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第十六話・企業パーティー
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パーティーが開催される当日、私は会社を定時で退社すると、急いで自宅マンションへと戻って着替えを済ませる。そして、クローゼットの奥から黒色のフォーマルドレスを引っ張り出して袖を通す。胸元と袖がレース地のこのドレスは入社してすぐに当時教育係だった近藤先輩のアドバイスで購入した物だ。今回のような企業主催のパーティーはもちろん、結婚式に呼ばれた時にも使える万能アイテム。最初に先輩から勧められた時はその値段に怖気づいてしまったが、二十七歳にもなればとっくに元は取れてしまった感がある。長めのスカートで飽きのこないデザインだから、まだあと数年は着るつもりだ。それにショート丈の光沢あるジャケットを合わせて、もう一度鏡に向かってメイクを確認する。
昨夜、高坂さんから初めて電話がかかってきて、今日の打ち合わせをした。自宅の場所は伝えていないから最寄り駅まで車で迎えに来てくれると言われて、私は本気で慌てた。
「そんなっ、私は電車とタクシーで自力で向かいますよ。だって、社長さんはずっと会場にいないとダメなんじゃ……?」
「それは別に問題ありません。元々、私は挨拶する為に途中で少し顔を出すだけのつもりなので」
あっさりそう言い切ると、高坂さんは私の帰宅時間を確認してから迎えの時刻を指定してきた。営業などの社外対応の部署がしっかりしていると、トップはそこまでずっと張り付いていなくていいものなんだろうか? 私は自社と比べながら首を傾げた。うちの会社なら飲み会だろうが社長は最初から最後まで張り切って参加しているのに。
駅前ロータリーをキョロキョロしながら歩いていると、私のすぐ横に一台のセダン車が停まった。あまり詳しくはないから車種までは分からないけれど、シルバーの外車だ。以前にスーパーの駐車場でも見た覚えがあったから、すぐに彼の車だと気付いて私は小走りで駆け寄る。
「こんばんは。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、お疲れのところをお呼び立ててしまいまして――」
互いにぎこちない挨拶を交わす。遠慮なく助手席に乗り込んだ私がシートベルトを締めている間、高坂さんは物珍しげに私のことを見ていた。その視線に気付いて、私はハッと慌てる。
「もしかして私、ドレスコードを間違えてますか⁉ えっ、どうしよ……だったら、急いで着替えに――」
会社によってはパーティーでの服装基準が違うのかもと、私は高坂さんへ焦って確認する。地味なのか、それとも張り切り過ぎているのか、どちらにしても時間に余裕があるのならマンションへ戻らないと。けれど彼は私の反応に「あ、いえ、違います。それで大丈夫です」と言ってから、視線を外して宙を見始める。
「荒川さんがいつもと雰囲気が違っていたので、つい……」
割と普段ははっきりと発言する人なのに、少し小声でそう呟いた後、高坂さんは誤魔化すように車を発進させた。どういう意味だろうと運転中の彼を横目で盗み見、彼が今日は少し光沢のある生地のスーツを着て、普段は自然に下ろしている前髪が緩やかに後ろへ撫で付けられているのに気付く。いつもよりよく見えるようになった形の整った額に涼やかな切れ長の瞳。濃くはないけどはっきりした横顔を眺めながら、本当にこの人のパートナー役が自分に務まるのだろうかと不安になってくる。
「美容院くらい行っておけば良かった……」
明日もバイトがあるからネイルは無理だけど、せめてヘアケアはしておくべきだった。ハーフアップにしただけの横髪を指先で弄りながら、私は窓の外の景色を眺める。交通量の多い国道を抜けて山手へと向かって走っていた車の前に、真新しい白壁のホテルの建物が現れ、高坂さんはガードマンの指示に従いながら建物から割と近い場所の専用駐車場に車を停めた。どうやら利用施設ごとに停める場所が分かれているみたいだ。駐車場のすぐ前の入り口から建物の中へ入り、高坂さんはエレベーターで三階のボタンを押していた。
会場となる大広間に到着すると、近くにいた人達の視線が一斉に集まってくる。主賓の登場に招待客が高坂さんへ向けて次々に声を掛けてきて、彼はそれには薄い笑みを漏らすだけで割と冷静にあしらっていた。
「高坂社長、今度開発予定の――」
「ああ、それは担当の者にお伝えいただければ、よろこんでご相談に乗らせていただきます」
「高坂君、今度のゴルフコンペは君も――」
「申し訳ありません。私はゴルフは嗜みませんので、営業担当をお誘いいただけると助かります」
隣で聞いていると完璧な塩対応に見えたけれど、彼との付き合いの長い人達にはいつものことらしく、特に不満に思ってはいなさそうだった。高坂さんは一通り会場内を一巡して招待客に顔を見せて回った後、さりげなく私をスイーツが並ぶテーブルへと誘導してくれた。
「私は担当の者に少し指示を出して来ないといけないので、こちらでお好きな物を召し上がっていてください」
「分かりました」
立食が基本みたいだったけれど、会場の隅には椅子も並んでいて食事を摘まむ人の何人かは座って楽しんでいるようだった。私もお皿を一枚手に持ち、その上にケーキ類を中心にいくつか乗せていく。
「ええっと、フォークは……?」
きょろきょろとテーブルの上を見回して、デザートフォークを見つけると一本取る。空いている椅子に座って、小声で「いただきます」と口にしてからチョコレートケーキを一口大に切ってから口に入れる。このケーキは確か、似た物がアフタヌーンティーでも提供されているはずで、私はようやく辿り着いた味に密かに感動する。甘過ぎない上品なチョコの風味に、ますますヌン活欲が沸き上がってくるのが抑えられない。
――来月は日付が変わったと同時に予約を入れないと!
昨夜、高坂さんから初めて電話がかかってきて、今日の打ち合わせをした。自宅の場所は伝えていないから最寄り駅まで車で迎えに来てくれると言われて、私は本気で慌てた。
「そんなっ、私は電車とタクシーで自力で向かいますよ。だって、社長さんはずっと会場にいないとダメなんじゃ……?」
「それは別に問題ありません。元々、私は挨拶する為に途中で少し顔を出すだけのつもりなので」
あっさりそう言い切ると、高坂さんは私の帰宅時間を確認してから迎えの時刻を指定してきた。営業などの社外対応の部署がしっかりしていると、トップはそこまでずっと張り付いていなくていいものなんだろうか? 私は自社と比べながら首を傾げた。うちの会社なら飲み会だろうが社長は最初から最後まで張り切って参加しているのに。
駅前ロータリーをキョロキョロしながら歩いていると、私のすぐ横に一台のセダン車が停まった。あまり詳しくはないから車種までは分からないけれど、シルバーの外車だ。以前にスーパーの駐車場でも見た覚えがあったから、すぐに彼の車だと気付いて私は小走りで駆け寄る。
「こんばんは。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、お疲れのところをお呼び立ててしまいまして――」
互いにぎこちない挨拶を交わす。遠慮なく助手席に乗り込んだ私がシートベルトを締めている間、高坂さんは物珍しげに私のことを見ていた。その視線に気付いて、私はハッと慌てる。
「もしかして私、ドレスコードを間違えてますか⁉ えっ、どうしよ……だったら、急いで着替えに――」
会社によってはパーティーでの服装基準が違うのかもと、私は高坂さんへ焦って確認する。地味なのか、それとも張り切り過ぎているのか、どちらにしても時間に余裕があるのならマンションへ戻らないと。けれど彼は私の反応に「あ、いえ、違います。それで大丈夫です」と言ってから、視線を外して宙を見始める。
「荒川さんがいつもと雰囲気が違っていたので、つい……」
割と普段ははっきりと発言する人なのに、少し小声でそう呟いた後、高坂さんは誤魔化すように車を発進させた。どういう意味だろうと運転中の彼を横目で盗み見、彼が今日は少し光沢のある生地のスーツを着て、普段は自然に下ろしている前髪が緩やかに後ろへ撫で付けられているのに気付く。いつもよりよく見えるようになった形の整った額に涼やかな切れ長の瞳。濃くはないけどはっきりした横顔を眺めながら、本当にこの人のパートナー役が自分に務まるのだろうかと不安になってくる。
「美容院くらい行っておけば良かった……」
明日もバイトがあるからネイルは無理だけど、せめてヘアケアはしておくべきだった。ハーフアップにしただけの横髪を指先で弄りながら、私は窓の外の景色を眺める。交通量の多い国道を抜けて山手へと向かって走っていた車の前に、真新しい白壁のホテルの建物が現れ、高坂さんはガードマンの指示に従いながら建物から割と近い場所の専用駐車場に車を停めた。どうやら利用施設ごとに停める場所が分かれているみたいだ。駐車場のすぐ前の入り口から建物の中へ入り、高坂さんはエレベーターで三階のボタンを押していた。
会場となる大広間に到着すると、近くにいた人達の視線が一斉に集まってくる。主賓の登場に招待客が高坂さんへ向けて次々に声を掛けてきて、彼はそれには薄い笑みを漏らすだけで割と冷静にあしらっていた。
「高坂社長、今度開発予定の――」
「ああ、それは担当の者にお伝えいただければ、よろこんでご相談に乗らせていただきます」
「高坂君、今度のゴルフコンペは君も――」
「申し訳ありません。私はゴルフは嗜みませんので、営業担当をお誘いいただけると助かります」
隣で聞いていると完璧な塩対応に見えたけれど、彼との付き合いの長い人達にはいつものことらしく、特に不満に思ってはいなさそうだった。高坂さんは一通り会場内を一巡して招待客に顔を見せて回った後、さりげなく私をスイーツが並ぶテーブルへと誘導してくれた。
「私は担当の者に少し指示を出して来ないといけないので、こちらでお好きな物を召し上がっていてください」
「分かりました」
立食が基本みたいだったけれど、会場の隅には椅子も並んでいて食事を摘まむ人の何人かは座って楽しんでいるようだった。私もお皿を一枚手に持ち、その上にケーキ類を中心にいくつか乗せていく。
「ええっと、フォークは……?」
きょろきょろとテーブルの上を見回して、デザートフォークを見つけると一本取る。空いている椅子に座って、小声で「いただきます」と口にしてからチョコレートケーキを一口大に切ってから口に入れる。このケーキは確か、似た物がアフタヌーンティーでも提供されているはずで、私はようやく辿り着いた味に密かに感動する。甘過ぎない上品なチョコの風味に、ますますヌン活欲が沸き上がってくるのが抑えられない。
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