蒼緋蔵家の番犬 2~実家編~

百門一新

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最終話~深い夜に~

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 静まり返った蒼緋蔵邸に、雪弥と入れ違うようにして黒服の男達がやって来た。二名分の死体と、破壊された場を片付けるため、彼らは無駄のない動きで迅速に各々の作業に取り掛かっている。

 現在は、深夜だ。

 亜希子や緋菜が眠る寝室前には、奇妙な面をかぶった二人の少年が立っている。彼らは、彼女達の意識が戻っていない事を伝える係りだった。

「アレは、もう行ってしまった。だから、ここにはいない」

 自身の書斎室の椅子に腰かけていた蒼慶は、物想いに耽る様子で窓の向こうの月を眺めやった。電気もつけられていない部屋で、書斎机に置かれている古びた本へと目を戻す。
 月明かりが照らし出す室内には、応接席のソファにブラック・スーツを着込んだ大柄な男が座っていた。それは雪弥の上司であり、つい先程到着した特殊機関のトップであるナンバー1である。

「まぁ、それは分かっとる。雪弥にはプライベート時だろうと、直属の部下である暗殺部隊員が必ず数人ついているからな。――おい、そこで睨むなよ」
「使えない部下だな、と思っただけだが?」
「その気持ちをストレートに顔面に出すんじゃない。ったく、なんでそういう部分は、兄弟そっくりなんだ? 下手に手が出せるわけがないだろうが。何せ、お前らだから平気なのであって、戦闘モード一色時に飛び込もうものなら、部下だろうと殺(や)られる。とくに雪弥の場合、射程距離内がかなり広いからな。それでいて、少しでも探知されようものならアウトだ」

 かなり緊急を要するものであり、尚且つ雪弥本人が許可している状況でない限り、だいぶ距離も離しての待機状態となっている。プライベート時だと、とくにそうだ。
 ナンバー1は、そう言い返して凶悪面を一層顰めた。蒼慶が再び『例の本』へと視線を向けるのを見て、驚きは無しか、と小さく息を吐いてから続けて問う。

「一通り説明は聞かせてもらったが、そもそも蒼緋蔵家の当主の帰宅予定は、大丈夫なんだろうな? さすがに、この状態での鉢合わせは御免だぞ」
「父は表十三家のところだ。あちらの次期当主に協力を頼んで、引き留めてもらっている。帰りは朝だ」

 蒼慶は、淡々と言葉を返した。これまでの蒼緋蔵家の、役職の歴史が書き記された本の表紙を意味もなくなぞる。

 しばし思案顔でいたナンバー1が、「まぁいい」と片手を振って、ソファに背を預けた。

「旅館の件だが、そこから出た死体も、全てこちらで処分させてもらったぞ。ウチのエージェントが三人、桃宮の三人家族として扮している。明日の朝、何事もなかったかのようにこちらから発つ手筈だ。あとは、引き続きお前の方で、桃宮現当主らとやってくれ。我々はそこまで関与出来ん」
「もう話は済ませてある。調査を進めつつ、後日に顔を合わせて数家と話し合いも行う予定だ。――桃宮現当主には、就任早々に頭が痛い話だろうな」

 それも狙いに含まれているのか否か、と蒼慶は口の中に思案の言葉を落として、本をなぞる手を止めた。

 ナンバー1が「よく分からんが、そこに狙いはないんじゃないか?」と意見する。

「元々、旧名家とかなんとか、というやつなんだろう? わざわざ、その内部を崩すくらいの必要があるとは思えないがな」
「立ち場としてはそうだが、桃宮家は藤桜からの改名の際、表十三家の庇護に入っている。それは三大大家も無縁ではない」
「お前が言うのは、時々ちんぷんかんぷんで、よく分からん」
「だろうな。アレも同じ事を言っていた。だが、お前と違って疑う事をしない、だから疑問として考えない。それが欠点でもある」

 珍しく、蒼慶がどこか上の空といった口調で答える。

 チラリと視線をそらすのも彼らしくなくて、ナンバー1は眉を顰めた。彼が弟である雪弥の事を、『アレ』やら『ソレ』やらと呼ぶ事は知っているが、私事をこぼすのも中々ない事だ。なんとなく察して、つい、部下である雪弥と四歳しか変わらない彼に尋ねる。

「蒼慶、大丈夫か?」
「ああ、私はな」

 蒼慶は含むように答えて、薄らと乾いた笑みを浮かべた。けれど普段のような不敵な笑みは続かず、窓から見える風景に目を留めて黙り込む。

 しばしナンバー1は、雪弥と違って男性的な太さのある、その美麗な横顔を眺めていた。十分な間を置いてから、再び口を開いた。

「人を撃ったのは、初めてだったか」

 問い掛けられてすぐ、蒼慶が「ああ」と答えた。自己嫌悪するように眉根を寄せたが、そんなことはどうでもいい、と顔を顰めて肘掛に拳を落とした。

「ここは、アレが帰って来るべき家だ。だからここで、誰だろうとアレに殺さるわけにはいかなかった。――だというのに、このざまだ」

 蒼慶は、椅子をぎしりと鳴らし、まだ開かれていない本を睨みつけた。ぶつける当てもない苛立ちを浮かべる。机の上で組み合わせた手に顎を乗せると、忌々しげに言葉を吐き出した。

「一体何者が、どういう風に動いているのかは分からんが、まんまとハメられた気がしないでもない。まったく、アレにも困ったものだ。本当に馬鹿で、単純で、阿呆だ」
「おいおい、そこまで言わんでも……」

 言いかけたナンバー1の言葉を、蒼慶が珍しく悩む表情で「一つ、訊いてもいいか」と遮った。物音のない扉の向こうに耳を澄ませると、宵月が戻ってこないのを確認してから、ふいと視線をそらして、窓の向こうの月明かりに目を細める。

 質問の言葉は、すぐには出されなかった。ナンバー1は、こっそり溜息をこぼしたものの、それでも急かす事なく待っていた。

「……昔、まだ執事ではなかった宵月が、雇ってほしいと直談判で通っていた時期があった。何度目かの訪問で、雪弥(おれのおとうと)の事を知りもしない癖に、俺の足元にも及ばない愛人の子がいるらしいが貴方様こそ素晴らしい、という立て方をされて、初めて人を殴った。貴様なぞいらん、と激昂を起こしたのはあれが最初だった」
「そのあとも、結構やらかしていると聞いたが」

 おおよそ、その被害を受けているのは、事情を知らない蒼緋蔵分家の幹部連中であるらしいが。

 とはいえ、元の一人称が出ているくらいだ、本音なのだろう。ナンバー1は聞きながら「ふむ」と、わざと思案顔で眉を寄せてやった。蒼慶らしくない唐突な切り出しと、脈絡のない話題ではあったが、なんとなく察して「それで?」と促す。

「長年をかけて屋敷に残す使用人を厳選した。母は途中で気付いたみたいだが、何も言わなかった。だから、ここにいる者達は一人だって雪弥を否定しない――青い目だと、不審を抱く者だってありはしない。アレが人見知りなところもあるだろうからと、宵月が気にかけて遠ざけてはいるが」

 脈絡のない話が、そこでプツリと途切れる。

 蒼慶がまた黙り込んだ。手元を見下ろす彼の反応を、ただナンバー1は待っていた。つまり何を訊きたいのか、という催促はしなかった。生まれ育った環境や立ち場もそうさせているのだろうと考えれば、仕方のない事でもあると思えたからだ。


「――……兄が、弟の心まで守りたいと思うのは、我が儘な事なのだろうか」


 ぽつりと、蒼慶が口の中で呟いた。
 ナンバー1は、窓の向こうに広がる夜空へ目を向けた。何があったのかは知らないが、プライドを下げてでも尋ねてしまうくらい、気にかける内容ではない。

「兄弟ってのは、そんなものだろう。あいつは、結構したたかだけどな」

 さて、どうなるのやら、と彼は今回の物騒な一件を思って呟く。
 蒼慶は「そうだったな」と相槌を打つと、強さの戻った眼差しを上げた。手に出来た『秘密』の一つである本を引き寄せる。

「まずは、副当主という『役職』に、番犬という呼ばれ方が生まれた時代を探し出す」
「お前の推測がただしければ、その時代前には、身体能力が異常に高い・瞳が青い・やけに短命であった、とされる本家男子はいなかったという事だよな。んでもって、この一族から『消えた役職』があると推測しているんだったか?」
「今日で確信に変わりつつある。偽物の紗江子が口にした『緋の字を持った術者』というのが、きっとキーワードなんだろう。恐らくそれが関わっているはずだ」

 言葉の応酬には、駆け引きも必要だ。何もかも知らない状態だと思ったら、大間違いである。現当主が口を割らず、本当に全ての『秘密』知らないとしても、その輪郭や一端くらい、必死になれば僅かながらにでも掴む事は出来る。

 我ながら性に合わない台詞だったな、と、蒼慶は緊迫していた状況下で、紗江子とやりとりした一部分を振り返ってそう呟いた。
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