12 / 50
第十二話・平日のバイト2
しおりを挟む
新規入会客の会員登録をしながら、私は店を出て行ったばかりの高坂さんのことが気になって仕方なくて、ソワソワと何度も外へと視線を送っていた。そして、ちょうど休憩を終えて島崎君が裏の事務所に入ったのに気付くと、
「ごめん、後をお願いしていい? 私ちょっと休憩に入ります!」
と、島崎君に酔っ払いの入店手続きを丸投げして、私は入り口ドアの外へと飛び出した。後ろから「うっす」と島崎君が雑に返事してくれたのはかろうじて聞こえた。ブースで休憩していた彼にも酔っ払い客の騒ぎは聞こえていたとは思うけれど、それなりに夜勤歴の長い島崎君なら上手く対応してくれるはずだ。さっきまであんなに好き勝手な態度を取っていた客も、ガタイのよいフリーターと受付を交代した途端に急に大人しくなっているのが視界の隅に入る。
店には専用駐車場なんて無いから、高坂さんはきっと自分の会社に車を置いているはずだと、駅方面へ向かって小走りで追いかける。会社では集中して作業できない時に社長室を抜け出してネットカフェを利用するのだとこないだチラッと言っていたし。
駅前に続く大通りまで出たら、前を歩くスーツ姿の男性をすぐに見つけた。背丈も鞄も高坂さんだと確信した私は、息を切らしながら彼の名前を後ろから呼ぶ。
「こ、高坂さんっ、待って下さい!」
私が声を掛けるとすぐに気付いた高坂さんが、立ち止まって振り返る。そして、私が制服のまま追い掛けてきたのに驚いた顔をしている。彼がこんな風に感情を分かりやすく出したのは初めてかもしれない。いつもは微妙に眉を動かす程度の変化だったから。
「荒川さん、どうされたんですか?」
そこまで距離は無かったのにハァハァと荒い呼吸になってしまうのは、日頃の運動不足のせいだ。それに加えて今日は少し気温が低めなのもあるかもしれない。とにかく私が慌てて追いかけてきたことを察した彼は歩道の端へと私を促して、私の呼吸が落ち着くのを待ってくれようとする。背後からライトを点灯させた自転車がベルを鳴らしながら私達のことを追い越していった。
「あのっ、さっきのことなんですが――」
「ん、何のことですか?」
「私が何でまだあの店でバイトを続けてるかってことです。心配してくださってるようなので、高坂さんにはちゃんとお話した方がいいんじゃないかって思って」
「……あぁ」
実際のところ、私の事情なんて彼にとっては全く興味ないことなのは分かっている。けど、あんなに親身になって母の店まで付き合ってくれた彼に、何の結果も得られなかったと勘違いさせてしまうのは恩知らずな気がした。母は駅前のスーパーで総菜売り場の調理のパートを始めたみたいだし、風香も大学近くのコンビニでバイトをしつつ、就職活動を再開している。法学部に通っている妹は弁護士事務所を中心に面接を受けたりしているみたいだし、ゼミの教授からも知り合いの弁護士さんを紹介してもらえそうだと張り切っていた。ただ、弁当屋で使っていた業務用の器材はリサイクルショップで足元を見られて大幅に買い叩かれたと愚痴ってはいたけれど……
とにかく彼のおかげで状況は大きく改善し始めているのは確かなのだ。だから、少しでも安心してもらえたらと思った。
「妹は大学の学費の為に奨学金を借りてるんです。学生の今はまだ返済は始まってないみたいだけど、卒業したら毎月それを返していかなきゃならなくて」
あの家の経営状況を考えると、ほぼ全額を借りているのは明らかで、社会に出た後に妹が長い年月をかけてそれを返していくことを考えると姉としていたたまれない。私立大学の学費分を返済するのに一体何年かかってしまうのだろうか。私自身は父に全て出してもらい、何の負債も抱えずに会社勤めをさせてもらっているのに……
「私、それを妹と一緒に返していってあげたいって考えてるんです。きっとあの子が将来結婚するってなった時、まだ借入れが残ってたら障壁になってしまうだろうし、一日も早く返済できるように」
それが姉として五歳年下の妹にやってあげられることだと考えている。これまでも風香はきっと辛い思いを強いられてきているはずで、それを知らずにのうのうと生きていたことが私には罪悪感を抱かせている。一緒に暮らした期間が短かったせいで、どこか他人行儀だと感じることがあったけれど、彼女の重荷を半分持ってあげることでようやく姉妹らしい関係を築ける気がするのだ。
「でも、おかげさまで生活の方は何とかなるみたいだし、私もシフトの回数はかなり減らせそうなんです」
「そうですか。それは良かった」
私が当分は週末だけのシフトになりそうだと話すと、高坂さんは小さく頷いて返してくれた。急に呼び止めたことを謝ってから、私は再び店に向かって小走りで戻る。その時に彼がどんな表情になっていたのかは振り返らなかったから分からないけれど、少しは納得してもらえたならいいなと思いながら、私はこれから自分で調理して食べる予定の夜食のことを頭に浮かべていた。始発の時間まで、まだまだ夜勤バイトは終わらない。
「ごめん、後をお願いしていい? 私ちょっと休憩に入ります!」
と、島崎君に酔っ払いの入店手続きを丸投げして、私は入り口ドアの外へと飛び出した。後ろから「うっす」と島崎君が雑に返事してくれたのはかろうじて聞こえた。ブースで休憩していた彼にも酔っ払い客の騒ぎは聞こえていたとは思うけれど、それなりに夜勤歴の長い島崎君なら上手く対応してくれるはずだ。さっきまであんなに好き勝手な態度を取っていた客も、ガタイのよいフリーターと受付を交代した途端に急に大人しくなっているのが視界の隅に入る。
店には専用駐車場なんて無いから、高坂さんはきっと自分の会社に車を置いているはずだと、駅方面へ向かって小走りで追いかける。会社では集中して作業できない時に社長室を抜け出してネットカフェを利用するのだとこないだチラッと言っていたし。
駅前に続く大通りまで出たら、前を歩くスーツ姿の男性をすぐに見つけた。背丈も鞄も高坂さんだと確信した私は、息を切らしながら彼の名前を後ろから呼ぶ。
「こ、高坂さんっ、待って下さい!」
私が声を掛けるとすぐに気付いた高坂さんが、立ち止まって振り返る。そして、私が制服のまま追い掛けてきたのに驚いた顔をしている。彼がこんな風に感情を分かりやすく出したのは初めてかもしれない。いつもは微妙に眉を動かす程度の変化だったから。
「荒川さん、どうされたんですか?」
そこまで距離は無かったのにハァハァと荒い呼吸になってしまうのは、日頃の運動不足のせいだ。それに加えて今日は少し気温が低めなのもあるかもしれない。とにかく私が慌てて追いかけてきたことを察した彼は歩道の端へと私を促して、私の呼吸が落ち着くのを待ってくれようとする。背後からライトを点灯させた自転車がベルを鳴らしながら私達のことを追い越していった。
「あのっ、さっきのことなんですが――」
「ん、何のことですか?」
「私が何でまだあの店でバイトを続けてるかってことです。心配してくださってるようなので、高坂さんにはちゃんとお話した方がいいんじゃないかって思って」
「……あぁ」
実際のところ、私の事情なんて彼にとっては全く興味ないことなのは分かっている。けど、あんなに親身になって母の店まで付き合ってくれた彼に、何の結果も得られなかったと勘違いさせてしまうのは恩知らずな気がした。母は駅前のスーパーで総菜売り場の調理のパートを始めたみたいだし、風香も大学近くのコンビニでバイトをしつつ、就職活動を再開している。法学部に通っている妹は弁護士事務所を中心に面接を受けたりしているみたいだし、ゼミの教授からも知り合いの弁護士さんを紹介してもらえそうだと張り切っていた。ただ、弁当屋で使っていた業務用の器材はリサイクルショップで足元を見られて大幅に買い叩かれたと愚痴ってはいたけれど……
とにかく彼のおかげで状況は大きく改善し始めているのは確かなのだ。だから、少しでも安心してもらえたらと思った。
「妹は大学の学費の為に奨学金を借りてるんです。学生の今はまだ返済は始まってないみたいだけど、卒業したら毎月それを返していかなきゃならなくて」
あの家の経営状況を考えると、ほぼ全額を借りているのは明らかで、社会に出た後に妹が長い年月をかけてそれを返していくことを考えると姉としていたたまれない。私立大学の学費分を返済するのに一体何年かかってしまうのだろうか。私自身は父に全て出してもらい、何の負債も抱えずに会社勤めをさせてもらっているのに……
「私、それを妹と一緒に返していってあげたいって考えてるんです。きっとあの子が将来結婚するってなった時、まだ借入れが残ってたら障壁になってしまうだろうし、一日も早く返済できるように」
それが姉として五歳年下の妹にやってあげられることだと考えている。これまでも風香はきっと辛い思いを強いられてきているはずで、それを知らずにのうのうと生きていたことが私には罪悪感を抱かせている。一緒に暮らした期間が短かったせいで、どこか他人行儀だと感じることがあったけれど、彼女の重荷を半分持ってあげることでようやく姉妹らしい関係を築ける気がするのだ。
「でも、おかげさまで生活の方は何とかなるみたいだし、私もシフトの回数はかなり減らせそうなんです」
「そうですか。それは良かった」
私が当分は週末だけのシフトになりそうだと話すと、高坂さんは小さく頷いて返してくれた。急に呼び止めたことを謝ってから、私は再び店に向かって小走りで戻る。その時に彼がどんな表情になっていたのかは振り返らなかったから分からないけれど、少しは納得してもらえたならいいなと思いながら、私はこれから自分で調理して食べる予定の夜食のことを頭に浮かべていた。始発の時間まで、まだまだ夜勤バイトは終わらない。
47
あなたにおすすめの小説
譲れない秘密の溺愛
恋文春奈
恋愛
憧れの的、国宝級にイケメンな一条社長と秘密で付き合っている 社内一人気の氷室先輩が急接近!? 憧れの二人に愛される美波だけど… 「美波…今日充電させて」 「俺だけに愛されて」 一条 朝陽 完全無欠なイケメン×鈴木 美波 無自覚隠れ美女
契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」
突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。
冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。
仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。
「お前を、誰にも渡すつもりはない」
冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。
これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?
割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。
不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。
これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
訳あって、推しに激似のクールな美容外科医と利害一致のソロ活婚をしたはずが溺愛婚になりました
羽村 美海
恋愛
【久々の連載にお付き合いいただきありがとうございました🙇🏻♀️💞2月より新連載を予定しております。詳細は近況ボードにてお知らせいたします】
狂言界の名門として知られる高邑家の娘として生を受けた杏璃は、『イケメン狂言師』として人気の双子の従兄に蝶よ花よと可愛がられてきた。
過干渉気味な従兄のおかげで異性と出会う機会もなく、退屈な日常を過ごしていた。
いつか恋愛小説やコミックスに登場するヒーローのような素敵な相手が現れて、退屈な日常から連れ出してくれるかも……なんて夢見てきた。
だが待っていたのは、理想の王子様像そのもののアニキャラ『氷のプリンス』との出会いだった。
以来、保育士として働く傍ら、ソロ活と称して推し活を満喫中。
そんな杏璃の元に突如縁談話が舞い込んでくるのだが、見合い当日、相手にドタキャンされてしまう。
そこに現れたのが、なんと推し――氷のプリンスにそっくりな美容外科医・鷹村央輔だった。
しかも見合い相手にドタキャンされたという。
――これはきっと夢に違いない。
そう思っていた矢先、伯母の提案により央輔と見合いをすることになり、それがきっかけで利害一致のソロ活婚をすることに。
確かに麗しい美貌なんかソックリだけど、無表情で無愛想だし、理想なのは見かけだけ。絶対に好きになんかならない。そう思っていたのに……。推しに激似の甘い美貌で情熱的に迫られて、身も心も甘く淫らに蕩かされる。お見合いから始まるじれあまラブストーリー!
✧• ───── ✾ ───── •✧
✿高邑杏璃・タカムラアンリ(23)
狂言界の名門として知られる高邑家のお嬢様、人間国宝の孫、推し一筋の保育士、オシャレに興味のない残念女子
✿鷹村央輔・タカムラオウスケ(33)
業界ナンバーワン鷹村美容整形クリニックの副院長、実は財閥系企業・鷹村グループの御曹司、アニキャラ・氷のプリンスに似たクールな容貌のせいで『美容界の氷のプリンス』と呼ばれている、ある事情からソロ活を満喫中
✧• ───── ✾ ───── •✧
※R描写には章題に『※』表記
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません
※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。
✿初公開23.10.18✿
地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!
楓乃めーぷる
恋愛
見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。
秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。
呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――
地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。
ちょっとだけ三角関係もあるかも?
・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。
・毎日11時に投稿予定です。
・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。
・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
定時で帰りたい私と、残業常習犯の美形部長。秘密の夜食がきっかけで、胃袋も心も掴みました
藤森瑠璃香
恋愛
「お先に失礼しまーす!」がモットーの私、中堅社員の結城志穂。
そんな私の天敵は、仕事の鬼で社内では氷の王子と恐れられる完璧美男子・一条部長だ。
ある夜、忘れ物を取りに戻ったオフィスで、デスクで倒れるように眠る部長を発見してしまう。差し入れた温かいスープを、彼は疲れ切った顔で、でも少しだけ嬉しそうに飲んでくれた。
その日を境に、誰もいないオフィスでの「秘密の夜食」が始まった。
仕事では見せない、少しだけ抜けた素顔、美味しそうにご飯を食べる姿、ふとした時に見せる優しい笑顔。
会社での厳しい上司と、二人きりの時の可愛い人。そのギャップを知ってしまったら、もう、ただの上司だなんて思えない。
これは、美味しいご飯から始まる、少し大人で、甘くて温かいオフィスラブ。
Melty romance 〜甘S彼氏の執着愛〜
yuzu
恋愛
人数合わせで強引に参加させられた合コンに現れたのは、高校生の頃に少しだけ付き合って別れた元カレの佐野充希。適当にその場をやり過ごして帰るつもりだった堀沢真乃は充希に捕まりキスされて……
「オレを好きになるまで離してやんない。」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる