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第十五話・お礼のお礼
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退店処理を終えた後、やっぱり何かお礼がしたいと改めて伝えた私に、高坂さんは少し困った表情になった。元々は私が彼の忘れ物を会社へ届けたことへのお礼が始まりだったから、それでは何だか堂々巡りのようでキリがないと。
「でも、それだと高坂さんの方が明らかに分が悪いんで、申し訳なくって……」
話を聞いてもらえるだけで十分だと思っていたのに、わざわざ母の店に話をしに付いて来てくれたのだから。彼は私の望んでいた以上のことをしてくれた。だから私も彼に対して何かさせてもらわないと気が済まない。カウンター越しに私がそう熱弁していると、ブースの扉が開いて学生風の男性客が伝票を手に近付いてくる。高坂さんはすっとカウンター前から離れ、さりげなく彼に場所を譲った。
「ブースの変更して欲しいんですけど――」
「かしこまりました、どちらのお席に移動されますか?」
禁煙のキャスター席からフラットシートにブース変更したいという客に希望の席を聞いて、私は新しい伝票を印字してバインダーに挟み直す。ついでにヘッドフォンも借りたいというから、棚下から除菌済みの物を取り出して手渡した。
私が目の前の客の対応をしている間に、高坂さんは静かに入り口ドアを開けて店を出て行ってしまった。話の途中ではあったけれど、彼にとっては待つ理由なんて無かったのだろう。
だからいつもより早めに休憩を取って、高坂さんへとメッセージを送る。私が本当に感謝している旨をちゃんと伝えたかったからだ。彼からの返信は私の休憩が終わる少し前に返ってきた。返事に間があったのは普通に忙しかったからか、それとも私があまりにもしつこくし過ぎて困らせてしまったからか……
『なら、来月に弊社で顧客を対象にした簡単なパーティを催すのですが、都合が付くようでしたら、荒川さんもご招待させていただけませんか?』
「へっ⁉ 高坂さんの会社のパーティー……?」
禁煙ブースのリクライニング席でスマホの画面を眺めていた私は、驚きのあまりに思わず声を出してしまい、慌てて自分の口を手で押さえた。静かなブーススペースではすでに寝息を立てている人もいて、ちょっとした物音でも迷惑極まりない。どこかの席からクレーム混じりのわざとらしい咳払いが聞こえてくる。薄い板だけで簡単に仕切られただけのスペースは、周囲の人の気配をモロに感じる。
彼から指定されたのは金曜の夜だったけれど、バイトのシフト希望はまだ出す前だから予定は何とでもなる。だけど、パーティーに招待だなんてどこが彼へのお礼になるんだろうか? もしかして、男性客ばかりだから賑やかし担当ってこと?
私は休憩時間のギリギリまで頭を悩ませた。彼への恩はもちろん返したい。でも、そんな場に無関係の私が出てもお邪魔にならないんだろうか、と。今度は私の返事が遅かったからか、高坂さんからフォローの追伸が届く。
『独り身だといろいろ面倒事が多いもので、私のパートナーとして参加いただけると助かります』
――ああ、そういうことね……
彼の立場で独身のままだと言い寄って来る女性も相当多いのだろう。高坂さんは誰がどう見ても優良物件だし、実際にもとても信頼できる素敵な人だと思うから。まだフリーなのが不思議なくらいだ。その虫よけに役立てれるのならばと、私は大きく納得して彼の招待を受けることに決めた。正直言って、私でその大役がちゃんと果たせるかどうかは少し自信がなかったけれど、彼には今特定の相手がいないという事実を知って心のどこかで大きくホッとしてしまっていた。
そして、詳細は追って連絡しますという彼からの後日の返信を大人しく待った。
一週間ほど経って、円佳と一緒に昼休憩を終えて会社のビルへ戻る途中、メッセージの受信音に私は歩道で立ち止まる。アプリとかじゃなくショートメールでメッセージを送って来る人は少数だったから、送信者名を確認する前から高坂さんからの気がした。そして、すれ違う人がびっくりするほどの声で短い悲鳴を上げた。
「ええーっ、噓っ⁉」
「ど、どうしたの?」
スマホの画面を覗きながら顔を紅潮させる私に、円佳が驚いて駆け寄ってくる。私はふぅっと大きく息を吐いたあと、同僚に向かって何でもないと首を横に振ってみせた。多分言っても、「なーんだ」と呆れられるだけだ。これは一部のマニアでないと理解できない歓喜。
スマホへ届いたばかりのメッセージはやっぱり高坂さんからだった。そこには二週間後に控えた彼の会社の周年パーティーの会場のことが記されていた。それは以前に彼との会話で、何度応募してもキャンセル待ちすら取れないアフタヌーンティーを提供するカフェがあると私が話していた、新しく出来たばかりのホテルだった。少し山手側にあるから自然豊かな立地にも恵まれ、食事だけでなく宿泊予約も取りにくいという評判。そんな競争率の高そうな場所を押さえることができるなんて、彼の会社は私が思っている以上の規模なのかもしれない。
『当日はスイーツメニューを多めに用意させます。気楽にお越しください』
お目当てのアフタヌーンティーではないけれど、同じホテル内で提供されるスイーツメニュー。それはまさに夢のようなお誘いで、私は勢いよく彼へと『とっても楽しみです』とメッセージを送り返した。ついこないだ話題にしていたホテルが会場だなんて、何て素敵な偶然なんだろうか。
「でも、それだと高坂さんの方が明らかに分が悪いんで、申し訳なくって……」
話を聞いてもらえるだけで十分だと思っていたのに、わざわざ母の店に話をしに付いて来てくれたのだから。彼は私の望んでいた以上のことをしてくれた。だから私も彼に対して何かさせてもらわないと気が済まない。カウンター越しに私がそう熱弁していると、ブースの扉が開いて学生風の男性客が伝票を手に近付いてくる。高坂さんはすっとカウンター前から離れ、さりげなく彼に場所を譲った。
「ブースの変更して欲しいんですけど――」
「かしこまりました、どちらのお席に移動されますか?」
禁煙のキャスター席からフラットシートにブース変更したいという客に希望の席を聞いて、私は新しい伝票を印字してバインダーに挟み直す。ついでにヘッドフォンも借りたいというから、棚下から除菌済みの物を取り出して手渡した。
私が目の前の客の対応をしている間に、高坂さんは静かに入り口ドアを開けて店を出て行ってしまった。話の途中ではあったけれど、彼にとっては待つ理由なんて無かったのだろう。
だからいつもより早めに休憩を取って、高坂さんへとメッセージを送る。私が本当に感謝している旨をちゃんと伝えたかったからだ。彼からの返信は私の休憩が終わる少し前に返ってきた。返事に間があったのは普通に忙しかったからか、それとも私があまりにもしつこくし過ぎて困らせてしまったからか……
『なら、来月に弊社で顧客を対象にした簡単なパーティを催すのですが、都合が付くようでしたら、荒川さんもご招待させていただけませんか?』
「へっ⁉ 高坂さんの会社のパーティー……?」
禁煙ブースのリクライニング席でスマホの画面を眺めていた私は、驚きのあまりに思わず声を出してしまい、慌てて自分の口を手で押さえた。静かなブーススペースではすでに寝息を立てている人もいて、ちょっとした物音でも迷惑極まりない。どこかの席からクレーム混じりのわざとらしい咳払いが聞こえてくる。薄い板だけで簡単に仕切られただけのスペースは、周囲の人の気配をモロに感じる。
彼から指定されたのは金曜の夜だったけれど、バイトのシフト希望はまだ出す前だから予定は何とでもなる。だけど、パーティーに招待だなんてどこが彼へのお礼になるんだろうか? もしかして、男性客ばかりだから賑やかし担当ってこと?
私は休憩時間のギリギリまで頭を悩ませた。彼への恩はもちろん返したい。でも、そんな場に無関係の私が出てもお邪魔にならないんだろうか、と。今度は私の返事が遅かったからか、高坂さんからフォローの追伸が届く。
『独り身だといろいろ面倒事が多いもので、私のパートナーとして参加いただけると助かります』
――ああ、そういうことね……
彼の立場で独身のままだと言い寄って来る女性も相当多いのだろう。高坂さんは誰がどう見ても優良物件だし、実際にもとても信頼できる素敵な人だと思うから。まだフリーなのが不思議なくらいだ。その虫よけに役立てれるのならばと、私は大きく納得して彼の招待を受けることに決めた。正直言って、私でその大役がちゃんと果たせるかどうかは少し自信がなかったけれど、彼には今特定の相手がいないという事実を知って心のどこかで大きくホッとしてしまっていた。
そして、詳細は追って連絡しますという彼からの後日の返信を大人しく待った。
一週間ほど経って、円佳と一緒に昼休憩を終えて会社のビルへ戻る途中、メッセージの受信音に私は歩道で立ち止まる。アプリとかじゃなくショートメールでメッセージを送って来る人は少数だったから、送信者名を確認する前から高坂さんからの気がした。そして、すれ違う人がびっくりするほどの声で短い悲鳴を上げた。
「ええーっ、噓っ⁉」
「ど、どうしたの?」
スマホの画面を覗きながら顔を紅潮させる私に、円佳が驚いて駆け寄ってくる。私はふぅっと大きく息を吐いたあと、同僚に向かって何でもないと首を横に振ってみせた。多分言っても、「なーんだ」と呆れられるだけだ。これは一部のマニアでないと理解できない歓喜。
スマホへ届いたばかりのメッセージはやっぱり高坂さんからだった。そこには二週間後に控えた彼の会社の周年パーティーの会場のことが記されていた。それは以前に彼との会話で、何度応募してもキャンセル待ちすら取れないアフタヌーンティーを提供するカフェがあると私が話していた、新しく出来たばかりのホテルだった。少し山手側にあるから自然豊かな立地にも恵まれ、食事だけでなく宿泊予約も取りにくいという評判。そんな競争率の高そうな場所を押さえることができるなんて、彼の会社は私が思っている以上の規模なのかもしれない。
『当日はスイーツメニューを多めに用意させます。気楽にお越しください』
お目当てのアフタヌーンティーではないけれど、同じホテル内で提供されるスイーツメニュー。それはまさに夢のようなお誘いで、私は勢いよく彼へと『とっても楽しみです』とメッセージを送り返した。ついこないだ話題にしていたホテルが会場だなんて、何て素敵な偶然なんだろうか。
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