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75. ライオネルのプロポーズ

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クレアは王宮の王子妃の部屋にいた。
卒業式のパーティーでパトリシアといさかいがあった後、気が付いたらこの部屋にいたのだ。

諍いの後の記憶は朧気おぼろげだ。
ライオネルに肩を抱かれていた記憶がぼんやりとあるぐらいだ。

クレアは自分から男爵家を出ていこうと思っていた。
本当の家族は、あの家にはいないから。
そして、二度と帰ることは無いと思っていたのだ。

それなのに、両親から酷い言葉を投げつけられた時、クレアは傷ついた。
自分でも気づいていなかったが、クレアの中に両親に対する感情が残っていたのだろう。
自分のことを可愛いと思っていないと知ってはいたが、自分を庇護する立場の人たちだと思っていたのだ。

何て甘いおバカさんだったのだろう。
おばちゃんは思う。
おばちゃんは酸いも甘いも知っている。おばちゃんだから色んなことを経験してきた。
それこそ残酷な現実もの当たりにしたことがある。
だが、クレアは子どもだ。
成人式をしたって、急に大人になったりはしない。
まだまだ親に頼って生きていくのが当たり前の子どもなのだ。
それなのに親に残酷な言葉を投げつけられ、寄る辺となる家も無くなった。

心もとない。
それがクレアの今の状態だ。


「クレア、悲しまないで、僕がいるよ」
ソファに座るクレアの隣に腰掛け、ライオネルがクレアの頬をそっと撫でる。

「ライ、ごめんなさい。私ったら王宮にお世話になってしまってダメね。
すぐに出ていくわ。王都で宿を見つけたら、連絡するわね」
痛々しい顔のまま、小さなカバン1つを抱えてソファから腰を上げようとするクレアをライオネルは抱きしめる。

「行ったら駄目だ」
ライオネルは、この卒業式が終わったら、クレアにプロポーズしようと思っていたのだ。
ライオネルの心の中ではクレアとの結婚は決定事項なのだから。

それなのに、あいつらのせいで、全てが台無しだ。

まずクレアのドレスを褒めるところから始めようと思っていたのに。
あのどさくさでクレアのドレスを褒める機会を失ってしまった。
クレアはパーティーに出ないままにドレスを着替えてしまい、ライオネルは結局クレアのドレス姿を褒めていない。
目が眩みそうなほどクレアは美しかったのに。ライオネルはクレアのドレス姿をウットリと思い出す。
自分を卑下する所のあるクレアを褒めて褒めて褒めて、少しでも自信をもって欲しかったのに。

その後はパーティーでダンスを踊るつもりだった。
勿論クレアに自分以外の者とダンスを踊らせるつもりはない。
自分だけと何曲もダンスを踊って、自分とクレアの仲を周りの者たちに見せつけてやろうと思っていたのだ。

そして、踊り疲れたクレアをバルコニーへと誘い出しプロポーズへと進むつもりだったのだ。
それを、それを…
ライオネルの心の中に、フツフツと怒りが湧き上がる。

今クレアにプロポーズはできない。
プロポーズをしても、親に捨てられた自分を哀れに思ってのことだと、クレアは受け取ってしまうだろう。
そんな誤解を招くわけにはいかない。
ライオネルのクレアへの愛情を疑ってほしくない。
家族愛ではない、愛しい女性へ向ける愛だと判ってほしいのだ。



「ねえ、ライ」
「何。何でも言って」
クレアの声は地を這うような低いものだ。
クレアの声には怒りが込められている。普通の者ならば、それに気づくはずだ。だが、ライオネルは違う。クレアに話しかけられるのなら、どんな声だろうと嬉しいばかりだ。

「今、気が付いたんだけど、なんで私、膝抱っこされているのかしら」
「クレアが可愛いから」
「ぜんっぜん、答えになっとらんわっ。降ろせ。今すぐ降ろせ」
ソファからクレアが、腰を上げようとした時、すかさずライオネルはクレアを膝抱っこしていたのだ。
落ち込んでいたクレアが気づくのが一瞬遅れた、その隙だった。

「だってクレアは僕を置いて出て行くの?
また僕を一人にしてしまうの。
一緒にいるって言ったのに。ずっと一緒だって言ったのに、そんなの嫌だよ。絶対ダメ。僕を置いて行ったらダメ」
整いすぎた顔を悲しげに曇らせたライオネルがクレアに訴えかける。
孤独だった苦痛を知っているクレアはライオネルの言葉に胸を打たれる。
自分とライオネルは本当の家族になったのだ。それなのにライオネルと離れ離れになるような言動をとって、勘違いさせるようなことをしてしまった。

「ごめんなさいっ。
私ったら馬鹿ね、何で気付かなかったのかしら。ライを一人になんかしないわ。もう寂しい思いなんてさせないし、したくない。私だってライと一緒にいたいもの」
クレアはライオネルをギュッと抱きしめる。
膝抱っこされたままで。
ライオネルの思う壺だと気づいてはいない。


「クレア大好き。ずっとずっと一緒だよね」
「ええ、好きよ。私もライが大す……………ライ、やめて」
「え、何が」
「どさくさに紛れてスーハーしないで」
「クレアは良い匂いだよ」
「良い匂いとかじゃないのっ。スーハーされるのは嫌なのっ。恥ずかしいって言っているでしょう。や・め・て」
「え~、クレア、スーハーしていいって言ったもん」
「言ってない。ぜっったいに言ってない。確信を持って言ってない!」
「言った。言ったたら言った」
不毛な言い合いをする二人だが、いまだクレアは膝抱っこのままだ。


「失礼いたします。ジュライナ公爵様とググリア将軍様がお越しです」
ナナカがバカップルに声をかける。
ナナカは二人がイチャイチャしている時も同じ部屋の中にいたのだ。
ずーーっといたのだ。

侍女長のナナカの仕事は多岐に渡る。
様々な仕事をこなすナナカだが、この頃の一番の仕事は、このバカップルの行き過ぎを、げんこつという武力を持って阻止することだ。

クレアがどんなに恥ずかしがろうとも、ライオネルの暴走は止まらない。
ナナカの仕事内容は、この頃バイオレンスだ。
不敬?なにそれドブに捨ててきたわ。ナナカの現在の心境だった。



にこやかな顔をしたおじさんたちが部屋へと入ってくる。
クレアが、ライオネルに膝抱っこされたままだと気づくのには、あと数分の時間を要したのだった。




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