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第四話・忘れ物2
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高坂さんから電話で聞いた会社の住所は店の最寄り駅の反対側にあった。彼から駅をぐるりと回って踏切を越えるより、改札前を横切る方が早いと聞いていたので、私は普段バイトを終えて帰宅するのと同じように駅構内へ続くエスカレーターに乗る。今日は人手が足りないこともあって朝八時までの長めのシフトで、その後一時間ほどをブースで気になっていたコミックを読んで時間を潰した。
――遅くても九時過ぎには誰か出社してるって言ってたし……
私がバイト帰りに届けに立ち寄ると伝えると、電話の向こうで高坂さんがとても恐縮していたのが分かった。自分のミスで他人の私に余計な手間を取らせてしまうことを申し訳なく思ってくれているようだった。彼の勤務先が駅近くだと聞いて、ちょうど帰り道だからと伝えるとようやく納得してくれたみたいだ。
普段はそのまま改札に入るところを、今日は前を素通りして反対側の出入り口へと向かう。この駅はバイトに来る以外に利用することが無かったからこちら側に出るのは初めてだ。古い商店街や飲食店が密集する東口とは違って、西口の駅前は背の高いマンションやビルが多く、全く別の地域を訪れているような錯覚がした。知らない土地を探検しながら歩くのは結構好きだから、ちょっとワクワクする。
「ええっと、駅前ロータリーのすぐ近くってどこだろう……?」
住所を入れたマップアプリをスマホに表示しながら、私は駅前に立ち並ぶビルを見回す。何年か前に開発指定されたエリアらしく、どのビルもまだ建って間もない新しいものばかりで、私が昼間に勤める会社の年季の入った物とは大違いだ。アプリのガイドに従ってロータリーを越えたところに目的の建物を見つけ、私は間近で見上げながら「ふぁ……」と驚きの声を上げる。
ライトグレーの外壁に大きなガラス扉を構えたそのビルは窓の数を見る限り七階建てだろうか。周辺はテナントビルが多いみたいで複数の社名の入ったプレートが建物の前に掲げられていたけれど、ここは入り口に『ヴェルクパートナーズ』という一社の看板だけしかない。ということは自社ビルなんだろう。それらだけでは何の会社なのかはさっぱり分からないけれど。
私はその世界の相棒的な社名が表示されたビルの自動ドアを潜り抜けると、今は無人の受付カウンターへと歩み寄る。きっと平日だったら誰かが常駐しているのだろうが、さすがに週末だから仕方ない。御用の方はこちらを、と書かれた緊急受付用の受話器を持ち上げると、しばらく呼び出し音を聞きながら待った後に若い男性の声で「はい、営業部です」と返答があった。
「あ、あの、こちらでお勤めの高坂さんの忘れ物を届けに伺ったのですが」
私がそう答えると、男性はすでに高坂さんから事情を知らされていたようだったけれど、なぜか返事が戻ってくるのには一瞬の間があった。でも、「す、すぐ伺いますので、しばらくお待ちいただけますか⁉」と慌てた風に電話が切られ、本当に数分もしない内に肩で息をしたスーツ姿の男性が受付前で待つ私のところへ駆けよってきた。
「す、すみませんっ、社長から社内メールで指示されてはいたのですが、ぼーっとしてしまって……」
「あ、いえ、大丈夫です……て、えっ、高坂柊人さんってこちらの社長さんなんですかっ⁉」
私が驚いて聞き返すと、目の前の男性が逆にキョトン顔になる。
「あれっ、社長のお知り合いの方ってわけじゃないんですか? 俺はてっきり高坂社長のプライベート関連かと……」
「い、いえ、私はお客様が店にお忘れになっていた物を届けに伺っただけなので」
そう言いながら、念の為に外からは見えないよう店名入りの封筒に入れたUSBメモリを目の前の男性へと差し出す。彼は受け取った物の中を覗き込んでから、納得したように大きく頷いていた。彼は上司の個人的な知り合いが来るのだと思い込んでちょっと身構えていたらしく、私がただのネットカフェの店員だと伝えるとかなりホッとした表情に変わった。高坂さんは従業員にとってそんなにも怖い存在なんだろうか? 電話で話した限りはとても紳士的な印象だったのだけれど。
「確かに受け取らせていただきました」
男性から受領書代わりだと言われて名刺を手渡され、それを見て初めてここが経営コンサルタント会社だということを知る。この規模だと取引先も大手企業が中心なのだろう。私には縁遠い世界だ。
帰り際、私はエントランスフロアを改めてぐるりと見回した。こんな素敵なオフィスビルを構える会社の社長だという高坂さんとは実は一度も会った記憶がない。昨晩のチェックアウトは店長か島崎君が受付けたみたいだし、名前に見覚えは全然無いからそれ以前の利用も多分、受付したことはないのだと思う。入会申込書に添付されていた免許証のコピーを見てもあまりピンとは来なかったし。
――フードの注文とか、店内ですれ違うとかはあるかもしれないけど……
ネカフェ難民的にほぼ毎日寝泊まりに来るような常連客なら名前と顔は一致するけど、そうでないとなかなか覚えきれない。
――遅くても九時過ぎには誰か出社してるって言ってたし……
私がバイト帰りに届けに立ち寄ると伝えると、電話の向こうで高坂さんがとても恐縮していたのが分かった。自分のミスで他人の私に余計な手間を取らせてしまうことを申し訳なく思ってくれているようだった。彼の勤務先が駅近くだと聞いて、ちょうど帰り道だからと伝えるとようやく納得してくれたみたいだ。
普段はそのまま改札に入るところを、今日は前を素通りして反対側の出入り口へと向かう。この駅はバイトに来る以外に利用することが無かったからこちら側に出るのは初めてだ。古い商店街や飲食店が密集する東口とは違って、西口の駅前は背の高いマンションやビルが多く、全く別の地域を訪れているような錯覚がした。知らない土地を探検しながら歩くのは結構好きだから、ちょっとワクワクする。
「ええっと、駅前ロータリーのすぐ近くってどこだろう……?」
住所を入れたマップアプリをスマホに表示しながら、私は駅前に立ち並ぶビルを見回す。何年か前に開発指定されたエリアらしく、どのビルもまだ建って間もない新しいものばかりで、私が昼間に勤める会社の年季の入った物とは大違いだ。アプリのガイドに従ってロータリーを越えたところに目的の建物を見つけ、私は間近で見上げながら「ふぁ……」と驚きの声を上げる。
ライトグレーの外壁に大きなガラス扉を構えたそのビルは窓の数を見る限り七階建てだろうか。周辺はテナントビルが多いみたいで複数の社名の入ったプレートが建物の前に掲げられていたけれど、ここは入り口に『ヴェルクパートナーズ』という一社の看板だけしかない。ということは自社ビルなんだろう。それらだけでは何の会社なのかはさっぱり分からないけれど。
私はその世界の相棒的な社名が表示されたビルの自動ドアを潜り抜けると、今は無人の受付カウンターへと歩み寄る。きっと平日だったら誰かが常駐しているのだろうが、さすがに週末だから仕方ない。御用の方はこちらを、と書かれた緊急受付用の受話器を持ち上げると、しばらく呼び出し音を聞きながら待った後に若い男性の声で「はい、営業部です」と返答があった。
「あ、あの、こちらでお勤めの高坂さんの忘れ物を届けに伺ったのですが」
私がそう答えると、男性はすでに高坂さんから事情を知らされていたようだったけれど、なぜか返事が戻ってくるのには一瞬の間があった。でも、「す、すぐ伺いますので、しばらくお待ちいただけますか⁉」と慌てた風に電話が切られ、本当に数分もしない内に肩で息をしたスーツ姿の男性が受付前で待つ私のところへ駆けよってきた。
「す、すみませんっ、社長から社内メールで指示されてはいたのですが、ぼーっとしてしまって……」
「あ、いえ、大丈夫です……て、えっ、高坂柊人さんってこちらの社長さんなんですかっ⁉」
私が驚いて聞き返すと、目の前の男性が逆にキョトン顔になる。
「あれっ、社長のお知り合いの方ってわけじゃないんですか? 俺はてっきり高坂社長のプライベート関連かと……」
「い、いえ、私はお客様が店にお忘れになっていた物を届けに伺っただけなので」
そう言いながら、念の為に外からは見えないよう店名入りの封筒に入れたUSBメモリを目の前の男性へと差し出す。彼は受け取った物の中を覗き込んでから、納得したように大きく頷いていた。彼は上司の個人的な知り合いが来るのだと思い込んでちょっと身構えていたらしく、私がただのネットカフェの店員だと伝えるとかなりホッとした表情に変わった。高坂さんは従業員にとってそんなにも怖い存在なんだろうか? 電話で話した限りはとても紳士的な印象だったのだけれど。
「確かに受け取らせていただきました」
男性から受領書代わりだと言われて名刺を手渡され、それを見て初めてここが経営コンサルタント会社だということを知る。この規模だと取引先も大手企業が中心なのだろう。私には縁遠い世界だ。
帰り際、私はエントランスフロアを改めてぐるりと見回した。こんな素敵なオフィスビルを構える会社の社長だという高坂さんとは実は一度も会った記憶がない。昨晩のチェックアウトは店長か島崎君が受付けたみたいだし、名前に見覚えは全然無いからそれ以前の利用も多分、受付したことはないのだと思う。入会申込書に添付されていた免許証のコピーを見てもあまりピンとは来なかったし。
――フードの注文とか、店内ですれ違うとかはあるかもしれないけど……
ネカフェ難民的にほぼ毎日寝泊まりに来るような常連客なら名前と顔は一致するけど、そうでないとなかなか覚えきれない。
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