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第三十四話・引っ越し
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冷蔵庫がずっと置いてあった場所に積もっていた埃を拭きながら、私は段ボール箱だらけのワンルームを見回す。どちらかというと殺風景だと思っていたのに、クローゼットなどの収納の中身を引っ張り出したら思っていた以上に物があってビックリした。無駄な物は何もないはずだけど、さすがに五年も住んでいたら何だかんだと物は増えていくみたいだ。
大学の卒業式が終わってすぐ、この部屋に荷物を運び入れた時は父と継母も一緒だった。一人暮らしを心配して口数が少なくなった父とは反対に、父の再婚相手である希美さんは真新しい冷蔵庫の中へ作り置き総菜の保存容器を詰め込みながら饒舌だった。
「咲良ちゃん、こっちに入ってるのはあまり日持ちしないから、まずはこれから食べてね。あと常温の食材はとりあえずこの箱にまとめてあるんだけど、こればかり食べてたらお野菜が足りないからダメよ。それと洗剤類は家で使ってるのと同じのを一通り買っておいたんだけど――」
「大丈夫です、駅前にスーパーあるんで」
正直言って実家のある町よりもこちらの方が栄えている。日常生活に不便を感じることはないはずだ。なのに大量の支援物資を持ち込んで、それでも心配だと言いながらあれこれと世話を焼きたがるのは、彼女が幾分かの後ろめたさを感じていたからだろう。だって実家からも通える距離の会社に勤めるのに、私が一人暮らしをしたいと言い出したのは父達が再婚するつもりだと告げてきた後だったから。
私は別に父の再婚を反対してはいなかったし、希美さんのことは嫌いでも苦手でもなかった。でも、いきなり大きな娘ができることを彼女が戸惑っているのが分かったし、一緒に住むのは避けてあげたかった。私の引っ越しが終わった後、今度は彼女が父と一緒に実家で暮らす、それがお互いの為だと提案した。まだ大学を卒業したばかりの小娘なのになかなか生意気なことを言ったものだと今なら呆れる。でも気を使い過ぎる彼女が疲れてしまうのは見たくなかった。私のせいで夫婦が上手くいかなくなるのは嫌だった。子供の有無に関わらず、離婚は誰かの生活を狂わせてしまうかもしれないから。その原因にはなりたくなかった。
五年ぶりの引っ越しは以前とはまた別の業者に頼むことにした。たまたまこちらの方が安い単身向けのサービスがあったからというだけで、特に深い意味はない。クローゼットやユニットバスの中を覗き込んで、置き忘れがないか再確認していく。フロアモップで床を拭いていると、玄関前のインターフォンが鳴った。オートロックじゃないから、直で部屋の前まで来ている。業者が早めに着いたのかと応対に向かい、あまりよく考えずにドアを開けてから驚く。
「え、柊人さんっ⁉」
「間に合ったかな?」
「今日は出張じゃなかったの?」
引っ越しの日はどうしても夕方まで仕事の都合が付かないと、先に合鍵だけを渡してもらっていた。とっくに荷造りは終わっているし、当日は業者の立ち合いだけで特に何もすることはないから平気と伝えていたはずだった。
「後は他の奴らに任せてきたから問題ない」
「社長がそんなにすぐ仕事を途中放棄して、大丈夫なもの?」
「わざわざ俺が行かなければならないような案件でもないと分かったから、指示だけ済ませて帰ってきた」
「そ、そうなんだ……」
何となく不貞腐れているように見えるのは、本来は行く必要がなかったのにと拗ねているのだろうか。思えばパーティーの時も彼は途中で抜け出していた。その時も私のせいだったけれど。呆れ顔を浮かべて笑いながら、彼に引っ越し前の部屋へ上がるように促す。すぐに運び出してもらえるように壁際に段ボールが積み上がってはいるが、そこまで数は多くはないし、床に座ってもらうくらいはできる。
「咲良の部屋、一度も見たことがなかったから」
そう言って部屋の中を見回している柊人さんに、私も「そっか」と納得する。まだ付き合って間もないというのもあるのかもしれないが、これまで一度も彼が部屋に来たことはなかった。一人暮らししているというと無理にでも上がり込もうとする人もいるのに、珍しいとは思っていた。単に住んでいるところなんてどうでもいいだけなのか、なんて考えていたけれど窓から外を眺めてみたりしていて丸きり関心がなかったというわけでもなさそうだ。
――良かった……
彼のことを目で追いながら、恋人同士になってもそこまで私に興味を持っていないのではと思ってしまうほど淡泊な態度を示されることも度々あって、少しだけ不安に感じていた。柊人さんはどこか他人に対して距離を置いているというか、一歩引いているようなところがある。私が母のことを相談した時も一緒に暮らしていないのになぜ? という反応だったし。私のことは心配していろいろ気遣ってくれるのに、自分の方に詰められると途端に困惑する。そのせいで、私はいまだに母の店の件では彼へのまともなお礼ができずにいた。
――一緒に暮らしていれば、少しは変わっていくかなぁ……?
