはない。彼女に合わせてゆっくりやる」
「うわぁどうしよ、俺、お前に惚れちまいそうだわ」
「やばい、私の中で九条の株が急上昇してんだけど」
「私もそれ思った、ちょっとドキドキするよね」
女子生徒たちが小さな声で「一年とか二年経ったら、九条だけじゃなくて佐々木も結構イケメンになるんじゃない?」「あの二人、どことなく彫りが深いもんね」と話し出した。
それを聞いた木島が、盛大に机に突っ伏して「…………モテる奴なんて滅びればいい」と鼻声で呟いた。
さほど時間の経過はないらしい。頭上にある窓の外から、濃くなった橙色の光りが射しこんでいた。チラリと目を向けると、自分が白いカーテンに仕切られたベッドに横たわっていることが確認できた。
どうやら、ここは保健室であるようだと、一度世話になった時を思い出してそう理解したところで、すぐそこに座っていた拓斗と目が合った。
「理樹、お前大丈夫か? 沙羅ちゃんが慌てて俺らを呼びに来た時は、びっくりしたぜ」
「『俺ら』……?」
訝って尋ね返すと、拓斗が悪びれた様子もなくこう答えた。
「何かあったら心配だと思って、近くで待機してたんだよ。お前がどう返事して、一体どういう形で決着がつくのかは分からないけど念のためにな。だって、俺らって泣く女を慰めるとか無理そうじゃん?」
そう言って、拓斗がある方向へ親指をくいっと差し向けた。
そこには仁王立ちしているレイがいた。彼女の眉間には、かなり深い皺が入っている。雰囲気はまさに、不機嫌の絶頂を極めている、と見る者に伝えてくる威力のままレイがこう言った。
「僕は大変不満だ。お前は、沙羅ちゃんが勇気を出した人生最大の告白の途中でぶっ倒れるし、それに――」
そこで、レイが突然瞳を潤ませて、怒ったまま拓斗を勢いよく指した。
「二人きりになった途端、なんでこいつに僕が告白されるんだ!」
思い出しただけで鳥肌がああぁぁぁぁッ、とレイが首のあたりをゴシゴシと手でこすった。
理樹はしばしその様子を眺め、それから上体を起こして、しれっとした顔で腰かけている拓斗へ視線を戻した。
「……お前、あいつに何したんだ?」
「後ろからちょっと腕を掴まえて、首の方を手で引き寄せて耳元で愛の告白をしただけだけど?」
「………………」
「いやぁ、その時になったら男ってのはアレだね。自分でもびっくりするくらい積極的になるもんだなぁって実感したわ」
拓斗は、そう言ってにっこりとした。
こいつは見掛けによらず、どこか手慣れている感もあるらしい。理樹としては、レイが奴の好みのタイプだったというのも、なんだか意外である。
「沙羅ちゃん、心配してそわそわと待ってるぜ。また寄越しても平気か? いちおう、訊いてから中に入れようと思って、廊下の方で待ってもらってんだ。保険の先生には、ちょっと頭打っただけだから少し休ませたら連れて帰るとは言ってある」
「そうか、色々とすまんな」
短く礼を告げると、拓斗が「こんくらい協力するさ、親友」と少し照れた笑みを浮かべた。これまでの付き合いから視線だけで察してくれたのか、彼は分かってるというような顔で、そのまま立ち上がる。
「さてと。理樹と沙羅ちゃんは話し合うということで、俺らは一旦退出するか、レイちゃん」
「ひぃぇ!? ちょっと待て、なんで僕の肩に腕を回すんだッ」
「あははは、ただの友情のスキンシップだって」
賑やかな彼らが仕切られたカーテンから出て行き、扉の開閉音が二回上がった後、拓斗とレイと入れ替わるようにして小さな足音が近づいてきた。
カーテンがそろりと揺れて、そこから沙羅が、おずおずと顔を覗かせた。
「九条君、大丈夫……?」
ああ、彼女だ――
理樹は思わず、僅かに目を細めた。込み上げた感情を抑え込み、それから、カーテンの内側にようやく入ってきたくれた彼女に声をかけた。
「情けないところを見せたな、すまん」
「ううん、疲れもあるからって、佐々木君は言っていたから」
そう言って、沙羅は気遣うようにベッドのそばに置かれた椅子に腰かけて、足を揃えた太腿のうえに手を置いてこちらを見つめてきた。頬にかかった長い髪を片方の耳に掛けた際に、癖のない柔かな髪の一部が、さらりと音を立てて落ちた。
理樹は「なぁ」と声をかけて、手の届く距離にいる彼女のほうへ手を伸ばした。様子を見ながら彼女が警戒していないあたりで手を止め、その位置をさりげなく確認してから、その手を下ろして問い掛けた。
「さっきの話は、まだ続行ってことでいいのか?」
「え…………?」
「俺もお前が好きだ――って言ったら、どうする?」
数秒ほど保健室が静まり返った。
その直後、沙羅の顔が遅れて真っ赤に染まった。ぶわりと体温を上げた彼女の瞳が潤んで、小さな耳まで赤くなる。この流れは全く予想していなかったのか「え」「うそ」「へ……?」と挙動不審に小さなパニックを起こした。
理樹は、目に焼き付けるようにその様子をじっと見つめたまま、先程確認した警戒されないらしいギリギリの位置まで、上体を少し彼女の方へ寄せた。
「でも、お前が『イエス』だと答えたら、きっともう手放してやれない」
「手放、さ、ない……?」
オウム返しのように、沙羅が口の中でどうにか反芻する。理樹は特に表情も変えず「簡潔に伝えると」と言葉を続けて、彼女の小さな顔を両手で包んで自分の方へ向かせた。
少し腰を上げた際、ベッドがギシリと軋む音を上げた。理樹はその音を聞きながら、更に顔の温度が上がった沙羅を間近から見下ろした。
「お前が『イエス』と答えたら、俺は結婚まで真剣に考える」
「!?」
「俺は生易しい恋愛は知らないからな。それでもいいのなら――」
そこで理樹は一度言葉を切り、沙羅の顔からするりと手を離した。
ベッドから降りると、現在の状況に頭の整理が追い付かないでいるらしい彼女の前で姿勢を正し、恭しく胸に手を添えて、右手を差し出しながら腰を屈めた。
「――それでもいいのなら、どうか、俺とお付き合いして下さい。桜羽沙羅さん」
やはり告白するのなら、男の方からだろう。
理樹はやり返してやったとばかりに、ふっと不敵に微笑んで見せた。こちらを見上げる沙羅の顔は、沸騰しているのではないかと思うほど真っ赤で、羞恥に震えている唇は、声も出せずに小さな開閉を繰り返していた。
理樹は催促する態度は一切とらず、彼女の顔を覗きこんだまま、ただじっと待った。
しばらく経った頃、ようやく沙羅が身じろぎして動きだした。
「…………どうか、よろしくお願いします」
今にも倒れそうなほど顔を火照らせた彼女が、どこか夢心地にそう言って、こちらの掌に手を添えてきた。
前世で初めて結婚を申し込んだ時と同じように、理樹はその手の指をそっと握りこんで、引き寄せた指先に、ほんの少しだけ触れる程度の口付けを贈った。
≪完≫
※【エピローグ】~その翌日の朝のこと~※
「おめでとう! お前ら、ようやく付き合うことにしたんだってな!」
そう叫んで教室に滑りこんできた木島に、理樹は「あ?」とゆっくり顰め面を向けやった。
予想と違った反応を見た木島が、「えぇぇぇ……」と複雑な心境を表情に浮かべた。先に既に登校していたクラスメイトたちが、小さく苦笑を浮かべる。
「…………九条、それ、恋が成就した男の顔じゃねぇよ。もうちょっと優しい目を向けて欲しい」
「ダメだって木島。理樹は交際スタートしても、通常モードなんだよ」
朝からポッキーをつまんでいる拓斗が、呑気な顔でそう教えた。
「登校したら、すっかり学校中がお祝いモードでさ。『なんで手を繋いでないんだ』『恋人らしい登校を期待してたのに、どうして四人で一緒の登校なんだよ』『下の名前で呼んでみてッ』って来た二年生から三年生の先輩たちを、校舎入ってすぐのところで一通りぶっ飛ばして、すぐに距離感を変えるつもりはない、って宣言してた」
「マジかよ。なんて乱暴なんだ――つか、え? 九条って喧嘩強いの?」
木島が呆気に取られて呟き、こちらを見た。
理樹はしれっとした顔を窓へと向けて、その視線をかわした。
拓斗が「まぁポッキーでも食べて元気だせ、木島」と言って、そのうちの一本を、ポカンと開けたままだった木島の口に押し込んだ。
「言っとくけど、理樹は喧嘩とかめちゃくちゃ強いぜ? それを見てた三年の運動部の先輩たちが、手合わせ願おうって乱入してきて、見てたやつらが慌てて生徒会長を呼びに行ってさ。そうしたら代わりに来たのが風紀委員長で、笑顔のまま『この脳筋共が』って凄んで、朝の騒ぎはどうにか終息したって感じ」
「朝からカオスだな。いつも遅刻ギリギリ登校で助かったわ」
しっかりポッキーを食べてから、木島がそう口にした。
その様子を見ていたクラスメイトの田中が「木島、表情がごっそり抜け落ちてるぜ」と指摘した。他の男子生徒も「その顔はキツイから戻したほうがいい」とアドバイスする。
木島は放心状態から回復するなり、ドカリと椅子に腰を下ろして、わざとらしいくらい大きな溜息をこぼした。
「にしても、とうとう第一号のカップルが誕生かぁ。しかもうちのクラスかよ」
「あら、カップルは一組だけじゃないわよ。そっちの佐々木だって、昨日から彼女持ちだもの」
「ぶほっ」
親切に教えてくれた女子生徒の言葉を聞いて、木島が大きく咽た。
その直後に勢いよく振り返った木島の視線に気付いて、拓斗が「ん? 何か?」とにっこり笑みを向ける。教室内の煩さが、若干静まった。
「…………あ、いや、やっぱなんでもねぇわ、佐々木」
「あははは、そうか? なんか木島から質問でもあるのかと思ったぜ」
「うん、底の知れない威圧感を覚えた弱い俺は、全力で回避することにした。お前がやばい方に進化していて、九条が実は過激派だったという事実には、驚きが隠せない」
木島は拓斗に見つめられながら、大人しく席に座り直した。「真剣な顔で言い切ったな」とツッコミを入れた男子生徒が、思い出したように理樹へ目を向けてこう言った。
「んで、実際のところどうなんだ? お前、桜羽さんと恋人同士に全然見えないって言われてるけど」
そこで、全員が目を向けて耳を澄ませ、教室内が静まり返った。見守りながらも、自分ペースな拓斗が、ポッキーを口にくわえて折る音が上がる。
理樹は頬杖をついて、質問してきたクラスメイトを横目に見やった。
「急がせるつもりはない。彼女に合わせてゆっくりやる」
「うわぁどうしよ、俺、お前に惚れちまいそうだわ」
「やばい、私の中で九条の株が急上昇してんだけど」
「私もそれ思った、ちょっとドキドキするよね」
女子生徒たちが小さな声で「一年とか二年経ったら、九条だけじゃなくて佐々木も結構イケメンになるんじゃない?」「あの二人、どことなく彫りが深いもんね」と話し出した。
それを聞いた木島が、盛大に机に突っ伏して「…………モテる奴なんて滅びればいい」と鼻声で呟いた。
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