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第二十六話・玉川店長とのシフト
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「荒川さんってさ、昼も会社に行って夜はうちでバイトだろ? 人付き合いとかどうしてんの?」
厨房で食洗機の分解洗浄をしていると、玉川店長が退屈だと言わんばかりに話し掛けてくる。今日の夜勤は店長と二人だけのシフトで、あらゆる作業を実質一人でこなさなければならず、私は出勤したと同時にフルで動き回っていた。調理も清掃も機械のメンテナンスも全部だ。店長になるくらいなんだから、一通りはできるはずなのに本当に何もしてくれない。
「ほら休み前もほとんどシフト希望出してるし、飲み会とかそういう付き合いも全然参加できないだろうから、いいのかなぁっていつも思ってる」
「元からそういうの、あまり好きじゃないので……」
面倒だと思いつつ、とりあえず答えた私に、店長はふぅんと言いながら薄っすらと嫌な笑みを浮かべる。
「じゃあさ、職場以外でロクな出会いもないんじゃない? デートする時間もないだろうし。確か、もう二十七歳だよね、周りからいろいろ言われたりしない?」
自分の方が年上なのは無視してセクハラ発言を繰り返してくる。アラサーには何を言っても許されるとでも思っているんだろうか? 私は心の中で深い溜め息を吐きながら、洗い終わったばかりの食洗機のパーツを組み立てていく。さらに何かを言っていたようだけれど、蓋を閉じて洗浄を始めた機械の音にかき消されてよく聞こえなかった。
まだドリンクバーのメンテナンスも残っているし、つまらない雑談に付き合っている暇はない。壁に凭れて喋っている暇があったら、洗い終えたグラスとカップをドリンクバーへ運ぶくらいしてくれたっていいのに。
「そう言えばさ、荒川さんもうちに来て二年経ったし、そろそろ昇給を申請してもいい時期かなって思ってるんだけど――」
一通りの作業を終えてから、貸出用のヘッドフォンとコントローラーをアルコールで拭き上げていると、フロントに出てきた店長がまた話し掛けてくる。今日はやたらと絡んでくるのはどういうことなのだろう?
でも、バイトの時給アップの話は無視できず、私は手を止めて玉川さんの顔を見る。試用期間が終わった後は半年や一年ごとに上司から勤務状況を見て本社に時給の増額を申請してもらえる。ただこれは思い切り各店長の采配に委ねられていて、勤務態度やシフトへの貢献度によって判断されているようだった。
「でも俺は荒川さんと一緒に入ることは少ないしさ。今作ってる次のシフトでどこか都合のいい日があれば、親睦を深めるためにも二人で飲みにでも行ってみないかなって思うんだけど?」
「え、二人で、ですか……?」
「まあ、査定の為の面談だと思って気軽にさぁ」
時給アップの話かと真剣に聞いていたら、ただの飲みの誘いだったから私は露骨に不愛想な顔をしてしまった。仕事中に何を言っているんだろうか、この人は?
「あの、そういうのはちょっと……」
面談なら事務所でやれば済むことだ。わざわざバイト先の上司と二人きりで休みの日に飲みになんて行きたくはない。私は身体をカウンターへと向き直して貸出品の除菌作業を再開する。そのはっきりとした拒絶の態度が気に食わなかったらしく、玉川店長がずいっと身体を近付けてきて、私の耳のすぐ横で怒鳴り始める。
「ダブルワークするほど借金抱えた女が、何お高く止まってんだよ!」
あまりに大きな声に、私はビクリと肩を震わせて驚く。普段はボソボソと話す彼にそんな声量が出せたことにビックリする。視線を動かしてちらりと覗き見れば、店長は顔を紅潮させてギリギリと歯を鳴らしながら私のことを睨みつけていた。
「俺が査定を出さなきゃ、いつまでも今の時給だってこと分かってんのか⁉ ちょっと飲みに誘ったくらいでその態度は何なんだっ。いい歳して愛想も振り撒けないのかよ!」
私が黙々と作業を続行しているのが気に食わないらしく、店長が次々に文句の言葉を恨めし気に口にする。私はこれ以上は聞いていられないと、除菌済みのヘッドフォンとコントローラーを所定の棚に並べてから、清掃用具の入った篭を手に取った。
「……ブースの清掃に行ってきます」
「こっの、借金女がっ!」
後ろから強く肩を掴まれ、無理矢理に振り向かされた時、玉川店長が私に向かって拳を振り上げているのが目に飛び込んできた。殴られることを覚悟して、私は両目をぎゅっと瞑る。人に手をあげられたことなんてこれまで一度も無かったから、それだけで血の気が一気に引いていく。
と、私が怯えながら身体を硬直させた時、ブースとを隔てる扉がバンッと勢いよく音を立てて開いた。
「何をやってるんだっ⁉」
耳に馴染んだ低めの声。誰かが私と店長との間に入って、私の身体を守るように抱き抱えてきた。私はそっと目を開けて、それが高坂さんだということを確かめる。分厚い扉は完全防音ではない。フロントで大きく騒げばそれなりにブースにも聞こえてしまう。店長の怒鳴り声に気付いた高坂さんが、私を守ろうと飛び出てきてくれたのだ。
「高坂さん、今日もいらしてたんですね」
「はい。そろそろ帰ろうかと思っていたら、大きな声が聞こえたので」
ショックで顔を強張らせる私を宥めるように、高坂さんは背中を優しく撫でてくれていた。「もう大丈夫ですから」という彼の言葉に、私は小さく頷いてみせる。
「今、私が見聞きしたことをしかるべきところに報告することはできますが?」
高坂さんは玉川店長に対して、とても静かな声で忠告する。さっきの行動はカウンター内を映す監視カメラできっちり撮影されているはずだ。声のトーンは押さえているのに、本気で怒っているのが伝わってきた。それには玉川店長は舌打ちしながら、小声で吐き捨てた。
「ちっ、借金女のくせに……」
その言葉に、私に回されていた高坂さんの腕に少し力が入ったのを感じた。
「咲良さん、今日は何時までの勤務ですか?」
「えっ、今日は早上がりなので五時には終わりますが……」
「終わるのを待ちます。こんな男と一緒では心配ですし」
「ハァ⁉ 何なんだよ、お前⁉ 関係ないくせして急に出てきやがってっ」
挑発ともとれる高坂さんの発言に、店長が目くじらを立てて反論する。それにはふっと鼻で笑い返してから、高坂さんは頭一つ背の低い店長のことを見下ろして言い放った。
「確かに君にとっては関係ないただの客かもしれないが、少なくとも彼女の価値は俺の方が理解している」
厨房で食洗機の分解洗浄をしていると、玉川店長が退屈だと言わんばかりに話し掛けてくる。今日の夜勤は店長と二人だけのシフトで、あらゆる作業を実質一人でこなさなければならず、私は出勤したと同時にフルで動き回っていた。調理も清掃も機械のメンテナンスも全部だ。店長になるくらいなんだから、一通りはできるはずなのに本当に何もしてくれない。
「ほら休み前もほとんどシフト希望出してるし、飲み会とかそういう付き合いも全然参加できないだろうから、いいのかなぁっていつも思ってる」
「元からそういうの、あまり好きじゃないので……」
面倒だと思いつつ、とりあえず答えた私に、店長はふぅんと言いながら薄っすらと嫌な笑みを浮かべる。
「じゃあさ、職場以外でロクな出会いもないんじゃない? デートする時間もないだろうし。確か、もう二十七歳だよね、周りからいろいろ言われたりしない?」
自分の方が年上なのは無視してセクハラ発言を繰り返してくる。アラサーには何を言っても許されるとでも思っているんだろうか? 私は心の中で深い溜め息を吐きながら、洗い終わったばかりの食洗機のパーツを組み立てていく。さらに何かを言っていたようだけれど、蓋を閉じて洗浄を始めた機械の音にかき消されてよく聞こえなかった。
まだドリンクバーのメンテナンスも残っているし、つまらない雑談に付き合っている暇はない。壁に凭れて喋っている暇があったら、洗い終えたグラスとカップをドリンクバーへ運ぶくらいしてくれたっていいのに。
「そう言えばさ、荒川さんもうちに来て二年経ったし、そろそろ昇給を申請してもいい時期かなって思ってるんだけど――」
一通りの作業を終えてから、貸出用のヘッドフォンとコントローラーをアルコールで拭き上げていると、フロントに出てきた店長がまた話し掛けてくる。今日はやたらと絡んでくるのはどういうことなのだろう?
でも、バイトの時給アップの話は無視できず、私は手を止めて玉川さんの顔を見る。試用期間が終わった後は半年や一年ごとに上司から勤務状況を見て本社に時給の増額を申請してもらえる。ただこれは思い切り各店長の采配に委ねられていて、勤務態度やシフトへの貢献度によって判断されているようだった。
「でも俺は荒川さんと一緒に入ることは少ないしさ。今作ってる次のシフトでどこか都合のいい日があれば、親睦を深めるためにも二人で飲みにでも行ってみないかなって思うんだけど?」
「え、二人で、ですか……?」
「まあ、査定の為の面談だと思って気軽にさぁ」
時給アップの話かと真剣に聞いていたら、ただの飲みの誘いだったから私は露骨に不愛想な顔をしてしまった。仕事中に何を言っているんだろうか、この人は?
「あの、そういうのはちょっと……」
面談なら事務所でやれば済むことだ。わざわざバイト先の上司と二人きりで休みの日に飲みになんて行きたくはない。私は身体をカウンターへと向き直して貸出品の除菌作業を再開する。そのはっきりとした拒絶の態度が気に食わなかったらしく、玉川店長がずいっと身体を近付けてきて、私の耳のすぐ横で怒鳴り始める。
「ダブルワークするほど借金抱えた女が、何お高く止まってんだよ!」
あまりに大きな声に、私はビクリと肩を震わせて驚く。普段はボソボソと話す彼にそんな声量が出せたことにビックリする。視線を動かしてちらりと覗き見れば、店長は顔を紅潮させてギリギリと歯を鳴らしながら私のことを睨みつけていた。
「俺が査定を出さなきゃ、いつまでも今の時給だってこと分かってんのか⁉ ちょっと飲みに誘ったくらいでその態度は何なんだっ。いい歳して愛想も振り撒けないのかよ!」
私が黙々と作業を続行しているのが気に食わないらしく、店長が次々に文句の言葉を恨めし気に口にする。私はこれ以上は聞いていられないと、除菌済みのヘッドフォンとコントローラーを所定の棚に並べてから、清掃用具の入った篭を手に取った。
「……ブースの清掃に行ってきます」
「こっの、借金女がっ!」
後ろから強く肩を掴まれ、無理矢理に振り向かされた時、玉川店長が私に向かって拳を振り上げているのが目に飛び込んできた。殴られることを覚悟して、私は両目をぎゅっと瞑る。人に手をあげられたことなんてこれまで一度も無かったから、それだけで血の気が一気に引いていく。
と、私が怯えながら身体を硬直させた時、ブースとを隔てる扉がバンッと勢いよく音を立てて開いた。
「何をやってるんだっ⁉」
耳に馴染んだ低めの声。誰かが私と店長との間に入って、私の身体を守るように抱き抱えてきた。私はそっと目を開けて、それが高坂さんだということを確かめる。分厚い扉は完全防音ではない。フロントで大きく騒げばそれなりにブースにも聞こえてしまう。店長の怒鳴り声に気付いた高坂さんが、私を守ろうと飛び出てきてくれたのだ。
「高坂さん、今日もいらしてたんですね」
「はい。そろそろ帰ろうかと思っていたら、大きな声が聞こえたので」
ショックで顔を強張らせる私を宥めるように、高坂さんは背中を優しく撫でてくれていた。「もう大丈夫ですから」という彼の言葉に、私は小さく頷いてみせる。
「今、私が見聞きしたことをしかるべきところに報告することはできますが?」
高坂さんは玉川店長に対して、とても静かな声で忠告する。さっきの行動はカウンター内を映す監視カメラできっちり撮影されているはずだ。声のトーンは押さえているのに、本気で怒っているのが伝わってきた。それには玉川店長は舌打ちしながら、小声で吐き捨てた。
「ちっ、借金女のくせに……」
その言葉に、私に回されていた高坂さんの腕に少し力が入ったのを感じた。
「咲良さん、今日は何時までの勤務ですか?」
「えっ、今日は早上がりなので五時には終わりますが……」
「終わるのを待ちます。こんな男と一緒では心配ですし」
「ハァ⁉ 何なんだよ、お前⁉ 関係ないくせして急に出てきやがってっ」
挑発ともとれる高坂さんの発言に、店長が目くじらを立てて反論する。それにはふっと鼻で笑い返してから、高坂さんは頭一つ背の低い店長のことを見下ろして言い放った。
「確かに君にとっては関係ないただの客かもしれないが、少なくとも彼女の価値は俺の方が理解している」
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