クールな経営者は不器用に溺愛する 〜ツンデレ社長とWワーク女子〜

瀬崎由美

文字の大きさ
3 / 50

第三話・忘れ物

しおりを挟む
 厨房の作業を一通り終えると、私はフロントに戻ってブースの利用状況を確認する。終電に間に合うよう退店した人も何人かいて、夕方ほどではないけれど未清掃の為にマップ上の番号が黒塗りになって案内不可状態のブースが結構出ていた。

「ブースの清掃に行ってきます」

 フロント裏にある事務所へ声を掛けて、用具の入った篭を手に取る。中にはハンディモップやダスター、スプレータイプのアルコールなどの清掃用具やゴミ袋が入っていて、これを携えてブース間を効率良く回っていくのだ。
 裏の狭い小部屋からは「了解です」という店長の声が返ってくる。もう仮眠は終わったらしい。

 奥にある喫煙席から順に掃除して回り、ブースに放置されっぱなしだったコミックを棚に並べ直してから、一旦フロントへと戻る。清掃済み登録を端末で行った後に確認すれば、知らない間にチェックアウトされて清掃待ちになった席がまた二件増えていた。マメに回らないと、あっという間にブースマップは黒塗りばかりになってしまう。
 私は新たに印字した未清掃リストを手に、今度は禁煙席へと向かった。この店は喫煙と禁煙では利用数は一日を通して大体同じくらい。でも今夜は禁煙席のフラットシートが人気らしく、八席ある内の半分が利用中だった。

 キャスター付きの椅子を備えたブースに入り、ハンディモップで全体の埃等を払いつつ、私は席に忘れ物などがないかを確認していく。照明が全体的に薄暗いこともあり、私物の置き忘れは意外と多い。特にコンセントがテーブル下の奥まったところにしかないから、スマホなどの充電ケーブルが差したままになっていることがあり、清掃時には隅々まで念入りに確認するようにはしていた。
 テーブル周辺をぐるりと見回した時、私はパソコン本体に見慣れないUSBメモリが差さっているのに気付く。パソコンと同じ黒色だったから一瞬見落としそうになったけれど、間違いなく利用客の忘れ物だ。

「えっと……四十五番ブースね」

 ラップエプロンの前ポケットからメモ帳を取り出して、ブース番号を控える。
 基本的には忘れ物があったとしても店側から連絡することはなく、決められた保管期間を過ぎても問い合わせがなければ処分されることになっていた。でも何となく、これはとても大事な物のような気がして、私はフロントへ戻って四十五番ブースの直近の利用履歴を表示する。一番最後に利用していたのは約一時間前にチェックアウトした男性客らしく、私は彼の会員情報をモニターへ表示させた。

『コウサカシュウト 三十二歳』

 まだ会員カードの本登録ができていないらしく、名前と生年月日だけの仮登録状態になっている。私はカウンター下の引き出しを開いて、未入力なまま放置されている大量の入会申込書にウンザリ顔をする。おそらくこの客が記入した物と本人確認書類のコピーもこの中にあるはずなのだが……
 会員番号からここ一ヶ月以内の登録だと目星を付けて、私は重なっている物の上から二十枚ほどを取り出して、パラパラと捲りながら目を通していく。案の定、このコウサカという客は先々週に新規入会したばかりみたいですぐに見つけることができた。

 私は店の固定電話に手を伸ばし、申込書に記入されている携帯番号へ電話を掛ける。三コール鳴った後、見知らぬ番号なはずなのにやけに落ち着いた声で出てくれた男性。

「はい、高坂です」
「ネットカフェ『INARI』ですが、こちらは高坂柊人様のお電話でしょうか?」
「はい、そうですが?」
「あの、本日のご利用の際、お席にUSBメモリをお忘れではないかの確認なのですが……」

 それ以前の清掃時の見落としがあったなら、彼ではなく別の客の私物の可能性もあるから、私は恐る恐る訊ねる。すると、電話の向こうの高坂さんは考えているのか、それとも鞄の中を確認していたのか、少し間を置いた後に慌て始めたようだった。

「ああ、帰る時に抜くのを忘れてしまったみたいです。申し訳ない、今から取りに戻ります、と言いたいところなんですが、すでに終電無くなっていますね……今日に限って、車は会社で……」
「あ、フロントでお預かりしておきますので、当店の方はいつでも――」
「いや、仕事上の大事なデータが入ってるので、すぐに何とか……ああ、でも明日からしばらく出張だったか……なら、誰か会社の者に取りに行ってもらうしか……」

 高坂さんはブツブツとどう対応すべきかを悩んでいるようだった。この中には大切なデータが入っているらしく、かなり焦っているのが伝わってくる。

「では、代理で誰かを取りに行かせる場合、委任状か何かを持って行かせたらよろしいでしょうか?」
「ええっと……そこまできっちりした規則はないと思うので、取りに来られた際に高坂様のお名前を出していただけるだけで大丈夫かと」

