4 / 50
第四話・忘れ物2
しおりを挟む
高坂さんから電話で聞いた会社の住所は店の最寄り駅の反対側にあった。彼から駅をぐるりと回って踏切を越えるより、改札前を横切る方が早いと聞いていたので、私は普段バイトを終えて帰宅するのと同じように駅構内へ続くエスカレーターに乗る。今日は人手が足りないこともあって朝八時までの長めのシフトで、その後一時間ほどをブースで気になっていたコミックを読んで時間を潰した。
――遅くても九時過ぎには誰か出社してるって言ってたし……
私がバイト帰りに届けに立ち寄ると伝えると、電話の向こうで高坂さんがとても恐縮していたのが分かった。自分のミスで他人の私に余計な手間を取らせてしまうことを申し訳なく思ってくれているようだった。彼の勤務先が駅近くだと聞いて、ちょうど帰り道だからと伝えるとようやく納得してくれたみたいだ。
普段はそのまま改札に入るところを、今日は前を素通りして反対側の出入り口へと向かう。この駅はバイトに来る以外に利用することが無かったからこちら側に出るのは初めてだ。古い商店街や飲食店が密集する東口とは違って、西口の駅前は背の高いマンションやビルが多く、全く別の地域を訪れているような錯覚がした。知らない土地を探検しながら歩くのは結構好きだから、ちょっとワクワクする。
「ええっと、駅前ロータリーのすぐ近くってどこだろう……?」
住所を入れたマップアプリをスマホに表示しながら、私は駅前に立ち並ぶビルを見回す。何年か前に開発指定されたエリアらしく、どのビルもまだ建って間もない新しいものばかりで、私が昼間に勤める会社の年季の入った物とは大違いだ。アプリのガイドに従ってロータリーを越えたところに目的の建物を見つけ、私は間近で見上げながら「ふぁ……」と驚きの声を上げる。
ライトグレーの外壁に大きなガラス扉を構えたそのビルは窓の数を見る限り七階建てだろうか。周辺はテナントビルが多いみたいで複数の社名の入ったプレートが建物の前に掲げられていたけれど、ここは入り口に『ヴェルクパートナーズ』という一社の看板だけしかない。ということは自社ビルなんだろう。それらだけでは何の会社なのかはさっぱり分からないけれど。
私はその世界の相棒的な社名が表示されたビルの自動ドアを潜り抜けると、今は無人の受付カウンターへと歩み寄る。きっと平日だったら誰かが常駐しているのだろうが、さすがに週末だから仕方ない。御用の方はこちらを、と書かれた緊急受付用の受話器を持ち上げると、しばらく呼び出し音を聞きながら待った後に若い男性の声で「はい、営業部です」と返答があった。
「あ、あの、こちらでお勤めの高坂さんの忘れ物を届けに伺ったのですが」
私がそう答えると、男性はすでに高坂さんから事情を知らされていたようだったけれど、なぜか返事が戻ってくるのには一瞬の間があった。でも、「す、すぐ伺いますので、しばらくお待ちいただけますか⁉」と慌てた風に電話が切られ、本当に数分もしない内に肩で息をしたスーツ姿の男性が受付前で待つ私のところへ駆けよってきた。
「す、すみませんっ、社長から社内メールで指示されてはいたのですが、ぼーっとしてしまって……」
「あ、いえ、大丈夫です……て、えっ、高坂柊人さんってこちらの社長さんなんですかっ⁉」
私が驚いて聞き返すと、目の前の男性が逆にキョトン顔になる。
「あれっ、社長のお知り合いの方ってわけじゃないんですか? 俺はてっきり高坂社長のプライベート関連かと……」
「い、いえ、私はお客様が店にお忘れになっていた物を届けに伺っただけなので」
そう言いながら、念の為に外からは見えないよう店名入りの封筒に入れたUSBメモリを目の前の男性へと差し出す。彼は受け取った物の中を覗き込んでから、納得したように大きく頷いていた。彼は上司の個人的な知り合いが来るのだと思い込んでちょっと身構えていたらしく、私がただのネットカフェの店員だと伝えるとかなりホッとした表情に変わった。高坂さんは従業員にとってそんなにも怖い存在なんだろうか? 電話で話した限りはとても紳士的な印象だったのだけれど。
「確かに受け取らせていただきました」
男性から受領書代わりだと言われて名刺を手渡され、それを見て初めてここが経営コンサルタント会社だということを知る。この規模だと取引先も大手企業が中心なのだろう。私には縁遠い世界だ。
帰り際、私はエントランスフロアを改めてぐるりと見回した。こんな素敵なオフィスビルを構える会社の社長だという高坂さんとは実は一度も会った記憶がない。昨晩のチェックアウトは店長か島崎君が受付けたみたいだし、名前に見覚えは全然無いからそれ以前の利用も多分、受付したことはないのだと思う。入会申込書に添付されていた免許証のコピーを見てもあまりピンとは来なかったし。
――フードの注文とか、店内ですれ違うとかはあるかもしれないけど……
ネカフェ難民的にほぼ毎日寝泊まりに来るような常連客なら名前と顔は一致するけど、そうでないとなかなか覚えきれない。
――遅くても九時過ぎには誰か出社してるって言ってたし……
私がバイト帰りに届けに立ち寄ると伝えると、電話の向こうで高坂さんがとても恐縮していたのが分かった。自分のミスで他人の私に余計な手間を取らせてしまうことを申し訳なく思ってくれているようだった。彼の勤務先が駅近くだと聞いて、ちょうど帰り道だからと伝えるとようやく納得してくれたみたいだ。
普段はそのまま改札に入るところを、今日は前を素通りして反対側の出入り口へと向かう。この駅はバイトに来る以外に利用することが無かったからこちら側に出るのは初めてだ。古い商店街や飲食店が密集する東口とは違って、西口の駅前は背の高いマンションやビルが多く、全く別の地域を訪れているような錯覚がした。知らない土地を探検しながら歩くのは結構好きだから、ちょっとワクワクする。
「ええっと、駅前ロータリーのすぐ近くってどこだろう……?」
住所を入れたマップアプリをスマホに表示しながら、私は駅前に立ち並ぶビルを見回す。何年か前に開発指定されたエリアらしく、どのビルもまだ建って間もない新しいものばかりで、私が昼間に勤める会社の年季の入った物とは大違いだ。アプリのガイドに従ってロータリーを越えたところに目的の建物を見つけ、私は間近で見上げながら「ふぁ……」と驚きの声を上げる。
ライトグレーの外壁に大きなガラス扉を構えたそのビルは窓の数を見る限り七階建てだろうか。周辺はテナントビルが多いみたいで複数の社名の入ったプレートが建物の前に掲げられていたけれど、ここは入り口に『ヴェルクパートナーズ』という一社の看板だけしかない。ということは自社ビルなんだろう。それらだけでは何の会社なのかはさっぱり分からないけれど。
私はその世界の相棒的な社名が表示されたビルの自動ドアを潜り抜けると、今は無人の受付カウンターへと歩み寄る。きっと平日だったら誰かが常駐しているのだろうが、さすがに週末だから仕方ない。御用の方はこちらを、と書かれた緊急受付用の受話器を持ち上げると、しばらく呼び出し音を聞きながら待った後に若い男性の声で「はい、営業部です」と返答があった。
「あ、あの、こちらでお勤めの高坂さんの忘れ物を届けに伺ったのですが」
私がそう答えると、男性はすでに高坂さんから事情を知らされていたようだったけれど、なぜか返事が戻ってくるのには一瞬の間があった。でも、「す、すぐ伺いますので、しばらくお待ちいただけますか⁉」と慌てた風に電話が切られ、本当に数分もしない内に肩で息をしたスーツ姿の男性が受付前で待つ私のところへ駆けよってきた。
「す、すみませんっ、社長から社内メールで指示されてはいたのですが、ぼーっとしてしまって……」
「あ、いえ、大丈夫です……て、えっ、高坂柊人さんってこちらの社長さんなんですかっ⁉」
私が驚いて聞き返すと、目の前の男性が逆にキョトン顔になる。
「あれっ、社長のお知り合いの方ってわけじゃないんですか? 俺はてっきり高坂社長のプライベート関連かと……」
「い、いえ、私はお客様が店にお忘れになっていた物を届けに伺っただけなので」
そう言いながら、念の為に外からは見えないよう店名入りの封筒に入れたUSBメモリを目の前の男性へと差し出す。彼は受け取った物の中を覗き込んでから、納得したように大きく頷いていた。彼は上司の個人的な知り合いが来るのだと思い込んでちょっと身構えていたらしく、私がただのネットカフェの店員だと伝えるとかなりホッとした表情に変わった。高坂さんは従業員にとってそんなにも怖い存在なんだろうか? 電話で話した限りはとても紳士的な印象だったのだけれど。
「確かに受け取らせていただきました」
男性から受領書代わりだと言われて名刺を手渡され、それを見て初めてここが経営コンサルタント会社だということを知る。この規模だと取引先も大手企業が中心なのだろう。私には縁遠い世界だ。
帰り際、私はエントランスフロアを改めてぐるりと見回した。こんな素敵なオフィスビルを構える会社の社長だという高坂さんとは実は一度も会った記憶がない。昨晩のチェックアウトは店長か島崎君が受付けたみたいだし、名前に見覚えは全然無いからそれ以前の利用も多分、受付したことはないのだと思う。入会申込書に添付されていた免許証のコピーを見てもあまりピンとは来なかったし。
――フードの注文とか、店内ですれ違うとかはあるかもしれないけど……
ネカフェ難民的にほぼ毎日寝泊まりに来るような常連客なら名前と顔は一致するけど、そうでないとなかなか覚えきれない。
46
あなたにおすすめの小説
譲れない秘密の溺愛
恋文春奈
恋愛
憧れの的、国宝級にイケメンな一条社長と秘密で付き合っている 社内一人気の氷室先輩が急接近!? 憧れの二人に愛される美波だけど… 「美波…今日充電させて」 「俺だけに愛されて」 一条 朝陽 完全無欠なイケメン×鈴木 美波 無自覚隠れ美女
契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」
突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。
冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。
仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。
「お前を、誰にも渡すつもりはない」
冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。
これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?
