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アルフォンス視点
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「ねぇ、愛してる?」それが、彼の口癖だった。私が「愛してる」と答えると、いつも少し困ったような顔で笑うのだ。その笑顔がたまらなく好きだった。
この世界では魔王の脅威に常にさらされていた。魔王の力に対抗するため、1000年前初めて勇者の召喚に成功した。勇者の召喚には、膨大な魔力が必要で100年に一度召喚するのがやっとだった。
はじめの勇者もその次の勇者も魔王を弱体化させることはできたが、完全に倒すには至らなかった。そして、考え出されたのが弱体化した魔王を封印する方法だった。
しかし、体内の魔力では封印しても長くはもたず、徐々に封印は緩んでいく。そして、魔物が増えていき最後には魔王が復活をしてしまう。そのため、封印を強固にする方法が必要だった。長年の試行錯誤の末、考え出されたのが生命エネルギーを魔力に変換して膨大な魔力を生み出し、封印する方法だった。
だが、生命エネルギーを魔力に変換することは、すなわち術者の命を削ることであり、この世界に縁もゆかりもない賢者が引き受けるわけもない。
そして、寿命を自ら進んで差し出させる方法として考え出されたのが、賢者と恋仲になりこちらの意のままに封印をさせるという姑息なやり方であった。
当時私は立太子されていたが、私の母は、側室で第一王子とはいっても正妃腹の弟のように磐石な勢力もなく、いつとって替わられるか怪しいものだった。
そこで、ひそかに国王である父から魔王の封印に成功すれば、その功績をもって即位が叶うとささやかれた私は自ら望んでその役を引き受けたのだ。
勇者の召喚に成功し、現れた4人の若者の中で賢者の彼は1人どこか淡々として捉えどころのない印象だった。
道中、彼を落とすため必死だった私は常に優しく接し聞こえのよい言葉ばかり吐いていたように思う。だが、彼のガードはなかなか固く簡単には落ちなかった。
そうやって、いつも接しているうちに段々彼のことがわかってきた。彼は甘い言葉など全く気にも留めず、『愛』というものの存在自体懐疑的な様子だった。
少しずつ親しくなり、彼の生い立ちなどを聞くうちに、いつしか『愛』を知らない彼に私が教えてあげたいと思うようになっていた。
そして、彼と恋人になった時には自分の役目も忘れ本当にうれしく叫び出したいほどだった。
しかし、魔王城が近づくにつれ本来の役目が私に重くのしかかってきた。あと10日程に迫ったあの日とうとう私は重い口を開いた。
「魔王は完全に倒すことはできないのだ。長い歴史の中で幾度も魔王討伐に向かったがその度に封印をして凌いできた。勇者が攻撃をして魔王を弱体化させた後、賢者がその残りの寿命を半分程使って封印するのだ。最初からそうしなければならないことは私にはわかっていた。だが、私は賢者であるヒビキを愛してしまった。どうしてもそんなことをさせたくはない。」
自分で話ながらも身勝手な自分に吐き気がした。だが、彼は一瞬だけ眉をひそめたがどこか納得したように
「わかりました。その役目引き受けましょう」と答えた。
彼の言葉に動揺し、頭が混乱しそうになりながらも、
「私はヒビキを愛している。この国のために寿命を半分も捨てさせたヒビキを必ず私の正妃にしてみせる。誰にも文句は言わせない。生涯ヒビキだけを妻とし、『永遠の愛』を捧げる。跡継ぎには弟を立太子させ、側妃もいらぬ、子供ももたない。約束する。私にはそんなことくらいしかできぬ。すまない。この国の人々のため魔王を封印してはくれまいか。」
と言うのがやっとだった。
そう、この時は本当に思っていたのだ。贖罪の心もなかったわけではない、だが、それよりも彼を愛している気持ちの方が強かった。
勇者が弱体化させることに成功し、彼が封印をするため魔王に近づいて行ったとき、何度も引き留めようと思った。愛する彼の命を縮めるようなまねをどうして私はせねばならないのだ。国よりも彼の方が大事だった。だが、結局私は止めなかった。きっと、それが全ての過ちのはじまりだったのだろう。
