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第十四話・何気ない雑談
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ネットカフェ『INARI』の客層は時間帯によっても曜日によってもかなり変わる。これは最寄り駅の反対側にオフィスビルが多いせいかもしれない。平日はやはりコワーキングスペース代わりに仕事で利用する会社員が中心で、週末になると学生や社会人に関係なくオンラインゲームやコミック目的に遊びに来る人が多くなる。夜勤の時間帯の場合は休日や休前日になると終電を逃して遅い時間から利用する客が増えるのは、店のある東口に居酒屋を含めた飲食店が立ち並んでいるからだろう。
金曜の夜、店に向かって駅からの大通りを歩いていると何度か受付をしたことのある男性とすれ違った。二年もバイトしていると頻繁に来る客の顔を自然と覚えてしまう。多分、昼頃から夕方にかけての常連さんで、私の出勤時間と退店時間が重なることが多かったのだろう。さすがに名前までは憶えていないけれど。向こうは私が制服姿じゃないからか気付いてはいないみたいだった。
――高坂さんは来ても息抜きがてらの短時間利用だって言ってたよね。
短時間集中したい時や、煮詰まった時などの気晴らしにネットカフェを利用するタイプらしい。社内には専用の部屋があるみたいだけど、何だかんだと電話が鳴ったり人が来たりと邪魔が入るのが煩わしい時に逃げてくるのだと言っていた。忙しい社長さんも大変みたいで、まとまった時間の利用は難しいらしい。
そんなことを思いながら店の入り口ドアを潜り抜け、ドリンクバーの横を通り過ぎてロッカールームへと入り、制服に着替える。着替えが終わりロッカーに荷物を入れていると、通路側からドアを叩くする音が聞こえてきた。男女兼用のスペースだから着替えている時は念の為に内側から鍵をかけている。同じ夜勤の誰かが着替えにやって来たんだろう。
「はい?」
壁掛けの鏡で身だしなみの最終確認をしてから、返事しながら鍵を開ける。ドアの向こうにいたのは案の定、夜勤バイトの曽根君で中から私が出てくるとちょっと気マズイ表情になる。他の男性スタッフの誰かだと思っていたのだろう。
「お先にごめんね。鍵、よろしくお願いします」
「うっす」
事務所から持ち出したロッカールームの鍵を曽根君に手渡して、私は入れ違いで部屋を出ていく。着替える場所が一つしかないと互いに気を遣うから面倒だ。家が近い人達の中には制服のまま来る子もいるくらいで、私も電車通勤でなければそうしたいのは山々だった。
ロッカールームを出る際に洗濯機から回収してきた洗い立てのダスター類をカウンターで畳み直していると、ブースから出て来た客が前に立った気配で顔を上げる。伝票を片手でそっと差し出してきたその人に、私は笑みを浮かべて声を掛けた。
「こんばんは、高坂さん。チェックアウトでよろしいですか?」
私からの問いかけに、高坂さんは静かに頷き返してくる。珍しく今日はベストスーツの上にはジャケットではなく薄手のハーフコートを羽織っているのはブースが少し高めの室温で設定されているからだろうか。外気との寒暖差に私もこの時期は上に着る物にいつも悩んでしまう。
「今日は金曜なのに空いてますね」
「そうですね、たまにあるんですよ。こういう時って遅い時間に一気に混んだりするんで、覚悟してます」
彼の言う通り、この時間帯にしてはブースの利用が少なく、店内には彼を入れても四人しか客がいない。売上を見たら昼間はいつも通りだったみたいだけれど、夕方からは閑古鳥が鳴く寸前だ。でも、休前日でこんなことは珍しいから油断できない。
「明日もここでバイトですか?」
高坂さんは私がダブルワークを続けていることがよっぽど心配なのか、財布からお金を出しながら聞いてくる。私が「そうですよ」と何でもないふうに答えると、黙って小さく首を動かして「そうですか」とでも言うように頷いていた。
「休日にもバイトだと、自分の時間もままならないのでは?」
彼の方が私よりよっぽど忙しい生活を送っていそうだと思ったけれど、高坂さんはきっと私が家族の犠牲になっているのではと心配してくれているのだろう。私は首を横に振りながら、領収書と会員カードとお釣りを彼へと差し出す。
「そんなことないですよ。最近、私、ヌン活にハマってるんですが、休みの日はお店を検索したり、月一くらいは自分へのご褒美に食べに行ったりしてるんです」
「ヌン活……アフタヌーンティーってやつですか?」
「はい。特にホテルの中にあるカフェのが特別感があって好きで――あ、最近できた山手の方のホテルあるじゃないですか、あそこは激戦でなかなか予約が取れないんですよねぇ……」
一日に提供する数量が少ないみたいで、翌月分の受付が始まったと同時に速攻で予約枠が埋まってしまうらしく、何度もキャンセル待ちを繰り返しているが全然行くことができていない。そのレア感がまたヌン活好きには堪らず、SNSなどで先に行った人のレビューを見てはいつかきっとと夢見ているところだ。
