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第三話・忘れ物
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厨房の作業を一通り終えると、私はフロントに戻ってブースの利用状況を確認する。終電に間に合うよう退店した人も何人かいて、夕方ほどではないけれど未清掃の為にマップ上の番号が黒塗りになって案内不可状態のブースが結構出ていた。
「ブースの清掃に行ってきます」
フロント裏にある事務所へ声を掛けて、用具の入った篭を手に取る。中にはハンディモップやダスター、スプレータイプのアルコールなどの清掃用具やゴミ袋が入っていて、これを携えてブース間を効率良く回っていくのだ。
裏の狭い小部屋からは「了解です」という店長の声が返ってくる。もう仮眠は終わったらしい。
奥にある喫煙席から順に掃除して回り、ブースに放置されっぱなしだったコミックを棚に並べ直してから、一旦フロントへと戻る。清掃済み登録を端末で行った後に確認すれば、知らない間にチェックアウトされて清掃待ちになった席がまた二件増えていた。マメに回らないと、あっという間にブースマップは黒塗りばかりになってしまう。
私は新たに印字した未清掃リストを手に、今度は禁煙席へと向かった。この店は喫煙と禁煙では利用数は一日を通して大体同じくらい。でも今夜は禁煙席のフラットシートが人気らしく、八席ある内の半分が利用中だった。
キャスター付きの椅子を備えたブースに入り、ハンディモップで全体の埃等を払いつつ、私は席に忘れ物などがないかを確認していく。照明が全体的に薄暗いこともあり、私物の置き忘れは意外と多い。特にコンセントがテーブル下の奥まったところにしかないから、スマホなどの充電ケーブルが差したままになっていることがあり、清掃時には隅々まで念入りに確認するようにはしていた。
テーブル周辺をぐるりと見回した時、私はパソコン本体に見慣れないUSBメモリが差さっているのに気付く。パソコンと同じ黒色だったから一瞬見落としそうになったけれど、間違いなく利用客の忘れ物だ。
「えっと……四十五番ブースね」
ラップエプロンの前ポケットからメモ帳を取り出して、ブース番号を控える。
基本的には忘れ物があったとしても店側から連絡することはなく、決められた保管期間を過ぎても問い合わせがなければ処分されることになっていた。でも何となく、これはとても大事な物のような気がして、私はフロントへ戻って四十五番ブースの直近の利用履歴を表示する。一番最後に利用していたのは約一時間前にチェックアウトした男性客らしく、私は彼の会員情報をモニターへ表示させた。
『コウサカシュウト 三十二歳』
まだ会員カードの本登録ができていないらしく、名前と生年月日だけの仮登録状態になっている。私はカウンター下の引き出しを開いて、未入力なまま放置されている大量の入会申込書にウンザリ顔をする。おそらくこの客が記入した物と本人確認書類のコピーもこの中にあるはずなのだが……
会員番号からここ一ヶ月以内の登録だと目星を付けて、私は重なっている物の上から二十枚ほどを取り出して、パラパラと捲りながら目を通していく。案の定、このコウサカという客は先々週に新規入会したばかりみたいですぐに見つけることができた。
私は店の固定電話に手を伸ばし、申込書に記入されている携帯番号へ電話を掛ける。三コール鳴った後、見知らぬ番号なはずなのにやけに落ち着いた声で出てくれた男性。
「はい、高坂です」
「ネットカフェ『INARI』ですが、こちらは高坂柊人様のお電話でしょうか?」
「はい、そうですが?」
「あの、本日のご利用の際、お席にUSBメモリをお忘れではないかの確認なのですが……」
それ以前の清掃時の見落としがあったなら、彼ではなく別の客の私物の可能性もあるから、私は恐る恐る訊ねる。すると、電話の向こうの高坂さんは考えているのか、それとも鞄の中を確認していたのか、少し間を置いた後に慌て始めたようだった。
「ああ、帰る時に抜くのを忘れてしまったみたいです。申し訳ない、今から取りに戻ります、と言いたいところなんですが、すでに終電無くなっていますね……今日に限って、車は会社で……」
「あ、フロントでお預かりしておきますので、当店の方はいつでも――」
「いや、仕事上の大事なデータが入ってるので、すぐに何とか……ああ、でも明日からしばらく出張だったか……なら、誰か会社の者に取りに行ってもらうしか……」
高坂さんはブツブツとどう対応すべきかを悩んでいるようだった。この中には大切なデータが入っているらしく、かなり焦っているのが伝わってくる。
「では、代理で誰かを取りに行かせる場合、委任状か何かを持って行かせたらよろしいでしょうか?」
「ええっと……そこまできっちりした規則はないと思うので、取りに来られた際に高坂様のお名前を出していただけるだけで大丈夫かと」
これまで忘れ物を引き取りに委任状を持ってきた人はいなかったような気がする。大袈裟と言ってしまえばそれまでだが、彼にとってこれはそのくらい大事な物だということなのだろうか。とにかく何とかすぐに引き取りたいらしく、人に頼むか出張前に取りに来るかと真剣に悩んでいるようだった。彼のあまりの焦り様に私はお節介とは思いつつ提案してみる。
「もし会社がお近くなら届けましょうか? あ、土曜日ってお休みですか?」
「いえ、誰かしらは出ているはずですが……」
私のあまりにも気安い申し出に彼は少し戸惑っているようだった。でも、週末に代理人を探す手間を考えたのか、申し訳なさそうに受け入れてくれた。
「ブースの清掃に行ってきます」
フロント裏にある事務所へ声を掛けて、用具の入った篭を手に取る。中にはハンディモップやダスター、スプレータイプのアルコールなどの清掃用具やゴミ袋が入っていて、これを携えてブース間を効率良く回っていくのだ。
裏の狭い小部屋からは「了解です」という店長の声が返ってくる。もう仮眠は終わったらしい。
奥にある喫煙席から順に掃除して回り、ブースに放置されっぱなしだったコミックを棚に並べ直してから、一旦フロントへと戻る。清掃済み登録を端末で行った後に確認すれば、知らない間にチェックアウトされて清掃待ちになった席がまた二件増えていた。マメに回らないと、あっという間にブースマップは黒塗りばかりになってしまう。
私は新たに印字した未清掃リストを手に、今度は禁煙席へと向かった。この店は喫煙と禁煙では利用数は一日を通して大体同じくらい。でも今夜は禁煙席のフラットシートが人気らしく、八席ある内の半分が利用中だった。
キャスター付きの椅子を備えたブースに入り、ハンディモップで全体の埃等を払いつつ、私は席に忘れ物などがないかを確認していく。照明が全体的に薄暗いこともあり、私物の置き忘れは意外と多い。特にコンセントがテーブル下の奥まったところにしかないから、スマホなどの充電ケーブルが差したままになっていることがあり、清掃時には隅々まで念入りに確認するようにはしていた。
テーブル周辺をぐるりと見回した時、私はパソコン本体に見慣れないUSBメモリが差さっているのに気付く。パソコンと同じ黒色だったから一瞬見落としそうになったけれど、間違いなく利用客の忘れ物だ。
「えっと……四十五番ブースね」
ラップエプロンの前ポケットからメモ帳を取り出して、ブース番号を控える。
基本的には忘れ物があったとしても店側から連絡することはなく、決められた保管期間を過ぎても問い合わせがなければ処分されることになっていた。でも何となく、これはとても大事な物のような気がして、私はフロントへ戻って四十五番ブースの直近の利用履歴を表示する。一番最後に利用していたのは約一時間前にチェックアウトした男性客らしく、私は彼の会員情報をモニターへ表示させた。
『コウサカシュウト 三十二歳』
まだ会員カードの本登録ができていないらしく、名前と生年月日だけの仮登録状態になっている。私はカウンター下の引き出しを開いて、未入力なまま放置されている大量の入会申込書にウンザリ顔をする。おそらくこの客が記入した物と本人確認書類のコピーもこの中にあるはずなのだが……
会員番号からここ一ヶ月以内の登録だと目星を付けて、私は重なっている物の上から二十枚ほどを取り出して、パラパラと捲りながら目を通していく。案の定、このコウサカという客は先々週に新規入会したばかりみたいですぐに見つけることができた。
私は店の固定電話に手を伸ばし、申込書に記入されている携帯番号へ電話を掛ける。三コール鳴った後、見知らぬ番号なはずなのにやけに落ち着いた声で出てくれた男性。
「はい、高坂です」
「ネットカフェ『INARI』ですが、こちらは高坂柊人様のお電話でしょうか?」
「はい、そうですが?」
「あの、本日のご利用の際、お席にUSBメモリをお忘れではないかの確認なのですが……」
それ以前の清掃時の見落としがあったなら、彼ではなく別の客の私物の可能性もあるから、私は恐る恐る訊ねる。すると、電話の向こうの高坂さんは考えているのか、それとも鞄の中を確認していたのか、少し間を置いた後に慌て始めたようだった。
「ああ、帰る時に抜くのを忘れてしまったみたいです。申し訳ない、今から取りに戻ります、と言いたいところなんですが、すでに終電無くなっていますね……今日に限って、車は会社で……」
「あ、フロントでお預かりしておきますので、当店の方はいつでも――」
「いや、仕事上の大事なデータが入ってるので、すぐに何とか……ああ、でも明日からしばらく出張だったか……なら、誰か会社の者に取りに行ってもらうしか……」
高坂さんはブツブツとどう対応すべきかを悩んでいるようだった。この中には大切なデータが入っているらしく、かなり焦っているのが伝わってくる。
「では、代理で誰かを取りに行かせる場合、委任状か何かを持って行かせたらよろしいでしょうか?」
「ええっと……そこまできっちりした規則はないと思うので、取りに来られた際に高坂様のお名前を出していただけるだけで大丈夫かと」
これまで忘れ物を引き取りに委任状を持ってきた人はいなかったような気がする。大袈裟と言ってしまえばそれまでだが、彼にとってこれはそのくらい大事な物だということなのだろうか。とにかく何とかすぐに引き取りたいらしく、人に頼むか出張前に取りに来るかと真剣に悩んでいるようだった。彼のあまりの焦り様に私はお節介とは思いつつ提案してみる。
「もし会社がお近くなら届けましょうか? あ、土曜日ってお休みですか?」
「いえ、誰かしらは出ているはずですが……」
私のあまりにも気安い申し出に彼は少し戸惑っているようだった。でも、週末に代理人を探す手間を考えたのか、申し訳なさそうに受け入れてくれた。
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