帰国し、念願だった国王にも即位し、彼を正妃にすることができた。彼は元の世界の知識を生かし、意欲的に我が国の発展に取り組んでくれた。
だが、自分の存在意義を周りに認めさせるために、どこか必死にしがみついているような、焦りも似た雰囲気だった。だというのに、私は彼と過ごせる喜び、国王として充実した毎日、魔王の脅威に怯えなくてもいい生活、まさに平和ボケしていたとしか言いようがない。
自分の過ちから目を背けていた。ヒタヒタと幸せを脅かす出来事がすぐそこまで近づいていてきていたのに………。
5年ほど幸せに暮らしたあの日、思いもよらない落とし穴が待っていた。隣国からの使者が告げた内容は甚だ身勝手であり、考えるまでもなく却下するつもりだった。
だが、そもそも、国の重鎮達が彼を正妃に迎えることを認めたのは、私がヒビキに熱を上げているのも一時のことであり、熱が冷めた頃私に女性を宛がうつもりだったからに他ならない。
そこへ、降って湧いたような大国との縁談に民衆への建前も私の熱も待つ必要がなくなったと判断した。それに、功績があるとはいえただの一般人で女性でもないヒビキなど側妃にしてしまえば文句がないだろうと計算をしたのだ。
隣国の戦力は、考えるまでもなく我が国よりも上回っていた。勝算はないわけではないが、姫を娶っても、形だけのことにすればよく、無駄に争うよりもその方が穏便に済ますことができる。聞き分けのよい彼ならきっとわかってくれる。そんな浅はかな考えから、私は最悪な言葉を彼に投げかけた。
「皆のもの、静かに。」
「ヒビキ、我が国は力をつけてきたとはいえ、隣国との兵力は歴然で、勝利をおさめたとしても、疲弊するのは間違いがない。私はこの国の国王として、民を守る義務がある。
苦渋の決断だが、私は、隣国の姫を側妃として迎える。そなたを正妃のままとすることだけは、必ず認めさせ、側妃を迎えても私の心はそなただけと約束する。だから、何も言わず要求を飲んでほしい」と。
その時の彼の顔は今でも思い出せる。私を見つめるその目は、すがるようだったその目は、一度強く目を閉じたあとには、一切何の感情も伺えない透明な目をしていた。
「人間というものは、本当に愚かな生き物だね。魔王が存在していた頃、人間はその脅威へと一丸となって協力し立向かっていた。だけど、たった5年ほどの平穏が訪れただけで、この有り様だ。喉元過ぎれば熱さも忘れるとは、まさにこのことだ。」
「魔王封印の功績で、私はこの国の正妃となったはず。また、この国の発展にも尽力した。財宝も権力もなにも望まず、たった1つの願いであるアルフォンスと生涯側妃をもたず暮らし、愛を貫くことさえ叶わない。しかも、それをアルフォンス自ら破棄するなんてね。」
「本当に自分が常に冷静なことが、ここにきて役に立つとは思わなかったよ。
あの封印には1つ抜け穴がある。なぜ、術者の寿命が半分必要なのか?それは、体内にある魔力だけでは封印に使用するには足りず、生命エネルギーを魔力に変換して補うからだ。
そして、魔力が膨大に必要なのは、魔王の抵抗を抑え込むためだ。あの状況でそのことに気がついたのは私だけ。アルフォンスにも話さなかった。いわゆる保険だね。かけてよかったよ。」
「私は封印するときに、一か八かの賭けだったけど、条件を足すことにしたんだ。あの時どうしても納得できないことがあったからね。
自分がアルフォンスの立場ならこの国がどうなろうと愛している人の寿命を削るなんて、絶対にできない!だから、アルフォンスが私を本当に愛していると信じきれなかった!」
彼の淡々とした言葉に、内心言いようもない焦りとこのまま話を続けさせてはいけないという予感から、私は口を挟もうとした。
「ヒビキ!私は」
「もう少し黙っててくれる?これからが良いところなんだ。」
だが、もう遅かった。
「あの場にいた者の中で、術をかける私だけは魔王に近づかなければならない。その時、誰にも気づかれないように魔王にささやいたんだ。
『今、弱ったお前と私の力の差は歴然で封印するのは簡単だ。だけど、それでは面白くないだろう?一つ取引をしないか?
