クールな経営者は不器用に溺愛する 〜ツンデレ社長とWワーク女子〜

瀬崎由美

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第九話・母の弁当屋2

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 私達が来てからも誰一人として来客はないし、店の電話が鳴る気配もない。奥の部屋で付けっぱなしになっているテレビから韓流ドラマの再放送の音が漏れて聞こえてくるだけだ。

「本来なら帳簿類を見せていただいて数字を確認しながらお話するのですが――」

 そう言いながら、高坂さんは私がレジから取り出したジャーナルを受け取って、丸まったそれを伸ばして印字されている文字をさっと目で追っていく。毎日の出入金がきっちり記録されたそれにより、帳簿を見なくても分かることは多い。

「ここひと月、売上の無い日もかなりあるようですね。概算になりますが、ざっと見た感じテナント料にも足りてないようですし、光熱費、人件費、仕入れや備品に掛かる費用、その他――大幅な赤字には間違いないでしょう。完全なマイナス経営になっていますし、このまま店を開けることに意味はありません。言うなれば、ここの家主に家賃を貢いでいるだけの存在です」

 淡々と静かな口調で話す彼の言葉に、母が顔を青褪めたり赤らめたりしている。現実を言い当てられたショックと、プライドを傷つけられた怒りからか握りしめた拳をフルフルと震えさせている。それでも言い返さないのは名刺を見て彼が経営のプロだと知ったからだろう。母は肩書に弱い。
 高坂さんは店の中を改めて見回しながら続ける。

「特に際立つ商品もなさそうですし、店舗もかなり古い。かと言って、改装したところで手頃なスーパーやコンビニの弁当に勝てるわけもない。店をオープンした時とは周辺の状況が大きく変わっているのに気付きませんか?」
「そ、それくらい、私だって分かってるわよっ」
「そうですか、では店を畳むか、或いは競合の一切ないところに移転しないのはなぜですか? この店は営業すればするほど赤字幅を広げるだけなはずですが」

 遠慮なく指摘してくる高坂さんに対して、母は「銀行からの借り入れだってまだ残ってるのに……」とモゴモゴと小声で言い訳していたが、正面切って反論はしてこない。代わりに私の方をキッと睨みつけてきて、逆上したように怒鳴り散らす。

「もうっ、放っておいて! 私には私の考えがあるのっ、関係ないあなた達がいちいち口出しして来ないで頂戴っ!」

 そう言って、早く帰れとばかりに入り口の戸を開いて、私達のことを追い出してくる。私と高坂さんは呆れ顔を浮かべながら、渋々と店を出る。真後ろでぴしゃりと大きな音を立てて戸が閉め切られたのが聞こえてきて、私はモヤモヤする気持ちを抱えたまま、高坂さんと並んで駅へ向かって歩き始めた。

「すみません。うちの母は、いつもあんな感じで……」

 折角、彼がプロの目から意見してくれたのに、全く聞く耳を持ってはくれそうもなかった。私の言葉を聞き入れないのは仕方ないとは思っていたけど、まさかあそこまで頑なだったとは……。何とかしたいという私の願いは今回も届きそうもなかった。落ち込む私のことを高坂さんが少し不思議そうな表情で見下ろしてくる。

「荒川さんから相談を受けた時から、一緒に暮らしていないのだから放っておけばいいのにと思ってました。あの店の経営状況が直接あなたに何か影響を与えるわけではないですよね? 妹さんも卒業後に家を出てしまえばいいわけですし」
「それでも、離れて暮らしていようが家族は家族なので。それに、あんな風でも血の繋がった母親には違いありませんし」
「……そういうものなんですね」

 放っておけないんです、と答えた私のことを、高坂さんは何か言いたげな顔で黙って見てくる。うちのギスギスした親子関係を目の当たりにして呆れてしまったのかもしれない。変なことに巻き込んで休日まで潰してしまって申し訳ないなと思いつつ、最後まで親身に相談に乗ってくれた彼へと、別れ際にもう一度丁寧にお礼を伝えた。

「今日はありがとうございました。あとはもう黙って見守るだけにしようと思います。あの人はきっと死ぬまで変わらないと思うので」
「そうですか」
「でも本音を言えば、一日も早く目を覚まして欲しいなって思うんですけどね」

 私が冗談っぽくそう笑って言うと、高坂さんも少しだけ表情を緩めてくれたような気がした。あまり感情を表に出さない人なのか、イマイチ分かり辛くはあったけれど。
 スーパーの駐車場に車を停めているという高坂さんが自宅まで送ると申し出てくれたのを、さすがにこれ以上ご迷惑は掛けられないと必死で断り、私は一人で駅へ向かって歩き出す。この辺りは両親が離婚する前から何度も遊びに来たことがあり、それなりに土地勘はあるつもりだ。母達が住む家は弁当屋から通りを一本越えたところにあって、夏休みには家族四人で泊まった思い出もある。昔は楽しい思い出ばかりだったけれど、最近はここに来る度に嫌な気分を抱えながら帰ることが多かった。いつも母と言い合いになったまま帰宅することばかりだったから。
 でも今日はそこまで憂鬱さを感じていないのは、高坂さんが味方になってくれたおかげだろうか。

 ――今度は、私の方から何かお礼した方がいいよね。

 母に向かって最後まで冷静に対応してくれた彼の姿を脳裏に思い浮かべながら、私はちょうどホームに到着したばかりという電車へと飛び乗った。
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