クールな経営者は不器用に溺愛する 〜ツンデレ社長とWワーク女子〜

瀬崎由美

文字の大きさ
8 / 50

第八話・母の弁当屋

しおりを挟む
 高坂さんの提案で駅前の大型スーパーの駐車場で待ち合わせして、現場視察も兼ねながら母が経営するお弁当屋までの道を並んで歩く。母の店は駅から徒歩十五分ほどのところにあり、決して人通りが良いとは言えず、周辺はよく似た建売住宅が多い。なのにすでに駅からここまで二軒のコンビニを通り過ぎた。

「開店当時の売上があった時は近所の一人暮らしのお年寄りが買いに来てくれてたみたいなんですけどね」
「そうですか」

 順調だった時の話を今更しても意味はないと思いつつ、私は自分が知っている範囲で母の店のことを語る。ほとんどは妹の風香から聞いたことばかり。それでも高坂さんの診断材料になればと思ったのだけれど、彼は駅からの道を歩いている間はずっと無表情に近くて言葉少な目だった。

 昼時を大幅に過ぎた時刻ということもあり、案の定というか母の店に客の姿はなかった。派手なベル音を鳴らすガラス引き戸を開けると、店の奥でテレビを見ていた母が首を伸ばして誰が来たのかと覗き見ていた。

「お母さん、こないだ話してた経営コンサルタントの方をお連れしたから。ちょっと話だけでも聞いて」

 カウンター越しに中に向かって私が声を掛けると、店名入りのオリジナルエプロンを着けた母が気怠そうに髪をヘアゴムで束ね直しながら出てくる。その不信感が露わな表情に、私は次の言葉が詰まりそうになる。母は私の存在が疎ましくてしょうがないのだ。こうやって顔を見せにくるのだって迷惑だと思っているのだろう。それでも風香のことを思うと、私は手の平をギュッと握って力を込めつつ、できる限り平静を装いながら母へと説明する。

「私が分かる範囲で店の状況を聞いていただいたんだけど、やっぱりこのままじゃダメだって。ここは閉めて別の生活を考えた方がいいって」
「偉そうに言わないでっ! 苦労なんてしたことがない咲良に何が分かるっていうの⁉」

 私の言葉に被せるように、母が金切り声を上げる。それでも高坂さんも一緒だったから店頭へと出て来てはくれたけど、きっと私一人だと奥から怒鳴るだけだっただろう。

「でも、この店の売上だけじゃ、生活していけないでしょう? 風香に手伝わせてるみたいだけど、バイト代もあげてないじゃない。卒業した後もここで働かせる気なんでしょう? 頑張って大学まで行って、それはあんまりじゃない……」
「何言ってんのよ、あの子が店を手伝うのは当たり前でしょ。ここで稼いだお金で食べさせてあげてるんだから」
「それって本当? 店の売上なんて、ここの家賃で全部消えてるんじゃない? お爺ちゃんの遺産を使い切った後はどうするつもりなの?」

 ――ああ、またいつもの流れだ……

 私が何を言っても反論するばかりの母。母と会うと必ず互いに声を荒げた言い合いになってしまう。私の言葉には耳を傾けようとも、意味を理解しようともしてくれない。ヒステリックに言い合う私達母子の横で、高坂さんは店の壁に貼られているメニュー表をじっと眺めていた。

「すみません。私だと、いつもこんな調子で……」

 高坂さんに小声で謝ると、彼は無表情で首を僅かに横へ振って返した後、母の方へ向き直す。そして、相変わらず彼のことを不信感丸出しで見ている母に、高坂さんは内ポケットから出した名刺入れから母へと一枚差し出した。

「経営相談を主に行っております、会計士の高坂と申します。本日はお嬢様からご依頼をいただき伺わせていただきました」

 母に手渡された名刺をちらりと覗き見ると、以前に私が貰ったのとは全く別の物だった。私が持っているのは『ヴェルクパートナーズ』というコンサルタント会社の代表取締役という肩書だったはずだ。でも今出した名刺には公認会計士と表記されてあった。仕事上で複数の名刺を使い分けているんだろうか?

 母は高坂さんの名刺を一瞥した後、「ふぅん、会計士さんねぇ」と呟きながら露骨に大人しくなる。きっと専門家を前にして、もう強気ではいられなくなったんだろう。

「駅前からここまで周辺の様子を見てきた限り、この辺りは完全にベッドタウンのようですね。大型の工業地帯まで三駅ほどですし、そちらにお勤めの方が多いのでしょうか」
「ええ、近所の人はみんなそうね」

 確か、祖父の勤めていた会社もそうだったと聞いた記憶がある。でも私はその辺りのことは高坂さんには話していないから、彼が独自に下調べしてくれたんだろうか。
 彼はカウンターの上のレジにちらりと視線を送ってから、母に向かって遠慮なく問いかける。

「ちなみに今日はこの時点でどのくらい来店数があるのか、お伺いしても?」
「え、ええっと……」

 強気の母がモゴモゴと口ごもる。その様子から売上があっても数件程度で偉そうなことは言えないのだろう。母が答えてくれないのならと、私はカウンターの中に入ってレジから控えが印字されたジャーナルを引っ張り出す。母が慌てて止めに入ろうとしたが、もう遅い。今日の日付の下に表示されている記録があまりにも短くて、いちいち数えるまでも無かった。

「ちょ、ちょっと咲良っ、勝手なことしないでよ!」
「……お母さん、今日って土曜日だよ? なのに売上が唐揚げ弁当二つだけって、本気なの?」

 販売価格が五百五十円の弁当がまとめて二つ出たきりで、来客数は一件だけ。下手したら利益は光熱費で消し飛び、ロス食材分が丸々赤字だ。顔を真っ赤にしながら「うるさいわねぇ……」という母の言葉に、さっきまでの勢いは消え失せている。
 さすがにここまでとは思ってなかったから、私は茫然としながら隣にいる高坂さんの顔を見上げることしかできなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

譲れない秘密の溺愛

恋文春奈
恋愛
憧れの的、国宝級にイケメンな一条社長と秘密で付き合っている 社内一人気の氷室先輩が急接近!? 憧れの二人に愛される美波だけど… 「美波…今日充電させて」 「俺だけに愛されて」 一条 朝陽 完全無欠なイケメン×鈴木 美波 無自覚隠れ美女

契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」  突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。  冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。  仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。 「お前を、誰にも渡すつもりはない」  冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。  これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?  割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。  不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。  これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

訳あって、推しに激似のクールな美容外科医と利害一致のソロ活婚をしたはずが溺愛婚になりました

羽村 美海
恋愛
【久々の連載にお付き合いいただきありがとうございました🙇🏻‍♀️💞2月より新連載を予定しております。詳細は近況ボードにてお知らせいたします】 狂言界の名門として知られる高邑家の娘として生を受けた杏璃は、『イケメン狂言師』として人気の双子の従兄に蝶よ花よと可愛がられてきた。 過干渉気味な従兄のおかげで異性と出会う機会もなく、退屈な日常を過ごしていた。 いつか恋愛小説やコミックスに登場するヒーローのような素敵な相手が現れて、退屈な日常から連れ出してくれるかも……なんて夢見てきた。 だが待っていたのは、理想の王子様像そのもののアニキャラ『氷のプリンス』との出会いだった。 以来、保育士として働く傍ら、ソロ活と称して推し活を満喫中。 そんな杏璃の元に突如縁談話が舞い込んでくるのだが、見合い当日、相手にドタキャンされてしまう。 そこに現れたのが、なんと推し――氷のプリンスにそっくりな美容外科医・鷹村央輔だった。 しかも見合い相手にドタキャンされたという。 ――これはきっと夢に違いない。 そう思っていた矢先、伯母の提案により央輔と見合いをすることになり、それがきっかけで利害一致のソロ活婚をすることに。 確かに麗しい美貌なんかソックリだけど、無表情で無愛想だし、理想なのは見かけだけ。絶対に好きになんかならない。そう思っていたのに……。推しに激似の甘い美貌で情熱的に迫られて、身も心も甘く淫らに蕩かされる。お見合いから始まるじれあまラブストーリー! ✧• ───── ✾ ───── •✧ ✿高邑杏璃・タカムラアンリ(23) 狂言界の名門として知られる高邑家のお嬢様、人間国宝の孫、推し一筋の保育士、オシャレに興味のない残念女子 ✿鷹村央輔・タカムラオウスケ(33) 業界ナンバーワン鷹村美容整形クリニックの副院長、実は財閥系企業・鷹村グループの御曹司、アニキャラ・氷のプリンスに似たクールな容貌のせいで『美容界の氷のプリンス』と呼ばれている、ある事情からソロ活を満喫中 ✧• ───── ✾ ───── •✧ ※R描写には章題に『※』表記 ※この作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません ※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。 ✿初公開23.10.18✿

地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!

楓乃めーぷる
恋愛
 見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。  秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。  呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――  地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。  ちょっとだけ三角関係もあるかも? ・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。 ・毎日11時に投稿予定です。 ・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。 ・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

定時で帰りたい私と、残業常習犯の美形部長。秘密の夜食がきっかけで、胃袋も心も掴みました

藤森瑠璃香
恋愛
「お先に失礼しまーす!」がモットーの私、中堅社員の結城志穂。 そんな私の天敵は、仕事の鬼で社内では氷の王子と恐れられる完璧美男子・一条部長だ。 ある夜、忘れ物を取りに戻ったオフィスで、デスクで倒れるように眠る部長を発見してしまう。差し入れた温かいスープを、彼は疲れ切った顔で、でも少しだけ嬉しそうに飲んでくれた。 その日を境に、誰もいないオフィスでの「秘密の夜食」が始まった。 仕事では見せない、少しだけ抜けた素顔、美味しそうにご飯を食べる姿、ふとした時に見せる優しい笑顔。 会社での厳しい上司と、二人きりの時の可愛い人。そのギャップを知ってしまったら、もう、ただの上司だなんて思えない。 これは、美味しいご飯から始まる、少し大人で、甘くて温かいオフィスラブ。

Melty romance 〜甘S彼氏の執着愛〜

yuzu
恋愛
 人数合わせで強引に参加させられた合コンに現れたのは、高校生の頃に少しだけ付き合って別れた元カレの佐野充希。適当にその場をやり過ごして帰るつもりだった堀沢真乃は充希に捕まりキスされて…… 「オレを好きになるまで離してやんない。」

処理中です...