割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。
不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。
これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
訳あって、推しに激似のクールな美容外科医と利害一致のソロ活婚をしたはずが溺愛婚になりました
羽村 美海
恋愛
【久々の連載にお付き合いいただきありがとうございました🙇🏻♀️💞2月より新連載を予定しております。詳細は近況ボードにてお知らせいたします】
狂言界の名門として知られる高邑家の娘として生を受けた杏璃は、『イケメン狂言師』として人気の双子の従兄に蝶よ花よと可愛がられてきた。
過干渉気味な従兄のおかげで異性と出会う機会もなく、退屈な日常を過ごしていた。
いつか恋愛小説やコミックスに登場するヒーローのような素敵な相手が現れて、退屈な日常から連れ出してくれるかも……なんて夢見てきた。
だが待っていたのは、理想の王子様像そのもののアニキャラ『氷のプリンス』との出会いだった。
以来、保育士として働く傍ら、ソロ活と称して推し活を満喫中。
そんな杏璃の元に突如縁談話が舞い込んでくるのだが、見合い当日、相手にドタキャンされてしまう。
そこに現れたのが、なんと推し――氷のプリンスにそっくりな美容外科医・鷹村央輔だった。
しかも見合い相手にドタキャンされたという。
――これはきっと夢に違いない。
そう思っていた矢先、伯母の提案により央輔と見合いをすることになり、それがきっかけで利害一致のソロ活婚をすることに。
確かに麗しい美貌なんかソックリだけど、無表情で無愛想だし、理想なのは見かけだけ。絶対に好きになんかならない。そう思っていたのに……。推しに激似の甘い美貌で情熱的に迫られて、身も心も甘く淫らに蕩かされる。お見合いから始まるじれあまラブストーリー!
✧• ───── ✾ ───── •✧
✿高邑杏璃・タカムラアンリ(23)
狂言界の名門として知られる高邑家のお嬢様、人間国宝の孫、推し一筋の保育士、オシャレに興味のない残念女子
✿鷹村央輔・タカムラオウスケ(33)
業界ナンバーワン鷹村美容整形クリニックの副院長、実は財閥系企業・鷹村グループの御曹司、アニキャラ・氷のプリンスに似たクールな容貌のせいで『美容界の氷のプリンス』と呼ばれている、ある事情からソロ活を満喫中
✧• ───── ✾ ───── •✧
※R描写には章題に『※』表記
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません
※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。
✿初公開23.10.18✿
地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!
楓乃めーぷる
恋愛
見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。
秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。
呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――
地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。
ちょっとだけ三角関係もあるかも?
・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。
・毎日11時に投稿予定です。
・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。
・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
定時で帰りたい私と、残業常習犯の美形部長。秘密の夜食がきっかけで、胃袋も心も掴みました
藤森瑠璃香
恋愛
「お先に失礼しまーす!」がモットーの私、中堅社員の結城志穂。
そんな私の天敵は、仕事の鬼で社内では氷の王子と恐れられる完璧美男子・一条部長だ。
ある夜、忘れ物を取りに戻ったオフィスで、デスクで倒れるように眠る部長を発見してしまう。差し入れた温かいスープを、彼は疲れ切った顔で、でも少しだけ嬉しそうに飲んでくれた。
その日を境に、誰もいないオフィスでの「秘密の夜食」が始まった。
仕事では見せない、少しだけ抜けた素顔、美味しそうにご飯を食べる姿、ふとした時に見せる優しい笑顔。
会社での厳しい上司と、二人きりの時の可愛い人。そのギャップを知ってしまったら、もう、ただの上司だなんて思えない。
これは、美味しいご飯から始まる、少し大人で、甘くて温かいオフィスラブ。
Melty romance 〜甘S彼氏の執着愛〜
yuzu
恋愛
人数合わせで強引に参加させられた合コンに現れたのは、高校生の頃に少しだけ付き合って別れた元カレの佐野充希。適当にその場をやり過ごして帰るつもりだった堀沢真乃は充希に捕まりキスされて……
「オレを好きになるまで離してやんない。」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる