14 / 50
第十四話・何気ない雑談
しおりを挟む
ネットカフェ『INARI』の客層は時間帯によっても曜日によってもかなり変わる。これは最寄り駅の反対側にオフィスビルが多いせいかもしれない。平日はやはりコワーキングスペース代わりに仕事で利用する会社員が中心で、週末になると学生や社会人に関係なくオンラインゲームやコミック目的に遊びに来る人が多くなる。夜勤の時間帯の場合は休日や休前日になると終電を逃して遅い時間から利用する客が増えるのは、店のある東口に居酒屋を含めた飲食店が立ち並んでいるからだろう。
金曜の夜、店に向かって駅からの大通りを歩いていると何度か受付をしたことのある男性とすれ違った。二年もバイトしていると頻繁に来る客の顔を自然と覚えてしまう。多分、昼頃から夕方にかけての常連さんで、私の出勤時間と退店時間が重なることが多かったのだろう。さすがに名前までは憶えていないけれど。向こうは私が制服姿じゃないからか気付いてはいないみたいだった。
――高坂さんは来ても息抜きがてらの短時間利用だって言ってたよね。
短時間集中したい時や、煮詰まった時などの気晴らしにネットカフェを利用するタイプらしい。社内には専用の部屋があるみたいだけど、何だかんだと電話が鳴ったり人が来たりと邪魔が入るのが煩わしい時に逃げてくるのだと言っていた。忙しい社長さんも大変みたいで、まとまった時間の利用は難しいらしい。
そんなことを思いながら店の入り口ドアを潜り抜け、ドリンクバーの横を通り過ぎてロッカールームへと入り、制服に着替える。着替えが終わりロッカーに荷物を入れていると、通路側からドアを叩くする音が聞こえてきた。男女兼用のスペースだから着替えている時は念の為に内側から鍵をかけている。同じ夜勤の誰かが着替えにやって来たんだろう。
「はい?」
壁掛けの鏡で身だしなみの最終確認をしてから、返事しながら鍵を開ける。ドアの向こうにいたのは案の定、夜勤バイトの曽根君で中から私が出てくるとちょっと気マズイ表情になる。他の男性スタッフの誰かだと思っていたのだろう。
「お先にごめんね。鍵、よろしくお願いします」
「うっす」
事務所から持ち出したロッカールームの鍵を曽根君に手渡して、私は入れ違いで部屋を出ていく。着替える場所が一つしかないと互いに気を遣うから面倒だ。家が近い人達の中には制服のまま来る子もいるくらいで、私も電車通勤でなければそうしたいのは山々だった。
ロッカールームを出る際に洗濯機から回収してきた洗い立てのダスター類をカウンターで畳み直していると、ブースから出て来た客が前に立った気配で顔を上げる。伝票を片手でそっと差し出してきたその人に、私は笑みを浮かべて声を掛けた。
「こんばんは、高坂さん。チェックアウトでよろしいですか?」
私からの問いかけに、高坂さんは静かに頷き返してくる。珍しく今日はベストスーツの上にはジャケットではなく薄手のハーフコートを羽織っているのはブースが少し高めの室温で設定されているからだろうか。外気との寒暖差に私もこの時期は上に着る物にいつも悩んでしまう。
「今日は金曜なのに空いてますね」
「そうですね、たまにあるんですよ。こういう時って遅い時間に一気に混んだりするんで、覚悟してます」
彼の言う通り、この時間帯にしてはブースの利用が少なく、店内には彼を入れても四人しか客がいない。売上を見たら昼間はいつも通りだったみたいだけれど、夕方からは閑古鳥が鳴く寸前だ。でも、休前日でこんなことは珍しいから油断できない。
「明日もここでバイトですか?」
高坂さんは私がダブルワークを続けていることがよっぽど心配なのか、財布からお金を出しながら聞いてくる。私が「そうですよ」と何でもないふうに答えると、黙って小さく首を動かして「そうですか」とでも言うように頷いていた。
「休日にもバイトだと、自分の時間もままならないのでは?」
彼の方が私よりよっぽど忙しい生活を送っていそうだと思ったけれど、高坂さんはきっと私が家族の犠牲になっているのではと心配してくれているのだろう。私は首を横に振りながら、領収書と会員カードとお釣りを彼へと差し出す。
「そんなことないですよ。最近、私、ヌン活にハマってるんですが、休みの日はお店を検索したり、月一くらいは自分へのご褒美に食べに行ったりしてるんです」
「ヌン活……アフタヌーンティーってやつですか?」
「はい。特にホテルの中にあるカフェのが特別感があって好きで――あ、最近できた山手の方のホテルあるじゃないですか、あそこは激戦でなかなか予約が取れないんですよねぇ……」
一日に提供する数量が少ないみたいで、翌月分の受付が始まったと同時に速攻で予約枠が埋まってしまうらしく、何度もキャンセル待ちを繰り返しているが全然行くことができていない。そのレア感がまたヌン活好きには堪らず、SNSなどで先に行った人のレビューを見てはいつかきっとと夢見ているところだ。
カードや領収書を財布の中へしまい込みながら、高坂さんは「なるほど……」と興味が無さそうな相槌を打って返してくれていた。甘い物は好きじゃない人からしたらどうでも良い話だったに違いない。
金曜の夜、店に向かって駅からの大通りを歩いていると何度か受付をしたことのある男性とすれ違った。二年もバイトしていると頻繁に来る客の顔を自然と覚えてしまう。多分、昼頃から夕方にかけての常連さんで、私の出勤時間と退店時間が重なることが多かったのだろう。さすがに名前までは憶えていないけれど。向こうは私が制服姿じゃないからか気付いてはいないみたいだった。
――高坂さんは来ても息抜きがてらの短時間利用だって言ってたよね。
短時間集中したい時や、煮詰まった時などの気晴らしにネットカフェを利用するタイプらしい。社内には専用の部屋があるみたいだけど、何だかんだと電話が鳴ったり人が来たりと邪魔が入るのが煩わしい時に逃げてくるのだと言っていた。忙しい社長さんも大変みたいで、まとまった時間の利用は難しいらしい。
そんなことを思いながら店の入り口ドアを潜り抜け、ドリンクバーの横を通り過ぎてロッカールームへと入り、制服に着替える。着替えが終わりロッカーに荷物を入れていると、通路側からドアを叩くする音が聞こえてきた。男女兼用のスペースだから着替えている時は念の為に内側から鍵をかけている。同じ夜勤の誰かが着替えにやって来たんだろう。
「はい?」
壁掛けの鏡で身だしなみの最終確認をしてから、返事しながら鍵を開ける。ドアの向こうにいたのは案の定、夜勤バイトの曽根君で中から私が出てくるとちょっと気マズイ表情になる。他の男性スタッフの誰かだと思っていたのだろう。
「お先にごめんね。鍵、よろしくお願いします」
「うっす」
事務所から持ち出したロッカールームの鍵を曽根君に手渡して、私は入れ違いで部屋を出ていく。着替える場所が一つしかないと互いに気を遣うから面倒だ。家が近い人達の中には制服のまま来る子もいるくらいで、私も電車通勤でなければそうしたいのは山々だった。
ロッカールームを出る際に洗濯機から回収してきた洗い立てのダスター類をカウンターで畳み直していると、ブースから出て来た客が前に立った気配で顔を上げる。伝票を片手でそっと差し出してきたその人に、私は笑みを浮かべて声を掛けた。
「こんばんは、高坂さん。チェックアウトでよろしいですか?」
私からの問いかけに、高坂さんは静かに頷き返してくる。珍しく今日はベストスーツの上にはジャケットではなく薄手のハーフコートを羽織っているのはブースが少し高めの室温で設定されているからだろうか。外気との寒暖差に私もこの時期は上に着る物にいつも悩んでしまう。
「今日は金曜なのに空いてますね」
「そうですね、たまにあるんですよ。こういう時って遅い時間に一気に混んだりするんで、覚悟してます」
彼の言う通り、この時間帯にしてはブースの利用が少なく、店内には彼を入れても四人しか客がいない。売上を見たら昼間はいつも通りだったみたいだけれど、夕方からは閑古鳥が鳴く寸前だ。でも、休前日でこんなことは珍しいから油断できない。
「明日もここでバイトですか?」
高坂さんは私がダブルワークを続けていることがよっぽど心配なのか、財布からお金を出しながら聞いてくる。私が「そうですよ」と何でもないふうに答えると、黙って小さく首を動かして「そうですか」とでも言うように頷いていた。
「休日にもバイトだと、自分の時間もままならないのでは?」
彼の方が私よりよっぽど忙しい生活を送っていそうだと思ったけれど、高坂さんはきっと私が家族の犠牲になっているのではと心配してくれているのだろう。私は首を横に振りながら、領収書と会員カードとお釣りを彼へと差し出す。
「そんなことないですよ。最近、私、ヌン活にハマってるんですが、休みの日はお店を検索したり、月一くらいは自分へのご褒美に食べに行ったりしてるんです」
「ヌン活……アフタヌーンティーってやつですか?」
「はい。特にホテルの中にあるカフェのが特別感があって好きで――あ、最近できた山手の方のホテルあるじゃないですか、あそこは激戦でなかなか予約が取れないんですよねぇ……」
一日に提供する数量が少ないみたいで、翌月分の受付が始まったと同時に速攻で予約枠が埋まってしまうらしく、何度もキャンセル待ちを繰り返しているが全然行くことができていない。そのレア感がまたヌン活好きには堪らず、SNSなどで先に行った人のレビューを見てはいつかきっとと夢見ているところだ。
カードや領収書を財布の中へしまい込みながら、高坂さんは「なるほど……」と興味が無さそうな相槌を打って返してくれていた。甘い物は好きじゃない人からしたらどうでも良い話だったに違いない。
45
あなたにおすすめの小説
譲れない秘密の溺愛
恋文春奈
恋愛
憧れの的、国宝級にイケメンな一条社長と秘密で付き合っている 社内一人気の氷室先輩が急接近!? 憧れの二人に愛される美波だけど… 「美波…今日充電させて」 「俺だけに愛されて」 一条 朝陽 完全無欠なイケメン×鈴木 美波 無自覚隠れ美女
契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」
突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。
冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。
仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。
「お前を、誰にも渡すつもりはない」
冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。
これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?
割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。
不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。
これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
訳あって、推しに激似のクールな美容外科医と利害一致のソロ活婚をしたはずが溺愛婚になりました
羽村 美海
恋愛
【久々の連載にお付き合いいただきありがとうございました🙇🏻♀️💞2月より新連載を予定しております。詳細は近況ボードにてお知らせいたします】
狂言界の名門として知られる高邑家の娘として生を受けた杏璃は、『イケメン狂言師』として人気の双子の従兄に蝶よ花よと可愛がられてきた。
過干渉気味な従兄のおかげで異性と出会う機会もなく、退屈な日常を過ごしていた。
いつか恋愛小説やコミックスに登場するヒーローのような素敵な相手が現れて、退屈な日常から連れ出してくれるかも……なんて夢見てきた。
だが待っていたのは、理想の王子様像そのもののアニキャラ『氷のプリンス』との出会いだった。
以来、保育士として働く傍ら、ソロ活と称して推し活を満喫中。
そんな杏璃の元に突如縁談話が舞い込んでくるのだが、見合い当日、相手にドタキャンされてしまう。
そこに現れたのが、なんと推し――氷のプリンスにそっくりな美容外科医・鷹村央輔だった。
しかも見合い相手にドタキャンされたという。
――これはきっと夢に違いない。
そう思っていた矢先、伯母の提案により央輔と見合いをすることになり、それがきっかけで利害一致のソロ活婚をすることに。
確かに麗しい美貌なんかソックリだけど、無表情で無愛想だし、理想なのは見かけだけ。絶対に好きになんかならない。そう思っていたのに……。推しに激似の甘い美貌で情熱的に迫られて、身も心も甘く淫らに蕩かされる。お見合いから始まるじれあまラブストーリー!
✧• ───── ✾ ───── •✧
✿高邑杏璃・タカムラアンリ(23)
狂言界の名門として知られる高邑家のお嬢様、人間国宝の孫、推し一筋の保育士、オシャレに興味のない残念女子
✿鷹村央輔・タカムラオウスケ(33)
業界ナンバーワン鷹村美容整形クリニックの副院長、実は財閥系企業・鷹村グループの御曹司、アニキャラ・氷のプリンスに似たクールな容貌のせいで『美容界の氷のプリンス』と呼ばれている、ある事情からソロ活を満喫中
✧• ───── ✾ ───── •✧
※R描写には章題に『※』表記
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません
※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。
✿初公開23.10.18✿
地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!
楓乃めーぷる
恋愛
見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。
秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。
呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――
地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。
ちょっとだけ三角関係もあるかも?
・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。
・毎日11時に投稿予定です。
・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。
・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
定時で帰りたい私と、残業常習犯の美形部長。秘密の夜食がきっかけで、胃袋も心も掴みました
藤森瑠璃香
恋愛
「お先に失礼しまーす!」がモットーの私、中堅社員の結城志穂。
そんな私の天敵は、仕事の鬼で社内では氷の王子と恐れられる完璧美男子・一条部長だ。
ある夜、忘れ物を取りに戻ったオフィスで、デスクで倒れるように眠る部長を発見してしまう。差し入れた温かいスープを、彼は疲れ切った顔で、でも少しだけ嬉しそうに飲んでくれた。
その日を境に、誰もいないオフィスでの「秘密の夜食」が始まった。
仕事では見せない、少しだけ抜けた素顔、美味しそうにご飯を食べる姿、ふとした時に見せる優しい笑顔。
会社での厳しい上司と、二人きりの時の可愛い人。そのギャップを知ってしまったら、もう、ただの上司だなんて思えない。
これは、美味しいご飯から始まる、少し大人で、甘くて温かいオフィスラブ。
Melty romance 〜甘S彼氏の執着愛〜
yuzu
恋愛
人数合わせで強引に参加させられた合コンに現れたのは、高校生の頃に少しだけ付き合って別れた元カレの佐野充希。適当にその場をやり過ごして帰るつもりだった堀沢真乃は充希に捕まりキスされて……
「オレを好きになるまで離してやんない。」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる