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第六話・相談
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始発の電車で帰宅した後、私はユニットバスでさっとシャワーを浴びてから、一人暮らししている手狭なワンルームで顔をしかめる。このマンションは社会人になってから住み続けているから、もうすぐ五年になる。テレビの前を陣取っている小さなローテーブルの上に置いた一枚の名刺を眺めながら、一人で悶々と頭を悩ませていた。
「勢いで言っちゃったけど、あんな大きな会社の社長さんに……」
こないだ訪れた高坂さんの会社はどう考えても大企業を相手にするコンサル会社だった。間違いなく町の弁当屋なんて専門外なはずで、規模が違い過ぎてとても失礼な話を持ち掛けてしまったということに後になって気付いた。これは数学者に一桁の足し算をやってくれと頼んでいるようなものだ。馬鹿にされたと怒られても仕方ないレベル。
――でも、他に気軽に相談できる人なんていないし。
一応、経営相談を受け付けているという会計事務所なんかのことも調べたことはある。もちろん、相談料は安くはなかったし、何より実際の帳簿類を開示するのが前提だから、母の協力が無ければ何もできないのだ。あの母が私に店の帳簿類を預けてくれるとは思えない。きっとまた、怒鳴られて追い返されるだけだ。
いろいろ悩みまくったけれど、結局はほぼ見ず知らずに近い存在の高坂さんを頼ることしか私には取る手段がないように思えた。今のまま母達を放っておくなんて出来そうもないし、万が一にも彼を怒らせてしまうようなことがあれば平謝りする覚悟だ。
週明けの月曜日。三十分の残業からはどうしても逃げ切れなかった私は、会社の最寄り駅前のファミレスに息を切らしながら飛び込んだ。初めは彼の会社のある駅まで向かうつもりだったはずが、終業ギリギリになって課長と目が合い、明日の朝一に必要だという書類の訂正を指示され、慌てて高坂さんにショートメールで連絡する。
『申し訳ありません、まだ仕事が残っていて……』
『でしたら、こちらから近くまで伺います。適当に時間を潰していますので、終わられたら連絡下さい』
最寄り駅を聞かれて答えた後、しばらく経ってから駅前のファミレスにいると返信が届く。私は申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、せめて少しでも早くと会社から駅までを小走りで駆けた。
カランコロンという軽快なベルの音で迎え入れられた店のドアから、私は店内をぐるりと見回す。そして、窓際の席に高坂さんの姿を見つけて急いで駆け寄る。
「すみませんっ、大変お待たせしました!」
着いて速攻、深々と頭を下げる私のことを、高坂さんはとても静かに笑いながら早く座るようにと手で促す。私は乱れた息を整えつつ、注文を聞きに来た店員へホットコーヒーを頼む。本当はこの店で飲むならキャラメルマキアートが良かったけれど、深刻な話をする時に甘い飲み物はなんだか違う気がした。
高坂さんはジャケットを脱いだベストスーツ姿で、テーブルの上にスマホとノートパソコンを置いて何か作業していたみたいだった。私が来たことでパソコンを閉じて鞄に片付け始める。
「お忙しい中、時間を作っていただいたのに……」
会社を経営する彼の貴重な時間を割いてもらっているのに待たせてしまったことを謝ると、高坂さんは「別に構いませんよ」と静かにコーヒーの残りを飲み干してから、私の分を運んで来た店員へお代わりを頼んでいた。
「で、私に相談したいこととは?」
注がれたばかりのホットコーヒーを砂糖もミルクも入れずに一口飲んだ後、高坂さんが私へと聞いてくる。私は砂糖とミルクをたっぷり足した物をスプーンで掻き混ぜていた手を止めて、再び彼に向かって頭を下げた。
「それも、本当にすみませんっ。多分、いえ、きっと高坂さんが普段扱っておられるお仕事とは比べ物にならないほど規模の小さい話だと思うんですが……」
「確か、身内の方が経営されてる店のことでしたよね?」
確認しながら、隣の椅子に置いていた黒色のビジネスバッグから分厚い手帳を取り出して、高坂さんはボールペンを手に取る。私の話を真剣に聞こうとしてくれているのが分かって、逆に緊張しつつもなぜかホッとした。
「はい。お店と言っても本当に小さなお弁当屋さんなんですが、私の母親が経営していて――」
彼が真っ白なページに『弁当屋』『母の経営』とメモしていくのを眺めながら、私は自分が知る限りの母の店の現状を高坂さんへと説明していく。
「両親が離婚した後、私は父の元に残ったので母達とは一緒に住んでいるわけではないので、具体的に月にどのくらいの売上があるのかまでは分かりませんが、妹から聞いている範囲では家賃を支払うのもギリギリのようで……」
「なるほど、そうなると光熱費や仕入れはほぼ赤字でしょうね」
「はい」
「お母さんと妹さんはどちらに住んでおられるんですか?」
「店のすぐ近くに母の実家があって、そこに。すでに祖父母は亡くなっているので、そのまま母が相続して、今のところ二人の生活費は祖父母が残した遺産を切り崩して賄っているみたいです」
「なら、住居に家賃は発生しないんですね」と高坂さんは頷き返してくる。妹が奨学金を貰っている状態だから、おそらく祖父母が残したという遺産もそこまで多くはない。ほぼ初対面の彼にそんな踏み込んだ話をしていいのかと、私はそこで一旦口を噤んだ。