まだ微妙に感じるこの壁がいつか取り払われる日が来ればと考えていると、インターフォンが業者の来訪を知らせて鳴り始めた。
大学の卒業式が終わってすぐ、この部屋に荷物を運び入れた時は父と継母も一緒だった。一人暮らしを心配して口数が少なくなった父とは反対に、父の再婚相手である希美さんは真新しい冷蔵庫の中へ作り置き総菜の保存容器を詰め込みながら饒舌だった。
「咲良ちゃん、こっちに入ってるのはあまり日持ちしないから、まずはこれから食べてね。あと常温の食材はとりあえずこの箱にまとめてあるんだけど、こればかり食べてたらお野菜が足りないからダメよ。それと洗剤類は家で使ってるのと同じのを一通り買っておいたんだけど――」
「大丈夫です、駅前にスーパーあるんで」
正直言って実家のある町よりもこちらの方が栄えている。日常生活に不便を感じることはないはずだ。なのに大量の支援物資を持ち込んで、それでも心配だと言いながらあれこれと世話を焼きたがるのは、彼女が幾分かの後ろめたさを感じていたからだろう。だって実家からも通える距離の会社に勤めるのに、私が一人暮らしをしたいと言い出したのは父達が再婚するつもりだと告げてきた後だったから。
私は別に父の再婚を反対してはいなかったし、希美さんのことは嫌いでも苦手でもなかった。でも、いきなり大きな娘ができることを彼女が戸惑っているのが分かったし、一緒に住むのは避けてあげたかった。私の引っ越しが終わった後、今度は彼女が父と一緒に実家で暮らす、それがお互いの為だと提案した。まだ大学を卒業したばかりの小娘なのになかなか生意気なことを言ったものだと今なら呆れる。でも気を使い過ぎる彼女が疲れてしまうのは見たくなかった。私のせいで夫婦が上手くいかなくなるのは嫌だった。子供の有無に関わらず、離婚は誰かの生活を狂わせてしまうかもしれないから。その原因にはなりたくなかった。
五年ぶりの引っ越しは以前とはまた別の業者に頼むことにした。たまたまこちらの方が安い単身向けのサービスがあったからというだけで、特に深い意味はない。クローゼットやユニットバスの中を覗き込んで、置き忘れがないか再確認していく。フロアモップで床を拭いていると、玄関前のインターフォンが鳴った。オートロックじゃないから、直で部屋の前まで来ている。業者が早めに着いたのかと応対に向かい、あまりよく考えずにドアを開けてから驚く。
「え、柊人さんっ⁉」
「間に合ったかな?」
「今日は出張じゃなかったの?」
引っ越しの日はどうしても夕方まで仕事の都合が付かないと、先に合鍵だけを渡してもらっていた。とっくに荷造りは終わっているし、当日は業者の立ち合いだけで特に何もすることはないから平気と伝えていたはずだった。
「後は他の奴らに任せてきたから問題ない」
「社長がそんなにすぐ仕事を途中放棄して、大丈夫なもの?」
「わざわざ俺が行かなければならないような案件でもないと分かったから、指示だけ済ませて帰ってきた」
「そ、そうなんだ……」
何となく不貞腐れているように見えるのは、本来は行く必要がなかったのにと拗ねているのだろうか。思えばパーティーの時も彼は途中で抜け出していた。その時も私のせいだったけれど。呆れ顔を浮かべて笑いながら、彼に引っ越し前の部屋へ上がるように促す。すぐに運び出してもらえるように壁際に段ボールが積み上がってはいるが、そこまで数は多くはないし、床に座ってもらうくらいはできる。
「咲良の部屋、一度も見たことがなかったから」
そう言って部屋の中を見回している柊人さんに、私も「そっか」と納得する。まだ付き合って間もないというのもあるのかもしれないが、これまで一度も彼が部屋に来たことはなかった。一人暮らししているというと無理にでも上がり込もうとする人もいるのに、珍しいとは思っていた。単に住んでいるところなんてどうでもいいだけなのか、なんて考えていたけれど窓から外を眺めてみたりしていて丸きり関心がなかったというわけでもなさそうだ。
――良かった……
彼のことを目で追いながら、恋人同士になってもそこまで私に興味を持っていないのではと思ってしまうほど淡泊な態度を示されることも度々あって、少しだけ不安に感じていた。柊人さんはどこか他人に対して距離を置いているというか、一歩引いているようなところがある。私が母のことを相談した時も一緒に暮らしていないのになぜ? という反応だったし。私のことは心配していろいろ気遣ってくれるのに、自分の方に詰められると途端に困惑する。そのせいで、私はいまだに母の店の件では彼へのまともなお礼ができずにいた。
――一緒に暮らしていれば、少しは変わっていくかなぁ……?
まだ微妙に感じるこの壁がいつか取り払われる日が来ればと考えていると、インターフォンが業者の来訪を知らせて鳴り始めた。
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