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第二十八話・高坂さんのマンション
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高坂さんの自宅は私が住んでいるのとは真逆の方向で、ここから通勤するとなると今までより二十分は早く家を出る必要がありそうだった。でも、駅からは近くて周辺に大きなスーパーも公園もあって住みやすそうなエリアで、彼が住んでいるマンションはつい昨年に大規模修繕が終わったばかりというだけあって真っ白の外壁が眩しくて、背の高い木々に囲まれた住民専用の庭まであった。
帰宅後、昼前まで爆睡して目が覚めたら、高坂さんからメッセージが届いていた。もし予定がなければ部屋を見に来ないかと誘われて、あまり深く考えもせずにやってきてしまった。純粋に、彼のことをもっと知れたらと思ったから。
最寄り駅まで迎えに来てもらって案内されたマンション。築年数はそれなりにあるみたいだけれど、管理が行き届いたキレイな建物はどう見てもファミリー向けの分譲物件。手狭なワンルームに五年も住んでいる身には場違い感半端ない。こんなところに高坂さんは一人で住んでいるんだろうか?
「ここは親の所有不動産なんですが、俺しか住んでないので安心して下さい」
エレベーターを八階で降りてから、周囲をキョロキョロ見回す私がよっぽど落ち着きなく映ったんだろう、高坂さんが小さく笑みを漏らした。実家は割と近くにあるみたいだけれど、年に数回顔を見せに行くだけだと平然と話す。
「私も実家へはそのくらいですね。父には新しい家族がいるので……」
「ああ、再婚されてるんでしたね」
私が帰ると新しい母が痛々しいほど気を使ってくれるのが分かるから、必要以上には戻らないようにしていた。それがお互いのためだと考えて。
彼の家は八階の奥から二番目の八〇二号室。上下二つある鍵を順に開錠して扉の中へと私を促してくる。天井まであるシューズボックスを備えた広い玄関。靴を脱いで廊下を進んでいく彼の背を「お邪魔します」と呟きながら追う。廊下の途中には二つの部屋があり、ベッドがあるのが寝室で、もう一部屋は全く使われていないみたいだった。
その何も置いていない部屋に入ってカーテンを開け、高坂さんが私に向かって不安そうな表情になる。
「咲良さんにはこの部屋を使っていただこうと思ってるんですが――」
六畳ほどの洋室。深いブラウンのフローリングに壁一面のクローゼットがある部屋だ。窓の外は玄関ポーチだけれど、隣の部屋はセカンドハウスらしく年にひと月も人の出入りはないから静かだという説明だった。
その後も家の中を順に案内してもらいながら、私はこの家のあまりの生活感の乏しさに驚いていた。必要最低限の家具や家電はあるけれど、まるでモデルルームにでも来ている気分になる。
「ああ、月の半分近くは仕事で帰ってくることがないので、言葉通りに寝るだけの家なんです」
「でも、高坂さんっぽくて落ち着きます」
自分でも何を言っているのか疑問だったけれど、あまり表情が見えない彼らしい部屋だと思った。最初は殺風景に思えたのに、慣れてくればどこかホッと落ち着く空間。
ソファーに座るように言われて、私はそこからキッチンカウンターの中の彼の姿を目で追う。ほとんど料理はしないと言っていたけれど、手際よくコーヒーを淹れてくれていて、ほろ苦い香りがリビング中に漂い始める。私は部屋の中をもう一度ゆっくりと見回してから、目の前のローテーブルの隅に置かれている書類に気付いた。それは最初、彼の仕事関連の物だと思って見過ごしかけ、でもその中に見覚えのある文字が飛び込んできてハッとする。勝手に見てはいけないと少し躊躇いながらも、重ねられていた紙を手に取って一枚ずつ捲っていく。
「高坂さん、これって……?」
カウンターの中から顔を上げた高坂さんが、私が手に持っている物に気付いてギョッとした表情になる。置きっぱなしにしていたことを忘れていたらしく、私が見つけてしまうとは思ってなかったらしい。
「あ、えっと……」
動揺している高坂さんのことを、私はその書類を両手で胸に抱いて、涙を溜めた瞳で見る。どう考えてもこれは彼には必要なく、ここにあるはずのない物だ。つまりは私の為に、彼が調べようとしてくれていた証拠だった。
「具体的にどれくらいの負担があるのか、資料を取り寄せてみただけです」
私から目を反らし、高坂さんがバツが悪そうに答えてくれる。彼が置いていたのは大学生向けの奨学金についての案内資料だった。プリントアウトした物や、郵送で送られてきた物もある。私も彼にはそこまで詳しくは伝えていなかったから、妹の風香がどこで借りているのかは分からないからと、よく耳にする団体を中心に問い合わせて制度について調べてくれようとしていたみたいだった。
「下調べもなしに守ってはあげられないから」
「ありがとう、ございます……」
彼が自分のことをここまで考えていてくれたなんて、思ってもみなかった。一緒に住もうという誘いだって、どこまで本気か分からないとどこかで疑ってしまっていた。昨晩は私が店長に絡まれていたから、ただその勢いで言われただけなんじゃないかと……
でも、彼はもっと前から私の為に動こうとしてくれていた。彼は本心から私のことを守ろうとしてくれているのだと知り、胸がじんわり熱くなり涙が止まらなかった。
帰宅後、昼前まで爆睡して目が覚めたら、高坂さんからメッセージが届いていた。もし予定がなければ部屋を見に来ないかと誘われて、あまり深く考えもせずにやってきてしまった。純粋に、彼のことをもっと知れたらと思ったから。
最寄り駅まで迎えに来てもらって案内されたマンション。築年数はそれなりにあるみたいだけれど、管理が行き届いたキレイな建物はどう見てもファミリー向けの分譲物件。手狭なワンルームに五年も住んでいる身には場違い感半端ない。こんなところに高坂さんは一人で住んでいるんだろうか?
