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第二章
32. ルート
しおりを挟むレオンスは、重く沈んだ気持ちをなんとか取り払ってシモンに視線を向けた。
「それと、ブラッスール隊長。本件とは別の、例のアレについてなんですが、続報があります。……ここでお話ししても?」
「構わない。ここの面子にはすでに話を通してある」
シモンの返答と共に、残りの隊長陣が一斉にレオンスへ視線をやる。
ほぼアルファで構成されている、十四の視線がレオンスの心臓をぎゅっと握ってくるようで、思わず息をのんだ。この状況は、なかなかにして心臓に悪いなと思いながらも、レオンスは言葉を続けた。
「北の疎開地区から市販の発情抑制剤を譲り受けられるよう、ジャン班長が取り付けたそうです。月に一度の物資輸送の際に、取り引き地点を経由して受け取りを、という条件なのですが……可能ですか?」
「ふむ……」
この半月ほど、第九部隊支援班班長のジャンと彼の部下たちは、皇国拠点を攻め入る兵たちの後方支援をする一方で、帝都以外から市販の抑制剤を入手するルートを確保するべく奔走していた。腕木や旗信号での通信方法ではなく伝書を極秘にやりとりし、帝都に露見しないように秘密裏に事を進めた。無論、レオンスたちオメガ三人もこのルート確保に協力するため、ジャンの指示を受けて慎重に動いてきた。
その甲斐があってか今朝方、一通の伝書が届いた。そこには、先ほどレオンスが述べた市販薬を確保できそうな手法について綴られていた。
ただし、シモンが今、考えを巡らせているように、提示されている条件は決して容易ではない。
というのも物資輸送は基本的には、帝都から決められたルートを経由して、この要塞に届けられる。物資というのは戦争の要の一つだ。攻城するにしても防衛するにしても、武器がなければ戦えないし、軍糧が尽きれば人は飢えて死んでゆく。それゆえ、輸送中の物資は敵に狙われやすい。
そういった事態を防ぐために輸送の時期も段取りも決められており、帝都と腕木通信等で連絡を取り合ったのちに輸送が始まるのだ。そこにイレギュラーな経由地をどう含ませるかは、非常に難しい問題であった。
はじめから、経由地点をルートに組み込むわけにはいかない。不審な動きとして帝都から怪しまれてしまうからだ。かといって、物資輸送に紛れないと、疎開地区と要塞とで何をやりとりしているのか、と勘繰りを入れらる可能性も否定できない。
そこで提案されているのが、物資輸送のタイミングを隠れ蓑にして抑制剤をやりとりする、という内容だった。
「帝都からの兵を言いくるめられればいいが……」
「こちらからも兵を出して、迎えに行く体制に変更しては? 輸送ルートは、最近激化しているリロンデル平原近くを通るだろ。それに近頃じゃ、軍から逃げ出して夜盗と化したやつらも、あそこら辺をうろついているらしい」
「護衛に出した兵のうち、一人を一時的に離脱させて取引に向かわせる、か」
「そのとおり。夜盗を見つけただの、敵らしき影を見つけただの理由をつけて向かわせることはできるだろ。帝都からの兵も、そこまで気は回らないさ」
シモンとやりとりしているのは、たしか第八部隊の隊長だ。レオンスは話したことはないが、彼もアルファらしい立派な体格をしていた。その第八部隊隊長の案を皮切りに、ああでもない、こうでもないと話が始まった。
そこでレオンスは、申し訳ないと思いながらも口を挟んだ。
「あ、あの! 検討結果が出たら、ジャン班長へお伝えください。できれば明朝五時までに。それまでにはこちらの意向を返したいそうです」
ルート確保についてはレオンスが口を出す幕はない。レオンスは軍人ではないため、その手の作戦を練るのは素人中の素人だ。とてもじゃないが口を出せる頭脳は持ち合わせていないし、仮に出せたとしても本職の人々から見れば浅慮でしかないだろう。
専門家に任せて、ここは退散しておきたい。そもそもレオンスにはこの後、別の作業が待っているのだ。通信内容の共有を終えた今、ここを辞去すべきだろう。
「ああ、わかった。すまないな、レオンス。報告は以上か?」
「はい」
では下がっていい、とシモンに言われて、レオンスはようやく会議室をあとにした。
軍人として十分な覇気があり、アルファでもある者たちからの視線から出ることができて、レオンスは「はあー……」と大きく息を吐いた。思っていた以上に体が強張っていたようで、息を吐くのと同時に肩の力が抜ける。
会議室から少し離れてからも、何度か深呼吸をした。この距離ではまだ、アルファたちの匂いをうっすらと感じることができる。辺境の地といえど——いや、辺境の地だからこそ——力のあるアルファたちがこの要塞を守っていることがわかって、緊張感は少しずつ安堵感へと変化した。
(市販の抑制剤は、なんとか手に入るようにブラッスール隊長たちがルート確保してくれるだろう。そうしたらアメデとオーレリーを、ようやく新薬の副作用から解放してやれる。よかった……)
今日このあとは、要塞各所の点検をする作業が組まれている。アメデとオーレリーとは別々の作業だ。
レオンスが通信関係の補佐をすることになってからしばらくして、アメデは整備班との連絡要員の作業を、オーレリーは畜舎の管理補佐をそれぞれ手伝うことが増えた。アメデは整備班に伴侶がいるし、オーレリーも畜舎近くにある厩舎にいる馬を騎乗する騎馬班に恋人がいるからこその配置だ。
オメガ同士が離れていても、困ったときにパートナーに頼りやすければアメデもオーレリーも要らぬ不安を抱えずに済むだろう、という心優しき班長ジャンの配慮であった。
ただ、三人が三人とも互いに作業量や範囲が増えたため、より時間を惜しんで動かなければと焦るときがある。
レオンスはもちろんのこと、アメデとオーレリーも市販の抑制剤が届くまでは新薬の服用を続けている。そのため、依然として副作用がある日の任務はなかなかにして厳しい状況だ。そういうときは、比較的副作用があっても動けることの多いレオンスが二人の作業を手伝いに行ったりもする。そのたびに、アメデとオーレリーは申し訳ないと頭を下げたが、レオンスは二人の力になれるのであればそれでよかった。
本当は休んでもらいたいのだが、アメデもオーレリーもなるべく休みたくないと無理をしがちだ。レオンスが言えた義理ではないが。
(確保まではもう少しかかりそうだけど……。まあそれまでは、俺が二人の力になって、どうにか凌ぐしかないか。無茶はしないけど、やっぱ二人の力にはなってやりたいし。副作用が少ない俺が、頑張らないとな)
以前、シモンから忠告を受けてからは、レオンスもあまり無茶はしないように心がけてはいる。
けれど、二人のことが放っておけないのもあって、レオンスはついつい手伝いに行ってしまうのだ。
そんなことを考えながら、作業を共に行う支援班の兵士と待ち合わせをしている場所へ向かうため階段を下りようとしたところで、後ろから声がかかった。
「レオンス、ちょっと待ってくれ」
「はい? なんです——……」
声の主はシモンで、何か伝え忘れだろうかとレオンスは返事をしながら振り返って……ふっと目が眩んだ。急激に意識が遠ざかって体から力が抜ける。薄水色の双眸で捉えていた景色がぐるんと回って、天井が見えた。
と同時に、レオンスは階段を踏み外し、次の瞬間には体に鈍い痛みが走った。そのまま、レオンスは階段を転がり落ち、意識は完全に暗転した——。
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