お前が抵抗をせず、大人しく封印されてくれるなら、私があるワードを言えば、封印が解けるようにしてあげよう。
そして、もし封印が解けた暁には私を殺すがいい。そうすれば、お前を封印できるものは、しばらく誰もいなくなる。悪くない条件だろう?
だが、お前がおとなしくしてくれないなら、このまま私は寿命を削って、完璧に、二度と解けない封印をする。どちらがいい?』
「魔王はなんて答えたと思う?ハハハ、どうしたの?みなさん面白い顔をして。ほんと、バカバカしいったらありゃしない。笑える。ハハハハハハ………」
「はぁ苦しい。こんなに笑ったの生まれて初めてだよ。ほんと、欲しかったものって手に入らないんだな。」
そして、狂ったようにひとしきり笑ったあと、彼は見たことがない狂気をはらんだ美しい笑顔で叫んだ。
「永遠の愛なんてなかった!」
言葉を言い終わるやいなや、にわかに暗雲たちこめ、地響きがなり、どこからか膨大な魔力が膨れ上がった。
肌が粟立つような禍々しい魔力を感じ、私も皆も魔王の復活を悟った。
「「「まさか、これは!!!」」」
口々に人々が騒ぐ中、静かに彼はこう告げた。
「そう、魔王の封印が解けたんだよ。うれしいでしょう?これでまた、人間同士いがみ合うことなく、魔王に立ち向かえるよ。
隣国との戦争も姫を正妃に迎えなくても解決だ。いや、共闘するなら、正妃に迎えてもいいのか。私もいなくなるし、ちょうどよかったじゃない。あなた方の望み通りだ。」
「アルフォンス、また勇者を召喚して、賢者を誑かし封印させればいい。あぁ、召喚は百年経たないとできないんだっけ?ハハハ、私には関係ないけど、それまで頑張ってね。」
「それでは、皆様ごきげんよう。」
彼が行ってしまう。行かせてはならない。今、行かせてしまえば二度と彼と会うことはかなわない。そんな予感に焦った私は
「ヒビキ行くな!ヒビキ!」
と叫んだ。その言葉に一瞬逡巡するように見えたのは私の願望だったのか。今となってはわからない。そして、彼の姿は消えた。
そのあとのことは、思い出したくもない。まず、隣国が跡形もなく消えた。兵力はこの世界で最も高く、抵抗は凄まじいものだったと聞く。だが、それを全く感じさせない圧倒的な力でねじ伏せられた。
そして、それからは残りの国で力をあわせ、魔族に対抗しているが、ただ、弄ばれているような、掌で踊らされるが如く何の戦果もあがらぬ日々だ。
一度だけ彼の姿を見かけた。魔王に寄り添って、ただ、人々が逃げ惑う姿を見つめていた。
今でも考える。もし叶うなら最初からやり直したい。彼を愛している。ヒビキ………
おわり
この世界では魔王の脅威に常にさらされていた。魔王の力に対抗するため、1000年前初めて勇者の召喚に成功した。勇者の召喚には、膨大な魔力が必要で100年に一度召喚するのがやっとだった。
はじめの勇者もその次の勇者も魔王を弱体化させることはできたが、完全に倒すには至らなかった。そして、考え出されたのが弱体化した魔王を封印する方法だった。
しかし、体内の魔力では封印しても長くはもたず、徐々に封印は緩んでいく。そして、魔物が増えていき最後には魔王が復活をしてしまう。そのため、封印を強固にする方法が必要だった。長年の試行錯誤の末、考え出されたのが生命エネルギーを魔力に変換して膨大な魔力を生み出し、封印する方法だった。
だが、生命エネルギーを魔力に変換することは、すなわち術者の命を削ることであり、この世界に縁もゆかりもない賢者が引き受けるわけもない。
そして、寿命を自ら進んで差し出させる方法として考え出されたのが、賢者と恋仲になりこちらの意のままに封印をさせるという姑息なやり方であった。
当時私は立太子されていたが、私の母は、側室で第一王子とはいっても正妃腹の弟のように磐石な勢力もなく、いつとって替わられるか怪しいものだった。
そこで、ひそかに国王である父から魔王の封印に成功すれば、その功績をもって即位が叶うとささやかれた私は自ら望んでその役を引き受けたのだ。
勇者の召喚に成功し、現れた4人の若者の中で賢者の彼は1人どこか淡々として捉えどころのない印象だった。
道中、彼を落とすため必死だった私は常に優しく接し聞こえのよい言葉ばかり吐いていたように思う。だが、彼のガードはなかなか固く簡単には落ちなかった。
そうやって、いつも接しているうちに段々彼のことがわかってきた。彼は甘い言葉など全く気にも留めず、『愛』というものの存在自体懐疑的な様子だった。
少しずつ親しくなり、彼の生い立ちなどを聞くうちに、いつしか『愛』を知らない彼に私が教えてあげたいと思うようになっていた。
そして、彼と恋人になった時には自分の役目も忘れ本当にうれしく叫び出したいほどだった。
しかし、魔王城が近づくにつれ本来の役目が私に重くのしかかってきた。あと10日程に迫ったあの日とうとう私は重い口を開いた。
「魔王は完全に倒すことはできないのだ。長い歴史の中で幾度も魔王討伐に向かったがその度に封印をして凌いできた。勇者が攻撃をして魔王を弱体化させた後、賢者がその残りの寿命を半分程使って封印するのだ。最初からそうしなければならないことは私にはわかっていた。だが、私は賢者であるヒビキを愛してしまった。どうしてもそんなことをさせたくはない。」
自分で話ながらも身勝手な自分に吐き気がした。だが、彼は一瞬だけ眉をひそめたがどこか納得したように
「わかりました。その役目引き受けましょう」と答えた。
彼の言葉に動揺し、頭が混乱しそうになりながらも、
「私はヒビキを愛している。この国のために寿命を半分も捨てさせたヒビキを必ず私の正妃にしてみせる。誰にも文句は言わせない。生涯ヒビキだけを妻とし、『永遠の愛』を捧げる。跡継ぎには弟を立太子させ、側妃もいらぬ、子供ももたない。約束する。私にはそんなことくらいしかできぬ。すまない。この国の人々のため魔王を封印してはくれまいか。」
と言うのがやっとだった。
そう、この時は本当に思っていたのだ。贖罪の心もなかったわけではない、だが、それよりも彼を愛している気持ちの方が強かった。
勇者が弱体化させることに成功し、彼が封印をするため魔王に近づいて行ったとき、何度も引き留めようと思った。愛する彼の命を縮めるようなまねをどうして私はせねばならないのだ。国よりも彼の方が大事だった。だが、結局私は止めなかった。きっと、それが全ての過ちのはじまりだったのだろう。
帰国し、念願だった国王にも即位し、彼を正妃にすることができた。彼は元の世界の知識を生かし、意欲的に我が国の発展に取り組んでくれた。
だが、自分の存在意義を周りに認めさせるために、どこか必死にしがみついているような、焦りも似た雰囲気だった。だというのに、私は彼と過ごせる喜び、国王として充実した毎日、魔王の脅威に怯えなくてもいい生活、まさに平和ボケしていたとしか言いようがない。
自分の過ちから目を背けていた。ヒタヒタと幸せを脅かす出来事がすぐそこまで近づいていてきていたのに………。
5年ほど幸せに暮らしたあの日、思いもよらない落とし穴が待っていた。隣国からの使者が告げた内容は甚だ身勝手であり、考えるまでもなく却下するつもりだった。
だが、そもそも、国の重鎮達が彼を正妃に迎えることを認めたのは、私がヒビキに熱を上げているのも一時のことであり、熱が冷めた頃私に女性を宛がうつもりだったからに他ならない。
そこへ、降って湧いたような大国との縁談に民衆への建前も私の熱も待つ必要がなくなったと判断した。それに、功績があるとはいえただの一般人で女性でもないヒビキなど側妃にしてしまえば文句がないだろうと計算をしたのだ。
隣国の戦力は、考えるまでもなく我が国よりも上回っていた。勝算はないわけではないが、姫を娶っても、形だけのことにすればよく、無駄に争うよりもその方が穏便に済ますことができる。聞き分けのよい彼ならきっとわかってくれる。そんな浅はかな考えから、私は最悪な言葉を彼に投げかけた。
「皆のもの、静かに。」
「ヒビキ、我が国は力をつけてきたとはいえ、隣国との兵力は歴然で、勝利をおさめたとしても、疲弊するのは間違いがない。私はこの国の国王として、民を守る義務がある。
苦渋の決断だが、私は、隣国の姫を側妃として迎える。そなたを正妃のままとすることだけは、必ず認めさせ、側妃を迎えても私の心はそなただけと約束する。だから、何も言わず要求を飲んでほしい」と。
その時の彼の顔は今でも思い出せる。私を見つめるその目は、すがるようだったその目は、一度強く目を閉じたあとには、一切何の感情も伺えない透明な目をしていた。
「人間というものは、本当に愚かな生き物だね。魔王が存在していた頃、人間はその脅威へと一丸となって協力し立向かっていた。だけど、たった5年ほどの平穏が訪れただけで、この有り様だ。喉元過ぎれば熱さも忘れるとは、まさにこのことだ。」
「魔王封印の功績で、私はこの国の正妃となったはず。また、この国の発展にも尽力した。財宝も権力もなにも望まず、たった1つの願いであるアルフォンスと生涯側妃をもたず暮らし、愛を貫くことさえ叶わない。しかも、それをアルフォンス自ら破棄するなんてね。」
「本当に自分が常に冷静なことが、ここにきて役に立つとは思わなかったよ。
あの封印には1つ抜け穴がある。なぜ、術者の寿命が半分必要なのか?それは、体内にある魔力だけでは封印に使用するには足りず、生命エネルギーを魔力に変換して補うからだ。
そして、魔力が膨大に必要なのは、魔王の抵抗を抑え込むためだ。あの状況でそのことに気がついたのは私だけ。アルフォンスにも話さなかった。いわゆる保険だね。かけてよかったよ。」
「私は封印するときに、一か八かの賭けだったけど、条件を足すことにしたんだ。あの時どうしても納得できないことがあったからね。
自分がアルフォンスの立場ならこの国がどうなろうと愛している人の寿命を削るなんて、絶対にできない!だから、アルフォンスが私を本当に愛していると信じきれなかった!」
彼の淡々とした言葉に、内心言いようもない焦りとこのまま話を続けさせてはいけないという予感から、私は口を挟もうとした。
「ヒビキ!私は」
「もう少し黙っててくれる?これからが良いところなんだ。」
だが、もう遅かった。
「あの場にいた者の中で、術をかける私だけは魔王に近づかなければならない。その時、誰にも気づかれないように魔王にささやいたんだ。
『今、弱ったお前と私の力の差は歴然で封印するのは簡単だ。だけど、それでは面白くないだろう?一つ取引をしないか?
お前が抵抗をせず、大人しく封印されてくれるなら、私があるワードを言えば、封印が解けるようにしてあげよう。
そして、もし封印が解けた暁には私を殺すがいい。そうすれば、お前を封印できるものは、しばらく誰もいなくなる。悪くない条件だろう?
だが、お前がおとなしくしてくれないなら、このまま私は寿命を削って、完璧に、二度と解けない封印をする。どちらがいい?』
「魔王はなんて答えたと思う?ハハハ、どうしたの?みなさん面白い顔をして。ほんと、バカバカしいったらありゃしない。笑える。ハハハハハハ………」
「はぁ苦しい。こんなに笑ったの生まれて初めてだよ。ほんと、欲しかったものって手に入らないんだな。」
そして、狂ったようにひとしきり笑ったあと、彼は見たことがない狂気をはらんだ美しい笑顔で叫んだ。
「永遠の愛なんてなかった!」
言葉を言い終わるやいなや、にわかに暗雲たちこめ、地響きがなり、どこからか膨大な魔力が膨れ上がった。
肌が粟立つような禍々しい魔力を感じ、私も皆も魔王の復活を悟った。
「「「まさか、これは!!!」」」
口々に人々が騒ぐ中、静かに彼はこう告げた。
「そう、魔王の封印が解けたんだよ。うれしいでしょう?これでまた、人間同士いがみ合うことなく、魔王に立ち向かえるよ。
隣国との戦争も姫を正妃に迎えなくても解決だ。いや、共闘するなら、正妃に迎えてもいいのか。私もいなくなるし、ちょうどよかったじゃない。あなた方の望み通りだ。」
「アルフォンス、また勇者を召喚して、賢者を誑かし封印させればいい。あぁ、召喚は百年経たないとできないんだっけ?ハハハ、私には関係ないけど、それまで頑張ってね。」
「それでは、皆様ごきげんよう。」
彼が行ってしまう。行かせてはならない。今、行かせてしまえば二度と彼と会うことはかなわない。そんな予感に焦った私は
「ヒビキ行くな!ヒビキ!」
と叫んだ。その言葉に一瞬逡巡するように見えたのは私の願望だったのか。今となってはわからない。そして、彼の姿は消えた。
そのあとのことは、思い出したくもない。まず、隣国が跡形もなく消えた。兵力はこの世界で最も高く、抵抗は凄まじいものだったと聞く。だが、それを全く感じさせない圧倒的な力でねじ伏せられた。
そして、それからは残りの国で力をあわせ、魔族に対抗しているが、ただ、弄ばれているような、掌で踊らされるが如く何の戦果もあがらぬ日々だ。
一度だけ彼の姿を見かけた。魔王に寄り添って、ただ、人々が逃げ惑う姿を見つめていた。
今でも考える。もし叶うなら最初からやり直したい。彼を愛している。ヒビキ………
おわり
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何の罪も無ければ頼る縁も無い異世界人を犠牲にしようとしたんだから、残念でも無いし当然の結末。
魔物が人間を駆逐して、主人公は短い間でも魔王と思い合えたなら不幸中の幸いかな?
現実でも問題を起こさないように行動する人よりトラブった時に上手く対応する人のが相対的に評価されがちだけど・・・問題を起こさないようにするって滅茶苦茶大変なのにね。
まぁ〜所詮、ちっぽけな異世界人だからと侮ってたんだろうなぁ。
例え主人公が子供を産めても同じ目に合ってたに違いない、何なら子供諸共に邪魔だからと暗殺されてたに違いない、このカシオミニを賭けても良い。
攻めも妾腹とはいえ特に苦労した事も無さそうだし、優秀なのもあって調子に乗って主人公のケアをする事なく一人でこの世の春を謳歌していたんだから自業自得だよね。
そもそも始まりが主人公を犠牲にする為の手段だったんだから、フラグ回収乙。
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孤立してる人にとって、奥の手というか切り札って本当に大事だし、こういう展開の時はキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!って盛り上がれて良いですね(メタ)
もしよろしければ魔王と主人公の行く末、人間と世界が辿った末路を読んでみたいです。
主人公と魔王との間に何かしらの愛があったら良いなぁ。
あ〜〜〜〜〜〜そっかあ〜〜…
人間、やっぱりホウレンソウ大事ですね…
思ったより王子さまに人間味あって安心した分、切なかったです…涙
感想いただきありがとうございます( ꈍᴗꈍ)
ふふふ。ホウレンソウに笑ってしまいました(^^)
確かに。大事ですね(^^)
もうちょっとよく考えたらわかりそうなものなのに、そのちょっとが足りなかったおかげでこんなことになっちゃいました>.<
読んでいただきありがとうございました(^^)