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第二十五話・夜勤バイト2
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あれから一週間、高坂さんとは連絡も取り合ってはいない。互いに用がないのだから当然で、友達のように気軽につまらないメッセージを送り合うような仲でもないのだから。もしかしたら、もう彼が店に来ることは無いんじゃないか、来たとしても私がいる夜勤の時間は避けるんじゃないか、そんな風に考えていた。
だから、出勤してフロントに立って新規入会者に施設について説明をしている後ろに、伝票を挟んだバインダーを手にした高坂さんが近付いて来たのに気付いた時は一瞬で頭が真っ白になった。繰り返し口にして完全にテンプレになっていたブース案内の台詞が完全に吹き飛んで、アワアワとまた一から同じことを説明してしまうという情けない状態。入ったばかりの新人でもないのに……
それでも何とか案内を終えて、客が意気揚々とドリンクバーへ飲み物を取りに行くのを見送った後、私はフロント後ろで待っていてくれた高坂さんへ「お待たせいたしました」と声を掛ける。高坂さんはスーツ姿でビジネスバッグを手にした、いつも通りの仕事モードだった。
「今日もいらっしゃってたんですね」
「ええ、集中して目を通したい資料があったので」
そんな短い言葉を交わしただけだったけれど、彼に避けられたりしていないことが分かって安堵する。ただ全てが元の状態に戻っただけだし、私はそれ以上を望むつもりは全くなかった。
彼はここ数か月ほど前からネットカフェを利用し始めたと言っていたが、主に利用していたのは昼から夕方にかけての時間帯ばかりで、私とはたまたま遅めのチェックアウトになった際に偶然顔を合わせることがあったというだけ。しかも、私がシフトを減らして休前日と休日しか入ることがなくなれば、その機会は大幅に減るのだと思っていた。なのに――
その一週間後だっただろうか、ブース清掃に向かうつもりで用具一式を入れたカゴを手に、私がコミック棚の横を通り過ぎようとした時、ドリンク用のグラスを手にした高坂さんが細い通路の向こうから歩いて来るのが目に入る。その時はただ、互いに気付いて会釈を交わしてすれ違っただけだった。金曜の夜だったから、今日は少しゆっくりして行くつもりなんだろうか、そんな風に思っただけだ。
多分、その日を境にして、彼の利用時間が少し長くなったように思う。というのは、退店時に請求する金額を見れば詳しく調べなくても大体の利用時間の予測はついてしまうからだ。ほんの一時間前後の利用が多かったのに、最近では二、三時間ほどいる時もあった。
ネットカフェという閉ざされた空間での施設利用は人の本質が現れるような気がする。入退店の手続きではとても愛想よくて丁寧に対応してくれる感じの良さそうな人でも、利用した後のブースが大荒れしていて、読み終わった後のコミックも棚に戻さず席に放置されていたり、セルフサービスと説明したにも関わらずにグラスや食器がそのままだったりするのだから。この店で働くようになって、人は見かけによらないという言葉を思い知ることが多い。中でも酷い人だと、キーボードの上にジュースを零しても知らん顔して帰ってしまうことも。本当にみんな成人した大人なのかと驚くことが度々ある。
清掃したばかりのブースの席番号を確認して、忘れないようにメモを取る。ルールを守らない利用客がいた場合、会員情報の特記事項にそのことを書き加えておくのだ。そうすると次の来店があった時、入店手続きをしながら「当店はセルフサービスになっておりますので、ご利用いただいた食器類はドリンクバー横の返却口へお戻し下さい」と改めて店内ルールを説明して注意を促すことができる。その会員情報は系列店全てで共有しているから、他店にも要注意の客だと伝えることができる。
その点で言えば、高坂さんはとても模範的な顧客といっていい。ほぼ入店した時の状態を保ったままだから掃除はしやすいし、フロントが混み合っていても嫌な顔をしたりはしない。店員からすればとてもありがたいお客様だ。もし彼のデータに何か特記事項が書き加えられていたら、私もあの時わざわざ忘れ物を届けてあげたいとは考えなかっただろう。本人が気付いて取りに来るまで忘れ物入れに放置していたはずだ。私はそこまで人間が出来ていない。
たまに顔を合わせ、互いに名前を知っている常連さんと店員。今の私達の関係はきっとそんなところだ。決してあの夜のことを忘れたわけでは無かったし、彼に触れられた時の感覚や匂いは今でも鮮明に思い出すことができる。だけどそれ以上を求めてはいけない気がして、彼の顔を見ても何も言い出すことができなかった。だって、きっと迷惑になってしまうから……
勤務歴も関係しているのか、玉川店長と私が夜勤で一緒になることはそこまで多くはない。元々、店長は発注や本社との連絡業務もあるから昼から夕方にかけての勤務が主だった。けれど、学生バイトの曽根君が大学の実習期間に入ってしまい、人手が足りなくなったせいで店長が夜勤に回るというシフトが続いた。