 これまで忘れ物を引き取りに委任状を持ってきた人はいなかったような気がする。大袈裟と言ってしまえばそれまでだが、彼にとってこれはそのくらい大事な物だということなのだろうか。とにかく何とかすぐに引き取りたいらしく、人に頼むか出張前に取りに来るかと真剣に悩んでいるようだった。彼のあまりの焦り様に私はお節介とは思いつつ提案してみる。

「もし会社がお近くなら届けましょうか? あ、土曜日ってお休みですか?」
「いえ、誰かしらは出ているはずですが……」

 私のあまりにも気安い申し出に彼は少し戸惑っているようだった。でも、週末に代理人を探す手間を考えたのか、申し訳なさそうに受け入れてくれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

譲れない秘密の溺愛

恋文春奈
恋愛
憧れの的、国宝級にイケメンな一条社長と秘密で付き合っている 社内一人気の氷室先輩が急接近!? 憧れの二人に愛される美波だけど… 「美波…今日充電させて」 「俺だけに愛されて」 一条 朝陽 完全無欠なイケメン×鈴木 美波 無自覚隠れ美女

契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」  突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。  冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。  仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。 「お前を、誰にも渡すつもりはない」  冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。  これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?  割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。  不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。  これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

訳あって、推しに激似のクールな美容外科医と利害一致のソロ活婚をしたはずが溺愛婚になりました

羽村 美海
恋愛
【久々の連載にお付き合いいただきありがとうございました🙇🏻‍♀️💞2月より新連載を予定しております。詳細は近況ボードにてお知らせいたします】 狂言界の名門として知られる高邑家の娘として生を受けた杏璃は、『イケメン狂言師』として人気の双子の従兄に蝶よ花よと可愛がられてきた。 過干渉気味な従兄のおかげで異性と出会う機会もなく、退屈な日常を過ごしていた。 いつか恋愛小説やコミックスに登場するヒーローのような素敵な相手が現れて、退屈な日常から連れ出してくれるかも……なんて夢見てきた。 だが待っていたのは、理想の王子様像そのもののアニキャラ『氷のプリンス』との出会いだった。 以来、保育士として働く傍ら、ソロ活と称して推し活を満喫中。 そんな杏璃の元に突如縁談話が舞い込んでくるのだが、見合い当日、相手にドタキャンされてしまう。 そこに現れたのが、なんと推し――氷のプリンスにそっくりな美容外科医・鷹村央輔だった。 しかも見合い相手にドタキャンされたという。 ――これはきっと夢に違いない。 そう思っていた矢先、伯母の提案により央輔と見合いをすることになり、それがきっかけで利害一致のソロ活婚をすることに。 確かに麗しい美貌なんかソックリだけど、無表情で無愛想だし、理想なのは見かけだけ。絶対に好きになんかならない。そう思っていたのに……。推しに激似の甘い美貌で情熱的に迫られて、身も心も甘く淫らに蕩かされる。お見合いから始まるじれあまラブストーリー! ✧• ───── ✾ ───── •✧ ✿高邑杏璃・タカムラアンリ(23) 狂言界の名門として知られる高邑家のお嬢様、人間国宝の孫、推し一筋の保育士、オシャレに興味のない残念女子 ✿鷹村央輔・タカムラオウスケ(33) 業界ナンバーワン鷹村美容整形クリニックの副院長、実は財閥系企業・鷹村グループの御曹司、アニキャラ・氷のプリンスに似たクールな容貌のせいで『美容界の氷のプリンス』と呼ばれている、ある事情からソロ活を満喫中 ✧• ───── ✾ ───── •✧ ※R描写には章題に『※』表記 ※この作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません ※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。 ✿初公開23.10.18✿

地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!

楓乃めーぷる
恋愛
 見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。  秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。  呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――  地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。  ちょっとだけ三角関係もあるかも? ・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。 ・毎日11時に投稿予定です。 ・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。 ・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

定時で帰りたい私と、残業常習犯の美形部長。秘密の夜食がきっかけで、胃袋も心も掴みました

藤森瑠璃香
恋愛
「お先に失礼しまーす!」がモットーの私、中堅社員の結城志穂。 そんな私の天敵は、仕事の鬼で社内では氷の王子と恐れられる完璧美男子・一条部長だ。 ある夜、忘れ物を取りに戻ったオフィスで、デスクで倒れるように眠る部長を発見してしまう。差し入れた温かいスープを、彼は疲れ切った顔で、でも少しだけ嬉しそうに飲んでくれた。 その日を境に、誰もいないオフィスでの「秘密の夜食」が始まった。 仕事では見せない、少しだけ抜けた素顔、美味しそうにご飯を食べる姿、ふとした時に見せる優しい笑顔。 会社での厳しい上司と、二人きりの時の可愛い人。そのギャップを知ってしまったら、もう、ただの上司だなんて思えない。 これは、美味しいご飯から始まる、少し大人で、甘くて温かいオフィスラブ。

Melty romance 〜甘S彼氏の執着愛〜

yuzu
恋愛
 人数合わせで強引に参加させられた合コンに現れたのは、高校生の頃に少しだけ付き合って別れた元カレの佐野充希。適当にその場をやり過ごして帰るつもりだった堀沢真乃は充希に捕まりキスされて…… 「オレを好きになるまで離してやんない。」

処理中です...