仮想空間に巻き込まれた男装少女は、軍人達と、愛猫との最期の旅をする

百門一新

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7章 それは、偽りの存在(1)

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 支柱の崩壊を見届けた四人と一匹は、テーマパークの出口を目指して歩いた。

 出口は閑散としており、開けた敷地には客の姿が一人もいなかった。観客がない出口前の通路を、仮装役者と着グルミだけが、まるで大勢の人たちに向かうような笑顔を浮かべて、手振りながら行進していった。

 テーマパークの出入り口には係りも警備もおらず、ゲートは開きっぱなしになっていた。

 エルは『幸せランド』の外に出た際、一度だけ振り返ってみた。沢山の風船が飛び、遠くから聞こえる楽しげなアナウンスと共に、紙吹雪が放たれて、空に大輪を描いて舞い落ちていく光景に目を止めた。

 子どもの頃に、誰もが夢見たような遊園地だった。きっと一昔前なら、エルにも楽しめる心があったのかもしれない。

 けれど、夢と希望が詰まった色鮮やかな賑やかさは、真実を知る者には虚しくも映った。

 出口を抜けると、しばらくは緩やかな下り坂が続いた。車間の広い古びたアスファルトの左右にはフクギの木が立ち並び、向かう先は、カーブを描いて見通しが悪かった。

 空は相変わらず、ペンキで塗ったような青空が広がっていた。太陽は真上の位置から動いておらず、四人が歩く影以外の通行人は存在していない。

 スウェンとログが先頭に立ち、何やら小声で今後の事を話し合っていた。セイジがその後ろに続き、時々エルの歩みを気に掛けて、視線を寄越す仕草を見せた。

「大丈夫、ついていっているから」

 何度目かの視線を寄越されて、エルは苦笑してセイジにそう声を掛けた。

 彼は気付かれないように様子を窺っていたつもりだったらしく、指摘されるや否や、半ば慌てふためき、それから大きな頭と肩を丸めて「すまない」と謝罪した。

 セイジは、嘘がつけない性質なのだろう。エルがそう考察をまとめていると、こちらを窺うスウェンの視線に気付いた。彼は器用にも表情で、セイジは悪い奴じゃないんだけどねぇ、と伝えて来た。なるほどね、とエルは肯き返した。

 クロエは、出口に辿り着いた時には既に、ボストンバッグの口部分に顔を出したまま、小さな呼吸音を立てて眠っていた。

 歩きながら、エルはクロエの頭を少し撫でた。時間を持て余し、近くにいたセイジに再び声を掛けてみる事にした。

「ねぇ、あの二人は何をしているの?」
「解除された『見取り図』を見ている」

 視線を投げたセイジが、肯き答えた。

 地形や道順等の詳細情報が出ず、支柱の場所だけが現われる地図のようなものだっけ、とエルは思い出しながら「それってさ」と続けて尋ねた。

「次のセキュリティー・エリアに入る為の場所でも確認しているの?」
「次のエリアに抜けられる場所は決まっているから、私達はエリアと、エリアの接合部分を目指すんだ。距離が離れている場合は、休憩を挟んだりする」
「へぇ。あ、そうういえば時間間隔って曖昧なんだけど、この世界には時計とか用意していあるの?」
「いや、時計はない。スウェンが体内時計で空間内の経過を計っている」
「体内時計と、頭脳で数字を叩き出してるの? ――それはそれで凄いね」
「ああ、スウェンは凄い」

 正直に褒めた訳ではないのだが、セイジが誇らしげに肯く様子を見ていると本音は告げられず、エルは諦めて口をつぐんだ。

 先程、支柱の消滅が確認された後にスウェンから知らされたのは、今回の支柱の強度が弱かったという事だった。空間の範囲も狭く、非常に不安定で、常に『歪み』と呼ばれるものが発生していたらしい。

 空間内の歪みというのが、今回【仮想空間エリス】で問題になっている、原因不明のバグを含む異常活動だ。

 残り三つとなった支柱についても、外では分析が進められているようだ。次のエリアは問題視されていないが、五つ目、六つ目の支柱の完成度が思った以上に高い可能性があり、空間内もかなり広範囲になっている事が懸念されているようだ。

 セキュリティー・エリアとしては、一番目、二番目に比べて構造はひどく複雑で、元となった『エリス・プログラム』に近いらしい――とスウェンは話していた。

 今でも崩壊と再構築が続く【仮想空間エリス】が、どのような現状になっているのかの詳細は掴めていない状況だった。スウェン達が辿り着くまでには、少しでも解析を進めておきたい、というのが外にいるチームからの回答だったようだ。

「多分、難しいだろうね」

 支柱の部屋を出る際に、スウェンは一同にそうこぼしていた。

「結局、現場の判断が一番なんだよ。何が起こるのか、どう転がるのかの全ては、僕達にかかっている」

 その話を終えてからというもの、スウェンとログは、先頭に立って話し合いを続けていた。

 当然のように、エルの出番はどこにもなかったが、冷静になって自分の立場を客観的に見つめ返してみると、セイジの相手を押し付けられているような気がしないでもない。

 まぁ、多分気のせいなんだろうとは思うけれど。

 エルは、いつの間にか隣を歩いているセイジを見上げた。ログと同じぐらい大きな体格をしており、どちらかというとログよりも厚みがある分、迫力もあるのだが、その瞳は子犬のように柔和で心配性の気も見て取れる。

 もっと自信を持てばいいのに。俺だったら、きっと、胸を張って町を闊歩するだろうなぁ。

 セイジぐらい背丈があれば、そこからの眺めはきっと最高に違いない、とエルは想像して羨ましくなった。

「なぁ」

 エルが改めて声を掛けると、セイジがビクリと肩を反応させた。彼は、困ったようにエルへと視線を向けた。

「えっと……何かな?」
「堂々としてればいいのに。それとも俺って、そんなにお荷物?」
「いや、そう言う事ではない」

 セイジは、大きな手と首を左右に振った。

「その、君は民間人だし、身体も小さいから大丈夫かなと、心配になってしまうだけで……」
「だから、俺は平気だってば。幼い頃に護身術は習っていたし、身体も丈夫なんだ。やられっぱなしも性分じゃないから、付き合うついでに悪党をぶっとばしてやるからさ」
「ははは、それは心強いなぁ」

 セイジは、半ば緊張感を解いて笑った。眉尻を下げるような柔和な笑みは控えめで、子どもっぽい印象を受けた。

「そうだね、私も君ぐらいの年には守る側として戦っていたな。――でも、どうしてだろうなぁ。君を見ていると、まるで自分の子ども達を見ているようで、ハラハラしてしまうんだ」
「そっか。お子さんがいるんだっけ?」

 少しだけ、セイジが抱えるているらしいハラハラ感の理由について考えたエルは、嫌な可能性に辿り着いて、機嫌を急降下させた。

「――……なるほど、分かった。俺が小さいからか」

 思わずエルが舌打ちすると、セイジが慌てたように言葉をつなげた。

「ちが、違うぞ。確かに君はまだ小さいが、そのうちきっと大きくなると思うッ。ほら、東洋人の成長速度は何とやら、という言葉があるだろう?」
「……外国人のことわざは知らないけどさ。まぁ、そうだな。これから伸びるんだろうな」

 エルは、半ばやけくそになって答えた。

 彼らが自分を何歳だと思っているのか知らないが、エルの身長は、ほぼ止まってしまっているようなものだ。日本人からいわせると、欧米人であるセイジ達の身体が大きすぎるだけなのだ。
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