クールな経営者は不器用に溺愛する 〜ツンデレ社長とWワーク女子〜

瀬崎由美

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第二十七話・バイト終わりに

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 高坂さんからの脅しが効いたのか、玉川店長は慌てて事務所に引っ込んでしまった。きっと監視カメラの録画映像を確認して、都合の悪いデータを削除するのだろう。仕事は手を抜きまくるのに、そういうところは抜かりない。

「また何かあれば遠慮なく呼んでください」

 そう言ってブースへ戻って行った高坂さんは、本当に私が退勤する時間まで待っていてくれるつもりらしい。申し訳ないとは思ったけれど、さっきの店長の剣幕を考えたら彼が店を出て行った後は無事ではいられないような気がして、平気だと強がることができなかった。フロントの裏から店長の気配を感じる度、まだビクビクしてしまっていた。

 日付が変わる前に曽根君が出勤してきた頃にはどうにか気持ちも落ち着いたけれど、あまりフロント周りの業務はしたくなくてブースやシャワー室を念入りに掃除したりしてシフト終わりまでの時間を潰した。休日の割に利用者が少なめなのが救いだったかもしれない。
 店長は私と曽根君が一緒に厨房を片付けている時に、「来月のシフト希望、早めに出して」と言いに来た以外はずっと狭い事務所に籠ったままだった。今日はもう絡んではこなさそうでホッとする。

 始発電車がそろそろ動き始める時刻になり、私は事務所で店長とは目を合わせないように注意しながらタイムカードを通した。二畳もない狭いスペースだから挨拶すらしないのも不自然かと、「お先に失礼します」とだけ声を掛けてから着替えをしにロッカールームへ向かう。大人げなく無言を貫いていた店長にはもう幻滅の気持ちしかない。きっと私が帰った後、曽根君を相手にあることないことを吹き込むのだろう。これまでの私は聞かされる側だったのに、今度からは悪口を言われる側になってしまった。まあ、あまり気にしないけれど。

「借金女、かぁ……」

 アルバイトの面接を受けた時にダブルワークの理由についてはちゃんと説明したはずなのに、バイト先の上司からずっとそういう目で見られていたのかと思うとかなりショックだ。事情を理解してシフトに入れてもらってたと思ったのに、全然そうじゃなかった。二年も働いていたからそれなりに信頼してもらえてると思ってたのに、心の中では大きく見下されていたのだ。腹が立つというよりは少しゾッとした。時給アップをチラつかせて誘えば喜んで付いてくると思われてたなんて……

 私服に戻り、ドリンクバーの前を通り過ぎてフロントへ出ると、高坂さんは曽根君の受付でチェックアウトの手続きをしているところだった。私は入り口ドアの横で彼が清算するのを待ちながら、外の景色が薄っすらと白んでいくのをガラス窓から眺める。私のせいで、休日の彼の予定をきっと狂わせてしまったはずだ。

「本当に、すみません……こんな時間まで待っていただいて」

 店を出てすぐに頭を下げて謝る私のことを、高坂さんは少し困惑したように眉を寄せながら見ていた。並んでゆっくり歩き始めながら、彼が言い辛そうに言葉を選びながら私に聞いてくる。

「咲良さん、あのバイトはすぐ辞めてもらえないですか?」
「え……?」
「ああ、もちろん事情は十分に分かっているつもりです。でも、今のような二重生活を続けるのはあなたの身体にも良くない。だから、俺のマンションで一緒に暮らしませんか? 家賃や光熱費がかからなければ、夜に働く必要はないですよね」
「……高坂さんのお家に、ですか?」

 私が聞き直すと、高坂さんは静かに頷き返した。彼は何でもないことのように言っているが、それはどう考えても同棲の提案だ。彼が言うとあまりにも事務的で、全然甘さを感じないけれど。
 返事を躊躇う私の目をじっと見つめてから、彼が少し強めの口調で言い切る。

「これからのあなたの生活は俺が守ります」
「それは、私と本気でお付き合いする意思があるということ、ですか?」

 この前のように気まぐれでじゃれ合う、どっちつかずの関係ではなく、ずっと傍に私が居てもいいと彼も思ってくれているのだろうか? 彼の真摯な目は私を揶揄っているようには見えなかった。そもそも高坂さんは冗談なんて言うタイプじゃない。不安気に聞き返した私へ彼は淡々と、でもはっきり答えてくれた。

「そう捉えていただいて構いません」

 駅が近付いてくると反対車線の始発電車が走り去っていく音が聞こえてくる。私はいろんな思いで胸がいっぱいで、彼の言葉に何も返事ができないまま黙り込む。それでも高坂さんは急かしたりせず、口の端だけを上げた優しい表情で見守ってくれていた。

「会社に車を停めてるので、自宅まで送らせて下さい」
「……はい」

 また彼の時間を奪ってしまうのが分かっているのに、その言葉に甘えてしまい電車で帰るとは言えなかった。駅を越える為に一度改札前を通り過ぎた後、私が乗る予定の始発電車がもうすぐホームに到着するという構内放送が聞こえてくる。今なら走らなくても余裕で間に合うとちらりと思っていたら、高坂さんの手が私の背中をそっと押して促してきた。「やっぱり電車で帰ります」とは言わせないという強い意志が感じられる仕草に、私は小さく微笑みながら隣を歩く彼の顔を見上げた。
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