彼は私より一つ年上で、はっきり言ってしまえば仕事をしているフリをするのがとても上手な男性だ。普段は事務所に籠っているが、たまにコミック棚を整理していると見せかけつつ漫画を立ち読みしていたりする。あからさまなことをしないのは店内の監視カメラの映像が本社でもリアルタイムで視聴できるようになっているから。でも会社が閉まった夜は誰も見ていないからと割と好き勝手しているのは私達夜勤バイトしか気付いてはいない。
だから、出勤してフロントに立って新規入会者に施設について説明をしている後ろに、伝票を挟んだバインダーを手にした高坂さんが近付いて来たのに気付いた時は一瞬で頭が真っ白になった。繰り返し口にして完全にテンプレになっていたブース案内の台詞が完全に吹き飛んで、アワアワとまた一から同じことを説明してしまうという情けない状態。入ったばかりの新人でもないのに……
それでも何とか案内を終えて、客が意気揚々とドリンクバーへ飲み物を取りに行くのを見送った後、私はフロント後ろで待っていてくれた高坂さんへ「お待たせいたしました」と声を掛ける。高坂さんはスーツ姿でビジネスバッグを手にした、いつも通りの仕事モードだった。
「今日もいらっしゃってたんですね」
「ええ、集中して目を通したい資料があったので」
そんな短い言葉を交わしただけだったけれど、彼に避けられたりしていないことが分かって安堵する。ただ全てが元の状態に戻っただけだし、私はそれ以上を望むつもりは全くなかった。
彼はここ数か月ほど前からネットカフェを利用し始めたと言っていたが、主に利用していたのは昼から夕方にかけての時間帯ばかりで、私とはたまたま遅めのチェックアウトになった際に偶然顔を合わせることがあったというだけ。しかも、私がシフトを減らして休前日と休日しか入ることがなくなれば、その機会は大幅に減るのだと思っていた。なのに――
その一週間後だっただろうか、ブース清掃に向かうつもりで用具一式を入れたカゴを手に、私がコミック棚の横を通り過ぎようとした時、ドリンク用のグラスを手にした高坂さんが細い通路の向こうから歩いて来るのが目に入る。その時はただ、互いに気付いて会釈を交わしてすれ違っただけだった。金曜の夜だったから、今日は少しゆっくりして行くつもりなんだろうか、そんな風に思っただけだ。
多分、その日を境にして、彼の利用時間が少し長くなったように思う。というのは、退店時に請求する金額を見れば詳しく調べなくても大体の利用時間の予測はついてしまうからだ。ほんの一時間前後の利用が多かったのに、最近では二、三時間ほどいる時もあった。
ネットカフェという閉ざされた空間での施設利用は人の本質が現れるような気がする。入退店の手続きではとても愛想よくて丁寧に対応してくれる感じの良さそうな人でも、利用した後のブースが大荒れしていて、読み終わった後のコミックも棚に戻さず席に放置されていたり、セルフサービスと説明したにも関わらずにグラスや食器がそのままだったりするのだから。この店で働くようになって、人は見かけによらないという言葉を思い知ることが多い。中でも酷い人だと、キーボードの上にジュースを零しても知らん顔して帰ってしまうことも。本当にみんな成人した大人なのかと驚くことが度々ある。
清掃したばかりのブースの席番号を確認して、忘れないようにメモを取る。ルールを守らない利用客がいた場合、会員情報の特記事項にそのことを書き加えておくのだ。そうすると次の来店があった時、入店手続きをしながら「当店はセルフサービスになっておりますので、ご利用いただいた食器類はドリンクバー横の返却口へお戻し下さい」と改めて店内ルールを説明して注意を促すことができる。その会員情報は系列店全てで共有しているから、他店にも要注意の客だと伝えることができる。
その点で言えば、高坂さんはとても模範的な顧客といっていい。ほぼ入店した時の状態を保ったままだから掃除はしやすいし、フロントが混み合っていても嫌な顔をしたりはしない。店員からすればとてもありがたいお客様だ。もし彼のデータに何か特記事項が書き加えられていたら、私もあの時わざわざ忘れ物を届けてあげたいとは考えなかっただろう。本人が気付いて取りに来るまで忘れ物入れに放置していたはずだ。私はそこまで人間が出来ていない。
たまに顔を合わせ、互いに名前を知っている常連さんと店員。今の私達の関係はきっとそんなところだ。決してあの夜のことを忘れたわけでは無かったし、彼に触れられた時の感覚や匂いは今でも鮮明に思い出すことができる。だけどそれ以上を求めてはいけない気がして、彼の顔を見ても何も言い出すことができなかった。だって、きっと迷惑になってしまうから……
勤務歴も関係しているのか、玉川店長と私が夜勤で一緒になることはそこまで多くはない。元々、店長は発注や本社との連絡業務もあるから昼から夕方にかけての勤務が主だった。けれど、学生バイトの曽根君が大学の実習期間に入ってしまい、人手が足りなくなったせいで店長が夜勤に回るというシフトが続いた。
彼は私より一つ年上で、はっきり言ってしまえば仕事をしているフリをするのがとても上手な男性だ。普段は事務所に籠っているが、たまにコミック棚を整理していると見せかけつつ漫画を立ち読みしていたりする。あからさまなことをしないのは店内の監視カメラの映像が本社でもリアルタイムで視聴できるようになっているから。でも会社が閉まった夜は誰も見ていないからと割と好き勝手しているのは私達夜勤バイトしか気付いてはいない。
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