「ここは親の所有不動産なんですが、俺しか住んでないので安心して下さい」
エレベーターを八階で降りてから、周囲をキョロキョロ見回す私がよっぽど落ち着きなく映ったんだろう、高坂さんが小さく笑みを漏らした。実家は割と近くにあるみたいだけれど、年に数回顔を見せに行くだけだと平然と話す。
「私も実家へはそのくらいですね。父には新しい家族がいるので……」
「ああ、再婚されてるんでしたね」
私が帰ると新しい母が痛々しいほど気を使ってくれるのが分かるから、必要以上には戻らないようにしていた。それがお互いのためだと考えて。
彼の家は八階の奥から二番目の八〇二号室。上下二つある鍵を順に開錠して扉の中へと私を促してくる。天井まであるシューズボックスを備えた広い玄関。靴を脱いで廊下を進んでいく彼の背を「お邪魔します」と呟きながら追う。廊下の途中には二つの部屋があり、ベッドがあるのが寝室で、もう一部屋は全く使われていないみたいだった。
その何も置いていない部屋に入ってカーテンを開け、高坂さんが私に向かって不安そうな表情になる。
「咲良さんにはこの部屋を使っていただこうと思ってるんですが――」
六畳ほどの洋室。深いブラウンのフローリングに壁一面のクローゼットがある部屋だ。窓の外は玄関ポーチだけれど、隣の部屋はセカンドハウスらしく年にひと月も人の出入りはないから静かだという説明だった。
その後も家の中を順に案内してもらいながら、私はこの家のあまりの生活感の乏しさに驚いていた。必要最低限の家具や家電はあるけれど、まるでモデルルームにでも来ている気分になる。
「ああ、月の半分近くは仕事で帰ってくることがないので、言葉通りに寝るだけの家なんです」
「でも、高坂さんっぽくて落ち着きます」
自分でも何を言っているのか疑問だったけれど、あまり表情が見えない彼らしい部屋だと思った。最初は殺風景に思えたのに、慣れてくればどこかホッと落ち着く空間。
ソファーに座るように言われて、私はそこからキッチンカウンターの中の彼の姿を目で追う。ほとんど料理はしないと言っていたけれど、手際よくコーヒーを淹れてくれていて、ほろ苦い香りがリビング中に漂い始める。私は部屋の中をもう一度ゆっくりと見回してから、目の前のローテーブルの隅に置かれている書類に気付いた。それは最初、彼の仕事関連の物だと思って見過ごしかけ、でもその中に見覚えのある文字が飛び込んできてハッとする。勝手に見てはいけないと少し躊躇いながらも、重ねられていた紙を手に取って一枚ずつ捲っていく。
「高坂さん、これって……?」
カウンターの中から顔を上げた高坂さんが、私が手に持っている物に気付いてギョッとした表情になる。置きっぱなしにしていたことを忘れていたらしく、私が見つけてしまうとは思ってなかったらしい。
「あ、えっと……」
動揺している高坂さんのことを、私はその書類を両手で胸に抱いて、涙を溜めた瞳で見る。どう考えてもこれは彼には必要なく、ここにあるはずのない物だ。つまりは私の為に、彼が調べようとしてくれていた証拠だった。
「具体的にどれくらいの負担があるのか、資料を取り寄せてみただけです」
私から目を反らし、高坂さんがバツが悪そうに答えてくれる。彼が置いていたのは大学生向けの奨学金についての案内資料だった。プリントアウトした物や、郵送で送られてきた物もある。私も彼にはそこまで詳しくは伝えていなかったから、妹の風香がどこで借りているのかは分からないからと、よく耳にする団体を中心に問い合わせて制度について調べてくれようとしていたみたいだった。
「下調べもなしに守ってはあげられないから」
「ありがとう、ございます……」
彼が自分のことをここまで考えていてくれたなんて、思ってもみなかった。一緒に住もうという誘いだって、どこまで本気か分からないとどこかで疑ってしまっていた。昨晩は私が店長に絡まれていたから、ただその勢いで言われただけなんじゃないかと……
でも、彼はもっと前から私の為に動こうとしてくれていた。彼は本心から私のことを守ろうとしてくれているのだと知り、胸がじんわり熱くなり涙が止まらなかった。
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