クールな経営者は不器用に溺愛する 〜ツンデレ社長とWワーク女子〜

瀬崎由美

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第二話・ダブルワークの理由

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 二十一時を過ぎて完全に夕勤から夜勤にシフトが入れ替わり、二十二時を越えてオーダーストップになると、私は厨房で食材のチェックや下拵えを、夜勤バイトの島崎君はドリンクバーのメンテナンスを始める。島崎君も昼間はパチンコ店で働いているというダブルワークだ。彼の場合はどちらもアルバイトだし、昼夜を働く理由はギャンブル狂だった頃に作った借金返済の為という、いろいろ突っ込みどころがあるのだけれど。

「俺、こう見えてプライベートでパチは打たないんですよ」

 借金の原因はパチンコなのかと訊ねた時、彼は自信満々でそう答えていた。彼が嗜むのは専ら競馬なのだそうだ。なのにあえてパチンコ店で働くのは、先に裏側を見てしまえば今後パチンコとスロットには手を出す気にならないだろうという考えかららしい。うん、彼なりに前へ進もうとしているのだけはよく分かった。内心ではやっぱり突っ込みどころを感じてはいたけれど。

 私は業務用の大きな冷蔵庫を開けて、定食やセットメニューで提供するミニサラダを作り置きしていく。ミニサイズのココット皿にレタスやキャベツの千切り、胡瓜とミニトマト、カイワレ大根を盛り付ける。他の野菜も切って所定の保存容器に準備してから、ポテトなんかの揚げ物を分量を量りつつ小分けしていく。私達がバタバタと作業している間、店長は一度も事務所から出てくる気配はない。

 冷凍食材の在庫を確認していると、呼び鈴が鳴らされたの気付いて顔を上げる。厨房の壁に取り付けられたモニターにはカウンター前の監視カメラの映像が映し出されていて、フロントに誰が来たかを奥にいても確認できるようになっている。来店したばかりのスーツを着た男性客の姿に、私は慌てて厨房からフロントへと向かう。

「いらっしゃいませ、大変お待たせいたしました」

 男性客は慣れた風に会員カードを提示してから、客側から見えるように表示されているモニターを見ながら、空いている席を選んでそのブース番号を告げてくる。リピーター客にはそれぞれお気に入りの席があることが多い。

「じゃあ、十七番で」
「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ」

 手元のプリンターで印字された伝票と会員カードをバインダーに挟んだものを差し出すと、男性はドリンクバーに立ち寄ってから防音扉の奥へと入っていった。この時間帯に来るのは大抵が常連客だから細かい説明も無くて受付は楽だ。私がまた厨房へ戻ろうとしたタイミングで、ようやく仮眠から起きたらしい玉川店長がフロントに出て来て私へと細長い紙を渡してくる。

「お疲れ様。これ、今月の給料明細ね」
「ありがとうございます」

 店長は私にそれを渡した後、島崎君を探しにドリンクバーへと向かった。受け取ったばかりの明細をチラリと覗いて、私はその支給額を確認する。多くても週に三日、四時間や五時間の短時間がほとんどだけれど、時給はそこそこ高いので月五、六万にはなる。

 ――週明け、振込みに行かないと……

 この店での私のバイト代はほぼ全額を給料日後に送金するようにしていた。振込先の名義は向井風香――今は大学生四年生になっている私の妹で、向井姓は母の苗字だ。

 父と別れて出て行った後、母は新しい家の近くで弁当屋を開いた。料理が得意だった母の店は近所にコンビニができるまではそれなりに順調だったらしい。けれど、母の弁当屋の開業を待ち構えていたかのように、一気に徒歩圏内にコンビニが三店舗もオープンしてしまった。注文を受けてから作り始める母の店でお弁当を買う人は一気に減り、父が毎月払い続けていた妹の養育費は全てその赤字補填で遣い切られた。
 そして今、妹の風香は奨学金を受け取りつつ大学へ通い、休みの日は母の店を手伝わされていて外でアルバイトも出来ない生活を送っている。

 姉妹なのに妹ばかりが苦労していると思うと、姉として何かせずにはいられなかった。本来なら父にも相談すべきことなんだけど、風香自身がそれ嫌がっていた。物心が付いた時にはすでに両親が離婚していたせいか、彼女は父親に上手く甘えることができない。しかも今の父には別の家庭があるのだから成人した娘が頼っては迷惑だろうと距離を取ろうとしてしまう。
 だから、同じように親に振り回された私が妹を助けてあげたいと思ってしまう。だって、子供の頃は別々に暮らしていたせいで全く姉らしいことをしてあげられなかったのだから。

 大きくなって定期的に連絡を取り合うようになった風香から聞いて、私は母の営む弁当屋『すずらん亭』をこっそりと訪ねたことがある。そして、昼時にも関わらず客の姿の無い店の奥で、母が一人で何をするでもなくテレビの画面を眺めて過ごしているのを目撃した。
 一方で、店の斜め前に立つコンビニの駐車場は満車に近くて、複数並ぶレジ前には客が列が成していた。

「お母さん、この店いつもこんな風なの? 一度ちゃんと経営状況を見直した方がいいんじゃない? こんな状況じゃ生活できないでしょう?」

 思わず飛び込んだ店先で、久しぶりに顔を合わせた母に向けて私は心配になって訴えた。でも、母は私へと冷え切った視線を送ってから、小さく鼻で笑い飛ばした。

「私を見捨てて父親を選んだ娘の話なんて、聞く気にならないわ」
「そ、そんな……」

 母は私の話は端から聞く耳を持ってくれなかった。私は父から母には子供二人を養う力がなく、私まで母に付いていけば大きな負担になるという説明を受けていた。だから父と残ることを選んだ。それは小学生の私にとってはとても辛い選択だった。けれど母は私のことを裏切り者のように言い捨ててきた。
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