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第八話・母の弁当屋
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高坂さんの提案で駅前の大型スーパーの駐車場で待ち合わせして、現場視察も兼ねながら母が経営するお弁当屋までの道を並んで歩く。母の店は駅から徒歩十五分ほどのところにあり、決して人通りが良いとは言えず、周辺はよく似た建売住宅が多い。なのにすでに駅からここまで二軒のコンビニを通り過ぎた。
「開店当時の売上があった時は近所の一人暮らしのお年寄りが買いに来てくれてたみたいなんですけどね」
「そうですか」
順調だった時の話を今更しても意味はないと思いつつ、私は自分が知っている範囲で母の店のことを語る。ほとんどは妹の風香から聞いたことばかり。それでも高坂さんの診断材料になればと思ったのだけれど、彼は駅からの道を歩いている間はずっと無表情に近くて言葉少な目だった。
昼時を大幅に過ぎた時刻ということもあり、案の定というか母の店に客の姿はなかった。派手なベル音を鳴らすガラス引き戸を開けると、店の奥でテレビを見ていた母が首を伸ばして誰が来たのかと覗き見ていた。
「お母さん、こないだ話してた経営コンサルタントの方をお連れしたから。ちょっと話だけでも聞いて」
カウンター越しに中に向かって私が声を掛けると、店名入りのオリジナルエプロンを着けた母が気怠そうに髪をヘアゴムで束ね直しながら出てくる。その不信感が露わな表情に、私は次の言葉が詰まりそうになる。母は私の存在が疎ましくてしょうがないのだ。こうやって顔を見せにくるのだって迷惑だと思っているのだろう。それでも風香のことを思うと、私は手の平をギュッと握って力を込めつつ、できる限り平静を装いながら母へと説明する。
「私が分かる範囲で店の状況を聞いていただいたんだけど、やっぱりこのままじゃダメだって。ここは閉めて別の生活を考えた方がいいって」
「偉そうに言わないでっ! 苦労なんてしたことがない咲良に何が分かるっていうの⁉」
私の言葉に被せるように、母が金切り声を上げる。それでも高坂さんも一緒だったから店頭へと出て来てはくれたけど、きっと私一人だと奥から怒鳴るだけだっただろう。
「でも、この店の売上だけじゃ、生活していけないでしょう? 風香に手伝わせてるみたいだけど、バイト代もあげてないじゃない。卒業した後もここで働かせる気なんでしょう? 頑張って大学まで行って、それはあんまりじゃない……」
「何言ってんのよ、あの子が店を手伝うのは当たり前でしょ。ここで稼いだお金で食べさせてあげてるんだから」
「それって本当? 店の売上なんて、ここの家賃で全部消えてるんじゃない? お爺ちゃんの遺産を使い切った後はどうするつもりなの?」
――ああ、またいつもの流れだ……
私が何を言っても反論するばかりの母。母と会うと必ず互いに声を荒げた言い合いになってしまう。私の言葉には耳を傾けようとも、意味を理解しようともしてくれない。ヒステリックに言い合う私達母子の横で、高坂さんは店の壁に貼られているメニュー表をじっと眺めていた。
「すみません。私だと、いつもこんな調子で……」
高坂さんに小声で謝ると、彼は無表情で首を僅かに横へ振って返した後、母の方へ向き直す。そして、相変わらず彼のことを不信感丸出しで見ている母に、高坂さんは内ポケットから出した名刺入れから母へと一枚差し出した。
「経営相談を主に行っております、会計士の高坂と申します。本日はお嬢様からご依頼をいただき伺わせていただきました」
母に手渡された名刺をちらりと覗き見ると、以前に私が貰ったのとは全く別の物だった。私が持っているのは『ヴェルクパートナーズ』というコンサルタント会社の代表取締役という肩書だったはずだ。でも今出した名刺には公認会計士と表記されてあった。仕事上で複数の名刺を使い分けているんだろうか?
母は高坂さんの名刺を一瞥した後、「ふぅん、会計士さんねぇ」と呟きながら露骨に大人しくなる。きっと専門家を前にして、もう強気ではいられなくなったんだろう。
「駅前からここまで周辺の様子を見てきた限り、この辺りは完全にベッドタウンのようですね。大型の工業地帯まで三駅ほどですし、そちらにお勤めの方が多いのでしょうか」
「ええ、近所の人はみんなそうね」
確か、祖父の勤めていた会社もそうだったと聞いた記憶がある。でも私はその辺りのことは高坂さんには話していないから、彼が独自に下調べしてくれたんだろうか。
彼はカウンターの上のレジにちらりと視線を送ってから、母に向かって遠慮なく問いかける。
「ちなみに今日はこの時点でどのくらい来店数があるのか、お伺いしても?」
「え、ええっと……」
強気の母がモゴモゴと口ごもる。その様子から売上があっても数件程度で偉そうなことは言えないのだろう。母が答えてくれないのならと、私はカウンターの中に入ってレジから控えが印字されたジャーナルを引っ張り出す。母が慌てて止めに入ろうとしたが、もう遅い。今日の日付の下に表示されている記録があまりにも短くて、いちいち数えるまでも無かった。
「ちょ、ちょっと咲良っ、勝手なことしないでよ!」
「……お母さん、今日って土曜日だよ? なのに売上が唐揚げ弁当二つだけって、本気なの?」
販売価格が五百五十円の弁当がまとめて二つ出たきりで、来客数は一件だけ。下手したら利益は光熱費で消し飛び、ロス食材分が丸々赤字だ。顔を真っ赤にしながら「うるさいわねぇ……」という母の言葉に、さっきまでの勢いは消え失せている。
さすがにここまでとは思ってなかったから、私は茫然としながら隣にいる高坂さんの顔を見上げることしかできなかった。
「開店当時の売上があった時は近所の一人暮らしのお年寄りが買いに来てくれてたみたいなんですけどね」
「そうですか」
順調だった時の話を今更しても意味はないと思いつつ、私は自分が知っている範囲で母の店のことを語る。ほとんどは妹の風香から聞いたことばかり。それでも高坂さんの診断材料になればと思ったのだけれど、彼は駅からの道を歩いている間はずっと無表情に近くて言葉少な目だった。
昼時を大幅に過ぎた時刻ということもあり、案の定というか母の店に客の姿はなかった。派手なベル音を鳴らすガラス引き戸を開けると、店の奥でテレビを見ていた母が首を伸ばして誰が来たのかと覗き見ていた。
「お母さん、こないだ話してた経営コンサルタントの方をお連れしたから。ちょっと話だけでも聞いて」
カウンター越しに中に向かって私が声を掛けると、店名入りのオリジナルエプロンを着けた母が気怠そうに髪をヘアゴムで束ね直しながら出てくる。その不信感が露わな表情に、私は次の言葉が詰まりそうになる。母は私の存在が疎ましくてしょうがないのだ。こうやって顔を見せにくるのだって迷惑だと思っているのだろう。それでも風香のことを思うと、私は手の平をギュッと握って力を込めつつ、できる限り平静を装いながら母へと説明する。
「私が分かる範囲で店の状況を聞いていただいたんだけど、やっぱりこのままじゃダメだって。ここは閉めて別の生活を考えた方がいいって」
「偉そうに言わないでっ! 苦労なんてしたことがない咲良に何が分かるっていうの⁉」
私の言葉に被せるように、母が金切り声を上げる。それでも高坂さんも一緒だったから店頭へと出て来てはくれたけど、きっと私一人だと奥から怒鳴るだけだっただろう。
「でも、この店の売上だけじゃ、生活していけないでしょう? 風香に手伝わせてるみたいだけど、バイト代もあげてないじゃない。卒業した後もここで働かせる気なんでしょう? 頑張って大学まで行って、それはあんまりじゃない……」
「何言ってんのよ、あの子が店を手伝うのは当たり前でしょ。ここで稼いだお金で食べさせてあげてるんだから」
「それって本当? 店の売上なんて、ここの家賃で全部消えてるんじゃない? お爺ちゃんの遺産を使い切った後はどうするつもりなの?」
――ああ、またいつもの流れだ……
私が何を言っても反論するばかりの母。母と会うと必ず互いに声を荒げた言い合いになってしまう。私の言葉には耳を傾けようとも、意味を理解しようともしてくれない。ヒステリックに言い合う私達母子の横で、高坂さんは店の壁に貼られているメニュー表をじっと眺めていた。
「すみません。私だと、いつもこんな調子で……」
高坂さんに小声で謝ると、彼は無表情で首を僅かに横へ振って返した後、母の方へ向き直す。そして、相変わらず彼のことを不信感丸出しで見ている母に、高坂さんは内ポケットから出した名刺入れから母へと一枚差し出した。
「経営相談を主に行っております、会計士の高坂と申します。本日はお嬢様からご依頼をいただき伺わせていただきました」
母に手渡された名刺をちらりと覗き見ると、以前に私が貰ったのとは全く別の物だった。私が持っているのは『ヴェルクパートナーズ』というコンサルタント会社の代表取締役という肩書だったはずだ。でも今出した名刺には公認会計士と表記されてあった。仕事上で複数の名刺を使い分けているんだろうか?
母は高坂さんの名刺を一瞥した後、「ふぅん、会計士さんねぇ」と呟きながら露骨に大人しくなる。きっと専門家を前にして、もう強気ではいられなくなったんだろう。
「駅前からここまで周辺の様子を見てきた限り、この辺りは完全にベッドタウンのようですね。大型の工業地帯まで三駅ほどですし、そちらにお勤めの方が多いのでしょうか」
「ええ、近所の人はみんなそうね」
確か、祖父の勤めていた会社もそうだったと聞いた記憶がある。でも私はその辺りのことは高坂さんには話していないから、彼が独自に下調べしてくれたんだろうか。
彼はカウンターの上のレジにちらりと視線を送ってから、母に向かって遠慮なく問いかける。
「ちなみに今日はこの時点でどのくらい来店数があるのか、お伺いしても?」
「え、ええっと……」
強気の母がモゴモゴと口ごもる。その様子から売上があっても数件程度で偉そうなことは言えないのだろう。母が答えてくれないのならと、私はカウンターの中に入ってレジから控えが印字されたジャーナルを引っ張り出す。母が慌てて止めに入ろうとしたが、もう遅い。今日の日付の下に表示されている記録があまりにも短くて、いちいち数えるまでも無かった。
「ちょ、ちょっと咲良っ、勝手なことしないでよ!」
「……お母さん、今日って土曜日だよ? なのに売上が唐揚げ弁当二つだけって、本気なの?」
販売価格が五百五十円の弁当がまとめて二つ出たきりで、来客数は一件だけ。下手したら利益は光熱費で消し飛び、ロス食材分が丸々赤字だ。顔を真っ赤にしながら「うるさいわねぇ……」という母の言葉に、さっきまでの勢いは消え失せている。
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