カードや領収書を財布の中へしまい込みながら、高坂さんは「なるほど……」と興味が無さそうな相槌を打って返してくれていた。甘い物は好きじゃない人からしたらどうでも良い話だったに違いない。
金曜の夜、店に向かって駅からの大通りを歩いていると何度か受付をしたことのある男性とすれ違った。二年もバイトしていると頻繁に来る客の顔を自然と覚えてしまう。多分、昼頃から夕方にかけての常連さんで、私の出勤時間と退店時間が重なることが多かったのだろう。さすがに名前までは憶えていないけれど。向こうは私が制服姿じゃないからか気付いてはいないみたいだった。
――高坂さんは来ても息抜きがてらの短時間利用だって言ってたよね。
短時間集中したい時や、煮詰まった時などの気晴らしにネットカフェを利用するタイプらしい。社内には専用の部屋があるみたいだけど、何だかんだと電話が鳴ったり人が来たりと邪魔が入るのが煩わしい時に逃げてくるのだと言っていた。忙しい社長さんも大変みたいで、まとまった時間の利用は難しいらしい。
そんなことを思いながら店の入り口ドアを潜り抜け、ドリンクバーの横を通り過ぎてロッカールームへと入り、制服に着替える。着替えが終わりロッカーに荷物を入れていると、通路側からドアを叩くする音が聞こえてきた。男女兼用のスペースだから着替えている時は念の為に内側から鍵をかけている。同じ夜勤の誰かが着替えにやって来たんだろう。
「はい?」
壁掛けの鏡で身だしなみの最終確認をしてから、返事しながら鍵を開ける。ドアの向こうにいたのは案の定、夜勤バイトの曽根君で中から私が出てくるとちょっと気マズイ表情になる。他の男性スタッフの誰かだと思っていたのだろう。
「お先にごめんね。鍵、よろしくお願いします」
「うっす」
事務所から持ち出したロッカールームの鍵を曽根君に手渡して、私は入れ違いで部屋を出ていく。着替える場所が一つしかないと互いに気を遣うから面倒だ。家が近い人達の中には制服のまま来る子もいるくらいで、私も電車通勤でなければそうしたいのは山々だった。
ロッカールームを出る際に洗濯機から回収してきた洗い立てのダスター類をカウンターで畳み直していると、ブースから出て来た客が前に立った気配で顔を上げる。伝票を片手でそっと差し出してきたその人に、私は笑みを浮かべて声を掛けた。
「こんばんは、高坂さん。チェックアウトでよろしいですか?」
私からの問いかけに、高坂さんは静かに頷き返してくる。珍しく今日はベストスーツの上にはジャケットではなく薄手のハーフコートを羽織っているのはブースが少し高めの室温で設定されているからだろうか。外気との寒暖差に私もこの時期は上に着る物にいつも悩んでしまう。
「今日は金曜なのに空いてますね」
「そうですね、たまにあるんですよ。こういう時って遅い時間に一気に混んだりするんで、覚悟してます」
彼の言う通り、この時間帯にしてはブースの利用が少なく、店内には彼を入れても四人しか客がいない。売上を見たら昼間はいつも通りだったみたいだけれど、夕方からは閑古鳥が鳴く寸前だ。でも、休前日でこんなことは珍しいから油断できない。
「明日もここでバイトですか?」
高坂さんは私がダブルワークを続けていることがよっぽど心配なのか、財布からお金を出しながら聞いてくる。私が「そうですよ」と何でもないふうに答えると、黙って小さく首を動かして「そうですか」とでも言うように頷いていた。
「休日にもバイトだと、自分の時間もままならないのでは?」
彼の方が私よりよっぽど忙しい生活を送っていそうだと思ったけれど、高坂さんはきっと私が家族の犠牲になっているのではと心配してくれているのだろう。私は首を横に振りながら、領収書と会員カードとお釣りを彼へと差し出す。
「そんなことないですよ。最近、私、ヌン活にハマってるんですが、休みの日はお店を検索したり、月一くらいは自分へのご褒美に食べに行ったりしてるんです」
「ヌン活……アフタヌーンティーってやつですか?」
「はい。特にホテルの中にあるカフェのが特別感があって好きで――あ、最近できた山手の方のホテルあるじゃないですか、あそこは激戦でなかなか予約が取れないんですよねぇ……」
一日に提供する数量が少ないみたいで、翌月分の受付が始まったと同時に速攻で予約枠が埋まってしまうらしく、何度もキャンセル待ちを繰り返しているが全然行くことができていない。そのレア感がまたヌン活好きには堪らず、SNSなどで先に行った人のレビューを見てはいつかきっとと夢見ているところだ。
カードや領収書を財布の中へしまい込みながら、高坂さんは「なるほど……」と興味が無さそうな相槌を打って返してくれていた。甘い物は好きじゃない人からしたらどうでも良い話だったに違いない。
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