私が考えていることを察したのか、高坂さんはメモ書きした手帳の文字を眺めながらとても静かな口調で告げる。
「まあ、私が口を出すのは店の経営に関してに留めておきましょう」
「勢いで言っちゃったけど、あんな大きな会社の社長さんに……」
こないだ訪れた高坂さんの会社はどう考えても大企業を相手にするコンサル会社だった。間違いなく町の弁当屋なんて専門外なはずで、規模が違い過ぎてとても失礼な話を持ち掛けてしまったということに後になって気付いた。これは数学者に一桁の足し算をやってくれと頼んでいるようなものだ。馬鹿にされたと怒られても仕方ないレベル。
――でも、他に気軽に相談できる人なんていないし。
一応、経営相談を受け付けているという会計事務所なんかのことも調べたことはある。もちろん、相談料は安くはなかったし、何より実際の帳簿類を開示するのが前提だから、母の協力が無ければ何もできないのだ。あの母が私に店の帳簿類を預けてくれるとは思えない。きっとまた、怒鳴られて追い返されるだけだ。
いろいろ悩みまくったけれど、結局はほぼ見ず知らずに近い存在の高坂さんを頼ることしか私には取る手段がないように思えた。今のまま母達を放っておくなんて出来そうもないし、万が一にも彼を怒らせてしまうようなことがあれば平謝りする覚悟だ。
週明けの月曜日。三十分の残業からはどうしても逃げ切れなかった私は、会社の最寄り駅前のファミレスに息を切らしながら飛び込んだ。初めは彼の会社のある駅まで向かうつもりだったはずが、終業ギリギリになって課長と目が合い、明日の朝一に必要だという書類の訂正を指示され、慌てて高坂さんにショートメールで連絡する。
『申し訳ありません、まだ仕事が残っていて……』
『でしたら、こちらから近くまで伺います。適当に時間を潰していますので、終わられたら連絡下さい』
最寄り駅を聞かれて答えた後、しばらく経ってから駅前のファミレスにいると返信が届く。私は申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、せめて少しでも早くと会社から駅までを小走りで駆けた。
カランコロンという軽快なベルの音で迎え入れられた店のドアから、私は店内をぐるりと見回す。そして、窓際の席に高坂さんの姿を見つけて急いで駆け寄る。
「すみませんっ、大変お待たせしました!」
着いて速攻、深々と頭を下げる私のことを、高坂さんはとても静かに笑いながら早く座るようにと手で促す。私は乱れた息を整えつつ、注文を聞きに来た店員へホットコーヒーを頼む。本当はこの店で飲むならキャラメルマキアートが良かったけれど、深刻な話をする時に甘い飲み物はなんだか違う気がした。
高坂さんはジャケットを脱いだベストスーツ姿で、テーブルの上にスマホとノートパソコンを置いて何か作業していたみたいだった。私が来たことでパソコンを閉じて鞄に片付け始める。
「お忙しい中、時間を作っていただいたのに……」
会社を経営する彼の貴重な時間を割いてもらっているのに待たせてしまったことを謝ると、高坂さんは「別に構いませんよ」と静かにコーヒーの残りを飲み干してから、私の分を運んで来た店員へお代わりを頼んでいた。
「で、私に相談したいこととは?」
注がれたばかりのホットコーヒーを砂糖もミルクも入れずに一口飲んだ後、高坂さんが私へと聞いてくる。私は砂糖とミルクをたっぷり足した物をスプーンで掻き混ぜていた手を止めて、再び彼に向かって頭を下げた。
「それも、本当にすみませんっ。多分、いえ、きっと高坂さんが普段扱っておられるお仕事とは比べ物にならないほど規模の小さい話だと思うんですが……」
「確か、身内の方が経営されてる店のことでしたよね?」
確認しながら、隣の椅子に置いていた黒色のビジネスバッグから分厚い手帳を取り出して、高坂さんはボールペンを手に取る。私の話を真剣に聞こうとしてくれているのが分かって、逆に緊張しつつもなぜかホッとした。
「はい。お店と言っても本当に小さなお弁当屋さんなんですが、私の母親が経営していて――」
彼が真っ白なページに『弁当屋』『母の経営』とメモしていくのを眺めながら、私は自分が知る限りの母の店の現状を高坂さんへと説明していく。
「両親が離婚した後、私は父の元に残ったので母達とは一緒に住んでいるわけではないので、具体的に月にどのくらいの売上があるのかまでは分かりませんが、妹から聞いている範囲では家賃を支払うのもギリギリのようで……」
「なるほど、そうなると光熱費や仕入れはほぼ赤字でしょうね」
「はい」
「お母さんと妹さんはどちらに住んでおられるんですか?」
「店のすぐ近くに母の実家があって、そこに。すでに祖父母は亡くなっているので、そのまま母が相続して、今のところ二人の生活費は祖父母が残した遺産を切り崩して賄っているみたいです」
「なら、住居に家賃は発生しないんですね」と高坂さんは頷き返してくる。妹が奨学金を貰っている状態だから、おそらく祖父母が残したという遺産もそこまで多くはない。ほぼ初対面の彼にそんな踏み込んだ話をしていいのかと、私はそこで一旦口を噤んだ。
私が考えていることを察したのか、高坂さんはメモ書きした手帳の文字を眺めながらとても静かな口調で告げる。
「まあ、私が口を出すのは店の経営に関してに留めておきましょう」
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