クールな経営者は不器用に溺愛する 〜ツンデレ社長とWワーク女子〜

瀬崎由美

文字の大きさ
6 / 50

第六話・相談

しおりを挟む
 始発の電車で帰宅した後、私はユニットバスでさっとシャワーを浴びてから、一人暮らししている手狭なワンルームで顔をしかめる。このマンションは社会人になってから住み続けているから、もうすぐ五年になる。テレビの前を陣取っている小さなローテーブルの上に置いた一枚の名刺を眺めながら、一人で悶々と頭を悩ませていた。

「勢いで言っちゃったけど、あんな大きな会社の社長さんに……」

 こないだ訪れた高坂さんの会社はどう考えても大企業を相手にするコンサル会社だった。間違いなく町の弁当屋なんて専門外なはずで、規模が違い過ぎてとても失礼な話を持ち掛けてしまったということに後になって気付いた。これは数学者に一桁の足し算をやってくれと頼んでいるようなものだ。馬鹿にされたと怒られても仕方ないレベル。

 ――でも、他に気軽に相談できる人なんていないし。

 一応、経営相談を受け付けているという会計事務所なんかのことも調べたことはある。もちろん、相談料は安くはなかったし、何より実際の帳簿類を開示するのが前提だから、母の協力が無ければ何もできないのだ。あの母が私に店の帳簿類を預けてくれるとは思えない。きっとまた、怒鳴られて追い返されるだけだ。

 いろいろ悩みまくったけれど、結局はほぼ見ず知らずに近い存在の高坂さんを頼ることしか私には取る手段がないように思えた。今のまま母達を放っておくなんて出来そうもないし、万が一にも彼を怒らせてしまうようなことがあれば平謝りする覚悟だ。

 週明けの月曜日。三十分の残業からはどうしても逃げ切れなかった私は、会社の最寄り駅前のファミレスに息を切らしながら飛び込んだ。初めは彼の会社のある駅まで向かうつもりだったはずが、終業ギリギリになって課長と目が合い、明日の朝一に必要だという書類の訂正を指示され、慌てて高坂さんにショートメールで連絡する。

『申し訳ありません、まだ仕事が残っていて……』
『でしたら、こちらから近くまで伺います。適当に時間を潰していますので、終わられたら連絡下さい』

 最寄り駅を聞かれて答えた後、しばらく経ってから駅前のファミレスにいると返信が届く。私は申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、せめて少しでも早くと会社から駅までを小走りで駆けた。
 カランコロンという軽快なベルの音で迎え入れられた店のドアから、私は店内をぐるりと見回す。そして、窓際の席に高坂さんの姿を見つけて急いで駆け寄る。

「すみませんっ、大変お待たせしました!」

 着いて速攻、深々と頭を下げる私のことを、高坂さんはとても静かに笑いながら早く座るようにと手で促す。私は乱れた息を整えつつ、注文を聞きに来た店員へホットコーヒーを頼む。本当はこの店で飲むならキャラメルマキアートが良かったけれど、深刻な話をする時に甘い飲み物はなんだか違う気がした。

 高坂さんはジャケットを脱いだベストスーツ姿で、テーブルの上にスマホとノートパソコンを置いて何か作業していたみたいだった。私が来たことでパソコンを閉じて鞄に片付け始める。

「お忙しい中、時間を作っていただいたのに……」

 会社を経営する彼の貴重な時間を割いてもらっているのに待たせてしまったことを謝ると、高坂さんは「別に構いませんよ」と静かにコーヒーの残りを飲み干してから、私の分を運んで来た店員へお代わりを頼んでいた。

「で、私に相談したいこととは?」

 注がれたばかりのホットコーヒーを砂糖もミルクも入れずに一口飲んだ後、高坂さんが私へと聞いてくる。私は砂糖とミルクをたっぷり足した物をスプーンで掻き混ぜていた手を止めて、再び彼に向かって頭を下げた。

「それも、本当にすみませんっ。多分、いえ、きっと高坂さんが普段扱っておられるお仕事とは比べ物にならないほど規模の小さい話だと思うんですが……」
「確か、身内の方が経営されてる店のことでしたよね?」

 確認しながら、隣の椅子に置いていた黒色のビジネスバッグから分厚い手帳を取り出して、高坂さんはボールペンを手に取る。私の話を真剣に聞こうとしてくれているのが分かって、逆に緊張しつつもなぜかホッとした。

「はい。お店と言っても本当に小さなお弁当屋さんなんですが、私の母親が経営していて――」

 彼が真っ白なページに『弁当屋』『母の経営』とメモしていくのを眺めながら、私は自分が知る限りの母の店の現状を高坂さんへと説明していく。

「両親が離婚した後、私は父の元に残ったので母達とは一緒に住んでいるわけではないので、具体的に月にどのくらいの売上があるのかまでは分かりませんが、妹から聞いている範囲では家賃を支払うのもギリギリのようで……」
「なるほど、そうなると光熱費や仕入れはほぼ赤字でしょうね」
「はい」
「お母さんと妹さんはどちらに住んでおられるんですか?」
「店のすぐ近くに母の実家があって、そこに。すでに祖父母は亡くなっているので、そのまま母が相続して、今のところ二人の生活費は祖父母が残した遺産を切り崩して賄っているみたいです」

 「なら、住居に家賃は発生しないんですね」と高坂さんは頷き返してくる。妹が奨学金を貰っている状態だから、おそらく祖父母が残したという遺産もそこまで多くはない。ほぼ初対面の彼にそんな踏み込んだ話をしていいのかと、私はそこで一旦口を噤んだ。
 私が考えていることを察したのか、高坂さんはメモ書きした手帳の文字を眺めながらとても静かな口調で告げる。

「まあ、私が口を出すのは店の経営に関してに留めておきましょう」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

譲れない秘密の溺愛

恋文春奈
恋愛
憧れの的、国宝級にイケメンな一条社長と秘密で付き合っている 社内一人気の氷室先輩が急接近!? 憧れの二人に愛される美波だけど… 「美波…今日充電させて」 「俺だけに愛されて」 一条 朝陽 完全無欠なイケメン×鈴木 美波 無自覚隠れ美女

契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」  突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。  冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。  仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。 「お前を、誰にも渡すつもりはない」  冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。  これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?  割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。  不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。  これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

訳あって、推しに激似のクールな美容外科医と利害一致のソロ活婚をしたはずが溺愛婚になりました

羽村 美海
恋愛
【久々の連載にお付き合いいただきありがとうございました🙇🏻‍♀️💞2月より新連載を予定しております。詳細は近況ボードにてお知らせいたします】 狂言界の名門として知られる高邑家の娘として生を受けた杏璃は、『イケメン狂言師』として人気の双子の従兄に蝶よ花よと可愛がられてきた。 過干渉気味な従兄のおかげで異性と出会う機会もなく、退屈な日常を過ごしていた。 いつか恋愛小説やコミックスに登場するヒーローのような素敵な相手が現れて、退屈な日常から連れ出してくれるかも……なんて夢見てきた。 だが待っていたのは、理想の王子様像そのもののアニキャラ『氷のプリンス』との出会いだった。 以来、保育士として働く傍ら、ソロ活と称して推し活を満喫中。 そんな杏璃の元に突如縁談話が舞い込んでくるのだが、見合い当日、相手にドタキャンされてしまう。 そこに現れたのが、なんと推し――氷のプリンスにそっくりな美容外科医・鷹村央輔だった。 しかも見合い相手にドタキャンされたという。 ――これはきっと夢に違いない。 そう思っていた矢先、伯母の提案により央輔と見合いをすることになり、それがきっかけで利害一致のソロ活婚をすることに。 確かに麗しい美貌なんかソックリだけど、無表情で無愛想だし、理想なのは見かけだけ。絶対に好きになんかならない。そう思っていたのに……。推しに激似の甘い美貌で情熱的に迫られて、身も心も甘く淫らに蕩かされる。お見合いから始まるじれあまラブストーリー! ✧• ───── ✾ ───── •✧ ✿高邑杏璃・タカムラアンリ(23) 狂言界の名門として知られる高邑家のお嬢様、人間国宝の孫、推し一筋の保育士、オシャレに興味のない残念女子 ✿鷹村央輔・タカムラオウスケ(33) 業界ナンバーワン鷹村美容整形クリニックの副院長、実は財閥系企業・鷹村グループの御曹司、アニキャラ・氷のプリンスに似たクールな容貌のせいで『美容界の氷のプリンス』と呼ばれている、ある事情からソロ活を満喫中 ✧• ───── ✾ ───── •✧ ※R描写には章題に『※』表記 ※この作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません ※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。 ✿初公開23.10.18✿

地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!

楓乃めーぷる
恋愛
 見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。  秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。  呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――  地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。  ちょっとだけ三角関係もあるかも? ・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。 ・毎日11時に投稿予定です。 ・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。 ・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

定時で帰りたい私と、残業常習犯の美形部長。秘密の夜食がきっかけで、胃袋も心も掴みました

藤森瑠璃香
恋愛
「お先に失礼しまーす!」がモットーの私、中堅社員の結城志穂。 そんな私の天敵は、仕事の鬼で社内では氷の王子と恐れられる完璧美男子・一条部長だ。 ある夜、忘れ物を取りに戻ったオフィスで、デスクで倒れるように眠る部長を発見してしまう。差し入れた温かいスープを、彼は疲れ切った顔で、でも少しだけ嬉しそうに飲んでくれた。 その日を境に、誰もいないオフィスでの「秘密の夜食」が始まった。 仕事では見せない、少しだけ抜けた素顔、美味しそうにご飯を食べる姿、ふとした時に見せる優しい笑顔。 会社での厳しい上司と、二人きりの時の可愛い人。そのギャップを知ってしまったら、もう、ただの上司だなんて思えない。 これは、美味しいご飯から始まる、少し大人で、甘くて温かいオフィスラブ。

Melty romance 〜甘S彼氏の執着愛〜

yuzu
恋愛
 人数合わせで強引に参加させられた合コンに現れたのは、高校生の頃に少しだけ付き合って別れた元カレの佐野充希。適当にその場をやり過ごして帰るつもりだった堀沢真乃は充希に捕まりキスされて…… 「オレを好きになるまで離してやんない。」

処理中です...